短編
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キメツ学園は産屋敷グループが運営している学校法人である。なので学校自体も設備の整った校舎だが、教師の充てがわれている教員住宅もなかなか立派なマンションだった。
独身の教師でも2LDKの広々とした部屋で希望すれば清掃サービスを格安で入れる事も出来る。大抵の独身者がこのサービスを利用している中、これを使用していない何人かの中に歴史教師の煉獄がいた。
理由は言わずもがな、紗雪との時間を邪魔されたくないからだ。
「そろそろ引っ越してこないか?椎名」
作り置きの和朝食を食べながらいつもの煉獄からの誘い。紗雪は呆れた顔で笑うといつもと同じ答えを返した。
「無理です。ここからじゃバイトに行けませんよ」
将来的に司書になりたくて大学に通っている紗雪は図書館でバイトをしている。勿論先々の事を考えてのバイトなので辞める気はない。これまた作り置きの味噌玉で作ったお味噌汁を口に運ぶと煉獄は事もなげに言った。
「普通二輪の免許を持っていただろう。バイクを買ってこよう!」
「またそうやって何でも買い与えようとするのやめて下さいったら」
紗雪はため息をつくと食事の手を止めた。朝から楽しい話ではないがちゃんと止めておかないと煉獄は本当に買ってきてしまう。この前だって新型スマホの契約を何とか阻止したばかりだ。と言うか何度目の議論なんだろうと腹が立つ。
「良いですか、師範」
「椎名、呼び方」
「…良いですか、杏寿郎さん。前とは違うんです。むしろ私は現代二週目なんですよ?あれこれ物欲はないんです」
煉獄と紗雪は前世の記憶を持っていた。キメツ学園には他にもそう言った人間がいるのでそう珍しくはないが、紗雪に関しては自分自身の人生を二周目と言う事で、少しばかり事情が違う。
「必要な物を買うのと物欲は関係ないぞ!」
「私は欲しくないし、必要としてません!買えばガソリン代や車検費用が必要になるんですよ?」
「それぐらい出せる給与は受け取っている!」
「お館様ですもんね!?そりゃそうでしょうけど!」
論点はそこじゃない。紗雪は深々とため息をつくと、黙々と食事をし食器を食洗機に入れた。煉獄が食べ終わるより先に出かける支度を済ませてしまうとテーブルをバン!と叩いた。
「ただご自分がしたいようにしかするつもりがないのでしたら、私のいない所でお好きなだけどうぞ」
「待て椎名。椎名!」
紗雪は一切振り返る事なく部屋を出て行った。
「そりゃお前が派手に悪い」
「前のスマホの時にも大騒ぎしたのに懲りない奴だなぁ」
学園の職員室で煉獄はズゥゥン…と落ち込んでいた。宇髄と不死川に追撃されて恨めしげな視線を向ける。
「紗雪の言う通りだろぉ。前とは違うんだ。紗雪は寄る方ない娘じゃねぇし、ちゃんと将来を見据えて生きてるんだぁ。それを邪魔すんじゃねぇよ」
「邪魔などしていない!俺は紗雪の為になればと…!」
「本人が派手に拒否ってんのに為にはならんわな」
「………」
深ーいため息を吐き出すと頭を抱える。言われれば理解できる。理解は出来るのだが納得出来ない。前は煉獄が用意した物を身に付けてくれていた事を思うと、今回もそうして欲しいとどうしても思ってしまう。
「あのなぁ、お前いい加減にしないとマジで捨てられるぞぉ」
「…!!」
不死川の台詞に煉獄がギョッとして目を見開いた。宇髄が呆れた顔で書類を持つと立ち上がる。次は授業だ。
「派手にアホらし。そりゃ紗雪にだって選ぶ権利はあるからな」
宇髄と入れ替わるように冨岡が入ってくる。頭にキノコを生やす煉獄を指差す冨岡に不死川が経緯を説明した。勿論冨岡の台詞も決まっている。
「煉獄が悪い」
トドメとばかりに丸めたノートでポカリとやる。煉獄の視線をものともせず冨岡は自分の机に座ると仕事を始めた。
「俺はずっと言っている。紗雪の自由にさせてやれと。それが出来ないなら煉獄が未熟なのだ」
「そんな事は分かっている」
分かっているが出来ないのだ。即答した煉獄に冨岡が不思議そうに尋ねた。
「惚れた女の望みを叶えてやりたいとは思わないのか?紗雪がどうして欲しいのか聞いたことぐらいあるだろう?」
「………」
ない。とは言えず煉獄は沈黙した。言われてみると紗雪の話す事から自分で勝手に何でも決めて選んでいる気がする。
「まぁ、鍵はその辺だなぁ」
不死川は仕上がったテストをコピーする為立ち上がった。
「ほれ、煉獄先生よぉ。仕事の出来ねぇ男は嫌われるぜぇ」
「…そうだな!俺は社会科準備室に行く!生徒が質問に来たらそう伝えてくれ!!」
個人的な事情で生徒に迷惑はかけられない。煉獄は己を奮い立たせると資料を抱え動き出すのであった。
(どう考えても言い過ぎた…)
バイト先で返却されてきた本を元の位置に戻しながら紗雪はずっとモヤモヤを抱えていた。自分の人生二周目と言う異常自体も、一周目に現代を離れた年を超えやっと落ち着いたと言うのに何故自分は大好きな人と喧嘩をしているのだろう。
(…誘拐を回避して、叔父さんの自衛隊への誘いも断って、自分がやりたい事を職業にしようって頑張っているだけなのになぁ)
まさか会えると思っていなかった煉獄に、まさかの現代で再会して運を使い果たしてしまったのだろうか。
(でも、別に何かを買って欲しいわけじゃないんだよなぁ)
ただ、煉獄といられる事が幸せで嬉しいだけなのにどうしてか伝わらない。特大のため息をついていると、後ろから声がかかった。
「椎名ちゃん」
「はい!って、蜜璃さん」
「久しぶりね!大きなため息なんかついたら幸せが逃げちゃうわよ?」
ベレー帽を被った甘露寺がニッコリ笑う。屈託のない笑みにつられて紗雪も微笑んだ。
「今日は何をお探しですか?」
「今日は美術書を返却に来ただけなの!でも椎名ちゃんがなんだか辛そうに見えて気になっちゃって…悩み事があるなら相談に乗るわよ!」
任せて!と胸を張る甘露寺に紗雪は苦笑した。そんなに分かりやすく落ち込んでいただろうか。
「…では少しだけ話を聞いて頂けますか?」
自分にはない視点で物を見ることのできる甘露寺ならば、なにかアドバイスが貰えるかもしれない。紗雪は職員に休憩を申し出ると甘露寺と裏口に回った。
「と言うわけでちょっと…言い過ぎてしまって……」
一連の流れを説明すると紗雪は缶コーヒーに口をつけた。奢りのミルクティーのペットボトルを握りしめた甘露寺が頬を染める。
「素敵じゃない!愛する人を自分色に染めたいだなんて憧れるわ!!」
「えっ!?い、いや…ですが限度というものが…!」
予想外の反応に紗雪はビックリしてコーヒーを取り落としそうになった。慌てて缶を握り直す。
「師範は高額な物をすぐ買おうとするので…別に私はそう言った物は欲しくないんです」
もう少しささやかに普段の生活の中で小さな幸せを煉獄と共有したいだけなのだ。
「んー…じゃあ逆に椎名ちゃんは煉獄さんの願い事、どんな事叶えてあげてるの?それと同じぐらいで良いって言ってみたら?」
「………」
甘露寺の問いかけに紗雪は答えられなかった。最近の煉獄がやりたがる事は紗雪に物を買い与えることばかりだったと言うのもあるが、煉獄の様に会話の中からその希望を読み解いた事がない。
黙ってしまった紗雪に甘露寺が優しく微笑んだ。
「椎名ちゃんが煉獄さんの金銭負担を心配するのは当然だわ。もう前のような訳にはいかないものね。でも断られてばかりと言うのもきっと寂しいと思うの」
「…ありがとうございます蜜璃さん。ちゃんと師範と仲直りしようと思います」
コーヒーを飲み干すと自販機の横にあるゴミ箱に放る。紗雪の鼻先を甘露寺がちょんとつついた。
「椎名ちゃん、師範になってるわよ?」
「あ…気をつけます。とりあえずこれをちゃんと直そうと思います」
煉獄にいつも指摘されている師範呼び。これを止めるのだって煉獄の小さな願い事だろう。頑張ってね!と拳を握る甘露寺に同じく拳を握り返す紗雪だった。
(まだ仕事してるかな)
バイトを終えた紗雪は煉獄の住むマンションの前まで来ていた。オートロックを開錠しようと渡されている合鍵を取り出すが、思わず手が止まってしまう。
(も、もしかしたら怒っているかも…)
自分に理があると思い込んでいたが、煉獄から見ればただの我儘と思われているかもしれない。紗雪は急に怖くなって立ち尽くした。
「椎名?」
「っ!」
名を呼ばれ紗雪は飛び上がった。仕事帰りの煉獄が駆け寄ってくる。俯いてしまった紗雪に苦笑すると、煉獄は両手に抱えている仕事の資料を掲げて見せた。
「すまないが手が塞がっている!鍵を開けてくれないか?」
「…はい」
部屋まで行くと玄関に荷物を下ろし煉獄はまだ俯きがちに共用廊下に立っている紗雪を手招いた。
「少し話をしよう。おいで椎名」
「はい…」
こういう時、煉獄の対応はいつも大人だなと紗雪は思う。自分ならばもっとギクシャクした対応をしてしまいそうだ。お茶を淹れリビングのソファに並んで腰を落ち着けると紗雪が切り出そうとするのを遮って煉獄が頭を下げた。
「すまん!椎名!!俺は独りよがりだった。君の希望を聞きもせずこれまでも俺の意見を押し付けていたのだな」
「………」
朝までと意見を180度変えてきた煉獄に紗雪は驚き過ぎて言葉が出なかった。ポカンと口を開けた間抜けな表情になる。
「君が許してくれるのならば、これからは椎名の望みを叶えていきたいのだが…まだ間に合うだろうか」
そろっと顔を上げると上目遣いにこちらを見る煉獄に紗雪は慌ててその肩を掴んだ。
「私の方こそ!…その、杏寿郎さんが良かれと思ってくれているのは分かっているんです。ただ、余りに金額の大きな話でしたし…そう言うのではなくて良いんです。もう少しささやかで…」
どう話せば良いのか迷って紗雪は甘露寺との話を有体に話すことにした。
「今日バイト先に来た蜜璃さんに相談に乗っていただいたんです。そうしたら断られてばかりは寂しいものだと。それから私は杏寿郎さんの願いを何か叶えているのかと聞かれました」
紗雪はじっと話に耳を傾ける煉獄の手に遠慮がちに触れた。力強く握り返されホッと表情が緩む。
「私…また杏寿郎さんに随分甘えていたようです。私の方こそすいませんでした」
「ではこれからはお互いにお互いの希望を擦り合わせていくとしよう!」
額を合わせると笑いあう。紗雪に口付けるとだが…と煉獄が口を開いた。
「君の誕生日ぐらいはささやかではなく祝いたい」
「……ではいつかのように能を見に連れて行ってもらえますか?」
自分との思い出を大事にしてくれる紗雪が愛おしくて、煉獄は口付けを深くするとその体をソファに横たえた。紗雪が煉獄の背に手を回し…慌てて煉獄の顔を両手で挟むと横に向ける。
煉獄が持ち帰ってきた大量の資料の方へ。
「杏寿郎さん、これは?」
「………明日までだ」
煉獄はガックリと肩を落とすと紗雪にのし掛かった。首に擦り寄られて紗雪が笑いを漏らす。
「明日はバイトも講義もないのでパソコンの入力ぐらいなら手伝えます」
「よもや…」
(折角の好機だったのに)
それでも大事な生徒のための仕事だ。煉獄は泣く泣く体を起こすと資料に手を伸ばすのだった。
独身の教師でも2LDKの広々とした部屋で希望すれば清掃サービスを格安で入れる事も出来る。大抵の独身者がこのサービスを利用している中、これを使用していない何人かの中に歴史教師の煉獄がいた。
理由は言わずもがな、紗雪との時間を邪魔されたくないからだ。
「そろそろ引っ越してこないか?椎名」
作り置きの和朝食を食べながらいつもの煉獄からの誘い。紗雪は呆れた顔で笑うといつもと同じ答えを返した。
「無理です。ここからじゃバイトに行けませんよ」
将来的に司書になりたくて大学に通っている紗雪は図書館でバイトをしている。勿論先々の事を考えてのバイトなので辞める気はない。これまた作り置きの味噌玉で作ったお味噌汁を口に運ぶと煉獄は事もなげに言った。
「普通二輪の免許を持っていただろう。バイクを買ってこよう!」
「またそうやって何でも買い与えようとするのやめて下さいったら」
紗雪はため息をつくと食事の手を止めた。朝から楽しい話ではないがちゃんと止めておかないと煉獄は本当に買ってきてしまう。この前だって新型スマホの契約を何とか阻止したばかりだ。と言うか何度目の議論なんだろうと腹が立つ。
「良いですか、師範」
「椎名、呼び方」
「…良いですか、杏寿郎さん。前とは違うんです。むしろ私は現代二週目なんですよ?あれこれ物欲はないんです」
煉獄と紗雪は前世の記憶を持っていた。キメツ学園には他にもそう言った人間がいるのでそう珍しくはないが、紗雪に関しては自分自身の人生を二周目と言う事で、少しばかり事情が違う。
「必要な物を買うのと物欲は関係ないぞ!」
「私は欲しくないし、必要としてません!買えばガソリン代や車検費用が必要になるんですよ?」
「それぐらい出せる給与は受け取っている!」
「お館様ですもんね!?そりゃそうでしょうけど!」
論点はそこじゃない。紗雪は深々とため息をつくと、黙々と食事をし食器を食洗機に入れた。煉獄が食べ終わるより先に出かける支度を済ませてしまうとテーブルをバン!と叩いた。
「ただご自分がしたいようにしかするつもりがないのでしたら、私のいない所でお好きなだけどうぞ」
「待て椎名。椎名!」
紗雪は一切振り返る事なく部屋を出て行った。
「そりゃお前が派手に悪い」
「前のスマホの時にも大騒ぎしたのに懲りない奴だなぁ」
学園の職員室で煉獄はズゥゥン…と落ち込んでいた。宇髄と不死川に追撃されて恨めしげな視線を向ける。
「紗雪の言う通りだろぉ。前とは違うんだ。紗雪は寄る方ない娘じゃねぇし、ちゃんと将来を見据えて生きてるんだぁ。それを邪魔すんじゃねぇよ」
「邪魔などしていない!俺は紗雪の為になればと…!」
「本人が派手に拒否ってんのに為にはならんわな」
「………」
深ーいため息を吐き出すと頭を抱える。言われれば理解できる。理解は出来るのだが納得出来ない。前は煉獄が用意した物を身に付けてくれていた事を思うと、今回もそうして欲しいとどうしても思ってしまう。
「あのなぁ、お前いい加減にしないとマジで捨てられるぞぉ」
「…!!」
不死川の台詞に煉獄がギョッとして目を見開いた。宇髄が呆れた顔で書類を持つと立ち上がる。次は授業だ。
「派手にアホらし。そりゃ紗雪にだって選ぶ権利はあるからな」
宇髄と入れ替わるように冨岡が入ってくる。頭にキノコを生やす煉獄を指差す冨岡に不死川が経緯を説明した。勿論冨岡の台詞も決まっている。
「煉獄が悪い」
トドメとばかりに丸めたノートでポカリとやる。煉獄の視線をものともせず冨岡は自分の机に座ると仕事を始めた。
「俺はずっと言っている。紗雪の自由にさせてやれと。それが出来ないなら煉獄が未熟なのだ」
「そんな事は分かっている」
分かっているが出来ないのだ。即答した煉獄に冨岡が不思議そうに尋ねた。
「惚れた女の望みを叶えてやりたいとは思わないのか?紗雪がどうして欲しいのか聞いたことぐらいあるだろう?」
「………」
ない。とは言えず煉獄は沈黙した。言われてみると紗雪の話す事から自分で勝手に何でも決めて選んでいる気がする。
「まぁ、鍵はその辺だなぁ」
不死川は仕上がったテストをコピーする為立ち上がった。
「ほれ、煉獄先生よぉ。仕事の出来ねぇ男は嫌われるぜぇ」
「…そうだな!俺は社会科準備室に行く!生徒が質問に来たらそう伝えてくれ!!」
個人的な事情で生徒に迷惑はかけられない。煉獄は己を奮い立たせると資料を抱え動き出すのであった。
(どう考えても言い過ぎた…)
バイト先で返却されてきた本を元の位置に戻しながら紗雪はずっとモヤモヤを抱えていた。自分の人生二周目と言う異常自体も、一周目に現代を離れた年を超えやっと落ち着いたと言うのに何故自分は大好きな人と喧嘩をしているのだろう。
(…誘拐を回避して、叔父さんの自衛隊への誘いも断って、自分がやりたい事を職業にしようって頑張っているだけなのになぁ)
まさか会えると思っていなかった煉獄に、まさかの現代で再会して運を使い果たしてしまったのだろうか。
(でも、別に何かを買って欲しいわけじゃないんだよなぁ)
ただ、煉獄といられる事が幸せで嬉しいだけなのにどうしてか伝わらない。特大のため息をついていると、後ろから声がかかった。
「椎名ちゃん」
「はい!って、蜜璃さん」
「久しぶりね!大きなため息なんかついたら幸せが逃げちゃうわよ?」
ベレー帽を被った甘露寺がニッコリ笑う。屈託のない笑みにつられて紗雪も微笑んだ。
「今日は何をお探しですか?」
「今日は美術書を返却に来ただけなの!でも椎名ちゃんがなんだか辛そうに見えて気になっちゃって…悩み事があるなら相談に乗るわよ!」
任せて!と胸を張る甘露寺に紗雪は苦笑した。そんなに分かりやすく落ち込んでいただろうか。
「…では少しだけ話を聞いて頂けますか?」
自分にはない視点で物を見ることのできる甘露寺ならば、なにかアドバイスが貰えるかもしれない。紗雪は職員に休憩を申し出ると甘露寺と裏口に回った。
「と言うわけでちょっと…言い過ぎてしまって……」
一連の流れを説明すると紗雪は缶コーヒーに口をつけた。奢りのミルクティーのペットボトルを握りしめた甘露寺が頬を染める。
「素敵じゃない!愛する人を自分色に染めたいだなんて憧れるわ!!」
「えっ!?い、いや…ですが限度というものが…!」
予想外の反応に紗雪はビックリしてコーヒーを取り落としそうになった。慌てて缶を握り直す。
「師範は高額な物をすぐ買おうとするので…別に私はそう言った物は欲しくないんです」
もう少しささやかに普段の生活の中で小さな幸せを煉獄と共有したいだけなのだ。
「んー…じゃあ逆に椎名ちゃんは煉獄さんの願い事、どんな事叶えてあげてるの?それと同じぐらいで良いって言ってみたら?」
「………」
甘露寺の問いかけに紗雪は答えられなかった。最近の煉獄がやりたがる事は紗雪に物を買い与えることばかりだったと言うのもあるが、煉獄の様に会話の中からその希望を読み解いた事がない。
黙ってしまった紗雪に甘露寺が優しく微笑んだ。
「椎名ちゃんが煉獄さんの金銭負担を心配するのは当然だわ。もう前のような訳にはいかないものね。でも断られてばかりと言うのもきっと寂しいと思うの」
「…ありがとうございます蜜璃さん。ちゃんと師範と仲直りしようと思います」
コーヒーを飲み干すと自販機の横にあるゴミ箱に放る。紗雪の鼻先を甘露寺がちょんとつついた。
「椎名ちゃん、師範になってるわよ?」
「あ…気をつけます。とりあえずこれをちゃんと直そうと思います」
煉獄にいつも指摘されている師範呼び。これを止めるのだって煉獄の小さな願い事だろう。頑張ってね!と拳を握る甘露寺に同じく拳を握り返す紗雪だった。
(まだ仕事してるかな)
バイトを終えた紗雪は煉獄の住むマンションの前まで来ていた。オートロックを開錠しようと渡されている合鍵を取り出すが、思わず手が止まってしまう。
(も、もしかしたら怒っているかも…)
自分に理があると思い込んでいたが、煉獄から見ればただの我儘と思われているかもしれない。紗雪は急に怖くなって立ち尽くした。
「椎名?」
「っ!」
名を呼ばれ紗雪は飛び上がった。仕事帰りの煉獄が駆け寄ってくる。俯いてしまった紗雪に苦笑すると、煉獄は両手に抱えている仕事の資料を掲げて見せた。
「すまないが手が塞がっている!鍵を開けてくれないか?」
「…はい」
部屋まで行くと玄関に荷物を下ろし煉獄はまだ俯きがちに共用廊下に立っている紗雪を手招いた。
「少し話をしよう。おいで椎名」
「はい…」
こういう時、煉獄の対応はいつも大人だなと紗雪は思う。自分ならばもっとギクシャクした対応をしてしまいそうだ。お茶を淹れリビングのソファに並んで腰を落ち着けると紗雪が切り出そうとするのを遮って煉獄が頭を下げた。
「すまん!椎名!!俺は独りよがりだった。君の希望を聞きもせずこれまでも俺の意見を押し付けていたのだな」
「………」
朝までと意見を180度変えてきた煉獄に紗雪は驚き過ぎて言葉が出なかった。ポカンと口を開けた間抜けな表情になる。
「君が許してくれるのならば、これからは椎名の望みを叶えていきたいのだが…まだ間に合うだろうか」
そろっと顔を上げると上目遣いにこちらを見る煉獄に紗雪は慌ててその肩を掴んだ。
「私の方こそ!…その、杏寿郎さんが良かれと思ってくれているのは分かっているんです。ただ、余りに金額の大きな話でしたし…そう言うのではなくて良いんです。もう少しささやかで…」
どう話せば良いのか迷って紗雪は甘露寺との話を有体に話すことにした。
「今日バイト先に来た蜜璃さんに相談に乗っていただいたんです。そうしたら断られてばかりは寂しいものだと。それから私は杏寿郎さんの願いを何か叶えているのかと聞かれました」
紗雪はじっと話に耳を傾ける煉獄の手に遠慮がちに触れた。力強く握り返されホッと表情が緩む。
「私…また杏寿郎さんに随分甘えていたようです。私の方こそすいませんでした」
「ではこれからはお互いにお互いの希望を擦り合わせていくとしよう!」
額を合わせると笑いあう。紗雪に口付けるとだが…と煉獄が口を開いた。
「君の誕生日ぐらいはささやかではなく祝いたい」
「……ではいつかのように能を見に連れて行ってもらえますか?」
自分との思い出を大事にしてくれる紗雪が愛おしくて、煉獄は口付けを深くするとその体をソファに横たえた。紗雪が煉獄の背に手を回し…慌てて煉獄の顔を両手で挟むと横に向ける。
煉獄が持ち帰ってきた大量の資料の方へ。
「杏寿郎さん、これは?」
「………明日までだ」
煉獄はガックリと肩を落とすと紗雪にのし掛かった。首に擦り寄られて紗雪が笑いを漏らす。
「明日はバイトも講義もないのでパソコンの入力ぐらいなら手伝えます」
「よもや…」
(折角の好機だったのに)
それでも大事な生徒のための仕事だ。煉獄は泣く泣く体を起こすと資料に手を伸ばすのだった。