~一章~


ライアスに希望の光が見えたのは、それから二週間程後。

「ダリル、ちょっと調べてくれ!」
「何をですか?」
「城勤めのメイドだ!」
「…はい?」



研究塔で魔力を提供し、これから騎士団と合流するため城に向かう途中だった。
渡り廊下に差し掛かった所。
いつも窓から見える、少し離れた場所に植わっている見事な赤い薔薇…この城の薔薇はどれもそうなのだが…を眺めながら歩くのが日課になっている。
しかし今日は、何か違うものも見えた。

チカチカと小さく光るものが二つ。
何かに光が反射しているのかと思ったが、見ているうちにフラフラと動きだしたではないか。
あの動きは、以前に見たことがある。いつだったか、魔獣討伐に遠征していた時だと思う。

「精霊…か?」

精霊はしょっちゅう見るものではない。もしあれがそうなら、二度目。
それも、精霊は魔力が高い者しか見れないと言われている。
父と兄二人は見た事があると、過去に話していた。しかし最近ではそんな話も出ないので、今城に居る事は誰も知らないのだろう。

何故、城に精霊がいるのか。
精霊には興味があったので、ゆっくりと、その光の方に近付いてみる。
距離が縮まるにつれて、姿形がぼんやり見えてきた。
薔薇の回りをくるくると飛んでいる。遊んでいるのだろうか?
あちらにも、自分の存在に気付かれたかな…という距離に入った時。

『…やっと来たか』

ふいに耳に届いた高い声。
驚いて辺りを見回したが誰も居ない。

『こっちだよ、黒髪オトボケ野郎!』
「お、おとぼけ…って、俺?」
『そうだよ、いつから待ってたと思う?』
「俺を…待ってたのか?」
『他に誰がいると?』

何故か精霊に怒られている。何か気に触る事でもしただろうか。
でも、待ってたってどういう?

『まあまあ…ルル、仕方ないよ、私達の力が弱いんだ。よく気が付いてくれたじゃない?』
『リリは甘いんだ!』

金髪に白いワンピースを着た方がリリ、銀髪に緑を着ているのがルル…だと思われる。精霊に性別があるかは分からないが。

「…どういう事なのか、教えてくれるかい?」

フン、とそっぽを向いたルルの変わりに、リリが話し始めた。

『うん。君にはニーナを護ってもらわないといけないからね』
「ニーナ?」
『私達の大切な娘だよ。ニーナにはぜひやってもらいたい事があるんだけど…』
『オトボケ野郎、聞くからにはちゃんとしろよ!』

横からルルが横槍を入れる。
怒ってても、なんとなく可愛い。

『ルルは黙ってて。最近、魔獣の出没が増えたでしょう?』
「確かに…昨年くらいから急にな」
『私達精霊の力が弱まっているからよ』
「…さっきもそう言っていたな」
『うん。ニーナが、それを解決するカギなの。それで、あなたに手伝ってほしい』

先程から何度か出てくるニーナという名前は誰の事なのか。

「ニーナって…誰だ?」
『こっちに来て!』

精霊が連れて行ったのは、通常ライアスは立ち入らない場所だった。
普段、生活している範囲からは隠された場所…おそらく、使用人らが仕事をする作業場だ。
という事はニーナとは、どこぞの令嬢ではなくメイドなのだろうか。

『ほら、あそこでシーツを干してる女の子。今一人だから…』

並んだ洗濯竿に、背伸びしながら白いシーツを干す後ろ姿。
茶色の髪が風になびくが、顔は見えない。
わざわざ顔を見に近付くのも怪しい奴みたいだなと思案していると、突然、ざあ…っと風が吹き上げた。

「きゃあっ」

一瞬顔を伏せ目を閉じる。
小さな叫び声が聞こえ、シーツを干そうとしていた姿を思い出しそちらを向く。
吹き飛ばされたシーツの行方がまだ分からず、キョロキョロとする女の子の姿。

「あ、シーツが…!」

見上げると、彼女の遥か頭上を浮遊する白いシーツ。
更に風を起こして、こちらに落ちてくるように仕向けるか。
しかし先程の風はもう落ち着いている。本当に一瞬の風だった。
ならば、何処に落ちてくるか待つか。
待つ…。

「…って、俺の所?」
『あれ―、良かったね、ニーナに届けてあげてよ―』

わざとらしいリリの言葉に、今の一連の出来事はこいつらの仕業かと苦笑いする。
ライアスの頭上に降りてきたシーツを掴み、簡単にたたんで顔を上げると、ニーナと呼ばれる彼女が、こちらを「あっ」という顔で見た所だった。

こちらが誰なのか、気付いたかどうか知らないが、突然現れた男に声をかけて良いのかも分からないのだろう。
こちらから話し掛けた方が良い。

「急な風だったね」
「あ…は、はいっ」

精霊達がじっと見ている中、できるだけ優しい笑顔でシーツを差し出す。
緊張した面持ちで近付いてきたニーナは、頭を下げながら受け取った。

「あ、ありがとうございます!助かりました!」

そう言って顔をあげた彼女を見た。
サラサラと流れる、肩より少し長い茶色の髪、明るい水色…水面に緑が映り込んだような色合いの瞳。白い肌。
綺麗な整った顔立ちをしている。
いつも見掛ける着飾った女性達よりもずっと美しく見えた。
そして、シーツをお腹の所で持ち、その上にある、目を引く綺麗な形の胸が…。

その瞬間、ピシャ――ン!!と雷であろうものが落ちてきた。
…ライアスの上にだけであるが。
頭のてっぺんから足の先までに電気が走った感じ。
更に視界がキラキラと光り、ニーナのまわりに明るいオーラが見える気がする。

「い、いや…大したことでは、いや、大したことだが、問題ない」
「あ、えっと…」
「…………っ」
「あの?」

見惚れて固まっていた事に気が付き、途端に恥ずかしくなり、それじゃ、と身を翻した。早足でその場を離れる。
本当に雷が走り抜けたらこんな感じなのかと思う。
身体の重さが、シーツの様に吹き飛んだ気がする。
…探し求めていた答えかもしれない。

『惚れたな』
『うん、惚れたね』

上から降ってくる言葉に、かぁっと顔が熱くなる。
全身で、惚れた。

「あ、あの娘を護るって事か?」
『そう。また詳しく教えていくから』
「護るって、どうやって…」

王子とメイド。ずっと側に置くとなると、変な具合だ。
王子に目を掛けられているとなればニーナの立場上、本人も困るだろう。

『ニーナを護る変わりに、あなたも癒してもらえるんだし』
「俺も?」
『感じたでしょ。あなた達、相性が良いの』

確かに、これが相性ピッタリという感覚なのだろう。
すでに、身体が彼女を抱き締めたいと言っている。

『可愛いニーナが誰かのものになるのは我慢ならんが…』
『仕方ないね―』

刺すような視線を背中に浴びながら、どうしたらニーナを側に連れて来れるか考えた。





「主様、今日のニーナのルーティーンですが、渡り廊下で鉢合わせ…といきそうです」
「そうか、やはり今日がチャンスかもな…ニーナにはちょっと辛い思いをさせるかもしれないが」

初めてニーナと出逢ってから2ヶ月。
拐って来たいのを我慢して準備してきた。暇さえあれば、こそこそと影から姿を眺めたり。ダリルにニーナの様子を探らせたり…。

あれから直接話せてはいないが、真面目な仕事ぶり、失敗しても怒られてもめげない姿。
困っている人や同僚に差しのべる手。
…日に日に愛しさが募るばかり。

「その後の主様次第でしょう」

きっと彼女を目の前にしたら…。
紳士になんていられない。すぐ抱き締めてしまう、きっと。
俺の心と身体を癒して欲しい。
勝手な言い分で人生を変えてしまう事を、ニーナは許してくれるだろうか。
どちらにせよ、俺は彼女を幸せにする。

精霊達のあの視線を思い出し身震いしながら、それでも作戦の為にと気持ちを奮い立たせ、その精霊達の元に向かった。
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