~一章~


「ニーナ、君にはいつも俺の側に居て、俺の憂いを取り去ってほしいんだ」
「…ですから、それは慰み者とどう違う…も、もしや愛人…?」
「いやいや違う違う、」

朝食を終え、お茶を飲みながらライアスとニーナは向き合い話をしていたが、なかなか進まず堂々巡り。



食事の準備をしようとすると、君はしなくて良いと止められた。
ライアスは、この屋敷では自室で朝食を摂る事が多く、いつも一階にある厨房から執事のダリルが運んでくるらしい。
この三階には、誰でも立ち入って良い訳ではないようだ。
プライベート空間だし、確かにニーナが出入りするのを見られるのはあまり宜しくないだろう。
噂好きなメイド達の餌になってしまう。ライアスへの中傷にも発展してしまうかもしれない。

聞いた通り、ダリルが決まった時間に扉をノックする。
当然の様に、二人分準備されていて、なんだか申し訳ない。

この部屋まで案内してくれた執事のダリル。
ダリルの家は代々、執事を務めているそうで、ダリルの父は陛下の執事をされていたらしい。
お二人のやり取りを見ていて、ライアスからの信頼もあついのだろうと感じる。

朝食が済んだ後、ダリルが片付けと同時にお茶を準備している様子が見えたので、ニーナはさすがに黙っていられず手伝いをかって出た。
故郷でよく飲んでいたハーブティーで、わぁっと小さく声に出してしまい思わず口を塞ぐと、ダリルが優しい笑顔になった。

思った通り美味しいお茶を楽しみながら…ちょっと憂鬱な仕事の話をしているという訳だ。

「渡り廊下での失態でクビになる所を、拾ってやるからカラダで恩を返せ…と言ってるとでも?」
「うっ……やはりそうなのですね」
「あーー違うって、」
「…ライアス様が望まれる事ですので従います」
「俺はニーナだから望んでるんだ。君なら、俺の身体を元気に出来る」
「ああ、この胸がお好みなのですよね」
「そうだけど…そうじゃないんだ…」

ニーナはライアスが頭を抱えているのを見て見ぬふりをし、ハーブティーのおかわりを準備しようと席を立った。
それに気付き、思い出した様にライアスが頭を上げる。

「ダリルはニーナの仕事のことも承知している。俺が留守の時、わからない事があれば尋ねると良い」
「はい…。あの、私の仕事、表向きは何になっているのですか?」

さすがに《殿下のお相手係》とかいうのはないだろう。

「うん、とりあえず…三階担当メイドというのが都合が良いのかな。フロアの清掃と、ダリルや研究塔の手伝い…とか」
「フロア掃除なら毎日します!ライアス様がお仕事に行かれている時に…」
「ああ、週一回くらいで良いんだ。使用者もほとんどいないし。やるならこの部屋と風呂の掃除くらいかな」
「分かりました…でも何かする事があった方が…」
「ニーナは真面目だな」

真面目というより、抱かれるだけの仕事ってあり得ないと不安なだけだ。
そうでないと、本当にお相手係か愛人だ。

「あと、研究塔の手伝いとは?」
「どちらかというと、掃除よりこっちを頼みたいんだ。ニーナは故郷で薬草を育てたり薬を作っていただろう?」
「え、はい。よくご存知で…」
「すまない、ニーナの事は色々と調べさせてもらった。幼い頃ご両親と別れて寂しかったろう」
「はい…ありがとうございます」

そりゃあ、殿下に怪しい女を近付ける訳にはいかないので、調べるのは当然だろう。別に犯罪歴などないし隠すような事もない。

「研究塔にも、薬草園があるんだ」
「そうなのですか?」
「ああ。研究以外にも、各種ポーションや藥を作ったりもしている」
「では…」
「ニーナにも、薬草の管理を手伝ってほしい。何かあれば俺もすぐ君の所に行けるし」

王都に来てから、お城の中で仕事をするばかりで、庭を眺める事も緑に触れる事もなかった。
大好きな家族との思い出がよみがえる。ぜひ手伝わせてもらいたい。

「ぜひ…やらせてください!」
「よし、時間を合わせて行ってみよう」

嬉しくて、ニーナの顔に自然と笑みがこぼれる。

「やっと笑った…精霊達も喜んでくれるだろう」
「……え?」

ライアスの口から意外な言葉が飛び出してきた。
精霊様を心の拠り所として生きてきたが、故郷以外の誰かと話したことはなかったのに。

「精霊様が…どうされると?」
「薬草園を手伝いながらニーナが元気を出すと、精霊達が喜ぶって事さ」
「精霊達って…ライアス様には、見えるのですか!?」

立ち上がり、ちょっと大きな声を出してしまったが、ライアスは怒ることなくゆっくり頷いた。

「やはりニーナには、視えていないんだな」
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