海賊王の息子と婿入り国王
海賊王の息子と婿入り国王2
王と海賊という立場と、不明なままのエースが突然ここに現れた理由。
本心はどうあれ、サボの置かれた立場が突然の再会を純粋に喜ぶことを許さない。
「……いい国になったなぁ」
エースはサボの問いには直接答えることなく、どこかのんびりとした口調で言った。緊張に体を強張らせるサボとは対照的だ、
「今日の昼にここに着いてよ。町中を見て歩いてた。皆お前の話してたよ。あの王様がいてくれれば、おれたちの生活は安心だって」
サボを指示する民衆の声は日に日に大きくなりつつある。そう言ってくれる人々の声が貴族を敵に回したサボにとっての唯一の支えだ。
「けどよ」
けれど、エースはサボをぎらりとした目で見据え、にやりと笑った。
「国の奴らには悪いが、お前はおれが連れて行くことにした」
冷たい月の光とは違う、熱を帯びたぎらぎらした瞳が正面からサボを捉える。
「何?」
端的なエースの言葉に真意を掴みかねて、サボは剣を握る手に力を込めた。
「過保護なクソオヤジのところから独立しようと思ってんだ。仲間を集めようと思ったんだが、やっぱり最初の一人はサボがいいなって」
突拍子もない誘いを当然のような顔で口にする。サボは驚き、必死で被りを振った。エースは本気で言っている。だったら断る方も真剣にならざるを得ない。
「出来るわけないだろ」
「王様になったからか?」
「そうだ、おれには国に対する責任がある」
望んでなった訳じゃない。
でもサボが今のこの国の王だ。
立場には責任が付随する。
だから、エースとは行けない。
そのサボの言葉に、エースは不満そうな顔を隠そうともしなかった。
代わりに訊く。
「じゃあ聞くけどよ。その王様をやってて、お前は楽しいのか?」
サボの心を容赦なく抉る問いかけだった。
ぐらりと目眩がする。
後頭部を鈍器で殴られたような衝撃。
それはサボが必死で目を背けてきた己の内面を容赦なく突き刺す言葉だったから。
子供の頃に置いてきた夢だった、強い海賊になって名を上げるという夢物語。
閉じ込めていたはずの感情の蓋が開き、急速に肥大していく。
サボはもう自分の道を決めた。
決めたはずだった。
国の民を幸せにする、それがサボの役目だ。
でも、その決意はこんなにもあっさりとゆらいでしまう。
十年ぶりに姿を現したたった一人の海賊の言葉で。
「なんで……」
絞り出した声は我知らず震えた。
「何で今頃そんなこと言うんだよ」
「サボ?」
「だったら、あの時一緒に連れて行ってくれれば良かった! そしたら何も知らずに、おれはおれのことだけ考えてればよかったのに!」
ちゃっと剣をエースの喉元に突きつける。微かに剣先の触れた皮膚から細く血が滴り落ちた。王を拐かそうとする者の罪は死に値する。
でも、そうして剣を向けたところでエースを殺すことは、サボには到底できそうにない。
自分のしたことで流れる赤にかえって気持ちを揺さぶられ、サボは絞り出すように叫んだ。
「おれはこの国の王だ! 世界の敵である海賊に、ほいほい着いて行くことなんかできない!」
手が震えた。
この揺らぎはエースに気付かれてはいけない。
もう決して道の交わらないところまで、おれたちはやってきてしまった。
そうであるはずだ。そうでなければいけない。
「そうだな」
エースはあっさりと頷いた。
「お前の言う通りだ、サボ。十歳のとき、一緒にお前を拐ってしまえばよかった。そしたら、お前はもうとっくにおれと一緒に海賊になってたはずだ」
それは、サボの求めるあきらめとは程遠い言葉だった。
どうやってもこの男はサボを連れていくつもりらしい。
エースは真剣な表情で目を伏せ、サボの突き付けた剣を素手で掴んだ。
「帰ってから何度も後悔した。どうして一緒に帰ろうって言わなかったんだろうって。お前のこと、こんなに好きなのに」
握った掌から血が滴る。
動揺したサボが剣を引こうとするが、エースは強い力でそれをとどめた。
代わりにエースの掌から炎が湧き上がる。
人の身には到底不可能な――悪魔の実の能力。
いつの間に、手に入れていたたのだろう。
ニュースで見るくらいでは、エースのことを知っているうちに入らないのだと気付かされる。
あっという間に燃え上がった炎は、磨かれ抜いたはずの両刃の剣を簡単に溶かして曲げてしまった。
「サボのことを忘れたことは一日だってない。お前がここで、幸せならそれでいいって思ってた。でも、お前、今全然幸せじゃなさそうだから」
ぐしゃぐしゃの紙のように使い物にならなくなった剣を、エースはサボの手から引き抜いて投げ捨てた。
カシャンと乾いた音が鳴る。
唯一の武器を奪われてサボば無意識に後ずさる。
怖かった。
剣のつくりだす間合いが、唯一サボを守ってくれるものだったのに、エースを前にしてはあまりにも無力すぎる。
エースはサボの怖れを的確に見て取り、瞳を一層燃え上がらせるようにしてにやりと笑った。
傲慢で凶悪な、海賊じみた表情。
「お前が望むなら、この国王族も貴族も全部殺してやるよ。そしたらこの国はお前が望むかたちになるだろ?」
「どうして……」
どうしてそこまで、口にできる。
震える言葉は最後まで続かない。
エースはごく当然のように言い放つ。
「お前のことが欲しいから。おれは海賊だからな。欲しいものは力尽くで手に入れる」
乱暴でありながら海賊王の血筋とエース自身の王の資質を感じさせる言い草だった。
エースは泰然と歩を進め、サボとの距離を詰めた。
届く距離になると、手を伸ばし、無遠慮にサボの腰を抱いて顎を掴む。
「細いな……戦うこともろくになかったなら当然か」
サボは震えた。
触られて嫌だと思うどころか自然と熱を帯びる自分の体が恐ろしい。
エースは意に介した様子もなく、それが当然であるかのようにサボに触れる。
ほんの近くにエースの顔がある。
エースはサボの顎を持ち上げたまま真正面からサボを見据えた。
「疲れただろ? やりたくなるまで何もしなくていい。戦いも、船のことも。朝から晩までおれがずっと愛してやる。おれが、お前にお前だけの幸せをやるよ」
甘い誘惑だった。
返事を待たず、強引に口付けられた。
熱い唇に食むようになぶられる。
初めてだというのに、角度を変えてしつこく繰り返され、半ば無理やり肉厚の舌が侵入してくると、かくんと体の力が抜けた。
サボの返事など、聞く気はないらしい。
それなのに抗えない。
蓋をして見ないようにしてきたはずの、欲しかったもの。
エースはおそらく、求めるそれをサボよりもよく知っている。
堕ちてしまう。
理性がどれだけ必死に止めようとしても、心が触れ合う熱に抗えない。
今までサボが積み上げてきたもの、成すべき目標、全て捨ててこの男について行くことを選ばされてしまう。
背筋を這い上がる快楽に思考が覆われていく。力の入らない指を首に這わせてもエースは振り払いもしない。
ぬるりとした血の感触。
笑うように喉を震わせる微かな振動。
全部愛しかった。
たまらずに目蓋を伏せると一筋の涙が頬を伝った。
王と海賊という立場と、不明なままのエースが突然ここに現れた理由。
本心はどうあれ、サボの置かれた立場が突然の再会を純粋に喜ぶことを許さない。
「……いい国になったなぁ」
エースはサボの問いには直接答えることなく、どこかのんびりとした口調で言った。緊張に体を強張らせるサボとは対照的だ、
「今日の昼にここに着いてよ。町中を見て歩いてた。皆お前の話してたよ。あの王様がいてくれれば、おれたちの生活は安心だって」
サボを指示する民衆の声は日に日に大きくなりつつある。そう言ってくれる人々の声が貴族を敵に回したサボにとっての唯一の支えだ。
「けどよ」
けれど、エースはサボをぎらりとした目で見据え、にやりと笑った。
「国の奴らには悪いが、お前はおれが連れて行くことにした」
冷たい月の光とは違う、熱を帯びたぎらぎらした瞳が正面からサボを捉える。
「何?」
端的なエースの言葉に真意を掴みかねて、サボは剣を握る手に力を込めた。
「過保護なクソオヤジのところから独立しようと思ってんだ。仲間を集めようと思ったんだが、やっぱり最初の一人はサボがいいなって」
突拍子もない誘いを当然のような顔で口にする。サボは驚き、必死で被りを振った。エースは本気で言っている。だったら断る方も真剣にならざるを得ない。
「出来るわけないだろ」
「王様になったからか?」
「そうだ、おれには国に対する責任がある」
望んでなった訳じゃない。
でもサボが今のこの国の王だ。
立場には責任が付随する。
だから、エースとは行けない。
そのサボの言葉に、エースは不満そうな顔を隠そうともしなかった。
代わりに訊く。
「じゃあ聞くけどよ。その王様をやってて、お前は楽しいのか?」
サボの心を容赦なく抉る問いかけだった。
ぐらりと目眩がする。
後頭部を鈍器で殴られたような衝撃。
それはサボが必死で目を背けてきた己の内面を容赦なく突き刺す言葉だったから。
子供の頃に置いてきた夢だった、強い海賊になって名を上げるという夢物語。
閉じ込めていたはずの感情の蓋が開き、急速に肥大していく。
サボはもう自分の道を決めた。
決めたはずだった。
国の民を幸せにする、それがサボの役目だ。
でも、その決意はこんなにもあっさりとゆらいでしまう。
十年ぶりに姿を現したたった一人の海賊の言葉で。
「なんで……」
絞り出した声は我知らず震えた。
「何で今頃そんなこと言うんだよ」
「サボ?」
「だったら、あの時一緒に連れて行ってくれれば良かった! そしたら何も知らずに、おれはおれのことだけ考えてればよかったのに!」
ちゃっと剣をエースの喉元に突きつける。微かに剣先の触れた皮膚から細く血が滴り落ちた。王を拐かそうとする者の罪は死に値する。
でも、そうして剣を向けたところでエースを殺すことは、サボには到底できそうにない。
自分のしたことで流れる赤にかえって気持ちを揺さぶられ、サボは絞り出すように叫んだ。
「おれはこの国の王だ! 世界の敵である海賊に、ほいほい着いて行くことなんかできない!」
手が震えた。
この揺らぎはエースに気付かれてはいけない。
もう決して道の交わらないところまで、おれたちはやってきてしまった。
そうであるはずだ。そうでなければいけない。
「そうだな」
エースはあっさりと頷いた。
「お前の言う通りだ、サボ。十歳のとき、一緒にお前を拐ってしまえばよかった。そしたら、お前はもうとっくにおれと一緒に海賊になってたはずだ」
それは、サボの求めるあきらめとは程遠い言葉だった。
どうやってもこの男はサボを連れていくつもりらしい。
エースは真剣な表情で目を伏せ、サボの突き付けた剣を素手で掴んだ。
「帰ってから何度も後悔した。どうして一緒に帰ろうって言わなかったんだろうって。お前のこと、こんなに好きなのに」
握った掌から血が滴る。
動揺したサボが剣を引こうとするが、エースは強い力でそれをとどめた。
代わりにエースの掌から炎が湧き上がる。
人の身には到底不可能な――悪魔の実の能力。
いつの間に、手に入れていたたのだろう。
ニュースで見るくらいでは、エースのことを知っているうちに入らないのだと気付かされる。
あっという間に燃え上がった炎は、磨かれ抜いたはずの両刃の剣を簡単に溶かして曲げてしまった。
「サボのことを忘れたことは一日だってない。お前がここで、幸せならそれでいいって思ってた。でも、お前、今全然幸せじゃなさそうだから」
ぐしゃぐしゃの紙のように使い物にならなくなった剣を、エースはサボの手から引き抜いて投げ捨てた。
カシャンと乾いた音が鳴る。
唯一の武器を奪われてサボば無意識に後ずさる。
怖かった。
剣のつくりだす間合いが、唯一サボを守ってくれるものだったのに、エースを前にしてはあまりにも無力すぎる。
エースはサボの怖れを的確に見て取り、瞳を一層燃え上がらせるようにしてにやりと笑った。
傲慢で凶悪な、海賊じみた表情。
「お前が望むなら、この国王族も貴族も全部殺してやるよ。そしたらこの国はお前が望むかたちになるだろ?」
「どうして……」
どうしてそこまで、口にできる。
震える言葉は最後まで続かない。
エースはごく当然のように言い放つ。
「お前のことが欲しいから。おれは海賊だからな。欲しいものは力尽くで手に入れる」
乱暴でありながら海賊王の血筋とエース自身の王の資質を感じさせる言い草だった。
エースは泰然と歩を進め、サボとの距離を詰めた。
届く距離になると、手を伸ばし、無遠慮にサボの腰を抱いて顎を掴む。
「細いな……戦うこともろくになかったなら当然か」
サボは震えた。
触られて嫌だと思うどころか自然と熱を帯びる自分の体が恐ろしい。
エースは意に介した様子もなく、それが当然であるかのようにサボに触れる。
ほんの近くにエースの顔がある。
エースはサボの顎を持ち上げたまま真正面からサボを見据えた。
「疲れただろ? やりたくなるまで何もしなくていい。戦いも、船のことも。朝から晩までおれがずっと愛してやる。おれが、お前にお前だけの幸せをやるよ」
甘い誘惑だった。
返事を待たず、強引に口付けられた。
熱い唇に食むようになぶられる。
初めてだというのに、角度を変えてしつこく繰り返され、半ば無理やり肉厚の舌が侵入してくると、かくんと体の力が抜けた。
サボの返事など、聞く気はないらしい。
それなのに抗えない。
蓋をして見ないようにしてきたはずの、欲しかったもの。
エースはおそらく、求めるそれをサボよりもよく知っている。
堕ちてしまう。
理性がどれだけ必死に止めようとしても、心が触れ合う熱に抗えない。
今までサボが積み上げてきたもの、成すべき目標、全て捨ててこの男について行くことを選ばされてしまう。
背筋を這い上がる快楽に思考が覆われていく。力の入らない指を首に這わせてもエースは振り払いもしない。
ぬるりとした血の感触。
笑うように喉を震わせる微かな振動。
全部愛しかった。
たまらずに目蓋を伏せると一筋の涙が頬を伝った。