連載
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「お久しぶりでございます!お館様!!」
「年の瀬のお忙しい時にお時間いただきありがとうございますぅ」
年末、煉獄と椎名は産屋敷家を訪れていた。丁寧に頭を下げる二人に輝利哉が応える。
「久しぶだね、杏寿郎、椎名。椎名は煉獄になってからは初めてだね」
「はい。すっかりご無沙汰してしまってぇ」
のほんと笑う椎名が変わってなくて輝利哉の表情が緩む。
「煉獄家での生活には慣れたかい?これまでの生活とはかなり違うだろう?」
鬼殺一辺倒だった生活からいきなり武家の妻だ。表からは見えない苦労もあるだろう。そう思って尋ねた輝利哉だったが、椎名は首を傾げた。
「どちらかと言うと杏寿郎さんが僕…じゃなかった、私に合わせてくれてる感じですよねぇ」
僕から私に言い換えた椎名に輝利哉はおやという顔をした。椎名が照れたように笑う。
「いつまでも僕じゃいけないと思ってぇ。今、直しているところなんですぅ」
「俺はそのままでも構わないぞ!」
「駄目ですよぉ。これからのことを考えて直そうって話し合ったじゃないですかぁ」
仲睦まじい様子に輝利哉の心は暖かくなった。鬼のいない平和な世の中を体現したらこの二人になるのかもしれないと思う。
「杏寿郎も貫禄がついたね。煉獄家は安泰だ」
「いえ!まだまだ父に教えを乞う事も多くお恥ずかしい限りです!!」
「天元や実弥や義勇とは会っているの?」
「二日ほど前に我が家を訪ねてくれました!元気にしているとの事です!!」
「その前には炭治郎達も来てくれましたよぉ」
宇髄や不死川、冨岡、炭治郎達の近況から懐かしい鬼殺隊時代の話に花が咲く。輝利哉がそう言えばと切り出した。
「杏寿郎と椎名は同じ選抜を受けていたんだね。その頃から顔見知りだったの?」
「「…えっ!?」」
二人は驚いて顔を見合わせた。全く知らないし聞いた事もない。輝利哉はくすっと笑うと話し始めた。
(ここが藤襲山か!)
杏寿郎は藤の花の道を歩いていた。時期ではないのに満開の花を見ていると幻の中にいるような気分になる。
(気を引き締めねば!!)
杏寿郎はバチーン!と両頬を叩いた。階段を登り切るとちょっとした広場に出る。そこには杏寿郎と同じぐらいの年齢の者が20人ほどすでに到着していた。
(これほど隊士になろうと志す者がいるのか!)
ぐるりと見回すと重苦しい顔をしている者が多い中、振袖姿の輝利哉とにちかに話しかけている椎名がいた。しゃがみ込み視線を同じくして、場にそぐわないにこやかさだ。
「ふぅん、じゃあ鬼殺隊士が鬼をここに閉じ込めてるんだぁ。鬼って如何やって連れてくるんだろうねぇ?鬼って気絶するのかなぁ?」
「申し訳ありませんが、剣士様によって方法は異なると聞いております。それ以上は私どもでもわかりません」
幼い輝利哉の年齢に見合わぬ受け答えに椎名は感心して頭を撫でた。
「まだ小さいのにしっかりしてるねぇ。偉いねぇ」
「………」
まさか頭を撫でられるとは思っていなかったのだろう輝利哉は目を丸くすると椎名を凝視した。最終選別の直前にここまで朗らかな人は珍しい。
椎名は持参してきた日輪刀を出してみせた。
「育手が使ってた刀を譲り受けてきたんだけど、僕には大振りで使いにくくってねぇ。大体育手のおじいちゃんと僕とじゃ体格に差がありすぎてさぁ」
「日輪刀をお持ちで無い方へのご用意ならありますが」
中には育手を介さず最終選別に参加してくる剛のものもいる。輝利哉がそう伝えると、椎名の後ろに参加者の一人が立った。
「育手の刀を使いにくいだあ?へっ、お前みたいのには勿体ねえ。俺がその刀使ってやるよぉ、寄越せ!」
がっと鞘を掴まれ椎名は困った顔をした。使いにくいという話はしたが、別に変えてくれとは言ってない。椎名は刀を持つ手に力を込めると、日輪刀を引っ張った。
「お気遣いなくぅ。これは形見でもあるのでぇ」
「遠慮すんなって!」
ぐいと引っ張られ椎名の体が宙に浮いた。参加者の方が明らかに体格が良く、椎名では争いようが無い。
「わぁ!」
「止めないか!」
杏寿郎は椎名の日輪刀を掴むと参加者をじっと見た。たたらを踏んだ椎名がキョトンとする。
「育手の形見の日輪刀というでは無いか!慣れない者が使って折れでもしたら如何する!!」
「…ちっ」
杏寿郎の目力と、武家の服装に参加者は舌打ちをすると離れていった。ほっとする椎名に杏寿郎が言う。
「君も育手が遺してくれた刀と言うなら慣れないとか、使いにくいとか言わない方が良いな!!」
「…それもそうですねぇ。気をつけますぅ」
椎名は素直に謝った。日輪刀を腰に差し直す。
「………」
(確かに大振りで使いにくそうだな!)
杏寿郎は言葉こそ飲み込んだがそう思った。抜くのに苦労しそうな長さである。と言うか鞘が地面に擦りそうである。
杏寿郎の視線に気が付いて椎名がへらっと笑った。
「おじいちゃん育手だったんだけど、とにかく体の大きな人だったんですよぉ。僕なんて首根っこ掴まれて何度滝壺に放り込まれたかぁ。もう扱いが野良猫ですよぉ」
「そ、そうか!」
「滅茶苦茶厳しい人でしたけど、鍛錬以外の時は日向ぼっこに膝に猫が似合いそうな人でぇ、落差の激しい人でしたぁ」
ノンストップで喋る椎名に杏寿郎が戸惑う。輝利哉も揉めているわけでは無いので止めにくく、黙ったままだ。
「大変なのはいつが鍛錬なのかそうで無いのか境目のわかりにくい人で…」
「あ、あの、申し訳ないのですが」
にちかがおずおずと椎名に声をかけた。
「最終選別を始めたいのですが…」
「…うわぁ」
椎名な両手で顔を覆うと呻いた。顔どころか耳まで赤くなる。
「ごめんなさぁい。僕滅多に緊張しないけど、緊張すると話が止まらなくて…」
「君それで緊張しているのか!」
杏寿郎は思わず突っ込んだ。正直この場の誰よりもリラックスしているようにしか見えない。にちかは一つクスリと笑うと表情を押し殺した。
「それではこれより最終選別を始めさせていただきます」
「うわぁ…」
産屋敷家の客間で椎名は両手で顔を覆っていた。あの時と同様に耳まで赤い。
「すっかり忘れておりました」
杏寿郎は椎名に気遣わしげな視線を向けながら答えた。輝利哉が朗らかに笑う。
「最終選別の事を忘れている隊士は多かったよ。やはり今から鬼と戦う事に意識を持っていかれるし、なにせ命がかかっていたからね。他の事に気を回すことが出来ないんだと思う。でもこうして少しのきっかけで思い出す者が多いよ」
「思い出したく無かったかもぉ」
はっきり言って黒歴史である。椎名は両手で顔を扇いだ。
「けれど姉はいつも言っていたよ。最終選別の参加者が椎名のように優しい者ばかりならいいのにって」
杏寿郎と椎名は顔を見合わせた。最終選別に参加するものは鬼への憎悪を募らせている者が多かったし、産屋敷家の与える特権に目が眩んでの者も多く、気性の荒い者がほとんどだった。そんな者たちを相手に最終選別を行うのは幼い輝利哉達には大変だったろう。
「お察しいたします」
「良いんだ。鬼殺隊士は産屋敷家の事情に力を貸してくれていたのだからね」
しんみりしてしまった場を嫌い、輝利哉が話を続けた。
「結局選別で残ったのは杏寿郎と椎名を含め4名だったね」
「そうです。我々の他に一人と、俺が山から連れ出した一人でした」
「あぁ、杏寿郎さんが刀を取り戻してくれたんでしたよねぇ」
選別が始まって3日目に椎名は選別前に絡んできていた参加者に日輪刀を奪われていた。相手は初めからそのつもりだったのかも知れない。
困った椎名が山の中を走り回っていると、たまたま亡くなってしまった参加者に遭遇した。その刀を拝借して椎名は選別を生き残ったのだ。
「鬼に食われるのは忍びなかろうと、椎名はその参加者を連れて戻ってきたね」
「でもあの当時は亡くなった人しか連れて戻れなかった自分に比べて、生きた人を助けて戻ってきた杏寿郎さんに衝撃を受けましたよぉ」
同じ参加者でもこれ程違うのかと。椎名が益々鍛錬に力を入れるきっかけなった出来事だ。
「ふふ、一つ思い出したら色々思い出しましたぁ」
選別終了時に杏寿郎が刀を差し出しながら言ってくれたのだ。君ならきっと残っていると思ったと。
「本当にどうしてあの時、名前のひとつも聞かなかったのか不思議ですぅ」
「すまん!俺は早く鬼殺隊士として働きたくてそれどころでは無かった!!」
馬鹿正直な杏寿郎の謝罪にあははと笑い声が上がった。
「失礼いたします」
くいなが廊下から客間に顔を覗かせた。困り顔のくいなが申し訳なさそうにする。
「お話し中に申し訳ありません。お子様が泣き止まなくて…」
「目を覚ましたんだね。連れておいで」
「あ、私行きますよぉ」
「今かなたが連れてきますから大丈夫です」
間も無くかなたが赤ん坊をつれてやって来た。椎名に渡すと輝利哉の後ろに控える。杏寿郎が赤ん坊を覗き込んだ。
「腹が減ったのか?」
「目が覚めたら環境が変わっていたからビックリしたんだと思いますぅ」
椎名は慣れた手付きで赤ん坊を抱くと背中をトントンと小さく叩いた。じき泣き止んだ赤ん坊が杏寿郎とそっくりの髪と瞳でこちらを見上げてくる。
「くいなとかなたがどうしても先に赤ん坊を見たいと我儘を言ってすまなかったね」
「ありがとうございました」
「とっても可愛かったです」
くいなとかなたが頭を下げるのに杏寿郎が応える。
「こちらこそ我が子の面倒を見ていただきありがとうございました!お陰様で懐かしい話に花を咲かせることができました!!」
「では改めて、杏寿郎、椎名。煉獄家第一子の誕生本当におめでとう」
輝利哉、くいな、かなたが揃って頭を下げた。杏寿郎と椎名も頭を下げる。
「ありがとうございます。これからも産屋敷の皆様におかれましては幾久しく見守っていただければ幸いです」
「それで手紙を貰っていた件だけれど、本当に私で良いのかい?」
輝利哉の問いかけに杏寿郎はしっかりと頷いた。
「父や椎名とも話し合って決めました。お館様にこの子の名を頂けるならこんな光栄な事はありません」
「…わかった。ありがたく名付けを務めさせてもらうよ。顔を見せてくれるかい?」
「はぁい」
椎名は輝利哉のそばに行くと、赤ん坊をその腕に渡した。じっと見つめてくる曇りのない瞳に輝利哉の表情も緩む。
「人との縁に恵まれるよう、この子の名前を惠寿郎としよう」
「ありがとうございます。鬼のいない平和な世で惠寿郎がどんな事を知り、成していくのか、親として見守っていこうと思います」
杏寿郎と椎名は揃って頭を下げた。しばらくの後、産屋敷家を辞する。その後ろ姿を見送っていた輝利哉は肩に温かな手が置かれた気がして振り返った。
誰もいない空間にしかし誰かが間違いなくいた空気が流れていて、輝利哉の目に涙が浮かぶ。
(父上ご覧下さい。鬼のいない世しか知らない赤子です。これからはあの子が世を作っていくのです)
こちらを振り返り大きく手を振る二人に輝利哉も大きく手を振り返すのであった。
「今夜の夕餉は何にしようか!」
「そうですねぇ。寒いしお鍋なんて如何でしょうかぁ」
「それは良いな!」
「あぶっ!」
絶妙な合いの手を入れる惠寿郎に杏寿郎と椎名は吹き出した。
「ははは!そうか!惠寿郎も鍋が良いか!!」
「もう少し大きくなったら食べようねぇ」
「よし!今日は惠寿郎の祝いだからな!奮発して蟹を買って帰ろう!!」
「…年末の蟹は高いですよぉ〜?」
「祝いだからな!!」
夕暮れの迫る町並みをノンピリと帰る杏寿郎と椎名の顔に、夜が来ることへの焦燥感はどこにも無かった。
「年の瀬のお忙しい時にお時間いただきありがとうございますぅ」
年末、煉獄と椎名は産屋敷家を訪れていた。丁寧に頭を下げる二人に輝利哉が応える。
「久しぶだね、杏寿郎、椎名。椎名は煉獄になってからは初めてだね」
「はい。すっかりご無沙汰してしまってぇ」
のほんと笑う椎名が変わってなくて輝利哉の表情が緩む。
「煉獄家での生活には慣れたかい?これまでの生活とはかなり違うだろう?」
鬼殺一辺倒だった生活からいきなり武家の妻だ。表からは見えない苦労もあるだろう。そう思って尋ねた輝利哉だったが、椎名は首を傾げた。
「どちらかと言うと杏寿郎さんが僕…じゃなかった、私に合わせてくれてる感じですよねぇ」
僕から私に言い換えた椎名に輝利哉はおやという顔をした。椎名が照れたように笑う。
「いつまでも僕じゃいけないと思ってぇ。今、直しているところなんですぅ」
「俺はそのままでも構わないぞ!」
「駄目ですよぉ。これからのことを考えて直そうって話し合ったじゃないですかぁ」
仲睦まじい様子に輝利哉の心は暖かくなった。鬼のいない平和な世の中を体現したらこの二人になるのかもしれないと思う。
「杏寿郎も貫禄がついたね。煉獄家は安泰だ」
「いえ!まだまだ父に教えを乞う事も多くお恥ずかしい限りです!!」
「天元や実弥や義勇とは会っているの?」
「二日ほど前に我が家を訪ねてくれました!元気にしているとの事です!!」
「その前には炭治郎達も来てくれましたよぉ」
宇髄や不死川、冨岡、炭治郎達の近況から懐かしい鬼殺隊時代の話に花が咲く。輝利哉がそう言えばと切り出した。
「杏寿郎と椎名は同じ選抜を受けていたんだね。その頃から顔見知りだったの?」
「「…えっ!?」」
二人は驚いて顔を見合わせた。全く知らないし聞いた事もない。輝利哉はくすっと笑うと話し始めた。
(ここが藤襲山か!)
杏寿郎は藤の花の道を歩いていた。時期ではないのに満開の花を見ていると幻の中にいるような気分になる。
(気を引き締めねば!!)
杏寿郎はバチーン!と両頬を叩いた。階段を登り切るとちょっとした広場に出る。そこには杏寿郎と同じぐらいの年齢の者が20人ほどすでに到着していた。
(これほど隊士になろうと志す者がいるのか!)
ぐるりと見回すと重苦しい顔をしている者が多い中、振袖姿の輝利哉とにちかに話しかけている椎名がいた。しゃがみ込み視線を同じくして、場にそぐわないにこやかさだ。
「ふぅん、じゃあ鬼殺隊士が鬼をここに閉じ込めてるんだぁ。鬼って如何やって連れてくるんだろうねぇ?鬼って気絶するのかなぁ?」
「申し訳ありませんが、剣士様によって方法は異なると聞いております。それ以上は私どもでもわかりません」
幼い輝利哉の年齢に見合わぬ受け答えに椎名は感心して頭を撫でた。
「まだ小さいのにしっかりしてるねぇ。偉いねぇ」
「………」
まさか頭を撫でられるとは思っていなかったのだろう輝利哉は目を丸くすると椎名を凝視した。最終選別の直前にここまで朗らかな人は珍しい。
椎名は持参してきた日輪刀を出してみせた。
「育手が使ってた刀を譲り受けてきたんだけど、僕には大振りで使いにくくってねぇ。大体育手のおじいちゃんと僕とじゃ体格に差がありすぎてさぁ」
「日輪刀をお持ちで無い方へのご用意ならありますが」
中には育手を介さず最終選別に参加してくる剛のものもいる。輝利哉がそう伝えると、椎名の後ろに参加者の一人が立った。
「育手の刀を使いにくいだあ?へっ、お前みたいのには勿体ねえ。俺がその刀使ってやるよぉ、寄越せ!」
がっと鞘を掴まれ椎名は困った顔をした。使いにくいという話はしたが、別に変えてくれとは言ってない。椎名は刀を持つ手に力を込めると、日輪刀を引っ張った。
「お気遣いなくぅ。これは形見でもあるのでぇ」
「遠慮すんなって!」
ぐいと引っ張られ椎名の体が宙に浮いた。参加者の方が明らかに体格が良く、椎名では争いようが無い。
「わぁ!」
「止めないか!」
杏寿郎は椎名の日輪刀を掴むと参加者をじっと見た。たたらを踏んだ椎名がキョトンとする。
「育手の形見の日輪刀というでは無いか!慣れない者が使って折れでもしたら如何する!!」
「…ちっ」
杏寿郎の目力と、武家の服装に参加者は舌打ちをすると離れていった。ほっとする椎名に杏寿郎が言う。
「君も育手が遺してくれた刀と言うなら慣れないとか、使いにくいとか言わない方が良いな!!」
「…それもそうですねぇ。気をつけますぅ」
椎名は素直に謝った。日輪刀を腰に差し直す。
「………」
(確かに大振りで使いにくそうだな!)
杏寿郎は言葉こそ飲み込んだがそう思った。抜くのに苦労しそうな長さである。と言うか鞘が地面に擦りそうである。
杏寿郎の視線に気が付いて椎名がへらっと笑った。
「おじいちゃん育手だったんだけど、とにかく体の大きな人だったんですよぉ。僕なんて首根っこ掴まれて何度滝壺に放り込まれたかぁ。もう扱いが野良猫ですよぉ」
「そ、そうか!」
「滅茶苦茶厳しい人でしたけど、鍛錬以外の時は日向ぼっこに膝に猫が似合いそうな人でぇ、落差の激しい人でしたぁ」
ノンストップで喋る椎名に杏寿郎が戸惑う。輝利哉も揉めているわけでは無いので止めにくく、黙ったままだ。
「大変なのはいつが鍛錬なのかそうで無いのか境目のわかりにくい人で…」
「あ、あの、申し訳ないのですが」
にちかがおずおずと椎名に声をかけた。
「最終選別を始めたいのですが…」
「…うわぁ」
椎名な両手で顔を覆うと呻いた。顔どころか耳まで赤くなる。
「ごめんなさぁい。僕滅多に緊張しないけど、緊張すると話が止まらなくて…」
「君それで緊張しているのか!」
杏寿郎は思わず突っ込んだ。正直この場の誰よりもリラックスしているようにしか見えない。にちかは一つクスリと笑うと表情を押し殺した。
「それではこれより最終選別を始めさせていただきます」
「うわぁ…」
産屋敷家の客間で椎名は両手で顔を覆っていた。あの時と同様に耳まで赤い。
「すっかり忘れておりました」
杏寿郎は椎名に気遣わしげな視線を向けながら答えた。輝利哉が朗らかに笑う。
「最終選別の事を忘れている隊士は多かったよ。やはり今から鬼と戦う事に意識を持っていかれるし、なにせ命がかかっていたからね。他の事に気を回すことが出来ないんだと思う。でもこうして少しのきっかけで思い出す者が多いよ」
「思い出したく無かったかもぉ」
はっきり言って黒歴史である。椎名は両手で顔を扇いだ。
「けれど姉はいつも言っていたよ。最終選別の参加者が椎名のように優しい者ばかりならいいのにって」
杏寿郎と椎名は顔を見合わせた。最終選別に参加するものは鬼への憎悪を募らせている者が多かったし、産屋敷家の与える特権に目が眩んでの者も多く、気性の荒い者がほとんどだった。そんな者たちを相手に最終選別を行うのは幼い輝利哉達には大変だったろう。
「お察しいたします」
「良いんだ。鬼殺隊士は産屋敷家の事情に力を貸してくれていたのだからね」
しんみりしてしまった場を嫌い、輝利哉が話を続けた。
「結局選別で残ったのは杏寿郎と椎名を含め4名だったね」
「そうです。我々の他に一人と、俺が山から連れ出した一人でした」
「あぁ、杏寿郎さんが刀を取り戻してくれたんでしたよねぇ」
選別が始まって3日目に椎名は選別前に絡んできていた参加者に日輪刀を奪われていた。相手は初めからそのつもりだったのかも知れない。
困った椎名が山の中を走り回っていると、たまたま亡くなってしまった参加者に遭遇した。その刀を拝借して椎名は選別を生き残ったのだ。
「鬼に食われるのは忍びなかろうと、椎名はその参加者を連れて戻ってきたね」
「でもあの当時は亡くなった人しか連れて戻れなかった自分に比べて、生きた人を助けて戻ってきた杏寿郎さんに衝撃を受けましたよぉ」
同じ参加者でもこれ程違うのかと。椎名が益々鍛錬に力を入れるきっかけなった出来事だ。
「ふふ、一つ思い出したら色々思い出しましたぁ」
選別終了時に杏寿郎が刀を差し出しながら言ってくれたのだ。君ならきっと残っていると思ったと。
「本当にどうしてあの時、名前のひとつも聞かなかったのか不思議ですぅ」
「すまん!俺は早く鬼殺隊士として働きたくてそれどころでは無かった!!」
馬鹿正直な杏寿郎の謝罪にあははと笑い声が上がった。
「失礼いたします」
くいなが廊下から客間に顔を覗かせた。困り顔のくいなが申し訳なさそうにする。
「お話し中に申し訳ありません。お子様が泣き止まなくて…」
「目を覚ましたんだね。連れておいで」
「あ、私行きますよぉ」
「今かなたが連れてきますから大丈夫です」
間も無くかなたが赤ん坊をつれてやって来た。椎名に渡すと輝利哉の後ろに控える。杏寿郎が赤ん坊を覗き込んだ。
「腹が減ったのか?」
「目が覚めたら環境が変わっていたからビックリしたんだと思いますぅ」
椎名は慣れた手付きで赤ん坊を抱くと背中をトントンと小さく叩いた。じき泣き止んだ赤ん坊が杏寿郎とそっくりの髪と瞳でこちらを見上げてくる。
「くいなとかなたがどうしても先に赤ん坊を見たいと我儘を言ってすまなかったね」
「ありがとうございました」
「とっても可愛かったです」
くいなとかなたが頭を下げるのに杏寿郎が応える。
「こちらこそ我が子の面倒を見ていただきありがとうございました!お陰様で懐かしい話に花を咲かせることができました!!」
「では改めて、杏寿郎、椎名。煉獄家第一子の誕生本当におめでとう」
輝利哉、くいな、かなたが揃って頭を下げた。杏寿郎と椎名も頭を下げる。
「ありがとうございます。これからも産屋敷の皆様におかれましては幾久しく見守っていただければ幸いです」
「それで手紙を貰っていた件だけれど、本当に私で良いのかい?」
輝利哉の問いかけに杏寿郎はしっかりと頷いた。
「父や椎名とも話し合って決めました。お館様にこの子の名を頂けるならこんな光栄な事はありません」
「…わかった。ありがたく名付けを務めさせてもらうよ。顔を見せてくれるかい?」
「はぁい」
椎名は輝利哉のそばに行くと、赤ん坊をその腕に渡した。じっと見つめてくる曇りのない瞳に輝利哉の表情も緩む。
「人との縁に恵まれるよう、この子の名前を惠寿郎としよう」
「ありがとうございます。鬼のいない平和な世で惠寿郎がどんな事を知り、成していくのか、親として見守っていこうと思います」
杏寿郎と椎名は揃って頭を下げた。しばらくの後、産屋敷家を辞する。その後ろ姿を見送っていた輝利哉は肩に温かな手が置かれた気がして振り返った。
誰もいない空間にしかし誰かが間違いなくいた空気が流れていて、輝利哉の目に涙が浮かぶ。
(父上ご覧下さい。鬼のいない世しか知らない赤子です。これからはあの子が世を作っていくのです)
こちらを振り返り大きく手を振る二人に輝利哉も大きく手を振り返すのであった。
「今夜の夕餉は何にしようか!」
「そうですねぇ。寒いしお鍋なんて如何でしょうかぁ」
「それは良いな!」
「あぶっ!」
絶妙な合いの手を入れる惠寿郎に杏寿郎と椎名は吹き出した。
「ははは!そうか!惠寿郎も鍋が良いか!!」
「もう少し大きくなったら食べようねぇ」
「よし!今日は惠寿郎の祝いだからな!奮発して蟹を買って帰ろう!!」
「…年末の蟹は高いですよぉ〜?」
「祝いだからな!!」
夕暮れの迫る町並みをノンピリと帰る杏寿郎と椎名の顔に、夜が来ることへの焦燥感はどこにも無かった。