~一章~
ニーナは朝からソワソワしていた。
今日はライアスとダリルに連れられて、薬草園に行く予定だからだ。
もっと早く行く予定だったのだが、ライアスの予定が何かと調整出来ず、結局、ニーナがここに来て二週間程が経っていた。
ライアスが留守の時は、やはりじっとはしていられず、掃除、洗濯の他、ダリルの作業の手伝いをして過ごしている。
早朝に目を覚ますと、いつものようにライアスの腕の中。
顔色も良く、スヤスヤと穏やかな寝息が聴こえる。
昨夜、最近は良く眠れると話していた。癒せているのなら嬉しい。
初めは緊張ばかりで、顔をじっくり見る余裕もなかったのだが、今は改めて格好いい方だと思う。
他の殿下の顔は、これ程に記憶はないが、ライアス様は黒髪に短髪もあってか親しみやすい感じがする。
睫毛長い…。
肌が白いからか案外、唇が赤い…。
「ん……」
急にライアスが寝返りをしたので、ニーナはハッと我に返り、そっと腕から抜け出した。
今日は久しぶりに外に出て、薬草を見たり触ったりできるんだ、嬉しい。ライアス様が起きる前に顔を洗って着替えておこう。
ベッドから出た時はいつも、恥ずかしいかな全裸状態なので、ソファーに掛けていた夜着の白いワンピースを素早く着て、ローブを羽織る。
使用人室に行き、シャワーのお湯が出るか確認してからさっと浴びる。
いつものセクシーメイド服に着替え、髪を整えている途中だった。
「ニ、ニーナ!?」
ここまで聴こえてくる程の大きな声。ライアスのものだ。
まだ早朝で、静かな三階に響き渡る。
慌ててブラシを置き、廊下に出ると、ズボンだけを身に付けたライアスがこちらへ向かってくる所だった。
「ど、どうしました?」
「ニーナ!」
姿を捉え、あっという表情で駆け寄ったライアスは、ぎゅうっとニーナを抱き締める。
耳元でうーっと唸っているのが聴こえ、只事ではない様子に何かあったのかと問うと、予想外の返事が。
「目が覚めたらニーナが居なかったんだ!」
「はっ?」
ひょいと横抱きされ、ライアスの部屋に連行される。
ソファーに座り、ニーナはいつもの、太ももの上に跨がった状態になった。
「ライアス様…私が居なかったので驚かれたのですか?」
「そうだ。ニーナが何処かに出て行ったのかと思った」
「すみません…早く目が覚めたので、身支度を。出て行かないので安心してください」
もう成人した大人が拗ねたように見上げてくる。
普段は皆に慕われ、魔獣もバッサバッサと斬り倒す程の御方が、まだどこか子どもの様で。
「ニーナの居場所はここだぞ」
いつか、ライアス様とどこぞのご令嬢の結婚が決まる日がくるのだろう。
いくら相性が良くても、私の身分では…今のままでは居られない。
私がこうして癒す事が出来るまで、その時まではここに居よう。
…そう思うと何か、胸がモヤモヤするのだが。
「胸…埋まります?」
そう言うと、ライアスは瞳を輝かせ
た。
本当にこの胸好きだな、と心の中で笑いながら乳房を表に出すと、ニコニコしたライアスが、ぷるんとしたそれに顔を埋めた。
「そのメイド服のままでなら、これを掛けて行った方が良い」
「ケープですか?」
「ああ、その胸を隠さなくては」
「…素敵ですね」
ふぁさっ、と肩に掛けられたそれは、ライアスの瞳と同じ青い生地に、同じく黒髪の黒いレースで縁取りされたものだった。
高価で普段使いには勿体無いと思ってしまう生地だ。
「ライアス様みたい…」
ニーナは呟き自然と笑みをもらす。
その様子を見て、ライアスも微笑んだ。
「君に使ってほしくて」
「ありがとうございます」
素直に嬉しい。頬に当てて感触を楽しむ。肌触りもとても良いのだ。
しかし、これをして屋敷を出ると、ライアスとニーナの関係を怪しむ人がいるのではと気になった。
ライアスを連想させる色合いは、それを身に付ける者と特別な関係だと思われても仕方ない。
心配が顔に出ていたのか、同じ事をライアスも口にした。
本当はニーナを隠したくないのに…と口を尖らせる。
「では、それはこの屋敷で使うようにして、今日はこちらを」
やり取りを聞いていたダリルが、別の白いケープを差し出す。
「ありがとうございます、そうします」
「今後、城に行く時は通常のメイド服にした方が良さそうだな。ダリルの下で働いているという事にできるし」
「それがよろしいかと」
ライアスがニーナを抱き締める。
「どうしました?」
「ん…閉じ込めるつもりはないんだけど、俺のニーナを人目にさらしたくない」
「ふふ、誰も私の事なんて気にしませんよ。今までもそうだったし」
「ニーナは、自分の魅力を分かってないな…ダリルも手を出すなよ」
ちょっと冗談めいた口調で、ライアスはダリルに釘をさした。
「そんな若い娘に私が手を出したら犯罪ですよ」
はいはい、そろそろ行きましょうとダリルに催促され、部屋を跡にした。