~一章~
◇◇◇◇
ニーナが育った街はあまり大きくなく、山々に囲まれた自然豊かな場所だった。
一年中緑が生い茂り、時折可愛いらしい動物達も顔を出すこともある。
昔から、精霊の住む街と言われており、住人もそう信じていた。だがその姿を視る事が出来る人物はあまり聞かない。
ニーナの先祖に、見たり話したりしていた人が居たと、小さい頃に父から聞いたような気もするがよく覚えていない。
しかしその精霊達の恩恵なのか、この街では災害や流行り病、飢饉などで苦しんだという歴史は残っていない。
街の皆も、穏やかに過ごしていたと思う。
世間一般では、精霊の言い伝えをお伽噺と捉え、信じる人はそういないが、あの街で育ったニーナは、何か良い事があると《精霊様のおかげ》と感謝するのが習慣になっていた。
ニーナの両親は街で薬屋を営んでいた。
夫婦で薬草を育て、たまに森で材料を採集しながら薬を作り販売していたのだ。
裕福ではなかったが、親子三人と祖母が近くに住み、両親の薬草を育てる手伝いや、薬の調合を教えてもらうのが楽しみだった。
ニーナが13歳になった頃、その生活が一変する出来事が。
両親は街の数名の人達と、馬車で隣街まで買い出しに出掛けたのだが、その帰り、天候が崩れ酷い雨となり、馬車が事故に遭ってしまう。
突然両親を亡くし、悲しみに押し潰されそうになりながらも、祖母と二人でなんとか生活を送る中、不思議と薬草の世話をしていると、心の傷が癒えていくようだった。
祖母も高齢だった為、翌年亡くなり、とうとうニーナは一人になってしまった。
時折、薬草を手入れしているとどこからか現れる、真っ白で、もふもふした犬とのやり取りが、一人きりの寂しさを埋めてくれた。
それからは、両親が残した薬草と、教えて貰った薬を調合してお金を稼いでいた。
ニーナの作る薬は、単純な疲労回復薬と傷薬だったが、なかなかに評判が良かったのだ。
近所で店を開いている、ニーナを赤ん坊の頃から知る夫婦が、何かと気にしてくれたが、それでも、今後もこの街で一人で生活していくのは無理があった。
15歳になって、街を出て働く事を決め、どうせなら…と王都を目指した。
運良く、城で下働きを始める事ができたのだが。
おっちょこちょいな所があるニーナは、小さな失敗をして怒られる事も多かった。
住み込みでまかないも出る好条件な仕事なので、クビになったらどうしよう…と不安だったが、真面目さは認めてくれたのかそうはならず、これまで続けてこれたのだ。
落ち込んだ時は、祖母の最期の言葉、
『頑張っていれば、精霊様が助けてくれる』
これを繰り返し唱えて頑張ってきた。
◇◇◇◇
ニーナは久しぶりに、懐かしい故郷の山々を夢に見て目が覚めた。大好きだったあの、真っ白なもふもふ犬も。
スノウと呼んでいた綺麗な犬。どうしているだろうか。
お別れも出来ずに街を出たから…。
ぼんやりと考えている内に意識がハッキリしてきた。
そして、覚めた目のすぐ其処に見えたのは…。
「…………殿下?」
直ぐ目の前に、黒髪に白い肌、長い睫…の美しい青年。
少し手を伸ばすと、頰をぷにぷにできる距離。
えっと…この状況は。
昨日、大失態を晒して…でも奇跡的にクビにはならず、この研究塔そばにある御屋敷に配属された。
ここが持ち場だと案内された部屋は、なんと第三王子のライアス様の部屋で……。
君の仕事と言われ、殿下に、殿下に…抱かれ…、そのまま、同じベッドで……ベッド…。
そこまで思い返し、一気に血の気が引く。
ただのメイドがいきなり抱かれた事も一大事だけど、そのまま、一緒に寝てしまうなんて!!
ふっ、不敬!私って罪人!
早くベッドを出なくちゃ、早く!
ニーナが慌てて身体を起こそうとすると、背中に殿下の腕がまわされているのに気付く。
更に。その腕の中で…素っ裸だった。
…え?いつ脱いだ?ますますヤバい状況じゃない?殿下の寝込みを襲って既成事実を作り結婚を迫っただろうと冤罪とかになる!?
今、誰か来たら困るんじゃ!?
そ~~っと腕を持ち上げ、抜け出そうとすると、腰が言う事を聞かなかった。
鈍い痛みがあり、へたに動けない。股関節にも痛みがあるようだ。
どう考えても、昨夜のアレだ。
「ふぎゃっ…いた…っ」
起き上がれないとすると、寝たままで、ずずず、と後ろに下がり、ベッドの端まで行こう。
そして這ってでもあの服までたどり着くんだ…!
ずりずり、と足と手を使い移動を始め、殿下との距離が少し離れた…という時、急に手首を掴まれギョッとする。
「…何処へ行く?」
「………でっ、んか」
いつの間にか目を覚ましていた殿下に睨まれ、ひぃっ、と小さく叫ぶ。
「ライアス、だろう?」
「うっ…そう、でした」
「ニーナ?」
「ラ…ライアス様…おはようございます…」
とりあえず挨拶をしてみた。ライアスは一応笑ってはいるが、目は逃げようとする事に怒っている様だ。
「おはよう。なんだ、お手洗いか?」
「え、あ、いえ…」
「じゃあまだ早い、寝ていろ」
「でも私…すみません、ライアス様のベッドで寝てしまうなんて失礼を、」
そんなことか、と呟いたライアスは、ニーナの所まで移動し覆い被さる。
「わ…っ」
「俺が寝かせたんだ、謝る必要はない。ニーナはここで寝ていいんだ」
「ひゃあ…っ」
首筋をペロリと舐められ変な声が出た事に、ニーナは慌てる。
背中にライアスの手が回り背骨をなぞられ、ゾクゾクッとして思わず腰を浮かせた。
ニーナの右足を上げ、自分の肩にそれを掛けたライアスは、お互いの股間を擦り合わせる。
ライアス様の…アレが、固いアレが私の股間に当たってるっ。
なんともヤラシイ状況に、顔が熱くなるのが分かる。
「俺を病気にする気か?」
「は、はへ?」
意味が分かりません、でも今はそれどころじゃありません。
恥ずかしさと股間のうずきで何も考えられず、ライアスの顔を見るのも堪らなく恥ずかしくなり、ぎゅっと目を閉じた。
急に、ライアスが大きく腰を振った様で、それにより起きた刺激で身体がビクリとした。
その拍子に、腰と股関節の痛みも伴う。
「い、いた…っ」
「ん、身体が痛むか?」
心配している様な声色が聞こえる。
ライアスの動きが止まったので、ゆっくり目を開けてみた。
「昨夜は突然で無理をさせたからな、悪かった」
「い、いえ…」
「よし、少し休んでから朝食にしよう」
あっさりと行為を止め、上げた足はゆっくりと下ろされた。
半端に上がった、熱を帯びた身体は大丈夫なのだろうか。
ライアスはニーナの上から隣に移動し横になった。
「ニーナ、横向きになれるか?」
仰向けより横向きの方が楽かもしれない。ライアスに向き合うように寝返った。
「収まるまで…胸を貸してくれ」
ライアスの顔が、乳房に埋まる。
腰をぎゅっと引き寄せられた。
くっついた身体が熱い。
そっと、ライアスの頭を抱いてみる。
「…窒息しないでくださいね」
そう言うと、埋まったままのライアスがふふっ…と、笑った。