本編
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(くだらん!何もかもくだらん!!)
愼寿郎は読んでいた本を投げ出すと、布団に仰向けに転がった。どんな努力をしようが、何をしてもしなくとも現実は変わらないのだ。
(無駄だ。こんな考えも…最近うちに来たあの娘のやっている事も全部)
愼寿郎は紗雪の事を思い出しフンと鼻を鳴らした。息子が連れてきた風変わりな娘は毎日基礎鍛錬をし続けている。
(そんな事に何の意味がある)
愼寿郎は明るい日の光を避けるように背を向けた。
スパーン!!
「っ!?」
音を立てて開いた障子戸に愼寿郎は驚いて振り返った。ニコニコして入ってきた紗雪が愼寿郎の布団の前に座る。
「おはようございます」
「…何の用だ」
愼寿郎は身を起こすと紗雪を睨みつけた。しかし紗雪の笑顔は崩れない。
「今日はお願いがあってお邪魔しました」
「…フン!立ち直れだの家族を顧みろだのの台詞は聞き飽きたぞ!」
「あ、それは割とどうでも良いです」
「………は?」
紗雪は片手をピッと上げると言い切った。虚をつかれた愼寿郎が呆気に取られている間に畳み掛ける。
「私が気にしているのは健康面のことでして愼寿郎さん私の知る限り毎日お酒をかなりの量、相当な時間お召しになっていますよね。肝臓への負担がかなりのものになっていると思われます」
「それがどうし…」
「肝臓というのは沈黙の臓器とも言われてまして酒精を分解する機能があるんですが、処理機能を大きく超えての飲酒を続けていますと肝炎という炎症を起こします。これがさらに悪化すると肝硬変ですね」
「だから…」
「これが症状が自覚できた頃には手遅れと言うことが多いのですが、肝臓の機能が落ちると血液中にアンモニアという毒性のある物質が増えて症状としては黄疸、意識障害などを引き起こす肝性脳症、食道胃静脈瘤という症状が起きまして命の危険があります」
「おい……」
「あと厄介なのが糖尿病ですね。合併症が深刻でして糖尿病性神経障害で足を切り落とさなければならなかったり、糖尿病性網膜症で失明したり、心筋梗塞や脳梗塞になる人もいます。確率としては糖尿ではない方の2倍から3倍の数になりますね」
「………」
「それから飲酒に伴う栄養バランスの偏りからビタミンB1が慢性的に欠乏状態になります。アルコール性神経抹消障害による手足の痺れ、ヴェルニッケ脳症による無欲状態、失調性歩行、あぁ小脳が萎縮するアルコール性小脳失調症でも歩行が不安定になりますね」
「……………」
次々出てくる不穏な単語に愼寿郎は思わず無言になった。紗雪が更に続ける。
「それからこの布団です。すっかり万年床と化してらっしゃいますよね。あ、裏は取れてますので大丈夫ですよ。万年床と言うのはカビとダニの温床です」
「…………」
「人間というものは寝ている間に200ml程度の汗をかくといわれています。夏の暑い日などは500ml以上汗をかくことさえあります。さらに、汗だけではありません。暖かい布団と冷たい床の温度差で、結露が発生することもあります」
「…………」
「皮脂や髪の毛はダニの格好の餌です。万年床にはこう言ったものが沢山あるということですね。ダニと言っても布団に発生するダニは人を噛むような種類のものではありません」
「…………」
「種類としてはヒョウダニと言うものになりまして、噛まない代わりと言っては何ですがフンや死骸などがアレルギー性疾患の原因となるんです。アレルギーと言うのは体に入った異物を排除しようとする機能である免疫が過剰反応して体に異常を引き起こす状態のことです」
「…………」
「つまりそれを睡眠中に吸い込んでいるというわけですね。死骸やフンが体内に蓄積すれば、ある日突然アレルギーから呼吸困難になる可能性があります」
「次にカビの方ですが…」
「もういい」
「はい?」
「もういいと言っている」
愼寿郎はゲンナリした顔をすると胡座の上で肩肘をついた。
「だから俺にどうしろと?」
物分かりのいい愼寿郎に紗雪は満面の笑みで手を叩いた。
「せっかくのいい天気なので布団を干させてください。それとお部屋の掃除ですね。あと…」
「まだあるのか」
「酒を飲むなとは強制できませんのでせめて飲酒の感覚を8時間あけましょう。始めに言いましたがとにかく愼寿郎さんの健康面が心配ですので」
止めろ、悪いでは無く心配と言う紗雪に愼寿郎はため息をつくと立ち上がった。
「終わったら声をかけろ」
「茶の間に朝食の支度をしてありますのでどうぞ。しじみ汁はタウリン、オルチニン、メチオニンの成分が肝臓に良いですよ」
「わかったわかった!」
愼寿郎はおざなりに返事をすると茶の間へ向かった。戸を開け中に入ると煉獄が食事をしている。
「……」
引き返すのも馬鹿らしく、愼寿郎は自分の食事の前に座った。
「おはようございます!父上!!」
「………あぁ」
唸るように返事を返すと味噌汁を手に取る。タップリのシジミが入っていて愼寿郎は顔を引き攣らせた。
「……あの娘は」
「はい」
「…医者か何かなのか」
話が速くて半分しか理解できなかったが、大変小難しい話をされた気がする。愼寿郎が尋ねれば煉獄は嬉しそうに答えた。
「時折胡蝶の所で医学書の翻訳を手伝っているようです!」
「そうか…っ!」
(酒瓶!!)
愼寿郎は慌てて箸を置くとポカンとする煉獄を置いて茶の間を飛び出した。自室へと廊下を急ぐ。
(酒瓶の中身を見られたら…!)
実は愼寿郎、あまり酒が飲める方ではない。なので時折酒瓶を水飲み代わりにしている事がある。
(あんなもの知られたら恥ずかしさで死ねるぞ!)
飲めない酒を飲んだふりまでしているなんて、決して知られたいことではない。愼寿郎は部屋の戸を勢いよく開けた。
「おい!娘…っ」
しかし部屋には誰も居らず愼寿郎は舌打ちをすると踵を返した。
(全く無駄に仕事の速い!台所か?)
「ち、父上!?」
茶の間の前で自分の横を勢いよく過ぎていく愼寿郎に千寿郎は目を丸くした。中から煉獄が顔を出す。
「どうなされたのでしょう」
「先程自室に飛んで行かれたと思ったのだがな!まぁ父上のことだ!大事あるまい!!それより千寿郎も朝餉を頂きなさい!冷めてしまうぞ!」
「は、はい」
心配そうに父親の背中を見送る千寿郎の視線の先で、愼寿郎は台所へ向かう廊下を曲がって消えた。
「お、い…っ!」
愼寿郎は台所に向かって声を上げかけて…ぐっと押し黙った。視線の先に綺麗に洗われ伏せられた酒瓶が目に入る。
(遅かったか!?)
「どうかされましたか?」
「っ!!」
後ろから声をかけられ愼寿郎は大慌てで紗雪から距離をとった。たらりと冷や汗が流れるが紗雪は笑顔のままで感情が読めない。
「…あの酒瓶は」
「あぁ、空っぽだったので洗いましたよ」
もう酒の話かと苦笑する紗雪に愼寿郎は内心胸を撫で下ろした。気付かれていないのならばそれで良い。
(夜の間に飲み切っていたんだったか)
「それなら良い。ついでに部屋に水差しも頼む」
やれやれと思いながら愼寿郎は茶の間に戻りかけた。紗雪がニコニコしたまま返事をする。
「わかりました。あぁ、それとも酒瓶を一杯に満たしてお戻しした方が良いですか?」
「………」
ヒクリと口元を引き攣らせた愼寿郎はしばらく紗雪の笑顔を見つめていたが、やがて諦めたように肩を落とすと歩き出した。
「普通に水差しで頼む」
「はい」
愼寿郎の返事に満足して頷く紗雪だった。
愼寿郎は読んでいた本を投げ出すと、布団に仰向けに転がった。どんな努力をしようが、何をしてもしなくとも現実は変わらないのだ。
(無駄だ。こんな考えも…最近うちに来たあの娘のやっている事も全部)
愼寿郎は紗雪の事を思い出しフンと鼻を鳴らした。息子が連れてきた風変わりな娘は毎日基礎鍛錬をし続けている。
(そんな事に何の意味がある)
愼寿郎は明るい日の光を避けるように背を向けた。
スパーン!!
「っ!?」
音を立てて開いた障子戸に愼寿郎は驚いて振り返った。ニコニコして入ってきた紗雪が愼寿郎の布団の前に座る。
「おはようございます」
「…何の用だ」
愼寿郎は身を起こすと紗雪を睨みつけた。しかし紗雪の笑顔は崩れない。
「今日はお願いがあってお邪魔しました」
「…フン!立ち直れだの家族を顧みろだのの台詞は聞き飽きたぞ!」
「あ、それは割とどうでも良いです」
「………は?」
紗雪は片手をピッと上げると言い切った。虚をつかれた愼寿郎が呆気に取られている間に畳み掛ける。
「私が気にしているのは健康面のことでして愼寿郎さん私の知る限り毎日お酒をかなりの量、相当な時間お召しになっていますよね。肝臓への負担がかなりのものになっていると思われます」
「それがどうし…」
「肝臓というのは沈黙の臓器とも言われてまして酒精を分解する機能があるんですが、処理機能を大きく超えての飲酒を続けていますと肝炎という炎症を起こします。これがさらに悪化すると肝硬変ですね」
「だから…」
「これが症状が自覚できた頃には手遅れと言うことが多いのですが、肝臓の機能が落ちると血液中にアンモニアという毒性のある物質が増えて症状としては黄疸、意識障害などを引き起こす肝性脳症、食道胃静脈瘤という症状が起きまして命の危険があります」
「おい……」
「あと厄介なのが糖尿病ですね。合併症が深刻でして糖尿病性神経障害で足を切り落とさなければならなかったり、糖尿病性網膜症で失明したり、心筋梗塞や脳梗塞になる人もいます。確率としては糖尿ではない方の2倍から3倍の数になりますね」
「………」
「それから飲酒に伴う栄養バランスの偏りからビタミンB1が慢性的に欠乏状態になります。アルコール性神経抹消障害による手足の痺れ、ヴェルニッケ脳症による無欲状態、失調性歩行、あぁ小脳が萎縮するアルコール性小脳失調症でも歩行が不安定になりますね」
「……………」
次々出てくる不穏な単語に愼寿郎は思わず無言になった。紗雪が更に続ける。
「それからこの布団です。すっかり万年床と化してらっしゃいますよね。あ、裏は取れてますので大丈夫ですよ。万年床と言うのはカビとダニの温床です」
「…………」
「人間というものは寝ている間に200ml程度の汗をかくといわれています。夏の暑い日などは500ml以上汗をかくことさえあります。さらに、汗だけではありません。暖かい布団と冷たい床の温度差で、結露が発生することもあります」
「…………」
「皮脂や髪の毛はダニの格好の餌です。万年床にはこう言ったものが沢山あるということですね。ダニと言っても布団に発生するダニは人を噛むような種類のものではありません」
「…………」
「種類としてはヒョウダニと言うものになりまして、噛まない代わりと言っては何ですがフンや死骸などがアレルギー性疾患の原因となるんです。アレルギーと言うのは体に入った異物を排除しようとする機能である免疫が過剰反応して体に異常を引き起こす状態のことです」
「…………」
「つまりそれを睡眠中に吸い込んでいるというわけですね。死骸やフンが体内に蓄積すれば、ある日突然アレルギーから呼吸困難になる可能性があります」
「次にカビの方ですが…」
「もういい」
「はい?」
「もういいと言っている」
愼寿郎はゲンナリした顔をすると胡座の上で肩肘をついた。
「だから俺にどうしろと?」
物分かりのいい愼寿郎に紗雪は満面の笑みで手を叩いた。
「せっかくのいい天気なので布団を干させてください。それとお部屋の掃除ですね。あと…」
「まだあるのか」
「酒を飲むなとは強制できませんのでせめて飲酒の感覚を8時間あけましょう。始めに言いましたがとにかく愼寿郎さんの健康面が心配ですので」
止めろ、悪いでは無く心配と言う紗雪に愼寿郎はため息をつくと立ち上がった。
「終わったら声をかけろ」
「茶の間に朝食の支度をしてありますのでどうぞ。しじみ汁はタウリン、オルチニン、メチオニンの成分が肝臓に良いですよ」
「わかったわかった!」
愼寿郎はおざなりに返事をすると茶の間へ向かった。戸を開け中に入ると煉獄が食事をしている。
「……」
引き返すのも馬鹿らしく、愼寿郎は自分の食事の前に座った。
「おはようございます!父上!!」
「………あぁ」
唸るように返事を返すと味噌汁を手に取る。タップリのシジミが入っていて愼寿郎は顔を引き攣らせた。
「……あの娘は」
「はい」
「…医者か何かなのか」
話が速くて半分しか理解できなかったが、大変小難しい話をされた気がする。愼寿郎が尋ねれば煉獄は嬉しそうに答えた。
「時折胡蝶の所で医学書の翻訳を手伝っているようです!」
「そうか…っ!」
(酒瓶!!)
愼寿郎は慌てて箸を置くとポカンとする煉獄を置いて茶の間を飛び出した。自室へと廊下を急ぐ。
(酒瓶の中身を見られたら…!)
実は愼寿郎、あまり酒が飲める方ではない。なので時折酒瓶を水飲み代わりにしている事がある。
(あんなもの知られたら恥ずかしさで死ねるぞ!)
飲めない酒を飲んだふりまでしているなんて、決して知られたいことではない。愼寿郎は部屋の戸を勢いよく開けた。
「おい!娘…っ」
しかし部屋には誰も居らず愼寿郎は舌打ちをすると踵を返した。
(全く無駄に仕事の速い!台所か?)
「ち、父上!?」
茶の間の前で自分の横を勢いよく過ぎていく愼寿郎に千寿郎は目を丸くした。中から煉獄が顔を出す。
「どうなされたのでしょう」
「先程自室に飛んで行かれたと思ったのだがな!まぁ父上のことだ!大事あるまい!!それより千寿郎も朝餉を頂きなさい!冷めてしまうぞ!」
「は、はい」
心配そうに父親の背中を見送る千寿郎の視線の先で、愼寿郎は台所へ向かう廊下を曲がって消えた。
「お、い…っ!」
愼寿郎は台所に向かって声を上げかけて…ぐっと押し黙った。視線の先に綺麗に洗われ伏せられた酒瓶が目に入る。
(遅かったか!?)
「どうかされましたか?」
「っ!!」
後ろから声をかけられ愼寿郎は大慌てで紗雪から距離をとった。たらりと冷や汗が流れるが紗雪は笑顔のままで感情が読めない。
「…あの酒瓶は」
「あぁ、空っぽだったので洗いましたよ」
もう酒の話かと苦笑する紗雪に愼寿郎は内心胸を撫で下ろした。気付かれていないのならばそれで良い。
(夜の間に飲み切っていたんだったか)
「それなら良い。ついでに部屋に水差しも頼む」
やれやれと思いながら愼寿郎は茶の間に戻りかけた。紗雪がニコニコしたまま返事をする。
「わかりました。あぁ、それとも酒瓶を一杯に満たしてお戻しした方が良いですか?」
「………」
ヒクリと口元を引き攣らせた愼寿郎はしばらく紗雪の笑顔を見つめていたが、やがて諦めたように肩を落とすと歩き出した。
「普通に水差しで頼む」
「はい」
愼寿郎の返事に満足して頷く紗雪だった。