「何をしているんだ椎名！」
「あ、おかえりなさーい」
　煉獄は庭で洗濯物を取り込んでいる椎名に慌てて駆け寄った。寄り合いが思いがけなく長引いてしまった事を後悔する。
「これは俺が帰ったらすると言っただろう！」
　洗濯物を取り上げられて椎名は目を瞬くと、ふにゃりと笑った。
「杏寿郎さぁん、宇髄さんの奥さん達が言ってたじゃないですかぁ。少しは動いた方が良いって」
「しかし…」
「それに今日はお利口さんなので体が楽なんですぅ」
　椎名は自分のお腹をそっと撫でた。本当に大きくなったなぁとしみじみする。煉獄がその手の上に自分の手を重ねた。
「母御思いの子だ！！」
「誰に似たのかやんちゃでもありそうですけどねぇ」
　秋の澄んだ風が紗雪の…今は煉獄椎名の髪を揺らしていく。肩ほどに伸びたその髪に煉獄は手を伸ばした。
「大分伸びたな！」
「そうですねぇ、結えた方が良いかなぁ？」
「俺としては君の髪が風に遊ぶのは好きだ！」
　今は跳べなくなってしまった足を惜しむわけではないが、あの激動の時に軽やかに空を舞った姿を思い出す。
「君が渡り鳥では無く留鳥（りゅうちょう）になってくれて嬉しい限りだ！」
「…大事な大事な巣ができましたからねぇ」
　椎名は自分も手を伸ばすと煉獄の髪に触れた。ポワポワしてて雛鳥の羽のように柔らかい。
「杏寿郎さんの頭なら雛がすめそうですねぇ」
「よもや！それは困るな！！君と一緒に横になることができなくなる！」
「…そこですかぁ」
　椎名は赤くなると手を引っ込めた。煉獄が目を細めて椎名の手を取る。
「紗雪」
　敢えて苗字を呼ぶ煉獄に椎名が顔を上げた。
「鬼のいない世界は住んでみて如何だろうか？」
「…幸せです。杏寿郎さんと不安なく眠れる夜が、安心して迎えられる朝が、穏やかに帰りを待てる今が、凄く」
　ふわりと微笑む椎名を煉獄は優しく抱き寄せた。玄関から千寿郎の声が聞こえてくる。
「ただいま帰りました。あ！義姉上！炊事や洗濯などは僕がやるとあれほど…！」
　学校から帰ってきた千寿郎が、縁側に鞄を置くと慌てて駆け寄ってくる。
「おかえりぃ千寿郎くぅん。そうだ、お八つを作ってあるので食べましょうかぁ」
「うわぁぁぁ！ですから僕がやるのでお願いですからじっとして！！」
「いや、少しは動かさせてよぉ」
「うむ！だが運ぶのは俺と千寿郎がやろう！」
　煉獄家の庭にワイワイと賑やかな声が響く。
「そう言えばさっき日向が冨岡さんの手紙を運んできましたぁ」
「今朝竈門少年からも来ていたな！」
「不死川さんと冨岡さんが一緒に暮らしてるなんて驚きですぅ」
「そうか？あいつらは鬼殺隊の頃からあぁだったぞ？」
「よ、よもや…」
　愼寿郎が鰻と自然薯を抱えて帰ってきてみんなを驚かせるのは夕方の話である。
　煉獄家には間も無く第一子が産まれる。