短編
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「あっ!」
すてん、と転んでしまい小芭内は膝を抱えた。あの忌まわしい伊黒の家での監禁生活で、自由になった今でも体が思うように動かない。
何かをしていないと苦しくて、がむしゃらに外に飛び出したのは良いが、結局この有様だ。
「……」
悔しくて目に涙が浮かぶ。俯く小芭内の視界に一対の足が立ち止まった。
「大丈夫?怪我したの?」
「…っ」
女の声に小芭内の身体中からどっと汗が吹き出した。目の奥に伊黒の女達の姿が蘇る。
(い、いやだ!逃げなきゃ…)
「あっ」
ぱっと身を翻し駆け出すが、足がもつれて再び転んでしまう。小芭内が必死に立とうとしていると、首にいた鏑丸がするりと地面に降りた。
「あっ、鏑丸!」
鏑丸はスルスルと足の持ち主の方へ行くと、小芭内との間に立ち塞がるようにした。
「おや、白蛇だ。その子は君の友達なのかしら?怪我の手当てをしたいだけなのだけど」
「……」
慌てる様子も怯える様子もなく鏑丸に声をかける女に小芭内はようやく少し落ち着くと振り返った。
「………」
(異人だ…は、初めて見る)
女は鏑丸に話しかける為にしゃがみ込んでいた。長い銀髪が土で汚れるのを気にした風もない。
伊黒の女達とは違う様子に小芭内は安心して座り込んだ。
「あぁ、ほら。膝から血が出てる」
女が腰を上げようとすると鏑丸が牙を剥いて威嚇した。小芭内がびっくりして静止する。
「鏑丸、お止め」
「そう、君鏑丸って言うのね。素敵な名前があるじゃない」
女は懐から竹筒と薬を取り出すと鏑丸の前に置いた。
「本当に手当てしたいだけよ。その子が自分で出来るならそれでも良い」
「……」
小芭内はゆっくり立ち上がると恐る恐る女に近づいた。びっこを引いた歩き方に女が自分の膝を叩く。
「座って。泥を洗い流さなきゃ」
「……」
言われた通りにすると鏑丸が首に戻ってきた。女が手早く傷の汚れを洗い落とすと、薬を塗る。
「…ぁ、りがとぅ…」
小さな声でお礼を言う小芭内の頭を女はくしゃりと撫でた。
「キチンとお礼が言えて偉いわね。家はこの辺?歩いて帰れる?」
「……」
小芭内は返事に困った。実はまだこの辺の土地に明るくない。有り体に言えば迷子だ。小芭内の沈黙に事情を悟ったのか女は鏑丸に話しかけた。
「足が辛そうだから抱き上げてお家探しをしたいのだけど、良いかしら?」
「……」
鏑丸は舌をちろちろしただけで、特段の反応を見せなかった。それを了承と捉えて女が小芭内を抱き上げる。
「わっ」
軽々と持ち上げられ高くなった視界に小芭内は思わず声をあげた。世界が広く見える。
「…どうやったら貴女、えっと…」
「椎名と言うの。君は?」
言い淀めば察しのいい椎名が答えてくれた。
「伊黒小芭内」
「そう、小芭内ね。それで私がどうしたの?」
「どうやったら椎名みたいに背が伸びるかな。俺、早く大きく強くなりたい」
初対面の相手に聞くことではないと思いつつ、小芭内は口を開いた。それだけ気持ちが追い詰められていたのだろう。椎名はゆっくり歩き出しながら答えた。
「早く、は私にも分からないわね。だって私も小芭内ぐらいの時は小さかったし、ゆっくり大きくなったから」
「……そっか」
言われてみれば当然である。がっかりした様子の小芭内にでも、と椎名は続けた。
「強くなりたいなら今の君に出来ることは一つかしらね」
「なに!?教えて!」
椎名は時折曲がり角でキョロキョロしながら歩き続けた。まるで目的地がわかっているかのようだ。
「…お友達と遊ぶことはある?」
小芭内の見た目は決して健康優良児のものでは無い。もしかすると病気療養中なのかもしれないと椎名は心配した。しかしそんな心配をよそに小芭内はちょっと嬉しそうな顔で頷いた。
「…いる。すごく元気なやつ」
「そう。それじゃあ君がすべきことはそのお友達と目一杯遊ぶ事」
「……」
遊ぶ事と強くなる事が結びつかずに小芭内は目を丸くした。椎名が続ける。
「きっと今の君が遊んだら、一刻もしないうちに疲れ果ててしまうでしょうね。だから最初のうちの目標は一日遊ぶ事」
小芭内は明るい髪色と大きな声の友人を思い浮かべて納得した。確かにすぐ寝込んでしまいそうだ。
「初めのうちは夜になったらすぐ眠くなっちゃうかもね。夜ご飯の前に寝ちゃうかも。でも毎日毎日それを続けていれば、そのうち布団に入ってもすぐ眠らずに済むようになるわ。そうしたら今度はお家のお手伝いをはじめなさい。雑巾をかけたり草をむしったり、遊ぶだけでは使わない部分を使うの」
「…?」
家の手伝いと強くなる事の繋がりがよく分からない小芭内は首を傾げた。
「強くなる為には体が丈夫じゃなきゃいけないからね。それにも体が慣れたら…そうねぇ、どこか道場があれば門を叩くのも良いかも。ただし、関節まわりを痛めないよう気をつけて。他の門下生の真似をして急に無理をしては怪我の元だから」
「…友達の家で教わる」
「そう、それは良いわね」
にっこり笑う椎名の耳に誰かを探す人の声が聞こえてきた。この方向で当たっていたらしい。
「君を探しているのかしらね」
「…うん」
あとは歩いて帰れると言う小芭内を椎名は腕から下ろした。膝をつくとその手を取る。
「強くなるって一朝一夕ではいかない事だわ。辛くてどうしようもない時は引き返す事だって悪くない。人にはちょっとのきっかけでたくさんの可能性があるから」
「…ありがとう椎名」
小芭内はペコリと頭を下げると声の方へ歩き去った。
「あんな小さな子が」
産屋敷から事のあらましを聞いていた椎名はため息をつくと首を振った。
「鬼の事など忘れてしまえと、言えたら良いのにね」
だが、あの子はそれを望まないのだろう。椎名は小芭内のこれからに少しでも平穏があることを祈るのだった。
「小芭内!」
煉獄家の門まで戻った小芭内は走り寄ってくる友に困った顔をした。どうやら随分心配かけたらしい。
「どこに行っていたのだ!変質者にでも拐かされたのかと思ったぞ!!」
「すまない…あの、杏寿郎」
「何だ?」
小芭内は椎名の言葉を思い返しながら口を開いた。
「杏寿郎の鍛錬の後でいいから、少し…遊びたい」
「勿論だ!!」
パァッと顔じゅうで喜ぶ友に小芭内は表情を緩めたのだった。
「新たに蛇柱に就任した伊黒小芭内だ」
「これから宜しく頼むぞ伊黒!」
時は流れ、柱となった小芭内は柱合会議に来ていた。炎柱として迎えてくれた懐かしい友に僅かに表情が緩む。その向こう、少し離れた場所にいる人物に小芭内は目を見開いた。
(あれは…)
視線の先に気がついた煉獄が話し出す。
「彼女は椎名という!俺の婚約者だ!!」
(どう言う事だ?)
歳を重ねた様子のない椎名に疑問が湧くが、それは煉獄の説明が全て解消してくれた。
「………」
声をかけようとして、しかし小芭内はそうしなかった。何年も前の事を椎名が覚えているとは思えない。
(俺は決して忘れないがな)
子供の頃、体が自由に動かせるようになり確かに自分の選択肢は増えたのだ。隊士になる事からより強い隊士になる事へ。
「椎名!来てくれ!!俺の古い友を紹介しよう」
嬉しそうに彼女の名を呼ぶ杏寿郎に小芭内はふと悪戯心が芽生えて笑った。
(杏寿郎が何かやらかした時には椎名に教えてやろう。この男は昔、お前を変質者扱いした事があるぞ、とな)
すてん、と転んでしまい小芭内は膝を抱えた。あの忌まわしい伊黒の家での監禁生活で、自由になった今でも体が思うように動かない。
何かをしていないと苦しくて、がむしゃらに外に飛び出したのは良いが、結局この有様だ。
「……」
悔しくて目に涙が浮かぶ。俯く小芭内の視界に一対の足が立ち止まった。
「大丈夫?怪我したの?」
「…っ」
女の声に小芭内の身体中からどっと汗が吹き出した。目の奥に伊黒の女達の姿が蘇る。
(い、いやだ!逃げなきゃ…)
「あっ」
ぱっと身を翻し駆け出すが、足がもつれて再び転んでしまう。小芭内が必死に立とうとしていると、首にいた鏑丸がするりと地面に降りた。
「あっ、鏑丸!」
鏑丸はスルスルと足の持ち主の方へ行くと、小芭内との間に立ち塞がるようにした。
「おや、白蛇だ。その子は君の友達なのかしら?怪我の手当てをしたいだけなのだけど」
「……」
慌てる様子も怯える様子もなく鏑丸に声をかける女に小芭内はようやく少し落ち着くと振り返った。
「………」
(異人だ…は、初めて見る)
女は鏑丸に話しかける為にしゃがみ込んでいた。長い銀髪が土で汚れるのを気にした風もない。
伊黒の女達とは違う様子に小芭内は安心して座り込んだ。
「あぁ、ほら。膝から血が出てる」
女が腰を上げようとすると鏑丸が牙を剥いて威嚇した。小芭内がびっくりして静止する。
「鏑丸、お止め」
「そう、君鏑丸って言うのね。素敵な名前があるじゃない」
女は懐から竹筒と薬を取り出すと鏑丸の前に置いた。
「本当に手当てしたいだけよ。その子が自分で出来るならそれでも良い」
「……」
小芭内はゆっくり立ち上がると恐る恐る女に近づいた。びっこを引いた歩き方に女が自分の膝を叩く。
「座って。泥を洗い流さなきゃ」
「……」
言われた通りにすると鏑丸が首に戻ってきた。女が手早く傷の汚れを洗い落とすと、薬を塗る。
「…ぁ、りがとぅ…」
小さな声でお礼を言う小芭内の頭を女はくしゃりと撫でた。
「キチンとお礼が言えて偉いわね。家はこの辺?歩いて帰れる?」
「……」
小芭内は返事に困った。実はまだこの辺の土地に明るくない。有り体に言えば迷子だ。小芭内の沈黙に事情を悟ったのか女は鏑丸に話しかけた。
「足が辛そうだから抱き上げてお家探しをしたいのだけど、良いかしら?」
「……」
鏑丸は舌をちろちろしただけで、特段の反応を見せなかった。それを了承と捉えて女が小芭内を抱き上げる。
「わっ」
軽々と持ち上げられ高くなった視界に小芭内は思わず声をあげた。世界が広く見える。
「…どうやったら貴女、えっと…」
「椎名と言うの。君は?」
言い淀めば察しのいい椎名が答えてくれた。
「伊黒小芭内」
「そう、小芭内ね。それで私がどうしたの?」
「どうやったら椎名みたいに背が伸びるかな。俺、早く大きく強くなりたい」
初対面の相手に聞くことではないと思いつつ、小芭内は口を開いた。それだけ気持ちが追い詰められていたのだろう。椎名はゆっくり歩き出しながら答えた。
「早く、は私にも分からないわね。だって私も小芭内ぐらいの時は小さかったし、ゆっくり大きくなったから」
「……そっか」
言われてみれば当然である。がっかりした様子の小芭内にでも、と椎名は続けた。
「強くなりたいなら今の君に出来ることは一つかしらね」
「なに!?教えて!」
椎名は時折曲がり角でキョロキョロしながら歩き続けた。まるで目的地がわかっているかのようだ。
「…お友達と遊ぶことはある?」
小芭内の見た目は決して健康優良児のものでは無い。もしかすると病気療養中なのかもしれないと椎名は心配した。しかしそんな心配をよそに小芭内はちょっと嬉しそうな顔で頷いた。
「…いる。すごく元気なやつ」
「そう。それじゃあ君がすべきことはそのお友達と目一杯遊ぶ事」
「……」
遊ぶ事と強くなる事が結びつかずに小芭内は目を丸くした。椎名が続ける。
「きっと今の君が遊んだら、一刻もしないうちに疲れ果ててしまうでしょうね。だから最初のうちの目標は一日遊ぶ事」
小芭内は明るい髪色と大きな声の友人を思い浮かべて納得した。確かにすぐ寝込んでしまいそうだ。
「初めのうちは夜になったらすぐ眠くなっちゃうかもね。夜ご飯の前に寝ちゃうかも。でも毎日毎日それを続けていれば、そのうち布団に入ってもすぐ眠らずに済むようになるわ。そうしたら今度はお家のお手伝いをはじめなさい。雑巾をかけたり草をむしったり、遊ぶだけでは使わない部分を使うの」
「…?」
家の手伝いと強くなる事の繋がりがよく分からない小芭内は首を傾げた。
「強くなる為には体が丈夫じゃなきゃいけないからね。それにも体が慣れたら…そうねぇ、どこか道場があれば門を叩くのも良いかも。ただし、関節まわりを痛めないよう気をつけて。他の門下生の真似をして急に無理をしては怪我の元だから」
「…友達の家で教わる」
「そう、それは良いわね」
にっこり笑う椎名の耳に誰かを探す人の声が聞こえてきた。この方向で当たっていたらしい。
「君を探しているのかしらね」
「…うん」
あとは歩いて帰れると言う小芭内を椎名は腕から下ろした。膝をつくとその手を取る。
「強くなるって一朝一夕ではいかない事だわ。辛くてどうしようもない時は引き返す事だって悪くない。人にはちょっとのきっかけでたくさんの可能性があるから」
「…ありがとう椎名」
小芭内はペコリと頭を下げると声の方へ歩き去った。
「あんな小さな子が」
産屋敷から事のあらましを聞いていた椎名はため息をつくと首を振った。
「鬼の事など忘れてしまえと、言えたら良いのにね」
だが、あの子はそれを望まないのだろう。椎名は小芭内のこれからに少しでも平穏があることを祈るのだった。
「小芭内!」
煉獄家の門まで戻った小芭内は走り寄ってくる友に困った顔をした。どうやら随分心配かけたらしい。
「どこに行っていたのだ!変質者にでも拐かされたのかと思ったぞ!!」
「すまない…あの、杏寿郎」
「何だ?」
小芭内は椎名の言葉を思い返しながら口を開いた。
「杏寿郎の鍛錬の後でいいから、少し…遊びたい」
「勿論だ!!」
パァッと顔じゅうで喜ぶ友に小芭内は表情を緩めたのだった。
「新たに蛇柱に就任した伊黒小芭内だ」
「これから宜しく頼むぞ伊黒!」
時は流れ、柱となった小芭内は柱合会議に来ていた。炎柱として迎えてくれた懐かしい友に僅かに表情が緩む。その向こう、少し離れた場所にいる人物に小芭内は目を見開いた。
(あれは…)
視線の先に気がついた煉獄が話し出す。
「彼女は椎名という!俺の婚約者だ!!」
(どう言う事だ?)
歳を重ねた様子のない椎名に疑問が湧くが、それは煉獄の説明が全て解消してくれた。
「………」
声をかけようとして、しかし小芭内はそうしなかった。何年も前の事を椎名が覚えているとは思えない。
(俺は決して忘れないがな)
子供の頃、体が自由に動かせるようになり確かに自分の選択肢は増えたのだ。隊士になる事からより強い隊士になる事へ。
「椎名!来てくれ!!俺の古い友を紹介しよう」
嬉しそうに彼女の名を呼ぶ杏寿郎に小芭内はふと悪戯心が芽生えて笑った。
(杏寿郎が何かやらかした時には椎名に教えてやろう。この男は昔、お前を変質者扱いした事があるぞ、とな)