二章
夢小説設定
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「胡蝶!いるか!!」
蝶屋敷に着くなり杏寿郎は大声でしのぶを呼び出した。まだ夜明けが遠いためかひっそりしている。杏寿郎がもう一度声を上げようとした時、奥のドアからアオイが飛び出してきた。
「急患で…椎名さん!?」
「治療を頼む!胡蝶はいないのか!?」
「しのぶ様は任務です!こちらへ!!」
キビキビとアオイが指示を出す。個室のベッドに椎名を寝かせていると、きよ、すみ、なほが慌てた様子で走ってきた。
「消毒液、ガーゼ、包帯!それに鎮痛薬と注射器!!」
「はい!」
「すぐに!!」
「タオルも持ってきます!」
アオイの声に三人が走り回る。杏寿郎が立ちつくしていると、くるりとアオイが振り返った。
「椎名さんの服を脱がせるので部屋を出てください」
「あ、あぁ、わかった」
気圧されて部屋を出る。杏寿郎は廊下に置かれた長椅子に腰掛けた。なほがひょっこり顔を出し羽織を差し出す。
「羽織をお返しします」
「あぁ」
杏寿郎はすっかり存在を忘れていた炎柱の証である羽織を受け取った。きちんと畳まれたそれを膝の上に置いたまま思い返す。
(感情に呑まれて鬼を切ったのは初めてだ)
椎名を食おうとしている事、その方法、そもそも椎名を傷つけた事全てが許せなかった。今でももっとなます斬りにしてやるべきだったと思う。
「…不甲斐ない」
感情を制御できないのは未熟な証拠。杏寿郎はくしゃりと髪をかきあげた。
(見回りに戻らなければ…)
しかし椎名の容態を聞かなければとても見回りに集中できる気がしない。
(俺はどうしたと言うのか)
他の隊士が怪我をしたとしてもこうはならない。杏寿郎は悶々とした時間を過ごした。
「炎柱様」
夜が明ける頃、アオイが部屋から出てきた。勢いよく立ち上がった杏寿郎に少し驚く。
「椎名さんの処置は終わりました。左腕は骨折。背中は打身だけで済んでいるようですが、頭を打っているので暫くは目眩があるかもしれません。おおよそですが全治3週間です」
「そうか!別状が無くて何よりだ!!」
アオイは思わず杏寿郎の様子を見た。椎名を運んできたままずっと居たのだろう。着替えに帰った様子もなければ羽織を羽織ることも忘れている。
(炎柱様ってこんな方だったかしら?)
隊士が怪我をしてもこんな風に張り付いて待っていたことはないはずだ。そもそも杏寿郎が自分で怪我人を運んできたりしない。
もっと泰然とした人だった気がする。ぼんやりそんな事を考えたアオイははっと我に返ると首を振った。
(炎柱様の詮索をするなんて身の程知らず!)
「お会いになられますか?」
「起きているのか?」
「えぇ、どうぞ」
アオイに促され杏寿郎は室内に入った。その横をきよ、すみ、なほが椎名の服やタオルを抱えて走り抜ける。杏寿郎がベッドに近づくと入院着を着た椎名が目を開けた。
「椎名」
「…杏寿郎、右側に来てくれる?左を向くのちょっと辛いの」
「わかった!」
ベッドに横になったまま身を起こせない椎名だったが、顔色は良く落ち着いている。杏寿郎は自分の目でそれを確認して漸く胸を撫で下ろした。
「よくよく療養する事だ」
「ありがとう杏寿郎」
椎名は近づいてきた杏寿郎の手を取ると自分の額に押し当てた。最大の感謝を表す椎名の国の文化だ。
それに気づいた杏寿郎が照れたように笑った。
「光が見えたのだ」
「光…あぁ」
心当たりのある椎名が頷くと、杏寿郎は背中から椎名の日輪刀とレイピア、ガラス玉を取り出した。よくそんなに背中に入ったなと椎名が感心する。
「このガラス玉も君のだろう?」
「ありがとう。後で拾いに行かなきゃと思ってたのよ」
人差し指で突くとふっと姿を消す。おぉ、と杏寿郎が感嘆の声を上げた。
「日輪刀の方は刃こぼれしていた。打ち直しが必要だ」
「耀哉に頼まなきゃ、ね」
「俺から報告しておこう」
コンコン。
ドアをノックする音がしてしのぶが入ってきた。
「あら、煉獄さんまだいらしたのですね?椎名さん、お加減はいかがですか?」
ちょっと煉獄に対して棘がある。アオイから報告を受けているのであろう、しのぶは椎名の瞳孔の動きなどを確認すると一つ頷いた。
「頭を打ったと聞いていたので心配しましたが、大丈夫そうですね」
「心配かけたわねしのぶ」
「ご無事ならそれで良いんですよ」
にっこり笑うとしのぶは杏寿郎に向き直った。
「煉獄さん、お館様への鬼殺の報告は済まされましたか?あ、勿論お済みですよね?隊服の中にシャツを着るのも忘れて、羽織も羽織らず、報告もまだなんて他の隊士に示しがつきませんものね」
「う、うむ!いや…」
(これは不味い!)
杏寿郎は慌てて羽織を羽織ると窓に足をかけた。
「急ぐ故失礼する!椎名、また来る!!」
「あっ!煉獄さんここは出入り口ではありませんよ!!」
「見逃してくれ!」
そのまま外へ飛び出すとあっという間に走り去る。しのぶは窓枠に肘をつくとため息をついた。
「全く逃げ足の速い」
「ふふ、杏寿郎も心配してくれてたのよ」
(普通ならそんな理由で任務を放り出したりしないんでしょうけどね)
全然わかっている様子のない両名にしのぶはもう一度ため息をつくのだった。
一週間後ーー
椎名は庭で月を見上げていた。満月には僅かに足りないが、とても綺麗だ。
「傷の具合はどうだ?椎名」
「おかえり杏寿郎。今夜はもう良いの?」
「流石に休まねばならんと追い返された!」
意外な返事にふふっと椎名は笑った。まだしっかり固定された左腕は痛々しいがそれ以外は概ね回復している。
「寝るには月が明るくて勿体無いなと思ったのよ」
「今夜は待宵月だな」
「まちよい…?」
「満月の前日に出る月の事だ。小望月とも言うか」
「へぇ」
二人並んで静かに月を見上げる。
「今夜の月は見事だな」
「そうね、手が届きそう」
廊下を歩いていたしのぶが二人に気付いて立ち止まる。通りすがりのアオイを呼び止めた。
「どう思いますか?あれ」
「…はやくくっつけば良いのに焦ったい、といった所でしょうか」
「アオイもそう思いますよねぇ」
しのぶの三度目のため息を二人は知る由もなかった。
蝶屋敷に着くなり杏寿郎は大声でしのぶを呼び出した。まだ夜明けが遠いためかひっそりしている。杏寿郎がもう一度声を上げようとした時、奥のドアからアオイが飛び出してきた。
「急患で…椎名さん!?」
「治療を頼む!胡蝶はいないのか!?」
「しのぶ様は任務です!こちらへ!!」
キビキビとアオイが指示を出す。個室のベッドに椎名を寝かせていると、きよ、すみ、なほが慌てた様子で走ってきた。
「消毒液、ガーゼ、包帯!それに鎮痛薬と注射器!!」
「はい!」
「すぐに!!」
「タオルも持ってきます!」
アオイの声に三人が走り回る。杏寿郎が立ちつくしていると、くるりとアオイが振り返った。
「椎名さんの服を脱がせるので部屋を出てください」
「あ、あぁ、わかった」
気圧されて部屋を出る。杏寿郎は廊下に置かれた長椅子に腰掛けた。なほがひょっこり顔を出し羽織を差し出す。
「羽織をお返しします」
「あぁ」
杏寿郎はすっかり存在を忘れていた炎柱の証である羽織を受け取った。きちんと畳まれたそれを膝の上に置いたまま思い返す。
(感情に呑まれて鬼を切ったのは初めてだ)
椎名を食おうとしている事、その方法、そもそも椎名を傷つけた事全てが許せなかった。今でももっとなます斬りにしてやるべきだったと思う。
「…不甲斐ない」
感情を制御できないのは未熟な証拠。杏寿郎はくしゃりと髪をかきあげた。
(見回りに戻らなければ…)
しかし椎名の容態を聞かなければとても見回りに集中できる気がしない。
(俺はどうしたと言うのか)
他の隊士が怪我をしたとしてもこうはならない。杏寿郎は悶々とした時間を過ごした。
「炎柱様」
夜が明ける頃、アオイが部屋から出てきた。勢いよく立ち上がった杏寿郎に少し驚く。
「椎名さんの処置は終わりました。左腕は骨折。背中は打身だけで済んでいるようですが、頭を打っているので暫くは目眩があるかもしれません。おおよそですが全治3週間です」
「そうか!別状が無くて何よりだ!!」
アオイは思わず杏寿郎の様子を見た。椎名を運んできたままずっと居たのだろう。着替えに帰った様子もなければ羽織を羽織ることも忘れている。
(炎柱様ってこんな方だったかしら?)
隊士が怪我をしてもこんな風に張り付いて待っていたことはないはずだ。そもそも杏寿郎が自分で怪我人を運んできたりしない。
もっと泰然とした人だった気がする。ぼんやりそんな事を考えたアオイははっと我に返ると首を振った。
(炎柱様の詮索をするなんて身の程知らず!)
「お会いになられますか?」
「起きているのか?」
「えぇ、どうぞ」
アオイに促され杏寿郎は室内に入った。その横をきよ、すみ、なほが椎名の服やタオルを抱えて走り抜ける。杏寿郎がベッドに近づくと入院着を着た椎名が目を開けた。
「椎名」
「…杏寿郎、右側に来てくれる?左を向くのちょっと辛いの」
「わかった!」
ベッドに横になったまま身を起こせない椎名だったが、顔色は良く落ち着いている。杏寿郎は自分の目でそれを確認して漸く胸を撫で下ろした。
「よくよく療養する事だ」
「ありがとう杏寿郎」
椎名は近づいてきた杏寿郎の手を取ると自分の額に押し当てた。最大の感謝を表す椎名の国の文化だ。
それに気づいた杏寿郎が照れたように笑った。
「光が見えたのだ」
「光…あぁ」
心当たりのある椎名が頷くと、杏寿郎は背中から椎名の日輪刀とレイピア、ガラス玉を取り出した。よくそんなに背中に入ったなと椎名が感心する。
「このガラス玉も君のだろう?」
「ありがとう。後で拾いに行かなきゃと思ってたのよ」
人差し指で突くとふっと姿を消す。おぉ、と杏寿郎が感嘆の声を上げた。
「日輪刀の方は刃こぼれしていた。打ち直しが必要だ」
「耀哉に頼まなきゃ、ね」
「俺から報告しておこう」
コンコン。
ドアをノックする音がしてしのぶが入ってきた。
「あら、煉獄さんまだいらしたのですね?椎名さん、お加減はいかがですか?」
ちょっと煉獄に対して棘がある。アオイから報告を受けているのであろう、しのぶは椎名の瞳孔の動きなどを確認すると一つ頷いた。
「頭を打ったと聞いていたので心配しましたが、大丈夫そうですね」
「心配かけたわねしのぶ」
「ご無事ならそれで良いんですよ」
にっこり笑うとしのぶは杏寿郎に向き直った。
「煉獄さん、お館様への鬼殺の報告は済まされましたか?あ、勿論お済みですよね?隊服の中にシャツを着るのも忘れて、羽織も羽織らず、報告もまだなんて他の隊士に示しがつきませんものね」
「う、うむ!いや…」
(これは不味い!)
杏寿郎は慌てて羽織を羽織ると窓に足をかけた。
「急ぐ故失礼する!椎名、また来る!!」
「あっ!煉獄さんここは出入り口ではありませんよ!!」
「見逃してくれ!」
そのまま外へ飛び出すとあっという間に走り去る。しのぶは窓枠に肘をつくとため息をついた。
「全く逃げ足の速い」
「ふふ、杏寿郎も心配してくれてたのよ」
(普通ならそんな理由で任務を放り出したりしないんでしょうけどね)
全然わかっている様子のない両名にしのぶはもう一度ため息をつくのだった。
一週間後ーー
椎名は庭で月を見上げていた。満月には僅かに足りないが、とても綺麗だ。
「傷の具合はどうだ?椎名」
「おかえり杏寿郎。今夜はもう良いの?」
「流石に休まねばならんと追い返された!」
意外な返事にふふっと椎名は笑った。まだしっかり固定された左腕は痛々しいがそれ以外は概ね回復している。
「寝るには月が明るくて勿体無いなと思ったのよ」
「今夜は待宵月だな」
「まちよい…?」
「満月の前日に出る月の事だ。小望月とも言うか」
「へぇ」
二人並んで静かに月を見上げる。
「今夜の月は見事だな」
「そうね、手が届きそう」
廊下を歩いていたしのぶが二人に気付いて立ち止まる。通りすがりのアオイを呼び止めた。
「どう思いますか?あれ」
「…はやくくっつけば良いのに焦ったい、といった所でしょうか」
「アオイもそう思いますよねぇ」
しのぶの三度目のため息を二人は知る由もなかった。