四章
夢小説設定
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「椎名さん、スイカが冷えていますから一緒に食べましょう?」
しのぶの声掛けに椎名は少し離れたところからひらりと手を振った。そのまま立ち止まらずに屋敷を出て行く。しのぶの心配そうな視線は感じているが椎名は立ち止まる気になれなかった。
(ごめんねしのぶ…でも、何も食べたくないの)
うどんにそば、牛鍋、天麩羅、甘味…杏寿郎と食べた色々な味ももう思い出せない。それでも何かを口にすれば杏寿郎との思い出だけは鮮やかに蘇ってきそうで椎名には耐えられなかった。
(何も食べたくない。味なんてどうでも良い。花の色ももう分からなくて良い。音も歌もいらない)
だから
お願いだからどうか
(大丈夫、祈ったりしない。もう分かっていることなんだから)
浮かんできそうな涙に椎名は空を見上げた。晴れ渡った空の青さにまで打ちひしがれそうな自分を必死で叱咤する。
(当面は地方を回るのも良いかもしれない)
重要な箇所には柱が配置されているし隊士の増援も行き届きやすい。椎名がそんな事を考えていると羽音がして肩に軽い重みが舞い降りた。
「要…」
真っ黒でつぶらな瞳が愛しくて頬擦りすれば、要もまた椎名に擦り寄った。空に舞い上がると椎名を呼ぶように頭上を旋回する。
「要…?」
誘われるまま椎名は要に付いて歩き始めた。街を出て森に入ると要が一際大きな松の木から手紙を一通咥えて戻ってくる。再び椎名の肩に止まると要はその手紙を椎名にグイグイと押し付けた。
「わかった、わかったわ。この手紙がどうし…」
目に飛び込んできた文字に椎名は言葉を詰まらせた。封筒にかかれた見覚えのある文字に手が震える。要が静かに口を開いた。
「椎名、怒ラレル覚悟ハシテイル。ダカラコノ手紙ハ要ニ託シテオク」
「…杏寿郎の真似が、上手ね」
いつから要に伝言を預けていたのだろう。椎名は小さな温もりに頰を寄せた。手近な岩に腰掛けると手紙をじっと見つめる。
「…開けるわね」
椎名は誰にともなくそう言うと一つ頷き手紙を開いた。
――この手紙がいつ君の手に渡るか分からないので時候の挨拶を省略する事を許して欲しい
これを君が読んでいるという事は俺は死んだのだろう。手紙を捨てようとしているならもう少し待って欲しい――
「…杏寿郎はいつ預言者になったのよ」
手に入れかけた力を椎名はゆっくり抜いた。慰めようとしてくれているのだろう要が何度も頬擦りしてくる。椎名は気持ちを落ち着かせると続きを読み始めた。
――俺はどれほど君と共にいられただろう。君にとっては瞬きの間の長さだったならすまないと思っている。
君の今の気持ちを無視した言葉かもしれないが聞いてくれ。
俺は君と過ごせて本当に幸せだった。
君と様々な物を見て、食べて、肌を寄せ合って過ごす。それは他のものでは決して得られない幸福な時間だった。そしてそんな俺の幸せを君が同じように感じてくれていたならば嬉しい。――
「そんなの…当たり前じゃ、ないの…」
一年にも満たない期間だったけれど椎名にとっては一生分の幸せを詰め込んだような幸せな日々だった。涙が手紙に落ちそうになり椎名は慌てて岩の上に寝転んだ。つ…と涙が耳の方へと落ちていく。岩に降りた要が器用に羽で椎名の涙を拭った。
「ありがとう要」
椎名は要の滑らかな羽をそっと撫でた。
――椎名、俺がいなくとも幸せに生きてくれ。
君にはお館様も、胡蝶も宇髄も甘露寺も…皆がついている。生きて生きて、鬼のいない世の訪れを見守ってくれ。
俺はいつか遠い先で君からその話を聞けるのを楽しみにしている。
俺が言うと怒られてしまうのだろうが君の幸せを祈っている。
君を愛している。
煉獄杏寿郎――
「…ホント、わがままなんだから」
愛しているなら、幸せを祈ってくれると言うなら生きていて欲しかった。傍にいて抱きしめて欲しい。
(あぁ…でも)
空っぽになったはずの胸にころりと何か温かなものが入った気がした。決して全てを埋めるものでは無いけれど絶対に消えない小さな灯火。
椎名は涙を拭うと身を起こした。手紙を丁寧に折りたたむと膝に乗ってきた要に微笑む。
「ありがとう要。辛いのは同じなのにいつまでも立ち止まっててごめんね」
良く見れば要の目にも涙の幕が張っている。椎名が頬を寄せると要が涙を振り払うように頭を摺りつけた。その小さな命のいじましさに椎名の心が温かくなる。灯火が大きくなった気がした。
「行こう要。杏寿郎の分も誰かを救いに」
椎名は肩に要を乗せると歩き始めた。
しのぶの声掛けに椎名は少し離れたところからひらりと手を振った。そのまま立ち止まらずに屋敷を出て行く。しのぶの心配そうな視線は感じているが椎名は立ち止まる気になれなかった。
(ごめんねしのぶ…でも、何も食べたくないの)
うどんにそば、牛鍋、天麩羅、甘味…杏寿郎と食べた色々な味ももう思い出せない。それでも何かを口にすれば杏寿郎との思い出だけは鮮やかに蘇ってきそうで椎名には耐えられなかった。
(何も食べたくない。味なんてどうでも良い。花の色ももう分からなくて良い。音も歌もいらない)
だから
お願いだからどうか
(大丈夫、祈ったりしない。もう分かっていることなんだから)
浮かんできそうな涙に椎名は空を見上げた。晴れ渡った空の青さにまで打ちひしがれそうな自分を必死で叱咤する。
(当面は地方を回るのも良いかもしれない)
重要な箇所には柱が配置されているし隊士の増援も行き届きやすい。椎名がそんな事を考えていると羽音がして肩に軽い重みが舞い降りた。
「要…」
真っ黒でつぶらな瞳が愛しくて頬擦りすれば、要もまた椎名に擦り寄った。空に舞い上がると椎名を呼ぶように頭上を旋回する。
「要…?」
誘われるまま椎名は要に付いて歩き始めた。街を出て森に入ると要が一際大きな松の木から手紙を一通咥えて戻ってくる。再び椎名の肩に止まると要はその手紙を椎名にグイグイと押し付けた。
「わかった、わかったわ。この手紙がどうし…」
目に飛び込んできた文字に椎名は言葉を詰まらせた。封筒にかかれた見覚えのある文字に手が震える。要が静かに口を開いた。
「椎名、怒ラレル覚悟ハシテイル。ダカラコノ手紙ハ要ニ託シテオク」
「…杏寿郎の真似が、上手ね」
いつから要に伝言を預けていたのだろう。椎名は小さな温もりに頰を寄せた。手近な岩に腰掛けると手紙をじっと見つめる。
「…開けるわね」
椎名は誰にともなくそう言うと一つ頷き手紙を開いた。
――この手紙がいつ君の手に渡るか分からないので時候の挨拶を省略する事を許して欲しい
これを君が読んでいるという事は俺は死んだのだろう。手紙を捨てようとしているならもう少し待って欲しい――
「…杏寿郎はいつ預言者になったのよ」
手に入れかけた力を椎名はゆっくり抜いた。慰めようとしてくれているのだろう要が何度も頬擦りしてくる。椎名は気持ちを落ち着かせると続きを読み始めた。
――俺はどれほど君と共にいられただろう。君にとっては瞬きの間の長さだったならすまないと思っている。
君の今の気持ちを無視した言葉かもしれないが聞いてくれ。
俺は君と過ごせて本当に幸せだった。
君と様々な物を見て、食べて、肌を寄せ合って過ごす。それは他のものでは決して得られない幸福な時間だった。そしてそんな俺の幸せを君が同じように感じてくれていたならば嬉しい。――
「そんなの…当たり前じゃ、ないの…」
一年にも満たない期間だったけれど椎名にとっては一生分の幸せを詰め込んだような幸せな日々だった。涙が手紙に落ちそうになり椎名は慌てて岩の上に寝転んだ。つ…と涙が耳の方へと落ちていく。岩に降りた要が器用に羽で椎名の涙を拭った。
「ありがとう要」
椎名は要の滑らかな羽をそっと撫でた。
――椎名、俺がいなくとも幸せに生きてくれ。
君にはお館様も、胡蝶も宇髄も甘露寺も…皆がついている。生きて生きて、鬼のいない世の訪れを見守ってくれ。
俺はいつか遠い先で君からその話を聞けるのを楽しみにしている。
俺が言うと怒られてしまうのだろうが君の幸せを祈っている。
君を愛している。
煉獄杏寿郎――
「…ホント、わがままなんだから」
愛しているなら、幸せを祈ってくれると言うなら生きていて欲しかった。傍にいて抱きしめて欲しい。
(あぁ…でも)
空っぽになったはずの胸にころりと何か温かなものが入った気がした。決して全てを埋めるものでは無いけれど絶対に消えない小さな灯火。
椎名は涙を拭うと身を起こした。手紙を丁寧に折りたたむと膝に乗ってきた要に微笑む。
「ありがとう要。辛いのは同じなのにいつまでも立ち止まっててごめんね」
良く見れば要の目にも涙の幕が張っている。椎名が頬を寄せると要が涙を振り払うように頭を摺りつけた。その小さな命のいじましさに椎名の心が温かくなる。灯火が大きくなった気がした。
「行こう要。杏寿郎の分も誰かを救いに」
椎名は肩に要を乗せると歩き始めた。