四章
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「……」
杏寿郎の遺体が安置された道場で、千寿郎は不安げに月を見上げていた。
(義姉上、こない…)
きっと辛い思いをしているだろうし、兄の傍にずっといたいであろう人の姿を千寿郎はまだ一度も見ていなかった。
(兄上とのお別れ、しないのかな…)
明日、杏寿郎は遺骨となって代々の煉獄家の墓に入れられる。今日は杏寿郎の顔を見れる最後の機会なのだ。
「………」
このまま戸締りをしてしまって良いのだろうか?千寿郎はどうしたら良いか分からず、立ち尽くした。
「何をしておる、千寿郎」
「父上…いえ…」
酒を片手に現れた父に千寿郎は返事を濁した。愼寿郎は椎名のことが気に入らなかったのか、興味がなかったのかその存在をずっと無視してきた。その父に椎名の話をすることは千寿郎には出来なかった。
「………」
愼寿郎はちらりと縁側の外に視線を走らせると、くびりを酒を飲み、千寿郎に背中を向けた。
「明日は骨になる身だ。杏寿郎も最後の月ぐらいは見たかろう。ここの戸は開け放しておけ」
「…は、はい!」
千寿郎は父の言葉に大いに驚きながらも同時に喜んだ。あの父がそんな風に人を思いやる言葉を発したのはいつぶりだろう。
「お前も早く寝なさい」
「お休みなさいませ、父上」
千寿郎はペコリと頭を下げるとその場を後にした。
「………」
椎名は音も立てずに煉獄家の道場に足を踏み入れた。
(開いてる…)
雨戸が閉められておらず、春とは言えひんやりとした夜更けの空気が道場を満たしている。
「……」
椎名は棺に納められた杏寿郎に静かに歩み寄った。白装束に身を包んだ杏寿郎はただ眠っているだけのようで、椎名の目に涙が浮かぶ。
(泣いても泣いても止まらない…)
そっと手を伸ばし頬に触れる。ヒヤリと氷の様な感触に今度は驚かずに済んだ。
「杏寿郎…」
呼んでも答えてくれないこともよく分かっている。それでもその名を呼ばずにはいられない。
ハラハラと椎名の目から涙が滑り落ちた。
「隠のみんなが教えてくれたよ。貴方に助けられた列車の乗客が、沢山たくさん貴方に感謝してたって」
――ありがとう ありがとう――
――炎の色をした髪の人がうちの子を助けてくれた――
――連れ合いを守ってくれた――
――みんな自分のことで精一杯だったのに――
――あの人が助けてくれた――
「すごいっ…ね……」
喉が詰まり、言葉がうまく出てこない。しん…と静まり返った道場に鼻を啜る小さな音が聞こえた。
「!?」
警戒する椎名の前に、遠慮がちに姿を見せたのは千寿郎だった。
「申し訳ありません。きっと義姉上はお見えになると思うと…」
居ても立っても居られなかった。自分を支えてくれていた兄を、支えてくれた人。
会って共に悲しみ、兄を偲びたかった。
「お邪魔してごめんなさい」
「千寿郎」
一つ頭を下げると立ち去ろうとする千寿郎を椎名は呼び止めた。
「おいで」
「…っ、はいっ」
手を招くと千寿郎はみるみるうちに目に涙を溜め椎名に走り寄った。椎名がしっかりとその両手を握りしめる。
「一緒にいてあげられなくて、ごめんね」
「いえっ、義姉上こそ…私なんかよりずっとお辛いのに、わ、わた…私が先に、泣いたりして…っ」
「千寿郎…」
椎名がそっと抱きしめるとその胸に顔を埋めて泣き声をあげる。
「強くっ…強くなってみせます!兄上がそうして下さったように私も…!私も鬼殺隊に入って、きっと……っ」
「………」
千寿郎の叫びに椎名はようやく理解した。杏寿郎が自分の弟に何を見ていたのか。
――平和な世という未来――
(あぁ、繋がっていく…)
杏寿郎の想いが、生き方が、燃える心が。
椎名は千寿郎の肩を優しく掴むと顔を上げさせた。
「千寿郎」
椎名は杏寿郎がいなくなってから初めて微笑んだ。
「杏寿郎が貴方にいつもなんて言ったか覚えてる?」
「…どんな、道を歩んでも…お前を信じてる…」
「貴方は貴方が成せることを。杏寿郎の代わりなんかじゃない。貴方自身が成したいと思うことを、杏寿郎もして欲しいんじゃないかな」
「そう…でしょうか…?」
自信の持てない千寿郎は下を向くしかない。しかし椎名はガシッと千寿郎の両手を握りしめると、声を張った。
「大丈夫!千寿郎は出来る!!ずっと杏寿郎を支えてきた貴方なら、どんな道を選んでも立派に成し遂げられる!!」
「………」
(…兄上……)
椎名の言葉に千寿郎は在りし日の杏寿郎をまざまざと思い出した。強い眼差しで自分を信じると言ってくれた兄の気持ちが流れ込んでくる気がする。
「私は千寿郎を信じてる!」
――兄は弟を信じている――
「ありがとう、ございます…」
漸く兄の死が胸の中ですとんと腑に落ちて、千寿郎も微笑むことができた。
「杏寿郎の棺に入れたいものがあるんだけれど、良いかしら?」
「はい。それは勿論」
千寿郎が頷くと、椎名は自分の髪を一房掴み、切り落とした。
「義姉上!?」
左頬の顎のあたりで揺れる髪に千寿郎が声を上げる。ごめんごめん、と椎名は笑った。
「驚かせたわね。私たちの一族は近しい者が亡くなった時、髪を一振り捧げるの」
「そうなのですね」
切り落とした髪を纏めると、杏寿郎に掛けられていた白い布団を僅かにめくり、組まれた手の上にそれを乗せる。
「我らが神よ。私の最愛がそちらへ参ります。私の供物が道を作り、この魂が貴方の元へ迷わず向かえますようお守りください」
そして人差し指を横に引くと一輪の花を取り出す。
たくさんの花びらがある手のひらの大きさをした白い花だ。
「見たことのない花です」
覗き込む千寿郎に、椎名はもう一輪同じものを取り出すと手渡した。
「この花は黄泉の国では光を放つと言われているの。杏寿郎が道に困らないように」
「はい」
両手の近くに添えると布団を掛け直す。椎名と千寿郎は静かに手を合わせた。
「お役目ご苦労様でした兄上」
「約束、ちゃんと守るから」
――土産話が楽しみだ!――
どこからか聞こえてきそうな声に椎名は静かに微笑んだ。
「千寿郎、しばらくは会えなくなると思う」
庭に降りた椎名は千寿郎に思いがけない言葉を告げた。
「もう少し鬼殺隊に首を突っ込もうと思うから」
「…はい。お気をつけて」
縁側に正座する千寿郎からの労りに椎名はふふっと笑った。
「ど、とうかされましたか?」
「ううん、杏寿郎がいつも気合に満ち満ちてた理由がよくわかるな、と思って」
「?」
こんな可愛い弟が待っているのだから、頑張ろう!と思える。
椎名はクシャクシャっと千寿郎の頭を撫で回した。
「行ってくるね」
「行ってらっしゃいませ!」
千寿郎は大きく手を振って椎名を見送った。
杏寿郎の遺体が安置された道場で、千寿郎は不安げに月を見上げていた。
(義姉上、こない…)
きっと辛い思いをしているだろうし、兄の傍にずっといたいであろう人の姿を千寿郎はまだ一度も見ていなかった。
(兄上とのお別れ、しないのかな…)
明日、杏寿郎は遺骨となって代々の煉獄家の墓に入れられる。今日は杏寿郎の顔を見れる最後の機会なのだ。
「………」
このまま戸締りをしてしまって良いのだろうか?千寿郎はどうしたら良いか分からず、立ち尽くした。
「何をしておる、千寿郎」
「父上…いえ…」
酒を片手に現れた父に千寿郎は返事を濁した。愼寿郎は椎名のことが気に入らなかったのか、興味がなかったのかその存在をずっと無視してきた。その父に椎名の話をすることは千寿郎には出来なかった。
「………」
愼寿郎はちらりと縁側の外に視線を走らせると、くびりを酒を飲み、千寿郎に背中を向けた。
「明日は骨になる身だ。杏寿郎も最後の月ぐらいは見たかろう。ここの戸は開け放しておけ」
「…は、はい!」
千寿郎は父の言葉に大いに驚きながらも同時に喜んだ。あの父がそんな風に人を思いやる言葉を発したのはいつぶりだろう。
「お前も早く寝なさい」
「お休みなさいませ、父上」
千寿郎はペコリと頭を下げるとその場を後にした。
「………」
椎名は音も立てずに煉獄家の道場に足を踏み入れた。
(開いてる…)
雨戸が閉められておらず、春とは言えひんやりとした夜更けの空気が道場を満たしている。
「……」
椎名は棺に納められた杏寿郎に静かに歩み寄った。白装束に身を包んだ杏寿郎はただ眠っているだけのようで、椎名の目に涙が浮かぶ。
(泣いても泣いても止まらない…)
そっと手を伸ばし頬に触れる。ヒヤリと氷の様な感触に今度は驚かずに済んだ。
「杏寿郎…」
呼んでも答えてくれないこともよく分かっている。それでもその名を呼ばずにはいられない。
ハラハラと椎名の目から涙が滑り落ちた。
「隠のみんなが教えてくれたよ。貴方に助けられた列車の乗客が、沢山たくさん貴方に感謝してたって」
――ありがとう ありがとう――
――炎の色をした髪の人がうちの子を助けてくれた――
――連れ合いを守ってくれた――
――みんな自分のことで精一杯だったのに――
――あの人が助けてくれた――
「すごいっ…ね……」
喉が詰まり、言葉がうまく出てこない。しん…と静まり返った道場に鼻を啜る小さな音が聞こえた。
「!?」
警戒する椎名の前に、遠慮がちに姿を見せたのは千寿郎だった。
「申し訳ありません。きっと義姉上はお見えになると思うと…」
居ても立っても居られなかった。自分を支えてくれていた兄を、支えてくれた人。
会って共に悲しみ、兄を偲びたかった。
「お邪魔してごめんなさい」
「千寿郎」
一つ頭を下げると立ち去ろうとする千寿郎を椎名は呼び止めた。
「おいで」
「…っ、はいっ」
手を招くと千寿郎はみるみるうちに目に涙を溜め椎名に走り寄った。椎名がしっかりとその両手を握りしめる。
「一緒にいてあげられなくて、ごめんね」
「いえっ、義姉上こそ…私なんかよりずっとお辛いのに、わ、わた…私が先に、泣いたりして…っ」
「千寿郎…」
椎名がそっと抱きしめるとその胸に顔を埋めて泣き声をあげる。
「強くっ…強くなってみせます!兄上がそうして下さったように私も…!私も鬼殺隊に入って、きっと……っ」
「………」
千寿郎の叫びに椎名はようやく理解した。杏寿郎が自分の弟に何を見ていたのか。
――平和な世という未来――
(あぁ、繋がっていく…)
杏寿郎の想いが、生き方が、燃える心が。
椎名は千寿郎の肩を優しく掴むと顔を上げさせた。
「千寿郎」
椎名は杏寿郎がいなくなってから初めて微笑んだ。
「杏寿郎が貴方にいつもなんて言ったか覚えてる?」
「…どんな、道を歩んでも…お前を信じてる…」
「貴方は貴方が成せることを。杏寿郎の代わりなんかじゃない。貴方自身が成したいと思うことを、杏寿郎もして欲しいんじゃないかな」
「そう…でしょうか…?」
自信の持てない千寿郎は下を向くしかない。しかし椎名はガシッと千寿郎の両手を握りしめると、声を張った。
「大丈夫!千寿郎は出来る!!ずっと杏寿郎を支えてきた貴方なら、どんな道を選んでも立派に成し遂げられる!!」
「………」
(…兄上……)
椎名の言葉に千寿郎は在りし日の杏寿郎をまざまざと思い出した。強い眼差しで自分を信じると言ってくれた兄の気持ちが流れ込んでくる気がする。
「私は千寿郎を信じてる!」
――兄は弟を信じている――
「ありがとう、ございます…」
漸く兄の死が胸の中ですとんと腑に落ちて、千寿郎も微笑むことができた。
「杏寿郎の棺に入れたいものがあるんだけれど、良いかしら?」
「はい。それは勿論」
千寿郎が頷くと、椎名は自分の髪を一房掴み、切り落とした。
「義姉上!?」
左頬の顎のあたりで揺れる髪に千寿郎が声を上げる。ごめんごめん、と椎名は笑った。
「驚かせたわね。私たちの一族は近しい者が亡くなった時、髪を一振り捧げるの」
「そうなのですね」
切り落とした髪を纏めると、杏寿郎に掛けられていた白い布団を僅かにめくり、組まれた手の上にそれを乗せる。
「我らが神よ。私の最愛がそちらへ参ります。私の供物が道を作り、この魂が貴方の元へ迷わず向かえますようお守りください」
そして人差し指を横に引くと一輪の花を取り出す。
たくさんの花びらがある手のひらの大きさをした白い花だ。
「見たことのない花です」
覗き込む千寿郎に、椎名はもう一輪同じものを取り出すと手渡した。
「この花は黄泉の国では光を放つと言われているの。杏寿郎が道に困らないように」
「はい」
両手の近くに添えると布団を掛け直す。椎名と千寿郎は静かに手を合わせた。
「お役目ご苦労様でした兄上」
「約束、ちゃんと守るから」
――土産話が楽しみだ!――
どこからか聞こえてきそうな声に椎名は静かに微笑んだ。
「千寿郎、しばらくは会えなくなると思う」
庭に降りた椎名は千寿郎に思いがけない言葉を告げた。
「もう少し鬼殺隊に首を突っ込もうと思うから」
「…はい。お気をつけて」
縁側に正座する千寿郎からの労りに椎名はふふっと笑った。
「ど、とうかされましたか?」
「ううん、杏寿郎がいつも気合に満ち満ちてた理由がよくわかるな、と思って」
「?」
こんな可愛い弟が待っているのだから、頑張ろう!と思える。
椎名はクシャクシャっと千寿郎の頭を撫で回した。
「行ってくるね」
「行ってらっしゃいませ!」
千寿郎は大きく手を振って椎名を見送った。