折角の休みだったけれどお部屋の掃除は半分しか出来なかった。驚いたことに千寿郎様が訪ねていらしたからだ。どうやって私の居場所を知ったのだろう？もしかしたら鎹鴉かな。
　いくら千寿郎様とは言え室内に男性と二人きりは外聞が悪いので近くの茶屋まで出た。千寿郎様いわく、煉獄様の様子がおかしいらしい。心ここにあらずと言うかぼーっとしていて、時折ため息を付いていらっしゃるらしい。
　なんだろう？あれかな？隠のお嬢さんとなかなか会えなくて想いが募っているのかしれないわね。思ったことをそのまま伝えると千寿郎様がとても悲しそうな顔をされた。どうしてかしら？だって私と婚約破棄してまで守りたかったお嬢さんなんですもの。当然だと思うわ。婚約破棄したばかりですぐにお嬢さんを家に招き入れられないからお寂しいのよね。
　でも大丈夫！それも精々三月ほどですよ！男性の煉獄様は女の私より婚約破棄の影響は少ないはず。そうね、私も前世を思い出さなければ悲観して身投げぐらいしたかも。傷物の女はこの時代肩身が狭いものね。
　千寿郎様があまりに萎れてしまわれたので心配になって家のことを尋ねてみれば、やっぱり少し家の中は荒んでしまったらしい。家を回すために隠の増員をお願いしてくれれば良いのだけれど、煉獄様はそういった事に気の回る方ではないし仕方ないのかも……。そうだわ！増員としてあのお嬢さんを派遣してもらえば良いのよ！！
　そうすれば煉獄様もお元気になるしお嬢さんだって嬉しいはず。
　凄く良い案だと思って千寿郎様に提案したら「姉上は戻ってきてくださらないんですか？」って泣かれてしまったわ。ごめんなさいね千寿郎様。もし戻れるとしたって戻りたくないの。だってそうでしょう？信頼してくれない元婚約者のお家にどうして私が戻らなければいけないの？塵となってしまった信頼はもう戻ってはこないの。そういうものなの。
　そもそも煉獄様だって私が現れたら気分を害するでしょうし。
　それから千寿郎様を慰めて、すこし古本屋巡りをして……喫茶店で女給をしていると言ったら酷く心配されてしまったわ。言葉を尽くして説明したけれど分かってくださったかしら。千寿郎様は最後まで心配そうに何度も振り返りながら帰っていかれた。
　部屋の前まで送ってもらってしまったわ。そんな事してもらったの初めて。煉獄様はお忙しい方で出先でも要が呼びに来たらそのまま走っていかれる方だったから。いいの、分かってる。それだけ大事なお役目なのだからそれが正しい。
　ただ、今日の千寿郎様の行動が嬉しかっただけ。