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刻んだ名前と燻る炎

刻んだ名前

左腕に名前を刻んだ日のことをよく覚えている。
A、C、E。
どうしても何かが欠けている気がして、文字をひとつ足した。
あいつの旗にみえるように、上から×も。
後になって綴りを間違えたのか、なんて笑われることもあったがどうでもいい奴相手では否定も肯定もしなかった。
込められた意味は、おれだけが知っていればいい。


海に出て分かったことがある。
海賊というのは、意外とモテる。
ガキの頃のおれたちが憧れたように、海賊に胸をときめかせる男も女もごまんといるということだ。
懸賞金がかけられるとおれを持て囃す奴は格段に増えて、白ひげ海賊団の肩書きは周囲の騒がしさを加速させる。
商売で寄ってくる女の中にはおれとの関わりで金と名声を得ようとする奴もいた。火拳のエースを相手にしたというのは、本人であるおれ自身が思う以上に箔になるらしい。
最初は浮かれて鼻の下を伸ばしていたりもしたが、次第に強烈な違和感を覚えるようになった。
触れる肌の熱。
おれの名前を呼ぶ声。
惜しみなく向けられる笑顔。
そのどれもが、求めているものと違う。
雲の中を手探るようにその姿かたちを追い求めてやっと掴んだとき、驚いて、歓喜して、ぞっとした。
おれの欲は、おれの記憶のなかで10歳のまま時を止めてしまった兄弟のひとりのかたちをしていた。
サボのことは、一日だって忘れたことはなかった。
海を目指し、自由を求め、志なかばで消えてしまったサボの分まで、生を全うしようと。
その思いが、いつの間にかおれのなかで歪にかたちを変えてしまっていた。
自覚してしまうと、熱を持って他の誰かに触れることはできなかった。
宴の最中でも、色めいた話を振られるとそっと喧騒の輪から抜け出して、マストに上り、一人酒を呷る。
凪いだ空気が体の熱を心地よく冷ます。左腕に顔を埋める。A、C、Eに紛れるみたいにSと×が刻まれている。
ワノ国には、情を交わした男と女が体の同じ箇所に小さくその証を刻む風習があるという。
そんな艶っぽいモノではないが、体に刻んで消えない文字はおれをサボと繋がっているような気分にさせる。
この世界で何人が、この少年の存在を覚えているだろう。
おれは、最後のひとりになってもサボのことを忘れない。
おれが名を上げれば、この腕に刻んだサボの名前も自然とより多くの人間の目に触れるようになるはずだ。
あいつのことを、世に知らしめるのはおれの役目だ。
おれが認めた奴以外には、この文字の意味を教える気はないけれど。
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