短編
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「あら、アンタ。意外と礼儀作法が身についているのね」
(しまった。もうちょっと雑になれば良かったか)
翌日、遣手に褒められて紗雪は内心泣いた。煉獄家に住む様になってから千寿郎がとにかく礼儀正しいのに吊られて雑になれない。
「最低限三味の一曲か二曲出来れば早く店に出せるかもね」
勘弁してほしい。切実に。紗雪がそんな言葉を噛み殺しているとザワリ!と二階がざわついた。
「藤吉花魁!!」
「!!」
上がった悲鳴に紗雪は反射的に走り出した。階段を駆け上がると部屋に飛び込む。そこには腕から血を流す藤吉花魁と、小刀を手にした男が立っていた。
「藤吉ぃぃー…お、俺と死のう」
「わっちは主など知りもうさん!」
「おぉぉぉーっ!!」
襲いかかる男の足を払うと紗雪は素早くその腕を捻り上げた。痛みに小刀を取り落とした男の腕と足を近場にあった帯揚げで縛り上げる。
「うぅぅー!うぅーっ!!」
手拭いをまとめて口に突っ込むと喋れなくなった男を他所に紗雪は藤吉花魁の手を取った。
「…っ!」
「すいません、我慢して下さい。一度沸かした水はありますか?それと清潔な布を!」
紗雪は部屋の隅で震えていた禿に声をかけた。ビクッと震えた禿が転がる様に走って紗雪の指示したものを持ってくる。
「椎名ちゃん…」
廊下に昨日の少女達を認めて紗雪が声をかけた。
「すいませんが私の風呂敷を持ってきていただけますか」
「わ、わかった!まってて!!」
紗雪はタライに入った水に手拭いを浸すと藤吉花魁の腕の血を洗い流した。痛そうに顔を顰める藤吉花魁だが、唇を引き結んで耐えている。
(気丈な人だ)
「椎名ちゃん!これ!」
「ありがとうございます」
届いた風呂敷の中から紗雪は医薬品を取り出した。自作の生理食塩水で改めて傷を洗うとたっぷり薬をつけた新しい手拭いを腕に押し当て包帯を巻く。
「あなた…そんな物どうして…」
身売りされた娘が持っている様な物ではない。藤吉花魁の問いに紗雪は困った顔で笑うとタライの水で手についた血を洗った。
「包帯と手拭いは一日に二度取り替えて下さい。傷薬は差し上げます。思ったより深い傷ではないので二週間ぐらいで綺麗に治ると思いますよ」
「あ、ありがとう…」
藤吉花魁は巻かれた包帯と紗雪を交互に見つめていたが、やがて一つ頷くと禿に楼主を呼んでくる様伝えた。その段になって漸く騒ぎを知った楼主が転がる様にかけてくる。
「藤吉!!あぁ!なんて事だ!!大丈夫だったかい?怖かっただろうね」
「わっちは大丈夫。この子が助けてくれました」
楼主に振り返られ紗雪は背筋を正した。訝しげにする楼主を他所に紗雪に隣に来る様示す。
「あの…」
「良いから。おいで」
店で一番位の高い花魁に言われては断れない。紗雪が大人しく藤吉花魁の横に座ると、その白い手が肩にかけられた。
「この子、わっちが引き受けます」
「い、いや…この娘は入ってきたばかりだしちょいと年も過ぎているから…」
分かりやすく狼狽える楼主は花魁の評判を気にしている様だ。しかし藤吉花魁はニッコリ微笑んだ。
「この子が居なければわっちは死んでおりました。楼主はわっちに死んだ方が良かったとでも?」
「まさか!!わかったよ。藤吉がそう言うならそうしようね」
楼主は藤吉花魁に弱いのか慌てて頷くと紗雪に向かいよくよく言うことを聞くよう伝え戻っていった。突然の展開に戸惑う紗雪に藤吉花魁が微笑む。
「さっきはありがとう。医術の心得があるのね?なのにどうしてこんな所へ?何か事情があるの?」
(おぉ…本当に綺麗な人だ)
改めて向き直ると紗雪は思わず藤吉花魁に見惚れた。ぱっちりした目にシミどころか毛穴さえ無さそうな肌、ほっそりした首や手。
(当時女性の最高位と言われるのも分かる)
紗雪がかろうじて知っている女優など霞んで見える。藤吉花魁が小首を傾げるのに紗雪はハッとして口を開いた。
「実は…同じ村から姉妹同然にしていた人達が吉原に来ているんです。ずっと手紙のやりとりをしていたのに急に途絶えてしまって…」
「まぁ…」
藤吉花魁の悲しそうな瞳に申し訳なさが湧いてきて紗雪は顔を伏せた。それをどう捉えたのか藤吉花魁が紗雪の頭を撫でる。
「その子達の名前は?」
「京極屋の雛鶴、荻元屋のまきを、ときと屋の須磨です」
「京極屋」
藤吉花魁は窓の外に目をやった。心当たりがあるのかと紗雪が身を乗り出す。
「ご存知ですか!?」
「えぇ…確かこの前京極屋の病気で血を吐いた遊女がそんな名前だったわ。切見世にやられたって聞いたけれど」
病気は怖いわね…と藤吉花魁はため息をついた。
「それで…あの、他の二人は…」
「吉原には遊女は掃いて捨てるほどいるからねぇ。仮に足抜けしたのだったら店の評判にも関わる。外に話は漏れてこないわ」
最近足抜けする者が多いしね。その言葉に紗雪は急がなければと思った。
(喰っているのか溜めているのか…どのみち行方不明者が多いのはマズイ)
「元気出して。私も噂には気を付けておくから」
「ありがとうございます」
藤吉花魁の気遣いに深く頭を下げる紗雪だった。
(しまった。もうちょっと雑になれば良かったか)
翌日、遣手に褒められて紗雪は内心泣いた。煉獄家に住む様になってから千寿郎がとにかく礼儀正しいのに吊られて雑になれない。
「最低限三味の一曲か二曲出来れば早く店に出せるかもね」
勘弁してほしい。切実に。紗雪がそんな言葉を噛み殺しているとザワリ!と二階がざわついた。
「藤吉花魁!!」
「!!」
上がった悲鳴に紗雪は反射的に走り出した。階段を駆け上がると部屋に飛び込む。そこには腕から血を流す藤吉花魁と、小刀を手にした男が立っていた。
「藤吉ぃぃー…お、俺と死のう」
「わっちは主など知りもうさん!」
「おぉぉぉーっ!!」
襲いかかる男の足を払うと紗雪は素早くその腕を捻り上げた。痛みに小刀を取り落とした男の腕と足を近場にあった帯揚げで縛り上げる。
「うぅぅー!うぅーっ!!」
手拭いをまとめて口に突っ込むと喋れなくなった男を他所に紗雪は藤吉花魁の手を取った。
「…っ!」
「すいません、我慢して下さい。一度沸かした水はありますか?それと清潔な布を!」
紗雪は部屋の隅で震えていた禿に声をかけた。ビクッと震えた禿が転がる様に走って紗雪の指示したものを持ってくる。
「椎名ちゃん…」
廊下に昨日の少女達を認めて紗雪が声をかけた。
「すいませんが私の風呂敷を持ってきていただけますか」
「わ、わかった!まってて!!」
紗雪はタライに入った水に手拭いを浸すと藤吉花魁の腕の血を洗い流した。痛そうに顔を顰める藤吉花魁だが、唇を引き結んで耐えている。
(気丈な人だ)
「椎名ちゃん!これ!」
「ありがとうございます」
届いた風呂敷の中から紗雪は医薬品を取り出した。自作の生理食塩水で改めて傷を洗うとたっぷり薬をつけた新しい手拭いを腕に押し当て包帯を巻く。
「あなた…そんな物どうして…」
身売りされた娘が持っている様な物ではない。藤吉花魁の問いに紗雪は困った顔で笑うとタライの水で手についた血を洗った。
「包帯と手拭いは一日に二度取り替えて下さい。傷薬は差し上げます。思ったより深い傷ではないので二週間ぐらいで綺麗に治ると思いますよ」
「あ、ありがとう…」
藤吉花魁は巻かれた包帯と紗雪を交互に見つめていたが、やがて一つ頷くと禿に楼主を呼んでくる様伝えた。その段になって漸く騒ぎを知った楼主が転がる様にかけてくる。
「藤吉!!あぁ!なんて事だ!!大丈夫だったかい?怖かっただろうね」
「わっちは大丈夫。この子が助けてくれました」
楼主に振り返られ紗雪は背筋を正した。訝しげにする楼主を他所に紗雪に隣に来る様示す。
「あの…」
「良いから。おいで」
店で一番位の高い花魁に言われては断れない。紗雪が大人しく藤吉花魁の横に座ると、その白い手が肩にかけられた。
「この子、わっちが引き受けます」
「い、いや…この娘は入ってきたばかりだしちょいと年も過ぎているから…」
分かりやすく狼狽える楼主は花魁の評判を気にしている様だ。しかし藤吉花魁はニッコリ微笑んだ。
「この子が居なければわっちは死んでおりました。楼主はわっちに死んだ方が良かったとでも?」
「まさか!!わかったよ。藤吉がそう言うならそうしようね」
楼主は藤吉花魁に弱いのか慌てて頷くと紗雪に向かいよくよく言うことを聞くよう伝え戻っていった。突然の展開に戸惑う紗雪に藤吉花魁が微笑む。
「さっきはありがとう。医術の心得があるのね?なのにどうしてこんな所へ?何か事情があるの?」
(おぉ…本当に綺麗な人だ)
改めて向き直ると紗雪は思わず藤吉花魁に見惚れた。ぱっちりした目にシミどころか毛穴さえ無さそうな肌、ほっそりした首や手。
(当時女性の最高位と言われるのも分かる)
紗雪がかろうじて知っている女優など霞んで見える。藤吉花魁が小首を傾げるのに紗雪はハッとして口を開いた。
「実は…同じ村から姉妹同然にしていた人達が吉原に来ているんです。ずっと手紙のやりとりをしていたのに急に途絶えてしまって…」
「まぁ…」
藤吉花魁の悲しそうな瞳に申し訳なさが湧いてきて紗雪は顔を伏せた。それをどう捉えたのか藤吉花魁が紗雪の頭を撫でる。
「その子達の名前は?」
「京極屋の雛鶴、荻元屋のまきを、ときと屋の須磨です」
「京極屋」
藤吉花魁は窓の外に目をやった。心当たりがあるのかと紗雪が身を乗り出す。
「ご存知ですか!?」
「えぇ…確かこの前京極屋の病気で血を吐いた遊女がそんな名前だったわ。切見世にやられたって聞いたけれど」
病気は怖いわね…と藤吉花魁はため息をついた。
「それで…あの、他の二人は…」
「吉原には遊女は掃いて捨てるほどいるからねぇ。仮に足抜けしたのだったら店の評判にも関わる。外に話は漏れてこないわ」
最近足抜けする者が多いしね。その言葉に紗雪は急がなければと思った。
(喰っているのか溜めているのか…どのみち行方不明者が多いのはマズイ)
「元気出して。私も噂には気を付けておくから」
「ありがとうございます」
藤吉花魁の気遣いに深く頭を下げる紗雪だった。