喫茶店の女給になった元婚約者
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ようやく一段落ついたので筆を手に取った。以前の日記は杏寿郎様に渡してしまったまま……手元に戻ってこなかったので杏寿郎様に頂いた新しい帳面で書き始めることにした。
明日私は……杏寿郎様の妻になる。
杏寿郎様は前の日記をお渡ししたその日のうちにコロンビアまで会いに来てくださった。ちょうど仕事を終えたところだった私が帰り支度をして外に出たところに杏寿郎様が駆け込むようにやって来たのだ。
昼間に平手打ちをしてしまった手前、物凄く気不味かった。けれど息を切らす杏寿郎様が心配で……きっと体も完全じゃないはずなのに無理をされているのではないかと思って駆け寄ったら、引き寄せられて抱き締められた。
「ここにいてくれ。俺と生きてくれ」そう言われてポカンとしてしまった。杏寿郎様の答えを待つと日記に書いたけれど、会いに行ってやったことは平手打ちだったのできっと呆れられたと覚悟をしていたのだ。
返事をしない私に杏寿郎様が眉を下げて顔を覗き込んできて……そこで私はようやく往来の真ん中で杏寿郎様にくっついていることに気がついた。
ホントにもう……ね、顔から火が出るかと思ったわ。でも逃げようとする私に杏寿郎様は何を勘違いしたのか頼む拒まないでくれ!って叫んだかと思うと……。
何であんな人の多い場所であんなこと出来るのあの人!キス……するとか…………杏寿郎様の手を掴んで喫茶店の裏口に逃げたわよ!
その後、表の騒ぎに気付いたマスターと奥様に奥の部屋を貸していただいて……私達は無事に気持ちを確認しあった。胸に痛みが残らないといえば嘘になるけれど、それを超える幸せを感じられるから杏寿郎様と共に生きていこうと思う。
「椎名」
煉獄に名を呼ばれ椎名は日記を書く手を止めた。ページを閉じると部屋から顔を出す。
「如何されましたか?杏寿郎様」
「すまん、日記を書いていたのか」
「折角良い帳面をいただきましたので。ですが、片手間のものですし大丈夫です」
それより何かありましたか?と尋ねる椎名の手を取ると煉獄が柔らかく微笑んだ。
「少し庭を歩かないか?情けない話だが緊張しているようなんだ」
「まぁ、ふふ……実は私もです。杏寿郎様は今日は鍛錬も隊士様への稽古もお休みされていますから余計ですね」
部屋を振り返れば美しい白無垢が衣桁にかけられていた。煉獄の部屋には紋付袴が支度され鎮座していることだろう。
椎名が煉獄家に戻って来た後、煉獄は凄まじい勢いで体を回復させた。そこには椎名の内助の功があったし、煉獄自身の生きる活力のようなものが凄かった。煉獄家は再び明るさを取り戻し屋敷も心なしか華やかになった気さえする。
しかしやはり隊士に戻るのは難しく、回復後の煉獄はやってくる隊士に稽古をつける日々を送っていた。と言っても元柱の稽古は格段に厳しく、最近は市松模様の羽織の隊士か猪の頭を被った隊士ぐらいしかやって来ないが。
厳しく楽しく稽古をする煉獄と隊士達をおやつや食事の用意をしながら眺めるのが椎名の最近の楽しみだ。
とは言え明日は祝言。愼寿郎より今日明日ぐらいは大人しくしていろと言われた煉獄は手持ち無沙汰だ。
「あっ!兄上!庭では目の届くところにいて下さいね!」
「信用が無いな!」
煉獄が往来でやらかした事は光の速さで愼寿郎の耳まで届いた。愼寿郎は椎名の実家にダッシュで謝罪しに行ったし、喫茶店のマスター夫妻にまで頭を下げたと言うから椎名は申し訳なさに消え入りそうだった。
「……元はと言えば俺が不甲斐なかったせいだからな」
頭を下げる椎名に愼寿郎はそれ以上の謝罪を受け付けるつもりはないようだった。不器用な父親のしかししっかりとした愛情に煉獄が涙腺を緩めたのは言うまでもない。
だがこれで煉獄の貞節への信用は地に落ちたようで、椎名と二人になろうとすると今のように千寿郎の目が厳しい。煉獄は神妙な顔で椎名に手を差し出した。
「では監視の目の届く範囲を散歩することとしよう」
「ふふ……はい、そうしましょう」
草履を履くと庭に降りる。椎名が縁側から踏石に降りるのに手を貸すとするりと煉獄は耳元に唇を寄せた。
「だがそれも明日で終わりだ」
「…………っ」
かぁ……と赤くなった椎名に満足すると手を引いて歩き出す。美しく咲く季節の花を眺めながらそう言えばと椎名が口を開いた。
「前の日記を返していただきたいのですが……」
心の赴くままに書いた内容なので人の手に渡っているのは落ち着かない。煉獄に渡したのは椎名自身だがまさか大事に仕舞われてしまうとは思っていなかった。しかし煉獄に返す気は更々ないようで実に楽しそうな笑みが返ってきた。
「俺宛の手紙が書かれていたからな!あれはもう俺のものだ!今君が書きだしたものも書き終わったら俺にくれ!」
「……杏寿郎様は日記というものが何かご存じですか?」
手紙ではないし、まして書き終わったからと言って人にあげてしまう物ではない。椎名はまじまじと煉獄を見つめたが、煉獄がいたって本気で言っているのが分かっただけだった。
(今日書いた分は破って捨ててしまおう)
あの日の事をあまりに有体に書きすぎていて恥ずかしい。椎名は赤くなった顔を隠すように違う花へと視線をやった。
「むろん分かっているとも!楽しみだな!!」
全然わかってない返事を返す煉獄に椎名はちょっと拗ねるとその手の甲を軽くつねった。
「意地悪は嫌いです」
「そうか、それは困った。だが嫌いでも婚約破棄は出来んな」
目を丸くする椎名の頬を撫でると触れそうなほど近くで煉獄が微笑む。
「君の事が愛しすぎて離してやれそうにないからな」
「……意地悪、は、嫌いです」
椎名は耳まで赤くなるとそっと煉獄の胸に額を押し当てた。
千寿郎から厳しい指摘が入るまであと少し――。
明日私は……杏寿郎様の妻になる。
杏寿郎様は前の日記をお渡ししたその日のうちにコロンビアまで会いに来てくださった。ちょうど仕事を終えたところだった私が帰り支度をして外に出たところに杏寿郎様が駆け込むようにやって来たのだ。
昼間に平手打ちをしてしまった手前、物凄く気不味かった。けれど息を切らす杏寿郎様が心配で……きっと体も完全じゃないはずなのに無理をされているのではないかと思って駆け寄ったら、引き寄せられて抱き締められた。
「ここにいてくれ。俺と生きてくれ」そう言われてポカンとしてしまった。杏寿郎様の答えを待つと日記に書いたけれど、会いに行ってやったことは平手打ちだったのできっと呆れられたと覚悟をしていたのだ。
返事をしない私に杏寿郎様が眉を下げて顔を覗き込んできて……そこで私はようやく往来の真ん中で杏寿郎様にくっついていることに気がついた。
ホントにもう……ね、顔から火が出るかと思ったわ。でも逃げようとする私に杏寿郎様は何を勘違いしたのか頼む拒まないでくれ!って叫んだかと思うと……。
何であんな人の多い場所であんなこと出来るのあの人!キス……するとか…………杏寿郎様の手を掴んで喫茶店の裏口に逃げたわよ!
その後、表の騒ぎに気付いたマスターと奥様に奥の部屋を貸していただいて……私達は無事に気持ちを確認しあった。胸に痛みが残らないといえば嘘になるけれど、それを超える幸せを感じられるから杏寿郎様と共に生きていこうと思う。
「椎名」
煉獄に名を呼ばれ椎名は日記を書く手を止めた。ページを閉じると部屋から顔を出す。
「如何されましたか?杏寿郎様」
「すまん、日記を書いていたのか」
「折角良い帳面をいただきましたので。ですが、片手間のものですし大丈夫です」
それより何かありましたか?と尋ねる椎名の手を取ると煉獄が柔らかく微笑んだ。
「少し庭を歩かないか?情けない話だが緊張しているようなんだ」
「まぁ、ふふ……実は私もです。杏寿郎様は今日は鍛錬も隊士様への稽古もお休みされていますから余計ですね」
部屋を振り返れば美しい白無垢が衣桁にかけられていた。煉獄の部屋には紋付袴が支度され鎮座していることだろう。
椎名が煉獄家に戻って来た後、煉獄は凄まじい勢いで体を回復させた。そこには椎名の内助の功があったし、煉獄自身の生きる活力のようなものが凄かった。煉獄家は再び明るさを取り戻し屋敷も心なしか華やかになった気さえする。
しかしやはり隊士に戻るのは難しく、回復後の煉獄はやってくる隊士に稽古をつける日々を送っていた。と言っても元柱の稽古は格段に厳しく、最近は市松模様の羽織の隊士か猪の頭を被った隊士ぐらいしかやって来ないが。
厳しく楽しく稽古をする煉獄と隊士達をおやつや食事の用意をしながら眺めるのが椎名の最近の楽しみだ。
とは言え明日は祝言。愼寿郎より今日明日ぐらいは大人しくしていろと言われた煉獄は手持ち無沙汰だ。
「あっ!兄上!庭では目の届くところにいて下さいね!」
「信用が無いな!」
煉獄が往来でやらかした事は光の速さで愼寿郎の耳まで届いた。愼寿郎は椎名の実家にダッシュで謝罪しに行ったし、喫茶店のマスター夫妻にまで頭を下げたと言うから椎名は申し訳なさに消え入りそうだった。
「……元はと言えば俺が不甲斐なかったせいだからな」
頭を下げる椎名に愼寿郎はそれ以上の謝罪を受け付けるつもりはないようだった。不器用な父親のしかししっかりとした愛情に煉獄が涙腺を緩めたのは言うまでもない。
だがこれで煉獄の貞節への信用は地に落ちたようで、椎名と二人になろうとすると今のように千寿郎の目が厳しい。煉獄は神妙な顔で椎名に手を差し出した。
「では監視の目の届く範囲を散歩することとしよう」
「ふふ……はい、そうしましょう」
草履を履くと庭に降りる。椎名が縁側から踏石に降りるのに手を貸すとするりと煉獄は耳元に唇を寄せた。
「だがそれも明日で終わりだ」
「…………っ」
かぁ……と赤くなった椎名に満足すると手を引いて歩き出す。美しく咲く季節の花を眺めながらそう言えばと椎名が口を開いた。
「前の日記を返していただきたいのですが……」
心の赴くままに書いた内容なので人の手に渡っているのは落ち着かない。煉獄に渡したのは椎名自身だがまさか大事に仕舞われてしまうとは思っていなかった。しかし煉獄に返す気は更々ないようで実に楽しそうな笑みが返ってきた。
「俺宛の手紙が書かれていたからな!あれはもう俺のものだ!今君が書きだしたものも書き終わったら俺にくれ!」
「……杏寿郎様は日記というものが何かご存じですか?」
手紙ではないし、まして書き終わったからと言って人にあげてしまう物ではない。椎名はまじまじと煉獄を見つめたが、煉獄がいたって本気で言っているのが分かっただけだった。
(今日書いた分は破って捨ててしまおう)
あの日の事をあまりに有体に書きすぎていて恥ずかしい。椎名は赤くなった顔を隠すように違う花へと視線をやった。
「むろん分かっているとも!楽しみだな!!」
全然わかってない返事を返す煉獄に椎名はちょっと拗ねるとその手の甲を軽くつねった。
「意地悪は嫌いです」
「そうか、それは困った。だが嫌いでも婚約破棄は出来んな」
目を丸くする椎名の頬を撫でると触れそうなほど近くで煉獄が微笑む。
「君の事が愛しすぎて離してやれそうにないからな」
「……意地悪、は、嫌いです」
椎名は耳まで赤くなるとそっと煉獄の胸に額を押し当てた。
千寿郎から厳しい指摘が入るまであと少し――。
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