喫茶店の女給になった元婚約者
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(すっかり遅くなってしまったわ)
椎名は夜道を自分の部屋へと急いで帰っていた。甘露寺が沢山食べてくれたその後片付けに時間を取られてしまったのだ。マスターと奥方は泊まっていくよう申し出てくれたが、椎名は帰ってゆっくり休むことを選んだ。
大きな道を抜けていくので夜道とは言え明るいし安心して歩ける。それに椎名は藤の花のお守りを持っているので鬼は寄ってこない。歩きながらも椎名の頭の中は食べ物のことでいっぱいだ。
(生クリームの代わり、何を使えば良いかしら……ヨーグルトを水切りしたものが良いかもしれない。蜂蜜で甘みをつければコクも出るしパンケーキに合いそう)
通りすがりの看板にコーヒーゼリーの文字を見つけてまた考える。
(そうだわ、確か牛乳とゼラチンを混ぜたものを泡立てても代わりになるって……)
甘味も足してやればクリーム感のある仕上がりになるだろう。そうすればプリン・ア・ラ・モードにまた一歩近付く。どれだけプリン・ア・ラ・モードを作りたいのだろうかと椎名は自分に笑った。
「楽しそうだな椎名殿」
「まぁ、悲鳴嶼様。お久しぶりでございます」
声をかけられ振り返れば後ろに悲鳴嶼が立っていた。椎名が煉獄家に住むようになってからは顔を合わせることの無かった悲鳴嶼だが、実家の藤の家には何度も来ていた顔馴染みだ。
頭を下げる椎名に悲鳴嶼は両手を合わせると合掌し涙した。
「このような時間に外を歩いているのは感心しない。速やかに帰ると良い」
「申し訳ございません悲鳴嶼様。仕事が長引いてしまって。これから帰るところです」
「そうか……では家まで送ろう」
当然のように並んで歩き出した悲鳴嶼に椎名が慌てて待ったをかける。
「とんでもございません!悲鳴嶼様はこれから任務でございましょう?私は一人歩きに慣れておりますから」
「一人歩きに……?そんな事はないだろう?女性の一人歩きは危険だ。煉獄とてそんな事は……」
うっかり出してしまった名前に悲鳴嶼は口篭った。煉獄と椎名の間に起きた一件は今やさまざまな噂と共に鬼殺隊内で知らぬものはいない事となっている。中には根も葉もない話もあるが悲鳴嶼を始めとした柱は煉獄から真実を聞いている。
その真実ゆえに現在萎れている煉獄を擁護するものはいないが。
悲鳴嶼がそんなことを考えていると椎名がとんでも無いことをケロリと言ってのけた。
「いいえ、煉獄様に送っていただいた事はこれまで一度もございません」
「………………」
「…………?」
思考を宇宙まで飛ばす悲鳴嶼に椎名が笑顔のままで首を傾げる。ハッと我に返った悲鳴嶼が恐る恐る口を開いた。
「一度もか?」
「はい」
「……いやしかし煉獄と出掛けたことはあるだろう?その時は」
「確かに煉獄様と出掛けたことはあります。と言いましても煉獄様の用事に私がお供しただけですが。用が済んだその足で煉獄様は任務に向かわれましたので私は一人で帰宅いたしました」
「……………………」
椎名のあっけらかんとした物言いとはちぐはぐな内容に悲鳴嶼の背中を冷たい汗が流れた。大振りの数珠をゴリゴリと両手で揉む。
「椎名殿、つかぬことを聞くが煉獄との婚約が定まった際に髪飾りなどは……?」
「頂いておりません。なので今のお仕事でお給金をいただいた際に久しぶりに買いましたわ」
「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……」
もはや念仏を唱え出した悲鳴嶼に椎名はようやく有り体に言い過ぎたことに気がついた。しかし真実なだけに訂正もできない。ならば全て口にしてしまおうと椎名は悲鳴嶼を見上げた。
「あの、悲鳴嶼様。私は確かに簪を頂きませんでしたし、相引きのように外で煉獄様とお会いしたこともありません。ここ最近は一緒に食事をすることもありませんでしたし、出先で置いていかれることが当たり前でした」
「煉獄を滅してくる。暫し待っ……」
「待って!滅しないで!!あ……失礼致しました」
危ない。危うく煉獄を命の危険に晒すところだった。椎名は思わぬところで冷や汗をかいた。しかし言いたいことはこの後なのだ。
「ですが、私はそれを不満に思っておりませんでした。煉獄様はあの通りせっかちな方でございましょう?そう言った細かなことに気を回せる方では無いのです。もう少し言うなら鬼殺隊に関する事と、弟の千寿郎様の事以外には気を回す余裕のない方なのです。けれどそれは煉獄様が鬼狩りに心血を注いでいる証。私はそれをお支えすることになんの不満もありませんでした」
「……でした」
過去形なのが気になり繰り返した悲鳴嶼に椎名が小さく笑った。悲鳴嶼は人の話をよく聞いているなと思う。
「えぇ、でした。だって隠のお嬢さんの話はまたちょっと違いますでしょう?しかも煉獄様はお嬢さんの話だけで結論を出しました。私の話は一言も聞いてくださらなかったのです。別に何においても信じて欲しいとは言いません。けれどちらとでも私の人となりを思い返してくださらなかったのかと」
「椎名殿……」
「その瞬間、煉獄様は私にとって嫌い……ではなくどうでも良い人になったのです」
嫌いならばまだ関心がある。苦しんでいればザマアミロと意識を向けることもあるだろう。けれどもうそんな事もしたくないのだ。煉獄がどんな状態だろうと状況だろうと意識を向けることさえしたくない。幸せならば良かったねだし、不幸せならばそうなんだと思うだけ。道端の石ころと同じ、すれ違っても気付きもしない。
「煉獄を……見限ったのか」
「……おかしな事を仰るのですね。見限られたのは私の方ですわ。婚約破棄を突きつけてきたのは煉獄様ですもの」
椎名は立ち止まると悲鳴嶼を振り返った。頭三つも四つも大きな姿を見上げる。
「ここが住まいですので。送ってくださりありがとうございました。それでは失礼致します」
「……藤の花の香は?」
どこかすっきりした様子の椎名にそれ以上のことは問えず悲鳴嶼はそれだけ尋ねた。椎名が明るい顔で微笑む。
「胡蝶様から頂いてちゃんと焚いております。お守りもきちんと持ち歩いておりますわ」
「そうか……ではおやすみ椎名殿」
「悲鳴嶼様もお気をつけていってらっしゃいませ」
椎名は深く頭を下げると振り返ることなく去っていった。悲鳴嶼が合掌すると涙を流す。
「煉獄と……話し合わねばなるまい」
煉獄の命の危機がまだ去っていない事を椎名は知る由もない。
椎名は夜道を自分の部屋へと急いで帰っていた。甘露寺が沢山食べてくれたその後片付けに時間を取られてしまったのだ。マスターと奥方は泊まっていくよう申し出てくれたが、椎名は帰ってゆっくり休むことを選んだ。
大きな道を抜けていくので夜道とは言え明るいし安心して歩ける。それに椎名は藤の花のお守りを持っているので鬼は寄ってこない。歩きながらも椎名の頭の中は食べ物のことでいっぱいだ。
(生クリームの代わり、何を使えば良いかしら……ヨーグルトを水切りしたものが良いかもしれない。蜂蜜で甘みをつければコクも出るしパンケーキに合いそう)
通りすがりの看板にコーヒーゼリーの文字を見つけてまた考える。
(そうだわ、確か牛乳とゼラチンを混ぜたものを泡立てても代わりになるって……)
甘味も足してやればクリーム感のある仕上がりになるだろう。そうすればプリン・ア・ラ・モードにまた一歩近付く。どれだけプリン・ア・ラ・モードを作りたいのだろうかと椎名は自分に笑った。
「楽しそうだな椎名殿」
「まぁ、悲鳴嶼様。お久しぶりでございます」
声をかけられ振り返れば後ろに悲鳴嶼が立っていた。椎名が煉獄家に住むようになってからは顔を合わせることの無かった悲鳴嶼だが、実家の藤の家には何度も来ていた顔馴染みだ。
頭を下げる椎名に悲鳴嶼は両手を合わせると合掌し涙した。
「このような時間に外を歩いているのは感心しない。速やかに帰ると良い」
「申し訳ございません悲鳴嶼様。仕事が長引いてしまって。これから帰るところです」
「そうか……では家まで送ろう」
当然のように並んで歩き出した悲鳴嶼に椎名が慌てて待ったをかける。
「とんでもございません!悲鳴嶼様はこれから任務でございましょう?私は一人歩きに慣れておりますから」
「一人歩きに……?そんな事はないだろう?女性の一人歩きは危険だ。煉獄とてそんな事は……」
うっかり出してしまった名前に悲鳴嶼は口篭った。煉獄と椎名の間に起きた一件は今やさまざまな噂と共に鬼殺隊内で知らぬものはいない事となっている。中には根も葉もない話もあるが悲鳴嶼を始めとした柱は煉獄から真実を聞いている。
その真実ゆえに現在萎れている煉獄を擁護するものはいないが。
悲鳴嶼がそんなことを考えていると椎名がとんでも無いことをケロリと言ってのけた。
「いいえ、煉獄様に送っていただいた事はこれまで一度もございません」
「………………」
「…………?」
思考を宇宙まで飛ばす悲鳴嶼に椎名が笑顔のままで首を傾げる。ハッと我に返った悲鳴嶼が恐る恐る口を開いた。
「一度もか?」
「はい」
「……いやしかし煉獄と出掛けたことはあるだろう?その時は」
「確かに煉獄様と出掛けたことはあります。と言いましても煉獄様の用事に私がお供しただけですが。用が済んだその足で煉獄様は任務に向かわれましたので私は一人で帰宅いたしました」
「……………………」
椎名のあっけらかんとした物言いとはちぐはぐな内容に悲鳴嶼の背中を冷たい汗が流れた。大振りの数珠をゴリゴリと両手で揉む。
「椎名殿、つかぬことを聞くが煉獄との婚約が定まった際に髪飾りなどは……?」
「頂いておりません。なので今のお仕事でお給金をいただいた際に久しぶりに買いましたわ」
「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……」
もはや念仏を唱え出した悲鳴嶼に椎名はようやく有り体に言い過ぎたことに気がついた。しかし真実なだけに訂正もできない。ならば全て口にしてしまおうと椎名は悲鳴嶼を見上げた。
「あの、悲鳴嶼様。私は確かに簪を頂きませんでしたし、相引きのように外で煉獄様とお会いしたこともありません。ここ最近は一緒に食事をすることもありませんでしたし、出先で置いていかれることが当たり前でした」
「煉獄を滅してくる。暫し待っ……」
「待って!滅しないで!!あ……失礼致しました」
危ない。危うく煉獄を命の危険に晒すところだった。椎名は思わぬところで冷や汗をかいた。しかし言いたいことはこの後なのだ。
「ですが、私はそれを不満に思っておりませんでした。煉獄様はあの通りせっかちな方でございましょう?そう言った細かなことに気を回せる方では無いのです。もう少し言うなら鬼殺隊に関する事と、弟の千寿郎様の事以外には気を回す余裕のない方なのです。けれどそれは煉獄様が鬼狩りに心血を注いでいる証。私はそれをお支えすることになんの不満もありませんでした」
「……でした」
過去形なのが気になり繰り返した悲鳴嶼に椎名が小さく笑った。悲鳴嶼は人の話をよく聞いているなと思う。
「えぇ、でした。だって隠のお嬢さんの話はまたちょっと違いますでしょう?しかも煉獄様はお嬢さんの話だけで結論を出しました。私の話は一言も聞いてくださらなかったのです。別に何においても信じて欲しいとは言いません。けれどちらとでも私の人となりを思い返してくださらなかったのかと」
「椎名殿……」
「その瞬間、煉獄様は私にとって嫌い……ではなくどうでも良い人になったのです」
嫌いならばまだ関心がある。苦しんでいればザマアミロと意識を向けることもあるだろう。けれどもうそんな事もしたくないのだ。煉獄がどんな状態だろうと状況だろうと意識を向けることさえしたくない。幸せならば良かったねだし、不幸せならばそうなんだと思うだけ。道端の石ころと同じ、すれ違っても気付きもしない。
「煉獄を……見限ったのか」
「……おかしな事を仰るのですね。見限られたのは私の方ですわ。婚約破棄を突きつけてきたのは煉獄様ですもの」
椎名は立ち止まると悲鳴嶼を振り返った。頭三つも四つも大きな姿を見上げる。
「ここが住まいですので。送ってくださりありがとうございました。それでは失礼致します」
「……藤の花の香は?」
どこかすっきりした様子の椎名にそれ以上のことは問えず悲鳴嶼はそれだけ尋ねた。椎名が明るい顔で微笑む。
「胡蝶様から頂いてちゃんと焚いております。お守りもきちんと持ち歩いておりますわ」
「そうか……ではおやすみ椎名殿」
「悲鳴嶼様もお気をつけていってらっしゃいませ」
椎名は深く頭を下げると振り返ることなく去っていった。悲鳴嶼が合掌すると涙を流す。
「煉獄と……話し合わねばなるまい」
煉獄の命の危機がまだ去っていない事を椎名は知る由もない。