三章
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「椎名、何か私に報告する事があるんじゃないかい?」
「……?」
産屋敷邸に来た途端そう切り出されて椎名は目を瞬いた。いつもの通り穏やかな笑みを浮かべている耀哉だが、何か気に食わない様だ。
椎名は向かい合って腰掛けるとたっぷり30秒ほど沈黙した。
「報、告…?」
なにかあっただろうか?遭遇した鬼に関する仔細は都度鎹鴉経由で上げている。あまねが出してくれたお茶を啜りながら椎名はようやく「あぁ!」と声を上げた。
「この前しのぶと作った毒はすご…」
「それじゃないよ」
すっぱり切って捨てられる。どうやら椎名が思っているより御立腹の様だ。だが心当たりのない椎名はお手上げと肩をすくめた。
「杏寿郎と挙げた祝言の事だよ」
「え」
まさかそんな個人的な事が報告対象になるとは思わず椎名は目を丸くした。耀哉が珍しく拗ねた顔を見せる。
「ひなきとにちかを雌蝶につけただろう?その日のうちにとは言わずとも報告にぐらい来てくれると思っていたよ」
「あー、ごめん。こっちはそういうの大事だものね」
200年いるのにどうしてもその辺を忘れがちになる。椎名が頬をかけば耀哉がため息をついた。
「まぁ、あの後杏寿郎は直ぐ任務に行ってしまったしね。椎名に期待するのは無理があった様だね」
「言葉に棘がある…」
椎名が泣き真似をすると耀哉は小さく笑ってあまねに合図を送った。
「?」
「こちらへ」
「え、怖いんだけど」
「いいから行っておいで」
促されるままにあまねについて別室へ移動する。部屋に入った椎名は目を見張ることとなった。
「凄い椎名」
「素敵!」
「綺麗…」
「わぁ〜」
「とてもお似合いですわ」
口々に褒められて椎名は居心地悪そうに身をすくめた。
椎名は純白のドレスを見に纏っていた。肩の出たAラインのドレスでトレーンが広がっている。長袖には繊細な刺繍が施され、洋装というだけで珍しい中、恐ろしいほど豪奢な作りになっている。
ハーフアップにした髪にかなたとくいなが色とりどりの花をさしてくれた。
「支度はできたかい?」
「ちょうど今終わった所ですよ」
あまねが答えると輝利哉に手を引かれた耀哉が入ってくる。わずかに残った視界に椎名を映すと耀哉は眩しそうに目を細めた。
「うん、やはりよく似合っているね」
「あの、さぁ、ものすごく無粋なことを言うけど…」
「じゃあ言わなくていいよ」
メチャメチャ高かったのでは?と言いたい椎名を耀哉は笑顔で黙らせた。
「長年私達産屋敷家と鬼殺隊に貢献してきてくれた恩人にこれぐらいの事はさせて欲しいな。和装は柱である子供達が用意したと聞いたのでね」
「耀哉…」
椎名は耀哉の手を取ると片足を引き、深く首を垂れた。カーテシーの中でも最敬礼のそれに耀哉もお辞儀を返す。
「それじゃあ行こうか」
「?」
これ以上何があると言うのか。頭にハテナマークを浮かべながら椎名は差し出された耀哉の手を取った。廊下を外に向かって歩きながら耀哉が口を開く。
「私を赤ん坊の頃から知っている椎名に言うにはおかしなことだけれどね、今日だけは私が椎名の父親代わりだよ」
耀哉の心遣いが嬉しくて椎名は微笑んだ。あの小さな子が早くに父を亡くし、苦労もあったろうに今や立派な産屋敷家の当主だ。立派過ぎてちょっと心配なくらいに。
「あぁ、向こうも支度ができた様だね」
聞こえてきた馴染みのある声に椎名の顔に先ほどとは違う笑みが浮かんだ。
開けた視界の先の庭に杏寿郎の姿がある。白いフロックコートの中に濃いめのグレーのウエストコートという装いだ。
「絶対散財したわよね耀哉」
「今は言わなくて宜しい」
耀哉は自分の口元に人差し指を当てると椎名の手を離した。
慣れないのか若干動きにくそうにしていた杏寿郎が、耀哉の姿を認め素早く膝をついて頭を下げる。
「杏寿郎、今日は堅苦しいのは無しにしよう。それより君の妻がそちらへ行ったよ」
「………」
耀哉の言葉に顔を上げた杏寿郎は息を飲んだ。庭へ降りてきた椎名の手を取るとその姿を繁々と見つめる。
「ふふ、なんだか気恥ずかしいわね」
照れ笑いをする椎名の頬に触れる。杏寿郎の顔に柔らかな笑みが浮かんだ。
「凄く綺麗だ」
女神もかくやと言えるだろう。むしろ彼女こそが女神なのでは、と脳みその溶けた様なことを考える。
「杏寿郎もすごく似合ってる」
「慣れない洋装だ。おかしくとも笑ってくれるな」
「格好良いったら」
幸せそうに笑いあう二人に耀哉はそっと目を閉じた。
(産屋敷家の代々の初恋は私で終わりかな)
鬼舞辻無惨を倒すと言う悲願の為に産屋敷の人間は早く大人にならなければならない。その為どうしても厳しく我が子を育てていく。甘やかしてやりたい時もそうしてやれない中、椎名の優しさは子供心に支えなのだ。
(彼女のあんな幸せそうな顔を見られたのだから、私の目も随分頑張ったね)
もう一月、二月もすれば完全に盲いてしまうだろう。ふと横を見れば楽しそうにしている我が子達の中、輝利哉だけが憤懣やるかたない、と言う顔をしていた。
(我が子の初恋も既に、か)
耀哉はポン、と輝利哉の頭に手を置いた。驚いて自分を見上げてくる息子に微笑みかける。輝利哉は何を察したのか唇を引き結ぶだけだ。
「支度を」
すっと寄ってきた隠に指示を出すと耀哉は縁側に腰掛けた。あまねが横に控えるのに一緒に腰掛ける様促す。僅かに驚いた様子のあまねだったが、少し照れた様に隣に腰掛けた。
(私のところにあまねが妻に来てくれた様に、お前にも愛する人ができるよ)
ギューッと頬を横に伸ばして笑顔を捻り出す輝利哉を見守る。
「さぁ、写真を撮ろうか」
耀哉の掛け声に杏寿郎と椎名がギョッとしたように振り返った。
「ちょ、耀哉!流石にそれは…」
奮発にも程がある。
「お館様!写真は魂を吸い取ると聞き及びます!危険です!!」
「「「「「ん??」」」」」
杏寿郎の言葉に隠まで含め全員が首を傾げた。うっと言葉に詰まる杏寿郎に笑い声が起こる。
写真は全部で三枚。
杏寿郎と椎名。
椎名と子供達。
そして耀哉とあまねを含む九人。
産屋敷の一室に飾られたそれを耀哉は目が完全に見えなくなるその日まで見つめ続けたのだった。
「……?」
産屋敷邸に来た途端そう切り出されて椎名は目を瞬いた。いつもの通り穏やかな笑みを浮かべている耀哉だが、何か気に食わない様だ。
椎名は向かい合って腰掛けるとたっぷり30秒ほど沈黙した。
「報、告…?」
なにかあっただろうか?遭遇した鬼に関する仔細は都度鎹鴉経由で上げている。あまねが出してくれたお茶を啜りながら椎名はようやく「あぁ!」と声を上げた。
「この前しのぶと作った毒はすご…」
「それじゃないよ」
すっぱり切って捨てられる。どうやら椎名が思っているより御立腹の様だ。だが心当たりのない椎名はお手上げと肩をすくめた。
「杏寿郎と挙げた祝言の事だよ」
「え」
まさかそんな個人的な事が報告対象になるとは思わず椎名は目を丸くした。耀哉が珍しく拗ねた顔を見せる。
「ひなきとにちかを雌蝶につけただろう?その日のうちにとは言わずとも報告にぐらい来てくれると思っていたよ」
「あー、ごめん。こっちはそういうの大事だものね」
200年いるのにどうしてもその辺を忘れがちになる。椎名が頬をかけば耀哉がため息をついた。
「まぁ、あの後杏寿郎は直ぐ任務に行ってしまったしね。椎名に期待するのは無理があった様だね」
「言葉に棘がある…」
椎名が泣き真似をすると耀哉は小さく笑ってあまねに合図を送った。
「?」
「こちらへ」
「え、怖いんだけど」
「いいから行っておいで」
促されるままにあまねについて別室へ移動する。部屋に入った椎名は目を見張ることとなった。
「凄い椎名」
「素敵!」
「綺麗…」
「わぁ〜」
「とてもお似合いですわ」
口々に褒められて椎名は居心地悪そうに身をすくめた。
椎名は純白のドレスを見に纏っていた。肩の出たAラインのドレスでトレーンが広がっている。長袖には繊細な刺繍が施され、洋装というだけで珍しい中、恐ろしいほど豪奢な作りになっている。
ハーフアップにした髪にかなたとくいなが色とりどりの花をさしてくれた。
「支度はできたかい?」
「ちょうど今終わった所ですよ」
あまねが答えると輝利哉に手を引かれた耀哉が入ってくる。わずかに残った視界に椎名を映すと耀哉は眩しそうに目を細めた。
「うん、やはりよく似合っているね」
「あの、さぁ、ものすごく無粋なことを言うけど…」
「じゃあ言わなくていいよ」
メチャメチャ高かったのでは?と言いたい椎名を耀哉は笑顔で黙らせた。
「長年私達産屋敷家と鬼殺隊に貢献してきてくれた恩人にこれぐらいの事はさせて欲しいな。和装は柱である子供達が用意したと聞いたのでね」
「耀哉…」
椎名は耀哉の手を取ると片足を引き、深く首を垂れた。カーテシーの中でも最敬礼のそれに耀哉もお辞儀を返す。
「それじゃあ行こうか」
「?」
これ以上何があると言うのか。頭にハテナマークを浮かべながら椎名は差し出された耀哉の手を取った。廊下を外に向かって歩きながら耀哉が口を開く。
「私を赤ん坊の頃から知っている椎名に言うにはおかしなことだけれどね、今日だけは私が椎名の父親代わりだよ」
耀哉の心遣いが嬉しくて椎名は微笑んだ。あの小さな子が早くに父を亡くし、苦労もあったろうに今や立派な産屋敷家の当主だ。立派過ぎてちょっと心配なくらいに。
「あぁ、向こうも支度ができた様だね」
聞こえてきた馴染みのある声に椎名の顔に先ほどとは違う笑みが浮かんだ。
開けた視界の先の庭に杏寿郎の姿がある。白いフロックコートの中に濃いめのグレーのウエストコートという装いだ。
「絶対散財したわよね耀哉」
「今は言わなくて宜しい」
耀哉は自分の口元に人差し指を当てると椎名の手を離した。
慣れないのか若干動きにくそうにしていた杏寿郎が、耀哉の姿を認め素早く膝をついて頭を下げる。
「杏寿郎、今日は堅苦しいのは無しにしよう。それより君の妻がそちらへ行ったよ」
「………」
耀哉の言葉に顔を上げた杏寿郎は息を飲んだ。庭へ降りてきた椎名の手を取るとその姿を繁々と見つめる。
「ふふ、なんだか気恥ずかしいわね」
照れ笑いをする椎名の頬に触れる。杏寿郎の顔に柔らかな笑みが浮かんだ。
「凄く綺麗だ」
女神もかくやと言えるだろう。むしろ彼女こそが女神なのでは、と脳みその溶けた様なことを考える。
「杏寿郎もすごく似合ってる」
「慣れない洋装だ。おかしくとも笑ってくれるな」
「格好良いったら」
幸せそうに笑いあう二人に耀哉はそっと目を閉じた。
(産屋敷家の代々の初恋は私で終わりかな)
鬼舞辻無惨を倒すと言う悲願の為に産屋敷の人間は早く大人にならなければならない。その為どうしても厳しく我が子を育てていく。甘やかしてやりたい時もそうしてやれない中、椎名の優しさは子供心に支えなのだ。
(彼女のあんな幸せそうな顔を見られたのだから、私の目も随分頑張ったね)
もう一月、二月もすれば完全に盲いてしまうだろう。ふと横を見れば楽しそうにしている我が子達の中、輝利哉だけが憤懣やるかたない、と言う顔をしていた。
(我が子の初恋も既に、か)
耀哉はポン、と輝利哉の頭に手を置いた。驚いて自分を見上げてくる息子に微笑みかける。輝利哉は何を察したのか唇を引き結ぶだけだ。
「支度を」
すっと寄ってきた隠に指示を出すと耀哉は縁側に腰掛けた。あまねが横に控えるのに一緒に腰掛ける様促す。僅かに驚いた様子のあまねだったが、少し照れた様に隣に腰掛けた。
(私のところにあまねが妻に来てくれた様に、お前にも愛する人ができるよ)
ギューッと頬を横に伸ばして笑顔を捻り出す輝利哉を見守る。
「さぁ、写真を撮ろうか」
耀哉の掛け声に杏寿郎と椎名がギョッとしたように振り返った。
「ちょ、耀哉!流石にそれは…」
奮発にも程がある。
「お館様!写真は魂を吸い取ると聞き及びます!危険です!!」
「「「「「ん??」」」」」
杏寿郎の言葉に隠まで含め全員が首を傾げた。うっと言葉に詰まる杏寿郎に笑い声が起こる。
写真は全部で三枚。
杏寿郎と椎名。
椎名と子供達。
そして耀哉とあまねを含む九人。
産屋敷の一室に飾られたそれを耀哉は目が完全に見えなくなるその日まで見つめ続けたのだった。