「…………」
　一時間後、ヒロインちゃんがゆっくりと目を覚ました。ほんやりとした視線を彷徨わせる。驚かせないよう注意しながら私はそっと声をかけた。
「気分はどう？」
「っ！？」
　ビクッと震えたヒロインちゃんが飛び起きようとするのを慌てて止める。急に起きるのは危ないわ。
「大丈夫よ。痛いところや苦しいところは無い？」
「え……あの、ここは何処ですか？私、どうして……」
　あぁ、やっぱり混乱してる。体を起こそうとするヒロインちゃんを無理に押し留めるわけにもいかず手を貸す。ゆっくり身を起こしたヒロインちゃんは周りをぐるりと見回した。
「ここは産屋敷家の奥座敷よ。突拍子のない話に聞こえるでしょうけれど貴女は空から落ちてきたの。覚えているかしら」
「空……から？」
　状況が理解できないヒロインちゃん。そうよね、普通は理解出来ないわよね。ヒロインちゃんは震える手で私の手を掴んだ。涙目が可愛い……じゃなくて可哀想だわ。
「わ、私帰ります！ご迷惑をお掛けして申し訳ありません！でもっ、そんな……空からなんてっ」
　そうなるわよね。うーん、これを尋ねるとヒロインちゃんが落ち込むことになるから聞きたくないんだけど仕方ないよなぁ。
「心配しないで。貴女の名前と住んでいる場所を教えてくれる？」
「は、はい……私、花野莉奈って言います。住所は……」
　大正時代から現代までの間に東京は地名を様々に変えている所が多い。案の定ヒロインちゃん……莉奈ちゃんの言った住所は今はない名前だった。何て言えばショックが少ないかなぁ。
「……ごめんなさい、初めて聞く名前だわ。貴女、服装も変わっているし……外国から来たとか？」
「そんなっ！私、日本生まれの日本育ちです！！」
　そうだよねー。わかってるんだよ莉奈ちゃん。分かっているの。でも何て言えば良いんだろう？困ったなぁ。
「あのっ、他にどなたかいらっしゃいますか？」
　うんうん唸る私では埒が開かないと思ったのか莉奈ちゃんがそう尋ねてくる。仕方ない、連れて行きますか。
「貴女が目を覚ましたら知らせるよう言われているの。少し待っていて頂戴」
　いきなり大勢の前に連れて行くのは可哀想だ。そう思い隠を呼ぼうとした私に莉奈ちゃんは強い瞳で言い切った。
「いえ、私行きます。お話を聞かせて貰いたいので」
　なんて強い子！私は莉奈ちゃんの決意を受け入れると先導する形で柱合会議の場所へ向かった。襖の前で膝をつくと声をかける。
「先程の子が目を覚ましました。本人の希望でお連れしております」
　パァン！
　言い終わるや否や襖が凄い勢いで開いた。驚いて顔を上げれば風柱様が立っている。え、早くない？目を丸くする私を他所に風柱様は莉奈ちゃんにズイと近寄ると顔を覗き込んだ。大丈夫かな？莉奈ちゃん風柱様の迫力にまた倒れたりしない？
「調子はどうだぁ。イテェ所とかはねぇか？」
　…………コノヒトドチラサマデスカ？
　風柱様は見たことのない優しい顔で莉奈ちゃんを見ていた。他の柱の皆さんも温かく見守りの体制だ。好感度マックスにも程がある。この一時間の間に何があったの？
「紗雪、ご苦労だったなぁ。もう帰って良いぜぇ」
「あっ、ありがとうございました！」
　風柱様の素っ気ない台詞と莉奈ちゃんのお礼の声を最後に襖がパタリと閉じられた。