~ニ章~


ライルにいつもの様に手を引かれ、宿の部屋にたどり着いた。
もちろん、ニーナは婚約者のライルと一緒。
隣はダリルとワイナー、そのまた隣はエイダンとエヴィの部屋だ。
ポルトは馬小屋に近い、別棟に部屋があるらしい。

扉を開け部屋の中に入ると、中央に二人用の大きめのベッドが鎮座している。
屋敷のベッドとは比べ物にならないが、それでも、ニーナにはフカフカで贅沢なベッドだ。
…ふと、一つ疑問が。

「他の部屋も同じベッドかしら…」
「そんな訳はないだろう、別々のベッドだよ。俺たちの部屋は宿の主人が気遣ってくれたんだ」

婚約中の二人の為に…という事だろう。
この状況、屋敷と変わりないのだが、何かちょっと恥ずかしい。

「まあ、別々だとしてもどちらかのベッドで一緒に寝るけどな」
「…ですよね」

ライルは寝相が良い。
どちらかというとニーナの方がごろごろ動き回るので、ベッドから落ちないようにライルが捕まえている感じだ。
まあ、普段は広いベッドなのであまり落ちる心配はないが、ライルが理由をつけてニーナとくっついていたいだけである。

「ニーナ」

突然、名前を呼ばれたのでライルの顔を見上げると、いつもの、少し甘えたい時にする顔があった。

「今日もお疲れ様でした。私の事、いつも気遣って頂いてありがとうございます」
「ニーナを大切にするのは当然だ」
「…埋まりますか?」

ライルは満面の笑みで頷き、ベッドに足を伸ばして座ると、ニーナを膝の上に誘導する。
淡いピンクのブラウスのボタンを外すと、現れた白い乳房にライルは顔を埋めた。
お互いの暖かさにホッとする。

「あ――おちづふんんっぱり…む―」
「何と仰っているのか分かりません」
「ニーぬぁだいうきだ」
「ありがとうございます」
「今のは分かったのか」

ライルがパッと顔を上げる。

「いつも言って頂いてますから」
「そうか。毎回、本気だからな」

ゆっくりと二人の顔が重なり、相手を気遣うように、優しく唇が触れ合う。
一度離れて、再度……しかし、唇は離れたままくっつかなかった。

「ニーナに、渡したいものがある」

いつもの流れと違ったので、ニーナが思わず首を傾げる。

「渡したら、その後でゆっくりな」
「はい?」

ライルはニーナを膝の上から降ろすと、自分もベッドの上で座り直す。
二人向かい合って座り、ライルがニーナの左手を取った。

「これをいつも身につけていてほしい」

何処から取り出したのか、いつの間にか薬指に銀色に輝くものが。

「…ゆ、指輪?」
「そうだ」
「ええっ、こんな高価なものは頂けません…っ」
「大丈夫、そんなに高いものではない。ちゃんとした指輪はまた今度」
「いや、全然ちゃんとしてますけど…っ!」

細身のシンプルなリングだが、青い宝石が一つ埋め込まれている。

「ふ、うわわわ…っ、」

どうすれば良いのか慌てるニーナ。
男性から指輪を貰うなんて初めてなのである。

「これはお守りだと思ってくれ。この石は、俺にニーナの無事を知らせてくれるんだ」
「無事を?」
「これから先、危険な事もあるかもしれない。指輪をしていたらニーナが何処にいるか、おおよその場所が分かる」
「なるほどそうなのですか……綺麗、ライルの瞳の色…」

ようやく落ち着いたのか、目を細めて指輪を見つめるニーナを見て、ライルは微笑んだ。

「ほら」
「あ…お揃いなのですね」

差し出したライルの手にも、同じ指輪がはめてある。

「ニーナの色…この石、角度によっては水色が緑色に見えるだろう?」
「わ、私の瞳の色をライルが?」

途端にニーナの顔が赤くなった。

「そ、そそそれじゃ結婚するみたいじゃないですか」
「婚約者だろう」
「今回の旅ではそうですが…あ、終わったら外すんですね?」
「いや、ずっとしてて良い」
「だって、まわりの人に誤解されますよ?」
「いいんだ。いいんだよ、ニーナ」

あまりにも穏やかな、優しい微笑みに、ニーナは言葉を続けるのも忘れライルを見つめる。

「俺は君以外の女性と一緒になるつもりはない。時が来たら…ちゃんと君に伝えよう」
「な、何を…?」
「ニーナへの、愛だよ。きっと愛を形にしてプレゼントする」

ニーナの頭の中を《愛》という言葉が飛び回っている。
いつも好きだと囁いてくれる以上に何があるというのだろう。

ニーナ自身、その《愛》がよく分からなくなっていた。
いつも、ライル…ライアスの事をどう思っているのか考えていたら途中で頭が真っ白になり、その内に何を悩んでいたのか分からなくなるのだ。
まるで、その先を考えるなと誰かに止められているかのように。

自分はどうなりたいのだろう。
身分の違いがあるのは分かっている。
だからお金を貯めて、先での自活を目指している。
それで良いはず…なのだ。

「ニーナ」

呼ばれてハッと我に返る。

「今は悩む必要はない。やるべきことをやろう。そして俺の側に居てくれ」
「……はい」

もう一度、唇が優しく触れ合う。
そして今度は続けて深く、熱いキスをする。
そのまま身体が傾き、柔らかいベッドに背中が埋まった。

何度も繰り返している二人の行為なのだが、ニーナはいつもより緊張していた。
明日からは暫く、こうして抱き合う事は難しいだろうから、今夜はライルに満足してほしいのに。

「ニーナ…不安か?」
「すみません、せっかくの時間なのに…ライルには隠せませんね」
「不安なのは当然だ、気にするな」
「ありがとうございます…」
「今夜は休むか?」

ライルが頬を撫でる。

「いえ…大丈夫です」
「本当に?」
「このまま寝ても不安なのは変わりません。忘れるくらい…気持ち良くしてください」
「ぬなっ…!」

珍しく顔を赤くして狼狽えるライルを見て、ニーナはふふっ、と笑った。
4/4ページ
スキ