~ニ章~


「不可解な症状?」
「はい。症状は咳や目の痒み、皮膚の爛れ、発疹等」
「命の危険性は?」
「重傷者は居ますが、今の所死者は確認していません。人によっては軽症で済んでいる様です」
「…何かの毒か、アレルギーか?」
「あちらでも、その可能性が高いと…ただ、何が原因なのかが分からないのです」



エヴィが事前に宿の主人に相談し準備していた、十人程が入れる広間で食事をし、お茶を飲んでいる。
王都の目前の街だからか、食事の内容と味付け、お茶の質など、さほど変わりない。
ハーブの良い香りが漂っている。

皆が一息ついた頃、ライルがティーカップを置いた事が合図となり、一礼したエヴィが話し始めたところだ。

エヴィは本来、王太子の部下である。
普段は秘書として務めているが、各地に出向き事前に調査をしたり、王太子や重役を迎え入れる準備をしたりする。時には事業を進める補佐、護衛までこなしているらしい。
今日のスーツ姿は、何か仕事を済ませた後なのか、ただ単に黒髪に合わせてスーツなのか、そもそも何故今日は黒髪にしているのか…。
その辺りは聞いてはいけないのだろうなと、そういう事に疎いニーナにもなんとなく分かる。

そして何故、エヴィがここに居るのか。
今回の旅に出る時、ライルは王太子から一つ依頼を受けていた。
精霊の街への道中にある栄えた街、《ヴェザム》の異変を調べて欲しいと。

一月程前から、体調不良を訴える人がぽつりぽつり出始め、最近は数十名に増えているらしい。
診療所と教会で対処しているが追い付かず、薬も足りないと現地から応援を願い出ているとか。

別件で仕事をしていたエヴィは、それが終わり次第、ライル一行と合流する事になっていたそうだ。
エヴィは事前に、そのヴェザムで起きている事を調査していた。



「もう一つ、気になることが」
「何だ?」
「街を囲む壁の外ですが…一部の山が」
「山?」
「山が、黒いのです」
「黒い?何が黒いんだ」
「ですから山が」
「山が?」
「黒い」
「…もういいからね?」

ワイナーが口を挟むと、エヴィがコホン、と一つ咳をする。

「周囲の山に仕事に出る人や旅人、冒険者が話しているのですが、何か山に異変が起きているのでは、と」
「山の何が黒いんだ?」
「さっきから話がすすまないねぇ」

ワイナーがははっ、と笑った。
そのタイミングで、ダリルがハーブティーのおかわりを準備し始めたので、ニーナも慌てて席を立ち手伝う。

「エヴィ、お前わざとふざけてるだろう」
「いえ、ちょっと緊張を解そうと思いまして…ニーナさんの顔が青ざめてましたから」

ライルがチラリとニーナの方を見ると、ダリルと二人で茶葉を選んでいる所だった。
その二人に、スノウ印のハーブティーにしてほしいと声を掛ける。
ニーナが振り向き、ニコリと微笑んだ。

「…ああ、いつ頂いてもホッとしますね、ニーナさんのお茶は」
「騎士団でも最近は人気みたいだな」
「まぁ…!ニーナさんのお茶なのですか。最近、王都を留守にしていて存じませんでした。これなら契約したいという商店とか…多いのではないかしら?」

褒められて恥ずかしくなり俯いていたニーナが、エヴィの言葉にピクリと反応する。

「そ、そうですか?」
「ええ、とても美味しいですから」
「エヴィさん!この話、具体的に教えて頂いても…」

瞳を輝かせ立ち上がるニーナにエヴィが驚いている。
意外な反応だったのだろう。

「よしニーナ、その話は俺と王都に戻ってからしような」

ニーナの身体をひょいと持ち上げ、膝の上に乗せて座り直すライル。
驚き赤い顔をしたニーナはそのままに、話を再開しようと仕切り直すのを見て、ワイナーとエイダンが苦笑いする。
そしていつも冷静なダリル。

「それで…山が黒いとは?」

三度目の正直だ。

「はい。遠くから眺めると、山の一部が黒く塗り潰したように見えるのです。おそらく湖の周辺の山」
「近くで見た者は?」
「いません。皆、気味悪がって近付かないですから…代官が、近々調査隊を発足させるつもりの様です」
「エヴィはどう思う?」
「私も断言出来る訳ではありませんが、あれはおそらく…」
「おそらく?」

エヴィが口に指を当て、首を傾げる仕草を見せる。

「蝶です。黒蝶の大群」
「……蝶」

ワイナーの居る方から、ひいぃぃぃ…と声がした。
おびただしい数の蝶が群れているのを想像すると、確かに気味が悪い。
それも黒蝶。

「あ、だから黒髪と黒いスーツにしてるって訳ではないですよ?」
「…いや、そんな事は誰も思ってはいない」

そうですか…と逆に残念そうな顔をするエヴィ。

「毒を持つ蝶はいますし、塗り潰した様な黒に見える…あと症状から考えても、関連が有りそうですね」
「兄貴、そこはツッコむ所…いえ、蝶なら街の近くまで飛んで来て、毒を散布している可能性もあります」
「確かに…数匹の蝶がその辺りを飛んでいても気に止めないだろうな」

数十名に増えたのも、それなら分かる気がする。
しかし、ここまでの事例は過去に聞いたことがない。
単に蝶が異常発生した位の事だろうか。
現地で詳しく調べる必要がある。

膝の上でじっと聴いていたニーナだったが、いつもは城の敷地内で守られているのに、外ではそうではないという事を感じて少し怖くなった。
無意識にライルの腕を握る手に力が入ったのか、《大丈夫》と返す様にニーナ腰を抱く腕の力が強くなる。

「精霊の街へは急ぎたいが…魔獣被害の調査も目的の一つだ。ヴェザムを放ってはおけない、皆、よろしく頼む」
「了解」

それぞれが頷き、気持ちが引き締まる…反面、可愛い女の子を膝に抱いて言ってても説得力に欠けるなぁ…と、心の中で思った。
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