「あらまぁ！こんな小汚いところのご飯！新婚さんの口に合うと良いんだけど！」
　定食屋の女将さんはそう言うと明るく笑った。方々で聞き込みをして行き着いた食堂は確かに下町の一膳飯屋って感じだけど、掃除が行き届いていて活気に満ちている。
「天丼を二つ頼む！最近の景気はどうだご亭主！」
「パッとしないねぇ。ここらは最近よくない噂も出ちまってるしな」
「噂？」
　首を傾げる私に女将さんが顔を寄せる。なになに？宜しくない話？
「神隠しだよ。家族の行方が分からないって騒いでるのが一人や二人じゃないんだ」
「まぁ」
　口元に手を当てると私は眉を顰めてみせた。それでも好奇心に負けた風を装い尋ねる。
「なにか傾向があるのかしら？子供とか女の人とか」
「椎名、興味本位で聞くことではないぞ！」
「オメェもしょうもない話を人様に聞かせるんじゃねぇ」
「なんだい、大の男が揃って意気地の無いことを言うんじゃないよ！ねぇ奥さん」
　困った顔で笑う煉獄さんの袖を私は軽く引いた。手には畏れ多くて触れない！
「だってこれで狙われるのが男ばかりと言うなら心配だもの」
　まぁ、煉獄さんなら返り討ちだろうけれどそれでは情報収集にならないものね。私の適当に驚いたのか煉獄さんは目を丸くしてしまったけれど、女将さんは明るく笑ってくれた。
「あっはっは！若夫婦は初々しくて良いねぇ！大丈夫だよ、居なくなってるのは30超えた年増ばかりだそうだよ」
「神隠しかただの家出か分かったもんじゃねぇわな。はいよ！天丼お待ち！」
　旦那さんがそう言って出してくれたのは出来立てホカホカの美味しそうな天丼だった。だけど量が……かなり凄い。え、こんなに食べられないよ！？
「女将！すまんが器を一つ貸してくれ！」
「はいよ！あぁ、奥さんには量が多かったかい？すまないねぇ、ウチは客に腹一杯食べさせるのが生き甲斐なんだよ」
「食べたい量だけ取れば良いぞ！」
「ありがとうございます……」
　あぁぁぁ〜！煉獄さんが優しいっ！こんな細かな所まで気遣って貰って顔がニヤけてしまいそう。はっ！ダメダメ！！煉獄さんは誰にでも優しい人だしこれは任務！夫婦のフリ！！
　私達はご飯を食べながら定食屋のご夫婦からいろいろな話を聞き出し、煉獄さんは更にカツ丼をお代わりしてから定食屋を後にした。
「またどうぞ！」
　明るい女将さんの声に見送られ戸をくぐる。ふと煉獄さんがこちらを振り返った。その口元には見たことないような悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。
「夜に怖くなったら俺の布団に来ても良いぞ？」
「…………」
　ぎゃあ〜っ！それはあれですね！？ホラー映画見たら寝る頃になって怖くなっちゃう現象のことを指してるんですね！？そりゃ確かにこれが本物の神隠しなら怖いけど鬼の仕業って分かってて怖い訳ないでしょ！
　何と返事をするのが正解なのか分からず口をパクパクさせる私に女将さんの元気な笑い声が追撃してきた。
「あっはっは！新婚さんはホントに初々しくて良いね！今度は子供と一緒にきとくれよ！」
「ははは！そうさせて貰おう！」
「〜っ！」
　とんでも無い返事をサラッと返す煉獄さんの背中を私は思わず小さく叩いた。