~ニ章~



~二章~




「ああ君は…どんな服を着ていても可愛いな。似合っている」
「もう、恥ずかしいから止めてください。ただの街娘ですよ」
「逆にドレスアップしたら、さぞ美しかろう。皆に自慢する…いや、見せたくないかな」
「残念ですね、着る事ないですし」
「これからそんな機会はいくらでもあるさ、俺がドレスを見立てよう」
「そんな勿体ない事しないで下さい」
「それより今はずっと一緒に居れるのが嬉しい」
「今までもそうじゃないですか」
「仕事中は離れているだろう?」


ゴトゴトと弾みながら進む、広いとは言えない馬車の中。
一角には一部の荷物が積んであり、時折グラリと揺れるが倒れずに持ちこたえている。

頬を赤くした男女の他、二人の男は少し疲れた表情を浮かべ、一人は平然と姿勢良く座っている。

「いつもああなのですか…何かちょっと噛み合ってない気もしますが」
「そうだねぇ。よく何度も同じセリフを言えるよね…」
「そちらは全然、動じておられない様ですが」
「四六時中、あんなのの側に居たら麻痺するんじゃない?」
「いちいち動じていたら執事は務まりません」

《あんなの》呼ばわりされているのも知らず、隣に座る街娘を愛おしそうに見つめているのは、ライルという、その娘の婚約者を名乗る男。

「いつもの、騎士団にいらした時とは雰囲気が全く違うので…女性を前にすると別人の様です」
「ニーナちゃん限定だけどね。驚くのも無理はないよ…でも男ってそんなものじゃないの」
「む、ワイナーさんもでしょうか」
「さぁ…どうだろ?」

早朝に城を出てから、半日程が経つ。
その間、若い男女二人がこんな調子で、他三名はうんざりしていた。

「作戦会議とかしなくていいの?」
「作戦……あるのでしょうか」
「ニーナを連れて外出はこれまで出来なかったので、ちょっと浮かれているのでしょう」
「ちょっと?」
「もう少しだけ、大目に見てやって下さい」
「見えない所でやってほしいよね~」


ニーナの故郷《精霊の街》を目指し旅を開始した一行。
魔獣による被害調査もあるが、第一の目的は、精霊の力が弱まっている原因、精霊王の捜索と救済だ。
目立たない様に少人数で、身分も隠した旅である。

第三王子のライアスは普段から魔獣征伐の遠征に慣れているし、ニーナも故郷から王都への道中は初めてではなく、あまり苦になる事はない。
ニーナにとっては、今回の方が一人ではなく《護られている》という安心感がある。

「今回は直轄地でしょう、殿下の顔を知ってる人達も多いし…身分を隠す必要はあまりないんじゃ?」
「まあ、騒ぎにはしたくありませんからね。殿下と騎士団の私が揃うと魔獣が出るのかと不安を煽りますし、直轄地でも殿下を狙う奴らはいます」
「…二人とも、ライル、ですよ」

街に溶け込みながら進める様に、今回はライアスは《ライル》と名乗っている。
ちょっとだけ髪型や色を変えて。
以前から城を抜け出していたのだからお手のものだ。
今回の旅の御者ポルトも、これまでも必要な時には馬や馬車を走らせ、ライルを助けてきた。

ライルとニーナは婚約者同士、ダリルはライルの兄。
ニーナが結婚前に里帰り、という事になっている。
ワイナーと、副団長であるエイダンはライルの仕事仲間で、途中で合流したという設定だ。
仕事は武器屋とし、武器や魔道具、他に薬屋も兼ねていると取り決めた。
出発前、ワイナーが『実際に売ってもいいけど…』と、商品になる物を選び始め、その金儲けの匂いにニーナがつられて一緒に準備を始めた所でダリルに止められる、という事があった。

「殿…ライルさ…ライル、今日はトニトまで行くのですか?」
「ふふ、やはりニーナは可愛いな。ああ、今夜はトニトで一泊する」

トニトは小さいが、王都目前の街で旅人も多い宿場町。
王都に入る前に、ここで身なりや荷物を整えて…という旅人もいるようだ。

「宿は着いてから探すのですか?到着は遅くなるんじゃないかと…」
「大丈夫だ。一人、あちらで待っている者がいる」
「そうなのですか?」

誰だろう?という興味津々な顔で見つめてくるニーナがまたまた可愛いくて仕方ない、嬉しそうなライル。

…もう、何をしてもそうなのだろう。
屋敷と研究塔を行き来する位だったニーナの、外での表情は珍しいといえばそうだけれど。
慣れるしかないと、一同頷いた。




陽が傾き、空が赤く染まるのを眺める。
その空が、じわじわと紺色に塗り替えられていく頃、目指す街の塀に灯された明かりが見えた。

「完全に陽が沈む前に着いて良かった。何事もなく済みそうだ」
「ええ。でも思ったより時間がかかりましたね」
「すみません、私が足を止めさせてしまったので…」
「いや僕もです、申し訳ない」
「二人とも気にするな。珍しいものだったのだろう」

深々と頭を下げるニーナの背中に手を回し、身体を起こすライル。
なぜニーナが焦っているのかというと。
途中、馬に休息を取らせていた時。
小さな泉の先に手に入り難い薬草を見つけ、ニーナがフラフラと引き寄せられる様に林の中に入ってしまったのである。
《珍しい薬草》と聞いて反応したのはもう一人。
ワイナーまでつられて行ってしまい、仕方なく皆で薬草を集めることになったのだ。
薬草と金儲けでは似た所がある二人。

「凄く長い時間だったという訳でもないし。良い薬を作ってくれ」
「…ありがとうございます!」
「何の薬が出来るのですか?」
「毒消しですよ。解毒の他にアレルギーの治療とかにも…」

ぎゅう~っと抱き締められ唸っているニーナを余所に、効能を説明するワイナー。

街を囲む塀に添って見ていくと、開かれた入り口付近に、門番らしき男ともう一人。
薄暗いのでよくみえないが、細身の女性のようだ。

馬車で近づくと、当然、手続きの為に門番がこちらへやって来る。
ダリルが馬車を降り、対応する様子を見ていたが、特に問題無いようですぐに戻ってきた。

「大丈夫です、入りましょう」

ダリルがポルトに合図し、また馬車が進み始める。
門をくぐる時、門番が馬車に向かい頭を下げたのがチラリと見えた。




「お待ちしておりました。ご無事でなにより」
「ああ、まだ1日しか経っていないがな。久しぶりだな、エヴィ」

ライルに手を借り馬車を降りた所で、こちらに向かって頭を下げる、エヴィと呼ばれた女性。

「まずは落ち着きましょう、ご案内します」

もう日が落ちた中、エヴィの後を追って一同動き出す。
ニーナはライルにしっかり手を握られており、遅れないよう歩を進める。
ポルトは馬を休ませる為、ここで別れた。
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