桜愛歌(おうあいか)
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あの日の約束を、貴女は覚えているでしょうか?
桜の花が舞い散る中、貴女に私が言った言葉。
“今度の戦が終わったら、またここで会えますか?貴女に・・・話したいことがあるんです”
そう言った私に、貴女は頷いた。
―――冬、春の風が吹きすさぶ中、戦は終結した。
あの日から一年経った今、私はその約束を果たす為に桜の木の下にいる。
あの日と同じ日差し。
あの日と同じ桜の色で。
ただ一つ違うのは、私の傍に貴女がいないということ。
そしてその日、貴女は来なかった。
次の日も、私は貴女との約束の地へと向かった。
今日は来てくれるかもしれないという期待を胸に。
けれど。
貴女はいくら待っても来なかった。
その次の日もその次の日も、私は約束の場所へ行った。
けれど貴女は来なかった。
今桜の木は葉桜に変わり、山は緑に萌え、川は日差しに強く輝いている。
貴女はいつになったら来てくれるのですか?
約束を忘れてしまったのですか?
やはり、どんなに待っても貴女は来なかった。
桜はどんどん変わって行く。
私の期待が変化していくのと同じように。
季節は秋。
木の葉は紅に染まって、桜も葉を散らし始めた。
私は沈んで行く夕日に顔を染めながら、貴女が来るのを待っていた。
今か今かと。
人を待つということは、こんなにも辛いことなのだろうか。
その日も、やはり貴女は来なかった。
白い景色の中、すっかり葉の落ちた桜の木の間を縫って、小さな粉雪が舞い落ちて来る。
寒さに身を縮こまらせて、私は白い溜め息をついた。
一体いつになれば、貴女は来てくれるのですか?
私はいつまで貴女を待てばいいのか。
少し。
今はもう、少ししかない期待。
胸に秘めた強い思い。
それらが私を待たせる。
約束を交わした日から一年。
戦を終え、向かった場所に、貴女はいなかった。
それからまた一年。
遠く離れた貴女へ、手紙を書くことも、そして貴女から届くこともない。
出来なかった。
今、あの約束を交わした日と同じに、桜が淡い光を放っている。
貴女は、どうしているのですか?
約束を覚えてはいないのですか?
私に一つの知らせが届いたのは、桜が盛りを迎えた頃だった。
“芙蓉が戦死しました”
いつ?
私はあの地へと馬を駆けた。
そんなはずはない、と強く願いながら。
貴女の待つ桜へと。
貴女はいなかった。
何故こんなことになったのか。
私は一人泣き崩れた。
* *
芙蓉が逝ってしまったのは、今年の冬だったそうだ。
私が寒さに耐え待っている間に、芙蓉は一人逝ったのだった。
死因は戦場で受けた矢傷で、矢には毒が塗られていたらしい。
最後まで私のことを気にしていたと、後から聞いた。
しばらくして、芙蓉の遺品の中から一冊の日記と一通の手紙が見つかった。
某月某日
戦を終え、春になってまだ、約束を果たせぬ身をどうか許して下さい。
あの日の約束を忘れたわけではありません。
どうか、どうかもう少しだけ待っていて下さい。
某月某日
夏。桜の花はすべて葉桜に変わってしまいました。
早く行かなければならない身は、一向に言うことを聞いてくれません。
貴方は、きっと私はもう来ないと諦めてしまったでしょうか?
早く貴方に会いたい。
読み進めて行くうちに、私は知らずに涙を流していた。
待っていたのは私だけではなかった。
某月某日
葉が染まって、桜の葉が散り始めました。
もう、貴方は待ってなどいないでしょうね。
部屋を照らす夕日が沈んで行くように、私は、自身の命もまた沈みかけていることに気づき始めている。
もし、私がここで命尽きたなら、私は、この思いを貴方に告げることはできないのですね。
貴方に会えないのがもどかしい・・・。
某月某日
雪が降っています。
貴方が風邪など引いていないか心配です。
雪が溶けたら、きっと貴方に会いに行きます。
必ず。
長く、手紙のように綴られた一つ一つ。
涙が止まらなかった。
私は、最後に手渡された手紙を広げた。
約束の時を一年過ぎた今、私は貴方に会うことが出来ません。
私を射た矢の毒は、私を生かしてはくれませんでした。
約束を果たせない自分が腹立たしくて、また悔やまれてなりません。
話したいことがあると、貴方は言っていましたね。
私もまた、貴方に話したいことがあります。
覚えていますか?
始めてあった日のことを。
貴方は優しい微笑みを向けてくれました。
私はあの時から貴方に思いを寄せていたのかもしれません。
貴方に直接会って話をしたい・・・。
でもそれは叶わないこと・・・。
けれど・・このような形でしか貴方に思いを告げられないことを、私は心の端で少しだけほっとしています。
だって、貴方に思いを寄せているのは私だけではないから。
貴方に思い人がいることも知っていたから・・・。
伯言様。どうかお幸せに。
愛しています。
芙蓉
何故・・・
何故!
流れ出した涙は止まることを知らず、私の頬を伝っていく。
ただ、悔しくて、悔しくて。
憤りを感じていた。
どうしようもない、やり場のない怒りが込み上げてくる。
他者ではない、自分自身に対する怒り。
何故気づいてやれなかったのか。
何故、私は待っていることしか出来なかった?
「芙蓉・・・・っ!!」
叫びにも似た声が漏れた。
「芙蓉・・・。」
次に漏れた弱弱しい声と共に、私はその場に座り込んでしまった。
その後のことはあまり覚えていない。
* *
あれから更に一回りの四季を終え、今は春。
桜が舞う中、私は一人佇んでいた。
「変わらないですね。何も。」
あの日と同じ日差し。
あの日と同じ桜の色。
全てが変わらない。
ただ一つ、私の心が穏やかになったこと以外は。
「芙蓉・・・。私も貴女を愛しています。いつか、会いに行きますよ。それまで待っていて下さい。」
今日も桜は舞い踊る。
貴女に伝えたいことはもっと沢山あるけれど、それは貴女に会ったときに伝えます。
それまで、どうか待っていてください。
会いに行きます。
必ず。
END.
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