~一章~
◇◇◇◇
「主様、午前中は休まれては…」
「いや、大丈夫だ。今日は新人の訓練に立ち会う事になっている」
「しかし顔色が…まあ、動いた方がよろしいのですかね」
「ああ。心配をかけるな」
執事のダリルから見送られ屋敷を出たのは、アズガルド王国の第三王子、ライアス。
父と母である両陛下と、兄二人も健在で、すでに画期的な政策で問題を解決に導き、将来も安寧な世が続くだろうと皆が話している。
すでに王太子には長男、長女が生まれ、第二王子は近々結婚式を挙げる予定であり、未来も明るいとそういう話しになるだろう。
ライアス自身は普段、直接に国政には関わらない為、あまり目立たないかと思いきや、騎士団の団長にも引けを摂らない剣の実力を持っていたり、いくつもの魔法を操る。
陛下や兄の補佐は勿論、国内での魔獣による騒動にも引っ張りだこだ。
辺境にも馳せ参じるフットワークの軽さで、国民からの信頼もあつい。
普段は、騎士団との訓練に参加したり、研究塔で武器関係から生活に必要な魔道具などの研究に協力している。
そんな彼には、早急に解決しなければならない事があった。
国の密命とか魔獣が出たなどではなく、自分自身の事だ。
父から受け継ぎ、三兄弟は高い魔力を持っている。
先祖も皆、そうだったらしい。力を使い、頂点に立ち、国や国民を護ることは課せられた義務だ。
ただ、その魔力が自身をも傷付けてしまう…というか、高い魔力が常に湧いていると言うのか、適度に発散しなければ日常の生活に影響が出るのだ。
王家の憂い。
外部に漏らしてはいけない秘密。
人によって、有効な発散の仕方は異なり、程度も違う。
父兄もそれぞれ、それに対する解決策を見付け出し問題なく生活している。
ライアスの場合はちょっと厄介だった。
「身体が重い…」
屋敷を出て一人、ボソリと呟き溜め息を吐く。
15歳の頃から、余分な魔力発散の方法を見付けていくのだが、なかなか上手くいかなかった。有効な方法が見付からないのだ。
一つ、心当たりがあったのは、母と過ごす時間。
一緒にお茶をして過ごしたり、手を繋いだり、頭を撫でてもらったり…。
そんな日は、普段より身体が軽く気分が良かった。
試しに、メイド達の手伝いをしたり、家庭教師を女性の先生にしたりしてみると、母と過ごした日と同じ様な成果が得られた。
「主様、ひょっとして…」
「うん。そうかも…僕は女の人と一緒にいなくちゃだね」
当時から執事を務めているダリルが溜め息をついた。
「ああ…私は男ですから…お払い箱でしょうか」
「え、いやいやダリルは一緒に居て?色々誰に相談すれば良いのさ」
そうですよね、とダリルは安心したように顔を上げた。
しかし成長するにつれて、母やメイドや家庭教師作戦は難しくなる。
子どもの頃は、手を握ったりくっついても《可愛いらしい》で済むが、青年になってから女性についてまわるのは只の変態だ。
父と母に報告すると、その歳から難儀だのぅと苦笑いされた。
女性と過ごす時程ではないが、身体を動かす事でも多少発散出来る様で、騎士団長にお願いし剣の稽古に励み、魔獣が出たら討伐に駆け付けるなど務めた。
魔道具を作るとなれば惜しみなく魔力を提供する。
その結果、家臣や民からの評価が上がるという褒美がついてきた。
それでも成人すると、やはり効果は十分ではなく、ダリルの協力を得て仕方なく花街に出掛ける事も。
立場上、誰にでも手を出す訳にはいかないし、出掛ける時は髪型や瞳の色を変えるなどで変装する。
行かないよりは効果があるが、別の気疲れで疲れてしまう。
「ライアス、早く婚約してはどうだ?本当はもう遅いくらいだしな」
「はあ…」
「婚約相手の女性なら一緒に居ても問題なかろう」
「私もそう思う。ライアスは私達の中でも魔力が強いし早い解決を」
「しかし…同じ女性でも相性というものがあって」
「それは普通そうだろう」
「いや、効果が低い場合もあってですね。何をしても…」
「…それは身体の相性という事か?」
国王陛下と王太子に挟まれて話す内容ではないが。
未だ、コレ!という解決策が見付からないライアスに業を煮やし、二人が呼び出したのだ。
第二王子が混ざるとややこしくなると予想され、この場には居ない。
「お前と婚約を望む令嬢は沢山いるだろう。その中から一人か二人くらい…そっちも相性が良い相手がいるさ」
「顔を合わせただけで分かるものなのか?」
「ある程度は…ピンときた経験はまだないので何とも言えませんが。しかし最近は女性と一緒に居るだけでは十分な効果が得られなくて。適当には選べません」
「それはお前……なぁ?」
ご令嬢相手に、婚約前に一度抱かせて下さいとお願いできる訳じゃなし。
兄がゴホン、と一つ咳払いをした。
「とりあえず、ラルドスの結婚式で色んなご令嬢と話してみると良い。まだちょっと先だが」
「そうだな。ライアス、良い報告を待ってるぞ」
第二王子の結婚式まであと四ヶ月程。
挨拶し廊下に出ると、ライアスはまた深い溜め息をついた。