二章
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「間違い無いのですねアオイ」
蝶屋敷に駆け込んだアオイは一部始終をしのぶに報告した。その場にいた全員に緊張が走る。
ギリ…と刃を食いしばる音に天元が振り向くと、杏寿郎の形相は鬼さえ恐れるようなものへと変わっていた。
「行くのか?」
「無論だ!」
歩き出す杏寿郎に義勇が問う。
「鬼殺隊は鬼を殺すのが使命だ。椎名を連れ去ったものは鬼では無い」
「では俺は鬼殺隊を抜けよう!!」
「おォい!」
杏寿郎の発言に実弥の顔が険しくなる。しかしその前に義勇が立ち塞がった。
「…行くんだな」
杏寿郎は炎柱の証である羽織を脱ぐと側にいたしのぶに手渡した。
「お館様には良くよく謝罪申し上げてくれ。必要ならば腹を切ると」
「煉獄さん!」
声をあげるしのぶに杏寿郎は不敵に笑ってみせた。
「惚れた女も助けられずに誰を助けられようか!すまんが日輪刀だけは借りて行く!!」
それだけ言うと杏寿郎は走り去った。それを見送るしのぶが手に持っていた羽織をアオイに渡すと歩き出す。
「どこ行く気だ?」
「頼んだお使いに忘れ物がありまして。ちょっと出てきますね」
天元の問いにしのふがにっこりと笑う。不死川が首を鳴らしながら後に続いた。
「あー、そういや俺も用があるんだったわ」
「マジか。じゃあ俺も派手にそう言うことにしておくわ」
「………」
適当な事を言う天元に義勇までが歩き出す。
「テメーは煉獄に文句言ってたじゃねぇか。来んのかよォ」
「…行くのかとは聞いたが、行くなとは言っていない」
珍しく怒った様子の義勇に実弥はそれ以上何も言わなかった。
「…っ」
槍の柄で強かに打ち付けられて椎名は床に転がった。手と足を鎖に繋がれた上、さっきの光の影響で動けない。
男達が用意していた海沿いの倉庫の中、長法衣がゆったりと椅子に腰掛けていた。
「ロストアイテムを使えば伝説の悪鬼もたわいの無い。鬼よ、悪いことは言わん。早くその紙に名をかけ」
「………」
髪を掴んで無理やり顔を上げさせられる。紙の一番上の言葉に椎名は顔色を変えた。
「隷属、契…約」
「そうだ。猊下はお優しい事にお前のような化け物でも生きている以上、無闇に命は取らぬと仰せだ」
(よく言う…こんなもの、死んだと同じよ)
椎名は長法衣を睨み付けた。隷属してしまえば命はこの紙に吸い取られる。相手が機嫌を損ねてこれを破れば一瞬であの世行きだ。
何だその目は!と椎名は武僧に腹を蹴り付けられた。
「か、はっ…」
「加減をしなさい。死んでは意味がない」
長法衣は椎名のそばに来ると、憐れなものを見る目を向けてきた。
「300年程前、時の賢王がお前達悪鬼を排斥する為にお創りになられたロストアイテムだ。お前達の命の数だけあった物の最後の一枚。我々聖王協会はこれを長年護り続けてきた」
「……」
(言われなくとも知ってるわよ)
それで沢山のものが死んだ。土人族も、川の民も、鉄山の一族も、白金の森の一族も…。
椎名だけが100年近くを逃げ回り、そしてこの国にたどり着いたのだ。
「もう逃げる事は叶わぬのだ。ならば大人しくこれに署名し猊下の温情を賜れ」
「……」
(何かおかしい。殺すならどうして隷属契約書が必要なの?あの馬鹿王はどうしてこんな物…)
椎名の考えを読んだのか、長法衣の顔に下卑た笑いが浮かんだ。
「お前達白い森の悪鬼は見た目だけは素晴らしい。歴代の王もそれはそれは大事にお使いになっていたとか」
「…っ!」
ヒュッと椎名の喉が鳴った。悪かった顔色がさらに白くなる。
(なん、て…?)
椎名の一族は貞操観念の強い一族だ。
(それを《歴代》の王が……《使った》…?)
椎名の脳裏に今となっては朧げな家族の顔が浮かんだ。父に母、そして穏やかに森で生きていた沢山の仲間達。
椎名はぼやけそうになる視界を必死に押し留めた。こんな奴の前で泣いてたまるか。
「とは言えお前達は悪しき鬼。最後は全てが磔に処されたとか。お前もそうならぬよう猊下に献身的にお仕えすることだ」
さあ、と紙を差し出され椎名はわずかに身を引いた。長法衣は知らないようだが、この契約書に血の一滴でもつければそこで成立してしまう。
(いや…嫌よ!絶対に嫌!!)
武僧に押さえつけられ身動き出来ない椎名の眼前に契約書が突きつけられる。
「さあ!さあっ!!」
「…っ」
(杏寿郎…!)
ーー炎の呼吸 伍の型 炎虎ーー
ゴォォォン!!と凄まじい音がして倉庫の鉄の扉が吹き飛んだ。炎の虎が武僧達に襲いかかる。武僧の半分を蹴散らした炎が収まると、椎名のそばには杏寿郎が立っていた。
「な、何だお前は!!」
長法衣の誰何の声に杏寿郎は腕組みをすると元気に答えた。
「俺は彼女に懸想しているただの男だ!!」
(言い方っ)
なんだか色々先回りして考えてくれた結果の台詞なのだろうが、椎名は状況も忘れて突っ込んだ。
「派手にやられたな!大丈夫か?」
手足の拘束が緩み椎名が振り向くと天元が鎖を外していた。立ち上がれない椎名に片眉を上げる。
「なんかされたのか?」
「…雷をガラス玉に貯めておく方法があってね」
「あー」
椎名が使う光を放つ球を思い出し天元が唸った。
「んなもん使ったら派手に死ぬだろ」
「昔のを充填せずに持ってたみたい」
おそらくその充填方法も失われたのだろう。威力は半分以下だ。幸運にも程があるな、と椎名は思った。
「は?は!?懸想だと?貴様あの化け物がなにかわかって言っているのか!!」
ビキッ!
額に青筋を立てズイッと前へ踏み出した杏寿郎に、長法衣は慌てて後ろにいる武僧の方を向いた。
「お前達何してーー」
「何だァ、コイツらてんで弱いじゃァねぇか」
「……」
「んなーーーっ!!」
杏寿郎の一撃を免れた武僧達は実弥と義勇の手によって瞬殺されていた。
ズギャーーン!と長法衣が目を剥く。
「くっ!ならば…!!」
(ロストアイテムさえ使えばこんな者ども!!)
パリン…。
「あらぁ?ごめんなさい、壊しちゃいました」
「………」
ニコニコしたしのぶの足元に粉々になったガラス片を認めて長法衣が頭を掻きむしる。
「き、貴様ーっ!それが何なのかわかっているのか!!ロストアイテムだぞ!!教会に伝わる唯一の秘宝だぞ!!これが無ければ二度と…二度とっ!」
「安心しろ!二度目など無い!!」
「ひっ!」
真後ろに立つ杏寿郎に長法衣が悲鳴を上げた。ジリジリと後ろに下がりながら必死に叫ぶ。
「貴様私が誰か分かっているのか!聖王協会の枢機卿だぞ!!」
「はひっ!そ、そうだ!私が猊下に口を聞いてやろう!そうすれば貴様もおこぼれに…っ」
「く、来るな!来るなぁぁぁーっ!!」
ゴキィッ!!
杏寿郎は拳を握ると力の限り長法衣を殴りつけた。隷属契約書共々宙を舞う。
「げぶぅぅっ!」
口からも鼻からも血を噴き出した長法衣の顔にヒラリと契約書が落ちた。
「あ」
「ん?」
ピカーッと契約書が光を放つ。不審なそれを実弥が手に取った。
「なんだこりゃあ」
「実弥、それ破っちゃダメだからね」
「はァ?」
天元の手を借り、何とか座った椎名の言葉に実弥が眉を寄せる。
「こんな紙切れ一枚に何の意味があんだよ」
そう言いながらピン!と紙を指で弾いた。
「いだいだいだいだいだいだい!!」
「っ!?」
杏寿郎に殴られ気を失っていた長法衣が叫んでのたうち回る。義勇が驚いた拍子に実弥が持っている紙の端をくしゃりと握った。
「ぎぃやぁぁぁぁっ!!」
断末魔のような声を上げる長法衣と契約書を交互に見比べて、実弥はそれはそれは悪い顔で笑った。
「原理は良くわからねぇが、こいつを痛めつけりゃオッサンも苦しいってわけかァ」
「ば、馬鹿なっ!名を書いたわけでも無いのにそんな事っ」
「うるせェ、喚くんじゃねぇよ」
「あんぎゃーっ」
ビシビシ紙を弾く実弥と、のたうち回る長法衣。こうなるともう実弥の独断場である。後ろの義勇が若干羨ましそうにしているのを見ない事にすると、椎名は種明かしをした。
「名前よりも血の方が縛りは濃いのよ。書き換えは不可。破棄も不可。一生その紙切れに命を握られて生きていく事ね」
「な…な……」
「じゃあこれは鬼殺隊預かりにしますね」
実弥の手から契約書を抜き取るとしのぶはにっこり笑った。
「せいぜい頑張って猊下とやらに差し障りのない報告をして下さい。もしまた椎名さんに接触してくるようなことがあれば…」
しのぶば日輪刀を契約書に突きつけた。
「食事中、入浴中、睡眠中。突然もがき苦しみながら死ぬなんて嫌ですものね」
「は、はひ…」
血も涙も鼻水もダラダラの長法衣は絶望の表情で座り込んだ。十分意味が伝わった事を確認してしのぶが手を叩く。
「ご理解いただけてよかったです。お帰りは早い方がいいですよ。それでは私たちはこれで」
しのぶは持っていた筒に契約書を丸めて入れると、それを懐にしまった。それから小走りで椎名に駆け寄ると膝をつく。
「アオイを逃してくれてありがとうございました。あの子には傷一つありません」
「そう」
天元に支えられて何とか座っている椎名の姿が痛ましく、しのぶが眉を顰める。
「とにかく傷の手当をしなければなりませんから、蝶屋敷へ戻りましょう」
「どれ」
手を貸そうと天元が動くより先に、杏寿郎がふわりと椎名を抱き上げた。
「!」
「俺が運ぶ」
天元の腕に寄りかかって座っていたことが気に入らなかったらしい。杏寿郎はじとーっと天元を横目で見た後、スタスタと歩き出した。
「あれ?俺、派手に煉獄に嫌われた感じ?椎名に手を貸してただけなのに?」
「まぁ仕方ありませんよ」
告白→拒絶→諦めない→もっと拒絶→いきなり想い人の命の危機。杏寿郎もそれなりに一杯一杯なのだろう。
「そんなことより椎名さんの顔が面白いことになっていると思いません?」
「胡蝶、最近腹黒が派手に滲み出てきすぎだろ」
しのぶと天元の視線の先で椎名は盛大に固まっていた。ちらりと上を盗み見ると、自分を抱えて歩く杏寿郎の横顔が見える。
(近くない!?)
抱えられているのだから当然なのだが、今日は一日であまりに沢山のことがありすぎてもう許容範囲がない。視線を彷徨わせた椎名に気付いて杏寿郎が顔を寄せた。
「痛むのか?椎名」
「っいや…大丈夫…」
声が上擦らないよう細心の注意を払い椎名は答えた。しかし様子がおかしい事は伝わったのだろう杏寿郎は歩きを緩めた。
「気がついているだろうか?君の体には今、一つも力が入っていない」
「あぁ、やっぱり?」
自分でも動かせているのは首から上だけと自覚がある。椎名の返事に杏寿郎の眉間に皺が寄った。
「全集中の常中を欠かさないようにしたまま、体を休めた方がいい。安心して眠ってくれ」
「…じゃあーー」
お言葉に甘えて…と言おうとした時、鎹鴉が一羽皆の頭上を飛び回った。
「産屋敷ヨリー!産屋敷ヨリー!!此度ノ煉獄杏寿郎ノ柱ノ返上、鬼殺隊ノ脱退申出、及ビ一般人ヘノ暴行ニ関シテハ不問トスルー!」
わぁっと喜びに沸いた面々を他所に椎名は目を見開いた。
(は?はっ?杏寿郎が炎柱を辞めた?鬼殺隊を脱退?)
鎹鴉の言葉が衝撃過ぎて頭がグルグルする。
「そういやァてめェ、鬼殺隊抜けてどうするつもりだったんだァ?」
「うむ!また選抜試験を受けるつもりだった!」
「派手に意味ねぇ」
「お館様はそこまで見越して柱の返上まで取り消されたのでしょうね」
「選抜試験受けた瞬間、柱就任だぜ。派手に最速記録だな」
あはは…と自分以外が明るく笑う中、頭がパンクした椎名は意識を手放した。
胸に苦い思いを抱えたまま。
蝶屋敷に駆け込んだアオイは一部始終をしのぶに報告した。その場にいた全員に緊張が走る。
ギリ…と刃を食いしばる音に天元が振り向くと、杏寿郎の形相は鬼さえ恐れるようなものへと変わっていた。
「行くのか?」
「無論だ!」
歩き出す杏寿郎に義勇が問う。
「鬼殺隊は鬼を殺すのが使命だ。椎名を連れ去ったものは鬼では無い」
「では俺は鬼殺隊を抜けよう!!」
「おォい!」
杏寿郎の発言に実弥の顔が険しくなる。しかしその前に義勇が立ち塞がった。
「…行くんだな」
杏寿郎は炎柱の証である羽織を脱ぐと側にいたしのぶに手渡した。
「お館様には良くよく謝罪申し上げてくれ。必要ならば腹を切ると」
「煉獄さん!」
声をあげるしのぶに杏寿郎は不敵に笑ってみせた。
「惚れた女も助けられずに誰を助けられようか!すまんが日輪刀だけは借りて行く!!」
それだけ言うと杏寿郎は走り去った。それを見送るしのぶが手に持っていた羽織をアオイに渡すと歩き出す。
「どこ行く気だ?」
「頼んだお使いに忘れ物がありまして。ちょっと出てきますね」
天元の問いにしのふがにっこりと笑う。不死川が首を鳴らしながら後に続いた。
「あー、そういや俺も用があるんだったわ」
「マジか。じゃあ俺も派手にそう言うことにしておくわ」
「………」
適当な事を言う天元に義勇までが歩き出す。
「テメーは煉獄に文句言ってたじゃねぇか。来んのかよォ」
「…行くのかとは聞いたが、行くなとは言っていない」
珍しく怒った様子の義勇に実弥はそれ以上何も言わなかった。
「…っ」
槍の柄で強かに打ち付けられて椎名は床に転がった。手と足を鎖に繋がれた上、さっきの光の影響で動けない。
男達が用意していた海沿いの倉庫の中、長法衣がゆったりと椅子に腰掛けていた。
「ロストアイテムを使えば伝説の悪鬼もたわいの無い。鬼よ、悪いことは言わん。早くその紙に名をかけ」
「………」
髪を掴んで無理やり顔を上げさせられる。紙の一番上の言葉に椎名は顔色を変えた。
「隷属、契…約」
「そうだ。猊下はお優しい事にお前のような化け物でも生きている以上、無闇に命は取らぬと仰せだ」
(よく言う…こんなもの、死んだと同じよ)
椎名は長法衣を睨み付けた。隷属してしまえば命はこの紙に吸い取られる。相手が機嫌を損ねてこれを破れば一瞬であの世行きだ。
何だその目は!と椎名は武僧に腹を蹴り付けられた。
「か、はっ…」
「加減をしなさい。死んでは意味がない」
長法衣は椎名のそばに来ると、憐れなものを見る目を向けてきた。
「300年程前、時の賢王がお前達悪鬼を排斥する為にお創りになられたロストアイテムだ。お前達の命の数だけあった物の最後の一枚。我々聖王協会はこれを長年護り続けてきた」
「……」
(言われなくとも知ってるわよ)
それで沢山のものが死んだ。土人族も、川の民も、鉄山の一族も、白金の森の一族も…。
椎名だけが100年近くを逃げ回り、そしてこの国にたどり着いたのだ。
「もう逃げる事は叶わぬのだ。ならば大人しくこれに署名し猊下の温情を賜れ」
「……」
(何かおかしい。殺すならどうして隷属契約書が必要なの?あの馬鹿王はどうしてこんな物…)
椎名の考えを読んだのか、長法衣の顔に下卑た笑いが浮かんだ。
「お前達白い森の悪鬼は見た目だけは素晴らしい。歴代の王もそれはそれは大事にお使いになっていたとか」
「…っ!」
ヒュッと椎名の喉が鳴った。悪かった顔色がさらに白くなる。
(なん、て…?)
椎名の一族は貞操観念の強い一族だ。
(それを《歴代》の王が……《使った》…?)
椎名の脳裏に今となっては朧げな家族の顔が浮かんだ。父に母、そして穏やかに森で生きていた沢山の仲間達。
椎名はぼやけそうになる視界を必死に押し留めた。こんな奴の前で泣いてたまるか。
「とは言えお前達は悪しき鬼。最後は全てが磔に処されたとか。お前もそうならぬよう猊下に献身的にお仕えすることだ」
さあ、と紙を差し出され椎名はわずかに身を引いた。長法衣は知らないようだが、この契約書に血の一滴でもつければそこで成立してしまう。
(いや…嫌よ!絶対に嫌!!)
武僧に押さえつけられ身動き出来ない椎名の眼前に契約書が突きつけられる。
「さあ!さあっ!!」
「…っ」
(杏寿郎…!)
ーー炎の呼吸 伍の型 炎虎ーー
ゴォォォン!!と凄まじい音がして倉庫の鉄の扉が吹き飛んだ。炎の虎が武僧達に襲いかかる。武僧の半分を蹴散らした炎が収まると、椎名のそばには杏寿郎が立っていた。
「な、何だお前は!!」
長法衣の誰何の声に杏寿郎は腕組みをすると元気に答えた。
「俺は彼女に懸想しているただの男だ!!」
(言い方っ)
なんだか色々先回りして考えてくれた結果の台詞なのだろうが、椎名は状況も忘れて突っ込んだ。
「派手にやられたな!大丈夫か?」
手足の拘束が緩み椎名が振り向くと天元が鎖を外していた。立ち上がれない椎名に片眉を上げる。
「なんかされたのか?」
「…雷をガラス玉に貯めておく方法があってね」
「あー」
椎名が使う光を放つ球を思い出し天元が唸った。
「んなもん使ったら派手に死ぬだろ」
「昔のを充填せずに持ってたみたい」
おそらくその充填方法も失われたのだろう。威力は半分以下だ。幸運にも程があるな、と椎名は思った。
「は?は!?懸想だと?貴様あの化け物がなにかわかって言っているのか!!」
ビキッ!
額に青筋を立てズイッと前へ踏み出した杏寿郎に、長法衣は慌てて後ろにいる武僧の方を向いた。
「お前達何してーー」
「何だァ、コイツらてんで弱いじゃァねぇか」
「……」
「んなーーーっ!!」
杏寿郎の一撃を免れた武僧達は実弥と義勇の手によって瞬殺されていた。
ズギャーーン!と長法衣が目を剥く。
「くっ!ならば…!!」
(ロストアイテムさえ使えばこんな者ども!!)
パリン…。
「あらぁ?ごめんなさい、壊しちゃいました」
「………」
ニコニコしたしのぶの足元に粉々になったガラス片を認めて長法衣が頭を掻きむしる。
「き、貴様ーっ!それが何なのかわかっているのか!!ロストアイテムだぞ!!教会に伝わる唯一の秘宝だぞ!!これが無ければ二度と…二度とっ!」
「安心しろ!二度目など無い!!」
「ひっ!」
真後ろに立つ杏寿郎に長法衣が悲鳴を上げた。ジリジリと後ろに下がりながら必死に叫ぶ。
「貴様私が誰か分かっているのか!聖王協会の枢機卿だぞ!!」
「はひっ!そ、そうだ!私が猊下に口を聞いてやろう!そうすれば貴様もおこぼれに…っ」
「く、来るな!来るなぁぁぁーっ!!」
ゴキィッ!!
杏寿郎は拳を握ると力の限り長法衣を殴りつけた。隷属契約書共々宙を舞う。
「げぶぅぅっ!」
口からも鼻からも血を噴き出した長法衣の顔にヒラリと契約書が落ちた。
「あ」
「ん?」
ピカーッと契約書が光を放つ。不審なそれを実弥が手に取った。
「なんだこりゃあ」
「実弥、それ破っちゃダメだからね」
「はァ?」
天元の手を借り、何とか座った椎名の言葉に実弥が眉を寄せる。
「こんな紙切れ一枚に何の意味があんだよ」
そう言いながらピン!と紙を指で弾いた。
「いだいだいだいだいだいだい!!」
「っ!?」
杏寿郎に殴られ気を失っていた長法衣が叫んでのたうち回る。義勇が驚いた拍子に実弥が持っている紙の端をくしゃりと握った。
「ぎぃやぁぁぁぁっ!!」
断末魔のような声を上げる長法衣と契約書を交互に見比べて、実弥はそれはそれは悪い顔で笑った。
「原理は良くわからねぇが、こいつを痛めつけりゃオッサンも苦しいってわけかァ」
「ば、馬鹿なっ!名を書いたわけでも無いのにそんな事っ」
「うるせェ、喚くんじゃねぇよ」
「あんぎゃーっ」
ビシビシ紙を弾く実弥と、のたうち回る長法衣。こうなるともう実弥の独断場である。後ろの義勇が若干羨ましそうにしているのを見ない事にすると、椎名は種明かしをした。
「名前よりも血の方が縛りは濃いのよ。書き換えは不可。破棄も不可。一生その紙切れに命を握られて生きていく事ね」
「な…な……」
「じゃあこれは鬼殺隊預かりにしますね」
実弥の手から契約書を抜き取るとしのぶはにっこり笑った。
「せいぜい頑張って猊下とやらに差し障りのない報告をして下さい。もしまた椎名さんに接触してくるようなことがあれば…」
しのぶば日輪刀を契約書に突きつけた。
「食事中、入浴中、睡眠中。突然もがき苦しみながら死ぬなんて嫌ですものね」
「は、はひ…」
血も涙も鼻水もダラダラの長法衣は絶望の表情で座り込んだ。十分意味が伝わった事を確認してしのぶが手を叩く。
「ご理解いただけてよかったです。お帰りは早い方がいいですよ。それでは私たちはこれで」
しのぶは持っていた筒に契約書を丸めて入れると、それを懐にしまった。それから小走りで椎名に駆け寄ると膝をつく。
「アオイを逃してくれてありがとうございました。あの子には傷一つありません」
「そう」
天元に支えられて何とか座っている椎名の姿が痛ましく、しのぶが眉を顰める。
「とにかく傷の手当をしなければなりませんから、蝶屋敷へ戻りましょう」
「どれ」
手を貸そうと天元が動くより先に、杏寿郎がふわりと椎名を抱き上げた。
「!」
「俺が運ぶ」
天元の腕に寄りかかって座っていたことが気に入らなかったらしい。杏寿郎はじとーっと天元を横目で見た後、スタスタと歩き出した。
「あれ?俺、派手に煉獄に嫌われた感じ?椎名に手を貸してただけなのに?」
「まぁ仕方ありませんよ」
告白→拒絶→諦めない→もっと拒絶→いきなり想い人の命の危機。杏寿郎もそれなりに一杯一杯なのだろう。
「そんなことより椎名さんの顔が面白いことになっていると思いません?」
「胡蝶、最近腹黒が派手に滲み出てきすぎだろ」
しのぶと天元の視線の先で椎名は盛大に固まっていた。ちらりと上を盗み見ると、自分を抱えて歩く杏寿郎の横顔が見える。
(近くない!?)
抱えられているのだから当然なのだが、今日は一日であまりに沢山のことがありすぎてもう許容範囲がない。視線を彷徨わせた椎名に気付いて杏寿郎が顔を寄せた。
「痛むのか?椎名」
「っいや…大丈夫…」
声が上擦らないよう細心の注意を払い椎名は答えた。しかし様子がおかしい事は伝わったのだろう杏寿郎は歩きを緩めた。
「気がついているだろうか?君の体には今、一つも力が入っていない」
「あぁ、やっぱり?」
自分でも動かせているのは首から上だけと自覚がある。椎名の返事に杏寿郎の眉間に皺が寄った。
「全集中の常中を欠かさないようにしたまま、体を休めた方がいい。安心して眠ってくれ」
「…じゃあーー」
お言葉に甘えて…と言おうとした時、鎹鴉が一羽皆の頭上を飛び回った。
「産屋敷ヨリー!産屋敷ヨリー!!此度ノ煉獄杏寿郎ノ柱ノ返上、鬼殺隊ノ脱退申出、及ビ一般人ヘノ暴行ニ関シテハ不問トスルー!」
わぁっと喜びに沸いた面々を他所に椎名は目を見開いた。
(は?はっ?杏寿郎が炎柱を辞めた?鬼殺隊を脱退?)
鎹鴉の言葉が衝撃過ぎて頭がグルグルする。
「そういやァてめェ、鬼殺隊抜けてどうするつもりだったんだァ?」
「うむ!また選抜試験を受けるつもりだった!」
「派手に意味ねぇ」
「お館様はそこまで見越して柱の返上まで取り消されたのでしょうね」
「選抜試験受けた瞬間、柱就任だぜ。派手に最速記録だな」
あはは…と自分以外が明るく笑う中、頭がパンクした椎名は意識を手放した。
胸に苦い思いを抱えたまま。