本編
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「そこまで!」
「………っ!」
カナヲ相手の反射訓練と全身訓練を一発でクリアした紗雪は無言でガッツポーズすると喜びに浸った。ただの訓練でも目標だったカナヲを一発クリアはやはり嬉しい。
「椎名…速い…」
「ありがとうございます。師範にくっ付いて走り回ってた成果が見えて嬉しいです」
それでもまだ煉獄の方が遥かに速いのだから恐ろしい。紗雪はカナヲに深くお辞儀をした。
「ありがとうございましたカナヲちゃ…ん?」
カナヲに右手を取られ紗雪は首を傾げた。カナヲの方から声をかけてくれる事はあっても、触られたのは初めてだ。
「カナヲちゃん?」
「階級…見せて」
「…良いですよ。と言っても私も見た事ないんですよね。どうやるんでしたっけ?」
カナヲでも階級に拘ったりするんだなと新鮮に思いつつ紗雪は尋ねた。アオイの説明を聞きながら右手を握りしめる。
「階級を示せ」
ズズ…と浮かび上がった文字は丙だった。カナヲが目に見えて固まる。
「丙ですね。順調に上がれているようで嬉しいです…って、カナヲちゃん?」
カナヲは僅かに眉を寄せると顔を赤くしていた。拗ねているのかもしれない。珍しいカナヲの表情に紗雪は目を丸くした。
「あの…カナヲちゃん?」
「……絶対…追いつく、から」
「あら珍しい。カナヲがそんな事言うなんて。感心、感心」
カナヲの後ろに胡蝶が現れた。カナヲの両肩に手を置いている。カナヲが慌てて振り返るのに胡蝶が頭を撫でた。
「身近な目標があるのは良い事ですね」
「……はい」
目標と言われて紗雪は背筋が伸びる気持ちだった。いつの間にか人に背中を見せる側になっていたなんて思ってもいなかった。
「機能回復訓練も終了したようですし紗雪さんは退院ですね」
「ありがとうございます。お世話になりました」
頭を下げる紗雪に胡蝶が頬に手を当てるとため息をつく。
「残念です。紗雪さんが入院してくれていると翻訳が進んで私は助かっていたんですけど」
「…勘弁して下さい」
胡蝶がかなり本気で言っているのに気が付いて紗雪は苦笑した。役に立てるのは嬉しいが流石にキツい。胡蝶がふふ…と笑った。
「冗談ですよ。それとお迎えがいらしてます」
「迎え?」
一瞬煉獄の顔が浮かんだが紗雪はそれを打ち消した。さっき用事があるとの口実で慌てて帰って行ったばかりだ。
「待合室で待ってもらっていますから、支度をして行ってあげてください」
「はい。本当にありがとうございました」
紗雪はもう一度頭を下げると個室に戻った。久しぶりの隊服に袖を通すと身が引き締まる。日輪刀を腰に挿し羽織を着ると紗雪は待合室に向かった。
「紗雪さん」
「千寿郎さん!お一人で来られたんですか?」
待合室に居たのは千寿郎一人だった。驚く紗雪に困ったように笑う。
「本当はお見舞いのつもりだったのですが、蟲柱様が退院すると教えてくださいました」
「そうだったんですね。ありがとうございます」
千寿郎が来た段階では訓練が終わっていなかったはずなのに、紗雪は胡蝶の慧眼に感服した。千寿郎と連れ立って蝶屋敷を後にする。
「先程兄上が慌てた様子でどこかへ向かわれるのをお見かけしました。どうされたのでしょう?」
「あー…急ぎの用でも出来たんでしょうか?」
紗雪は視線を逸らすと誤魔化した。千寿郎に説明できる事ではない。力なく笑う千寿郎の様子に紗雪は少し眉を寄せた。
「千寿郎さん、具合でも悪いんですか?」
どうも先程から元気がない。紗雪が尋ねると千寿郎は意を決して口を開いた。
「紗雪さん!僕に鍛錬をつけていただけませんか!?」
「えっ!?」
思ってもいなかった千寿郎の申し出に紗雪は目を丸くした。千寿郎が自分の羽織をギュッと握り締める。
「僕なりに鍛錬して来ましたが日輪刀の色は変わりませんでした。兄上はあの通りお忙しい方ですし、紗雪さんは炎の呼吸を使えます!時間のある時で良いんです!!お願いします!」
切羽詰まった様子の千寿郎に紗雪は考え込んだ。型は千寿郎の方が遥かに綺麗なのだがそんな事を言っても納得できないだろう。
(と言うか千寿郎さんがそこまで悩んでいたなんて…気付けなくて申し訳なかったな)
千寿郎からすればぽっと出の紗雪に煉獄の継子の立場を取られたも同然なのだ。それをこれまで好意的に受け入れてくれてたのだからこの12歳は性根がとにかく澄み切っているのだ。
(そう言えばこんな顔どこかで…)
黙ってしまった紗雪に千寿郎は肩を落とすと謝った。
「申し訳ありません。紗雪さんだってこんなこと言われても困りますよね」
「あぁ!違うんです!!そうじゃ無くて、昔指導を受けた教官を思い出してました」
「教官ですか?」
首を傾げる千寿郎に歩くよう促すと紗雪は話し出した。
「私が特殊部隊に配属されたばかりの時にお世話になった方です。とにかく生きて帰ってこれる隊員を育成する事に定評のある方で厳しい人でした」
ナイフで俺の髭を当たれるようになれと無茶振りして来た人でもある。朝から晩まで…いや、時には寝ている時にでも奇襲をかけてくるような人で、不眠症になる隊員も随分いた。
「強い方だったのですね」
そう感想を漏らす千寿郎に、しかし紗雪は首を横に振った。
「ところが模擬訓練になるとてんで駄目な人でした。まず腰が引けている。筋力も現職の隊員には敵わない。走れば周回遅れは当たり前」
現職ならば失格の烙印を押されて配置換えだ。千寿郎が目を丸くした。
「そんな方がどうして…?」
「戦場で何が恐ろしいのかをよく知っている人でした。その恐怖への耐え方、乗り越え方を叩き込んでくれました。そう言ったものを伝えるのが、教えるのが凄く上手い人だったんです」
「初めての戦場から戻った時、教官は大泣きして出迎えてくれました。誰も欠けることなく戻って来て良かったって。俺は戦場では役立たずで、何も出来なかったからって」
「人に教える事と自分が出来る事は違うという事を教わりました。私は…千寿郎さんは伝える方だと思うんです」
千寿郎の視線を感じながら紗雪は真っ直ぐ前を見たまま続けた。きっと千寿郎の望んでいる答えでは無いだろうが、自分にはこれしか言えない。
「私が師範から受け取った教えではなく、千寿郎さんが師範から受け取ったものを大事にして下さい。それはきっと技とか立場とかではない、もっとずっと大切なものだと思うから」
「………」
黙ってしまった千寿郎に紗雪は失敗したと思った。もっと他に良い言い回しがあったかもしれない。しかし長い沈黙の後、千寿郎は小さな声で紗雪に尋ねた。
「僕に出来るでしょうか…?」
「師範は何と仰っていましたか?」
「………」
千寿郎の目から大粒の涙が溢れた。次から次へと流れ落ちるそれを千寿郎は拭うことなく歩き続ける。
「兄上は三巻しかない炎の呼吸の指南書で技を身につけました。僕もそんな風に後世に何かを伝えられるようなりたいです」
「千寿郎さんなら出来ます。ただ…」
紗雪は言いにくそうに言葉を切った。涙を拭い首を傾げる千寿郎にこそっと告げる。
「師範の真似はやめた方がいいです。あの人、煉獄家の突然変異なんじゃないかと最近思うんですよね」
鋼のメンタル、不屈の闘志。すごい事ではあるが普通の人なら心が折れる。折れない方がおかしい。
紗雪の台詞に千寿郎は吹き出すと、声を上げて笑った。
「あはは!それは凄いですね!でもそうですね、僕は僕にできる事をやろうと思います」
「はい…ところで千寿郎さんはオムライスってご存知ですか?」
「話題の転換がすごいですね紗雪さん!名前を聞いたことがあるぐらいですが」
「実はケチャップを蝶屋敷で分けていただいたので、夕飯はオムライスにしましょう。私が作ります」
「オムライスが作れるのですか?楽しみです!」
「あ、いや…あんまり期待しないで下さい」
千寿郎と紗雪は明るく笑いながら家路を辿るのだった。
「………っ!」
カナヲ相手の反射訓練と全身訓練を一発でクリアした紗雪は無言でガッツポーズすると喜びに浸った。ただの訓練でも目標だったカナヲを一発クリアはやはり嬉しい。
「椎名…速い…」
「ありがとうございます。師範にくっ付いて走り回ってた成果が見えて嬉しいです」
それでもまだ煉獄の方が遥かに速いのだから恐ろしい。紗雪はカナヲに深くお辞儀をした。
「ありがとうございましたカナヲちゃ…ん?」
カナヲに右手を取られ紗雪は首を傾げた。カナヲの方から声をかけてくれる事はあっても、触られたのは初めてだ。
「カナヲちゃん?」
「階級…見せて」
「…良いですよ。と言っても私も見た事ないんですよね。どうやるんでしたっけ?」
カナヲでも階級に拘ったりするんだなと新鮮に思いつつ紗雪は尋ねた。アオイの説明を聞きながら右手を握りしめる。
「階級を示せ」
ズズ…と浮かび上がった文字は丙だった。カナヲが目に見えて固まる。
「丙ですね。順調に上がれているようで嬉しいです…って、カナヲちゃん?」
カナヲは僅かに眉を寄せると顔を赤くしていた。拗ねているのかもしれない。珍しいカナヲの表情に紗雪は目を丸くした。
「あの…カナヲちゃん?」
「……絶対…追いつく、から」
「あら珍しい。カナヲがそんな事言うなんて。感心、感心」
カナヲの後ろに胡蝶が現れた。カナヲの両肩に手を置いている。カナヲが慌てて振り返るのに胡蝶が頭を撫でた。
「身近な目標があるのは良い事ですね」
「……はい」
目標と言われて紗雪は背筋が伸びる気持ちだった。いつの間にか人に背中を見せる側になっていたなんて思ってもいなかった。
「機能回復訓練も終了したようですし紗雪さんは退院ですね」
「ありがとうございます。お世話になりました」
頭を下げる紗雪に胡蝶が頬に手を当てるとため息をつく。
「残念です。紗雪さんが入院してくれていると翻訳が進んで私は助かっていたんですけど」
「…勘弁して下さい」
胡蝶がかなり本気で言っているのに気が付いて紗雪は苦笑した。役に立てるのは嬉しいが流石にキツい。胡蝶がふふ…と笑った。
「冗談ですよ。それとお迎えがいらしてます」
「迎え?」
一瞬煉獄の顔が浮かんだが紗雪はそれを打ち消した。さっき用事があるとの口実で慌てて帰って行ったばかりだ。
「待合室で待ってもらっていますから、支度をして行ってあげてください」
「はい。本当にありがとうございました」
紗雪はもう一度頭を下げると個室に戻った。久しぶりの隊服に袖を通すと身が引き締まる。日輪刀を腰に挿し羽織を着ると紗雪は待合室に向かった。
「紗雪さん」
「千寿郎さん!お一人で来られたんですか?」
待合室に居たのは千寿郎一人だった。驚く紗雪に困ったように笑う。
「本当はお見舞いのつもりだったのですが、蟲柱様が退院すると教えてくださいました」
「そうだったんですね。ありがとうございます」
千寿郎が来た段階では訓練が終わっていなかったはずなのに、紗雪は胡蝶の慧眼に感服した。千寿郎と連れ立って蝶屋敷を後にする。
「先程兄上が慌てた様子でどこかへ向かわれるのをお見かけしました。どうされたのでしょう?」
「あー…急ぎの用でも出来たんでしょうか?」
紗雪は視線を逸らすと誤魔化した。千寿郎に説明できる事ではない。力なく笑う千寿郎の様子に紗雪は少し眉を寄せた。
「千寿郎さん、具合でも悪いんですか?」
どうも先程から元気がない。紗雪が尋ねると千寿郎は意を決して口を開いた。
「紗雪さん!僕に鍛錬をつけていただけませんか!?」
「えっ!?」
思ってもいなかった千寿郎の申し出に紗雪は目を丸くした。千寿郎が自分の羽織をギュッと握り締める。
「僕なりに鍛錬して来ましたが日輪刀の色は変わりませんでした。兄上はあの通りお忙しい方ですし、紗雪さんは炎の呼吸を使えます!時間のある時で良いんです!!お願いします!」
切羽詰まった様子の千寿郎に紗雪は考え込んだ。型は千寿郎の方が遥かに綺麗なのだがそんな事を言っても納得できないだろう。
(と言うか千寿郎さんがそこまで悩んでいたなんて…気付けなくて申し訳なかったな)
千寿郎からすればぽっと出の紗雪に煉獄の継子の立場を取られたも同然なのだ。それをこれまで好意的に受け入れてくれてたのだからこの12歳は性根がとにかく澄み切っているのだ。
(そう言えばこんな顔どこかで…)
黙ってしまった紗雪に千寿郎は肩を落とすと謝った。
「申し訳ありません。紗雪さんだってこんなこと言われても困りますよね」
「あぁ!違うんです!!そうじゃ無くて、昔指導を受けた教官を思い出してました」
「教官ですか?」
首を傾げる千寿郎に歩くよう促すと紗雪は話し出した。
「私が特殊部隊に配属されたばかりの時にお世話になった方です。とにかく生きて帰ってこれる隊員を育成する事に定評のある方で厳しい人でした」
ナイフで俺の髭を当たれるようになれと無茶振りして来た人でもある。朝から晩まで…いや、時には寝ている時にでも奇襲をかけてくるような人で、不眠症になる隊員も随分いた。
「強い方だったのですね」
そう感想を漏らす千寿郎に、しかし紗雪は首を横に振った。
「ところが模擬訓練になるとてんで駄目な人でした。まず腰が引けている。筋力も現職の隊員には敵わない。走れば周回遅れは当たり前」
現職ならば失格の烙印を押されて配置換えだ。千寿郎が目を丸くした。
「そんな方がどうして…?」
「戦場で何が恐ろしいのかをよく知っている人でした。その恐怖への耐え方、乗り越え方を叩き込んでくれました。そう言ったものを伝えるのが、教えるのが凄く上手い人だったんです」
「初めての戦場から戻った時、教官は大泣きして出迎えてくれました。誰も欠けることなく戻って来て良かったって。俺は戦場では役立たずで、何も出来なかったからって」
「人に教える事と自分が出来る事は違うという事を教わりました。私は…千寿郎さんは伝える方だと思うんです」
千寿郎の視線を感じながら紗雪は真っ直ぐ前を見たまま続けた。きっと千寿郎の望んでいる答えでは無いだろうが、自分にはこれしか言えない。
「私が師範から受け取った教えではなく、千寿郎さんが師範から受け取ったものを大事にして下さい。それはきっと技とか立場とかではない、もっとずっと大切なものだと思うから」
「………」
黙ってしまった千寿郎に紗雪は失敗したと思った。もっと他に良い言い回しがあったかもしれない。しかし長い沈黙の後、千寿郎は小さな声で紗雪に尋ねた。
「僕に出来るでしょうか…?」
「師範は何と仰っていましたか?」
「………」
千寿郎の目から大粒の涙が溢れた。次から次へと流れ落ちるそれを千寿郎は拭うことなく歩き続ける。
「兄上は三巻しかない炎の呼吸の指南書で技を身につけました。僕もそんな風に後世に何かを伝えられるようなりたいです」
「千寿郎さんなら出来ます。ただ…」
紗雪は言いにくそうに言葉を切った。涙を拭い首を傾げる千寿郎にこそっと告げる。
「師範の真似はやめた方がいいです。あの人、煉獄家の突然変異なんじゃないかと最近思うんですよね」
鋼のメンタル、不屈の闘志。すごい事ではあるが普通の人なら心が折れる。折れない方がおかしい。
紗雪の台詞に千寿郎は吹き出すと、声を上げて笑った。
「あはは!それは凄いですね!でもそうですね、僕は僕にできる事をやろうと思います」
「はい…ところで千寿郎さんはオムライスってご存知ですか?」
「話題の転換がすごいですね紗雪さん!名前を聞いたことがあるぐらいですが」
「実はケチャップを蝶屋敷で分けていただいたので、夕飯はオムライスにしましょう。私が作ります」
「オムライスが作れるのですか?楽しみです!」
「あ、いや…あんまり期待しないで下さい」
千寿郎と紗雪は明るく笑いながら家路を辿るのだった。