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「ひっ…ひぃぃ!」
夜鳴き蕎麦の屋台から這い出すと紗雪宗男は悲鳴を上げた。異形の姿の爪と牙が光り、数年前の悪夢が蘇る。
(い、嫌だ嫌だ!なんで俺ばっかり…!)
宗男は家族に恵まれない男だった。父と母は不仲なくせに子供だけはぽんぽん作る夫婦で、宗男には二人の妹と一人の弟がいた。
すぐ下の妹は見た目だけはまぁまぁだったが、底意地が悪く宗男といつも張り合っていた。
次の妹は地味な見た目でそれだけでもウンザリだったのに、宗男やすぐ下の妹より何でも卒なくこなす嫌味なやつだった。
一番下の弟に至っては宗男は話したことも無かった。いつも下の妹にくっ付いているだけのタダ飯ぐらいだった。
(全員いなくなってやっと清々したのにこんなっ)
鬼から逃げたいが腰が抜けて動けない。地面に這いつくばる宗男に鬼の爪が伸びた。
「止めろ!」
「!?」
声と共に刀が翻り、鬼の腕が落ちた。緑と黒の市松模様の羽織を着た少年の姿に宗男が混乱する。
(た、助かった…のか?)
「俺が相手だ!」
炭治郎はそう言うと日輪刀を構えた。宗男がじりっと後ずさる。
(帯刀してやがる!いや、こいつを囮にして逃げられるぞ!!)
頭ではそう思うが足が動かない。目の前では炭治郎が鬼の素早さに手こずっていた。
(駄目だ!こいつもやられる!!)
宗男が絶望した瞬間、上空から落ちてきた影がスパン!と鬼の首を斬り落とした。
「!?」
「あ…!」
「ごめんよぉ炭治郎くぅん。たまたま見かけたものだからぁ」
「紗雪さん!」
炭治郎はパァッと笑顔になった。刀をしまうと紗雪に駆け寄る。
「任務の帰りですか?お疲れ様です!!」
「炭治郎君もそうだよねぇ。頑張ってるねぇ」
よしよしと炭治郎の頭を撫でる。満更でもない様子の炭治郎とニコニコする紗雪に宗男の頭にカッと血が上った。
「テメェ!椎名か!!」
「?」
名を呼ばれ紗雪は宗男の方を振り返った。途端に眉を顰め渋い顔をする。宗男は憤怒の表情で紗雪を睨みつけると立ち上がり拳を握った。
「どの面下げて俺の前に現れやがる!!あの時死んだんじゃ無かったのか!?」
宗男の物言いに炭治郎が怒って前に進み出た。
「紗雪さんに助けて貰ったのになんてこと言うんだ!!」
「うるせぇっ!椎名、テメェはいつもそうだよなぁ!俺の前で、俺の出来ないことをホイホイやってのけやがる!!俺の方が兄貴なんだぞ!!」
「………」
ふーっと息を吐くと紗雪は頭をかいた。宗男はこうなると何を言っても聞きやしない。紗雪は駆け寄ってきた隠を手招きすると、宗男を指さした。
「興奮してるみたいだから落ち着かせてから送ってあげてぇ」
「畏まりました」
「っ!」
無視されたと思い宗男の額に青筋が浮かんだ。足取りも荒く紗雪に歩み寄ると胸ぐらを掴む。
「人に指図できる立場だって自慢かよぉ!?相変わらずムカつくやつだ!!」
「いい加減にしろ!!紗雪さんのお兄さんなら何でそんな酷いことを言うんだ!!」
炭治郎は宗男の腕を捻りあげると紗雪から引き剥がした。後ろへよろけた所を隠がすかさず抑える。
「どうぞお行きください鳥柱様」
「ん、後は宜しくねぇ〜。さ、行こうかぁ」
紗雪はひらりと手を振ると炭治郎を伴いその場を離れた。まだ宗男の喚く大声が聞こえて炭治郎が憤慨する。
「紗雪さん!どうして何も言い返さないんですか!あんなのあんまりです!」
「うーん、昔からあんな人だからねぇ。怒るだけ無駄なんだよねぇ」
「……」
紗雪の寂しい匂いに炭治郎は沈黙した。紗雪が肩越しに振り返り笑う。
「つまらない昔話だけど、ちょっと聞いてもらおうかなぁ」
「はい!俺で良ければ!」
炭治郎はムン!と握り拳を作ってみせた。紗雪は前を向くと話し始めた。
「僕の家は家族の仲が良くなくてねぇ。父も母も不仲だったけど離縁するつもりは無かったみたいで、兄と姉が1人ずつ。それと弟もいたんだ」
炭治郎は何となく自分の兄弟の事を思い出していた。仲が悪い家族というものがどうしても想像出来ない。
「兄も姉も性格のキツイ人でねぇ。僕は良く意地悪されたよ。きっと次々生まれる下の兄弟に損させられてると思ってたのかもしれないねぇ」
「そんな…」
「だから僕はかなり早いうちから外で働く事を覚えたんだぁ。兄もそうだった」
「あ、僕弟は可愛がったよぉ。考えてみれば可哀そうな子でねぇ。父も母も子供に興味がなかった上に、兄と姉は弟の存在は無いものとして扱っていたからいつもおどおどした子だった」
「まぁ、そんな感じだったけどとりあえず食べることは出来ていたから暮せていたんだけどねぇ」
一瞬紗雪の周囲が暗くなった気がして炭治郎は目をこすった。
(気のせいだよな…?)
「ある日兄と僕を除く家族が鬼に食われた」
「……っ」
「先に家に帰ったのは僕だった。月の明かりの中で4人とももう事切れていてねぇ。鬼は弟を食っている真っ最中で、僕が帰ったのに気付いていなかった」
「鬼なんてその時初めて見た僕は動けなくてねぇ。馬鹿みたいにつっ立ってたよ。そこに兄が帰ってきた。兄の息をのむ声で鬼がこちらに気付いて…兄は僕を鬼の方へ突き飛ばすと逃げ出した」
「………」
炭治郎はポロリと涙をこぼした。紗雪の背中は淡々としていて、だけど人を拒絶するような匂いもさせていてなんて声をかけたらいいか分からない。
「兄とはそれきり会っていなかったから僕が生きてるとは思っていなかったんだろうねぇ。まぁそれはともかく、いよいよ鬼に食われるとなった時助けてくれたのが…」
紗雪は炭治郎を振り返るとちょっと笑った。
「柱になる前の不死川さんだった」
「…えっ?不死川さん?」
予想外の名前に炭治郎は思わず目を丸くした。紗雪が声を出して笑う。
「不死川さんは助けたつもりなんか無いって言ってたけどねぇ。でも不死川さんは自分の育手に僕を紹介してくれたんだよぉ。もうお年を召していたので亡くなってしまったけれど、剣術と呼吸に関する基礎を学べてねぇ。あれは本当に助かったなぁ」
(じゃあそれ以外は全部自分で…?)
気の遠くなるような紗雪の努力に炭治郎は胸が締め付けられた。自分ももっともっと頑張らなければと思う。
「まぁそんな訳であの人のことは怒っても仕方ないんだよぉ」
「だからかなぁ?煉獄さんや君達の兄弟仲が良いのを見ると心があったかくなるんだ」
紗雪は自分の胸のあたりに手を置いた。
「まるで日向ぼっこをしてるみたいにぽかぽかするんだ」
「……あの!」
炭治郎は紗雪を呼び止めると両手を大きく広げた。
「俺!長男なので!!紗雪さんって言う兄弟が増えてもどんと来いです!!」
「どゆこと!?」
思わず叫ぶ紗雪に炭治郎が若干赤くなる。
「えと、つまり…紗雪さんも俺の兄弟みたいに、俺に甘えてください!!」
「………」
紗雪は両手を広げ待ち構える炭治郎にふはっと笑った。それから両手を上げると炭治郎の頭を抱えるように抱きつく。
「このお兄ちゃんは可愛いなぁ」
「か、可愛くはないです!!長男ですから!!」
赤くなりながら抗弁する炭治郎に紗雪は暫くしがみついて離れなかった。
「………」
煉獄は蝶屋敷の門の前で紗雪の帰りを待っていた。そこに道の向こうから大きな声が聞こえてくる。
「俺!長男なので!!紗雪さんって言う兄弟が増えてもどんと来いです!!」
「どゆこと!?」
「えと、つまり…紗雪さんも俺の兄弟みたいに、俺に甘えてください!!」
(これは怒るべきなのだろうか?)
煉獄は複雑な心境で二人の声を聞いた。炭治郎に他意がないことが分かるだけに怒りにくいが、想い人が他の男に甘えるというのは釈然としない。
(紗雪とは後で話し合いだな)
煉獄はそう結論付けると姿の見えてきた紗雪と炭治郎に手を振った。
「紗雪!竃門少年!!」
「あ、煉獄さぁん」
「煉獄さん!」
パッと笑顔で走り寄ってくる二人が本当に兄弟のように見えて煉獄は二人の頭を撫でた。
「任務ご苦労だったな!」
「はい!…ところで煉獄さん」
「何だ!」
「…何で入院着なんですかぁ?昨日退院しましたよねぇ?」
「………」
揃ってじっと見つめられ、煉獄はそっと視線を外した。紗雪が容赦なく視線の先に入り込む。
「煉獄さぁん?」
「家に戻ったらついいつもの癖で鍛錬してしまってな。千寿郎にここに放り込まれた」
「後は家で療養って話でしたよねぇ!?」
「すまん!」
目を見開き迫る紗雪に謝る煉獄。平和な光景に炭治郎があははと笑った。
「おっと」
紗雪にとんと肩を押され、炭治郎は数歩後ろに下がった。今までいた場所に横から出刃包丁が突き出される。
「…は?」
炭治郎がさっと青褪めた。慌てて横を見れば包丁を突き出していたのは宗男だった。血走った目で紗雪を睨む。
「殺してやる殺してやる殺してやる…兄を敬えない奴はいらないんだ!」
出鱈目に包丁を振りまわし暴れる。紗雪が深々とため息をついた。
「じゃあどうして炭治郎君を狙ったのさ。やってる事が滅茶苦茶だよぉ」
「お前なんかとつるんでるなんてろくな奴じゃねぇ!!お前と一緒に死ねば良いんだ!!」
「お前いい加減に…」
「へぇ?」
しろ!と怒鳴りかけたところで炭治郎は息ができなくなった。ビリビリとした殺気が紗雪から放たれて動けない。宗男は包丁を取り落とし腰を抜かしていた。
「あんたの敵意が僕に向いてるだけなら別にいつものことだけどさぁ?」
紗雪はゆっくりと包丁を拾った。そっと移動した煉獄が炭治郎の背中を叩く。
「しっかりしろ竈門少年。紗雪の殺意に呑み込まれるな」
「はっ、はいっ…っ!」
はっはっと短い呼吸を繰り返す。煉獄と炭治郎が見守るなか、紗雪は包丁を真上に投げた。一瞬刀が抜かれ、直ぐに納刀される。
「僕の周りを傷つけようとするなら話は別だよ?」
包丁は地面に落ちるとバラバラの粉微塵になった。宗男が喉を押さえながら這って逃げようとする。
「ひぃぃっ!」
「紗雪落ち着け。君の殺気でその御仁死んでしまうぞ」
煉獄の言葉に紗雪は宗男を冷たく見下ろした。死ぬなら死ぬで構わないのでは?と思う。
「竈門少年も苦しそうだ」
「………」
紗雪はふーっと長く息を吐き出すと力を抜いた。空気が軽くなり炭治郎が大きく息をつく。
「…こんなつまんない事、言わせないでよぉ」
哀しそうな声の紗雪の肩を煉獄が抱いた。困った顔で笑う紗雪がその手に触れる。立ち上がった宗男が性懲りも無く噛み付いてきた。
「ば、化け物!!お前…お前あの時の化け物の仲間になったんだろ!!この…」
ゴキィン!!
岩のぶつかるような音がして炭治郎の頭突きが宗男を吹き飛ばした。地面に転がった宗男の額から血がダラリと落ちる。
「うええぇぇえっ!?炭治郎君今なんかすごい音がしたんだけど!?」
紗雪は予想外の事に声を上げた。炭治郎が得意げに振り返る。
「大丈夫です!俺頭が硬いのが自慢なので!!」
「わぁ、凄いね!?でもそれ一般人にはやっちゃ駄目な奴だから!!」
「鬼にも勝てます!!」
「ますますやっちゃ駄目な奴!!」
「あの人は良いと思います!」
「炭治郎ぉぉぉっ!?」
叫ぶ二人を他所に煉獄はまだクラクラしている宗男の腕を掴んで立ち上がらせた。服についた埃を払ってやるとその肩を掴む。
「いっ!?」
掴まれた肩が軋んで宗男は悲鳴を上げた。煉獄がにっこり笑顔を見せる。
「即刻立ち去り貴殿の日常に戻られると良かろう。ここには貴様が傷付けていい者はいない」
勢い良く突き放され宗男は大きくよろけた。煉獄が腕を組み見下ろす。
「そして二度と俺と会わずに済むよう祈る事だ。次その顔を見た時は俺がお前の息の根を止める」
「………」
宗男は真っ青になると踵を返し、転げるように走り去った。見えなくなるまで見送った煉獄が振り返ると固まる。
「こっわぁ」
「煉獄さん、いくら脅し文句でも今のは良くないと思います」
紗雪と炭治郎は手に手を取ってドン引きしていた。ヒクリと煉獄の口元が引き攣る。
「俺は本気で殺気だってもいなければ、実力行使にも出てないが?」
「だってねぇ?」
「そうですよねぇ」
うんうんと頷き合う二人の首根っこを捕まえる。
「全く君たちは本物の似た者兄弟だな!」
「俺、長男なので!」
「そこ大事なんだねぇ」
あはは!と明るい笑いが蝶屋敷を満たしたのだった。
夜鳴き蕎麦の屋台から這い出すと紗雪宗男は悲鳴を上げた。異形の姿の爪と牙が光り、数年前の悪夢が蘇る。
(い、嫌だ嫌だ!なんで俺ばっかり…!)
宗男は家族に恵まれない男だった。父と母は不仲なくせに子供だけはぽんぽん作る夫婦で、宗男には二人の妹と一人の弟がいた。
すぐ下の妹は見た目だけはまぁまぁだったが、底意地が悪く宗男といつも張り合っていた。
次の妹は地味な見た目でそれだけでもウンザリだったのに、宗男やすぐ下の妹より何でも卒なくこなす嫌味なやつだった。
一番下の弟に至っては宗男は話したことも無かった。いつも下の妹にくっ付いているだけのタダ飯ぐらいだった。
(全員いなくなってやっと清々したのにこんなっ)
鬼から逃げたいが腰が抜けて動けない。地面に這いつくばる宗男に鬼の爪が伸びた。
「止めろ!」
「!?」
声と共に刀が翻り、鬼の腕が落ちた。緑と黒の市松模様の羽織を着た少年の姿に宗男が混乱する。
(た、助かった…のか?)
「俺が相手だ!」
炭治郎はそう言うと日輪刀を構えた。宗男がじりっと後ずさる。
(帯刀してやがる!いや、こいつを囮にして逃げられるぞ!!)
頭ではそう思うが足が動かない。目の前では炭治郎が鬼の素早さに手こずっていた。
(駄目だ!こいつもやられる!!)
宗男が絶望した瞬間、上空から落ちてきた影がスパン!と鬼の首を斬り落とした。
「!?」
「あ…!」
「ごめんよぉ炭治郎くぅん。たまたま見かけたものだからぁ」
「紗雪さん!」
炭治郎はパァッと笑顔になった。刀をしまうと紗雪に駆け寄る。
「任務の帰りですか?お疲れ様です!!」
「炭治郎君もそうだよねぇ。頑張ってるねぇ」
よしよしと炭治郎の頭を撫でる。満更でもない様子の炭治郎とニコニコする紗雪に宗男の頭にカッと血が上った。
「テメェ!椎名か!!」
「?」
名を呼ばれ紗雪は宗男の方を振り返った。途端に眉を顰め渋い顔をする。宗男は憤怒の表情で紗雪を睨みつけると立ち上がり拳を握った。
「どの面下げて俺の前に現れやがる!!あの時死んだんじゃ無かったのか!?」
宗男の物言いに炭治郎が怒って前に進み出た。
「紗雪さんに助けて貰ったのになんてこと言うんだ!!」
「うるせぇっ!椎名、テメェはいつもそうだよなぁ!俺の前で、俺の出来ないことをホイホイやってのけやがる!!俺の方が兄貴なんだぞ!!」
「………」
ふーっと息を吐くと紗雪は頭をかいた。宗男はこうなると何を言っても聞きやしない。紗雪は駆け寄ってきた隠を手招きすると、宗男を指さした。
「興奮してるみたいだから落ち着かせてから送ってあげてぇ」
「畏まりました」
「っ!」
無視されたと思い宗男の額に青筋が浮かんだ。足取りも荒く紗雪に歩み寄ると胸ぐらを掴む。
「人に指図できる立場だって自慢かよぉ!?相変わらずムカつくやつだ!!」
「いい加減にしろ!!紗雪さんのお兄さんなら何でそんな酷いことを言うんだ!!」
炭治郎は宗男の腕を捻りあげると紗雪から引き剥がした。後ろへよろけた所を隠がすかさず抑える。
「どうぞお行きください鳥柱様」
「ん、後は宜しくねぇ〜。さ、行こうかぁ」
紗雪はひらりと手を振ると炭治郎を伴いその場を離れた。まだ宗男の喚く大声が聞こえて炭治郎が憤慨する。
「紗雪さん!どうして何も言い返さないんですか!あんなのあんまりです!」
「うーん、昔からあんな人だからねぇ。怒るだけ無駄なんだよねぇ」
「……」
紗雪の寂しい匂いに炭治郎は沈黙した。紗雪が肩越しに振り返り笑う。
「つまらない昔話だけど、ちょっと聞いてもらおうかなぁ」
「はい!俺で良ければ!」
炭治郎はムン!と握り拳を作ってみせた。紗雪は前を向くと話し始めた。
「僕の家は家族の仲が良くなくてねぇ。父も母も不仲だったけど離縁するつもりは無かったみたいで、兄と姉が1人ずつ。それと弟もいたんだ」
炭治郎は何となく自分の兄弟の事を思い出していた。仲が悪い家族というものがどうしても想像出来ない。
「兄も姉も性格のキツイ人でねぇ。僕は良く意地悪されたよ。きっと次々生まれる下の兄弟に損させられてると思ってたのかもしれないねぇ」
「そんな…」
「だから僕はかなり早いうちから外で働く事を覚えたんだぁ。兄もそうだった」
「あ、僕弟は可愛がったよぉ。考えてみれば可哀そうな子でねぇ。父も母も子供に興味がなかった上に、兄と姉は弟の存在は無いものとして扱っていたからいつもおどおどした子だった」
「まぁ、そんな感じだったけどとりあえず食べることは出来ていたから暮せていたんだけどねぇ」
一瞬紗雪の周囲が暗くなった気がして炭治郎は目をこすった。
(気のせいだよな…?)
「ある日兄と僕を除く家族が鬼に食われた」
「……っ」
「先に家に帰ったのは僕だった。月の明かりの中で4人とももう事切れていてねぇ。鬼は弟を食っている真っ最中で、僕が帰ったのに気付いていなかった」
「鬼なんてその時初めて見た僕は動けなくてねぇ。馬鹿みたいにつっ立ってたよ。そこに兄が帰ってきた。兄の息をのむ声で鬼がこちらに気付いて…兄は僕を鬼の方へ突き飛ばすと逃げ出した」
「………」
炭治郎はポロリと涙をこぼした。紗雪の背中は淡々としていて、だけど人を拒絶するような匂いもさせていてなんて声をかけたらいいか分からない。
「兄とはそれきり会っていなかったから僕が生きてるとは思っていなかったんだろうねぇ。まぁそれはともかく、いよいよ鬼に食われるとなった時助けてくれたのが…」
紗雪は炭治郎を振り返るとちょっと笑った。
「柱になる前の不死川さんだった」
「…えっ?不死川さん?」
予想外の名前に炭治郎は思わず目を丸くした。紗雪が声を出して笑う。
「不死川さんは助けたつもりなんか無いって言ってたけどねぇ。でも不死川さんは自分の育手に僕を紹介してくれたんだよぉ。もうお年を召していたので亡くなってしまったけれど、剣術と呼吸に関する基礎を学べてねぇ。あれは本当に助かったなぁ」
(じゃあそれ以外は全部自分で…?)
気の遠くなるような紗雪の努力に炭治郎は胸が締め付けられた。自分ももっともっと頑張らなければと思う。
「まぁそんな訳であの人のことは怒っても仕方ないんだよぉ」
「だからかなぁ?煉獄さんや君達の兄弟仲が良いのを見ると心があったかくなるんだ」
紗雪は自分の胸のあたりに手を置いた。
「まるで日向ぼっこをしてるみたいにぽかぽかするんだ」
「……あの!」
炭治郎は紗雪を呼び止めると両手を大きく広げた。
「俺!長男なので!!紗雪さんって言う兄弟が増えてもどんと来いです!!」
「どゆこと!?」
思わず叫ぶ紗雪に炭治郎が若干赤くなる。
「えと、つまり…紗雪さんも俺の兄弟みたいに、俺に甘えてください!!」
「………」
紗雪は両手を広げ待ち構える炭治郎にふはっと笑った。それから両手を上げると炭治郎の頭を抱えるように抱きつく。
「このお兄ちゃんは可愛いなぁ」
「か、可愛くはないです!!長男ですから!!」
赤くなりながら抗弁する炭治郎に紗雪は暫くしがみついて離れなかった。
「………」
煉獄は蝶屋敷の門の前で紗雪の帰りを待っていた。そこに道の向こうから大きな声が聞こえてくる。
「俺!長男なので!!紗雪さんって言う兄弟が増えてもどんと来いです!!」
「どゆこと!?」
「えと、つまり…紗雪さんも俺の兄弟みたいに、俺に甘えてください!!」
(これは怒るべきなのだろうか?)
煉獄は複雑な心境で二人の声を聞いた。炭治郎に他意がないことが分かるだけに怒りにくいが、想い人が他の男に甘えるというのは釈然としない。
(紗雪とは後で話し合いだな)
煉獄はそう結論付けると姿の見えてきた紗雪と炭治郎に手を振った。
「紗雪!竃門少年!!」
「あ、煉獄さぁん」
「煉獄さん!」
パッと笑顔で走り寄ってくる二人が本当に兄弟のように見えて煉獄は二人の頭を撫でた。
「任務ご苦労だったな!」
「はい!…ところで煉獄さん」
「何だ!」
「…何で入院着なんですかぁ?昨日退院しましたよねぇ?」
「………」
揃ってじっと見つめられ、煉獄はそっと視線を外した。紗雪が容赦なく視線の先に入り込む。
「煉獄さぁん?」
「家に戻ったらついいつもの癖で鍛錬してしまってな。千寿郎にここに放り込まれた」
「後は家で療養って話でしたよねぇ!?」
「すまん!」
目を見開き迫る紗雪に謝る煉獄。平和な光景に炭治郎があははと笑った。
「おっと」
紗雪にとんと肩を押され、炭治郎は数歩後ろに下がった。今までいた場所に横から出刃包丁が突き出される。
「…は?」
炭治郎がさっと青褪めた。慌てて横を見れば包丁を突き出していたのは宗男だった。血走った目で紗雪を睨む。
「殺してやる殺してやる殺してやる…兄を敬えない奴はいらないんだ!」
出鱈目に包丁を振りまわし暴れる。紗雪が深々とため息をついた。
「じゃあどうして炭治郎君を狙ったのさ。やってる事が滅茶苦茶だよぉ」
「お前なんかとつるんでるなんてろくな奴じゃねぇ!!お前と一緒に死ねば良いんだ!!」
「お前いい加減に…」
「へぇ?」
しろ!と怒鳴りかけたところで炭治郎は息ができなくなった。ビリビリとした殺気が紗雪から放たれて動けない。宗男は包丁を取り落とし腰を抜かしていた。
「あんたの敵意が僕に向いてるだけなら別にいつものことだけどさぁ?」
紗雪はゆっくりと包丁を拾った。そっと移動した煉獄が炭治郎の背中を叩く。
「しっかりしろ竈門少年。紗雪の殺意に呑み込まれるな」
「はっ、はいっ…っ!」
はっはっと短い呼吸を繰り返す。煉獄と炭治郎が見守るなか、紗雪は包丁を真上に投げた。一瞬刀が抜かれ、直ぐに納刀される。
「僕の周りを傷つけようとするなら話は別だよ?」
包丁は地面に落ちるとバラバラの粉微塵になった。宗男が喉を押さえながら這って逃げようとする。
「ひぃぃっ!」
「紗雪落ち着け。君の殺気でその御仁死んでしまうぞ」
煉獄の言葉に紗雪は宗男を冷たく見下ろした。死ぬなら死ぬで構わないのでは?と思う。
「竈門少年も苦しそうだ」
「………」
紗雪はふーっと長く息を吐き出すと力を抜いた。空気が軽くなり炭治郎が大きく息をつく。
「…こんなつまんない事、言わせないでよぉ」
哀しそうな声の紗雪の肩を煉獄が抱いた。困った顔で笑う紗雪がその手に触れる。立ち上がった宗男が性懲りも無く噛み付いてきた。
「ば、化け物!!お前…お前あの時の化け物の仲間になったんだろ!!この…」
ゴキィン!!
岩のぶつかるような音がして炭治郎の頭突きが宗男を吹き飛ばした。地面に転がった宗男の額から血がダラリと落ちる。
「うええぇぇえっ!?炭治郎君今なんかすごい音がしたんだけど!?」
紗雪は予想外の事に声を上げた。炭治郎が得意げに振り返る。
「大丈夫です!俺頭が硬いのが自慢なので!!」
「わぁ、凄いね!?でもそれ一般人にはやっちゃ駄目な奴だから!!」
「鬼にも勝てます!!」
「ますますやっちゃ駄目な奴!!」
「あの人は良いと思います!」
「炭治郎ぉぉぉっ!?」
叫ぶ二人を他所に煉獄はまだクラクラしている宗男の腕を掴んで立ち上がらせた。服についた埃を払ってやるとその肩を掴む。
「いっ!?」
掴まれた肩が軋んで宗男は悲鳴を上げた。煉獄がにっこり笑顔を見せる。
「即刻立ち去り貴殿の日常に戻られると良かろう。ここには貴様が傷付けていい者はいない」
勢い良く突き放され宗男は大きくよろけた。煉獄が腕を組み見下ろす。
「そして二度と俺と会わずに済むよう祈る事だ。次その顔を見た時は俺がお前の息の根を止める」
「………」
宗男は真っ青になると踵を返し、転げるように走り去った。見えなくなるまで見送った煉獄が振り返ると固まる。
「こっわぁ」
「煉獄さん、いくら脅し文句でも今のは良くないと思います」
紗雪と炭治郎は手に手を取ってドン引きしていた。ヒクリと煉獄の口元が引き攣る。
「俺は本気で殺気だってもいなければ、実力行使にも出てないが?」
「だってねぇ?」
「そうですよねぇ」
うんうんと頷き合う二人の首根っこを捕まえる。
「全く君たちは本物の似た者兄弟だな!」
「俺、長男なので!」
「そこ大事なんだねぇ」
あはは!と明るい笑いが蝶屋敷を満たしたのだった。