~一章~


森から飛び出し駆け回るのは、ニーナから見れば大型の、犬、だった。
白く長い毛並みのものもいれば、茶色の毛色のもの、身体に黒いラインが入ったもの…。

それらは殿下と妃殿下の方へ走り寄り、周りを『わふわふ』言いながらぐるぐる回る。

「ライアス殿下…あれ、」
「ニーナ大丈夫か、立てるか?」

ライアスにしがみついたまま、ずるずると地面に座り込む。

「驚くのは無理もない。すまん、言っておけば良かったな、あれは妃殿下の親戚の方々だそうだ」
「しっ…親戚…っ?」

イーリス妃殿下の親戚…という事なのだろう。
妃殿下は人間と変わらない姿をされているのでピンとこない。
普通に見れば、ペットである。

「ほら、ニーナ」

ライアスがニーナの腰を掴み引き上げ、そのまま立っていられる様に支える。
すみませんと謝りつつ、もう暫く甘えようとニーナもライアスに身を預けた。
ライアスの顔が、ちょっと嬉しそうに見える。

「おお。皆、戻ったか!よし、こっちにおいで」

ラルドス殿下の、普段より少し高い、楽しそうな声が聞こえてきた。
そちらを見ると、更に腰を抜かすような光景が。
あの、なんとなく近寄りがたい、美形で眼光鋭い殿下が、ふにゃふにゃと骨抜きにされた様な表情を浮かべ、見た目犬達と戯れている…。

もふもふもふもふもふもふ。

幸せそうな殿下を見ていると、そりゃ少し…とても羨ましい気がするが。

「ラルドス殿下は…動物がお好きなのですね」
「ああ、動物というか…あのもふもふが、兄上にとっては癒しなんだ」
「癒し…」
「俺の憂いを癒してくれるのは、ニーナだろう?」
「え…じゃあ殿下はもふもふが」
「王家の憂い…兄上が生きていく為には、もふもふが必要なんだよ」

陛下と三人の殿下には、それぞれ抱える憂いがあり、それを癒すものを見つける必要があるのだとか。
以前、決して口外しないようにと、ニーナもライアスに聞かされた。
私が知っていい事なのかと不安になったが、まあ、自分も関わっている事でもあるし…と思う様にした。
きっと、王太子殿下も何か癒しをもっておられるのだろう。

「ニーナさん、また驚かせてごめんなさい。この子たちは私の姪と甥なの」
「そ、そうなのですか」
「まだ幼いので…長時間、人の形を保つのが上手くないのよ」

幼いと言っても、随分大型な気がするが。
結婚式の後も暫く、他の親族の方も滞在されているのだとか。
森が騒がしい気がしていたのはこの為だったのだろう。

突然走りを止め、わふわふっと吠えると、また周囲をくるりと回り、そのまま森へ走り去って行く。
また遊びに行かれたのだろうか。

「ああ…まだもふもふが足りない」

ラルドスがその走り去る後ろ姿に縋る様に、フラフラと立ち上がる。
ライアスが「兄上、」と声をかけた時、ふぁさ…っと、真っ白なもふもふが宙を舞った。

「あれは……っ?」

ニーナとライアスが、そのもふもふの輝く美しさに釘付けになる。
光を受けて、銀色にも輝くのだ。
もふもふはそのまま、ラルドスの目の前へ舞い降りた。

「イーリス…!!」

その美しく豊かなもふもふを抱き締め、恍惚の表情を浮かべる。

「…お騒がせ致しました」

妃殿下が微笑みながら軽く会釈をすると、銀色の髪がサラリと揺れた。

「し、しっぽが…あの美しいもふもふは、妃殿下のしっぽ…」
「ふふ、ありがとう」

ニーナは立場も忘れ、しっぽしっぽと興奮気味だ。
身体を放すと、そのしっぽに吸い寄せられそうになっている様子を見て、ライアスが苦笑いする。

「兄上、ニーナに何か聞きたい事があるとのことでしたが」

もふもふに夢中なラルドスは、美しい毛に埋もれながら、思い出した様に「あっ」と呟く。

「スノウ印の事だが…そなたが発案したのだろう?」
「は、はいっ」
「あの軟膏、使わせてもらっているわ。お肌の調子が良いの」
「こっ…光栄です!」

突然、自分に関わる話しになり、ニーナの意識がしっぽから戻ってきた。

「いや、ただ、スノウとは実在しているのか…と気になっただけだ」

ニーナが故郷で薬草を育てていた頃、スノウは寂しさを忘れさせてくれた大切な友達だった。
右前足を怪我していたので、薬草と黄色いハンカチで治療をしたのを思い出す。
街を出る少し前から、姿を見せなくなっていた為、スノウとはそれきりだ。
正直、あれから数年、元気にしているのかは分からない。

「大切な友達です…真っ白でもふもふな…あ、先程の親戚の方と似てますね、スノウはまだ子犬でしたが」
「なるほど真っ白だからスノウか。一緒にこちらに居るのか?」
「いえ…残念ながら」
「…そうか。会ってみたいものだな」

本当に…私もスノウに会いたい。
ラルドス殿下の印象がかなり変わった…と、ニーナが感じていた所。
ふと、お二人が宙を見つめているのが目に入る。
何か虫でも飛んでいるのだろうか。

「ニーナさん、そのスノウのことなのだけど」
「はい…?」
「きっと、ニーナさんを待っているわ。精霊の街で再会出来る事を祈っています。こちら…持っておいて」

イーリス妃殿下が、ニーナの手のひらに小さな包み紙を乗せる。
見たところ、白い薬包のようだ。

「これは…?」
「薬師の貴女に渡すのもちょっとお節介かもしれないけど…我が家秘伝の元気が出る藥よ」
「え、大事なものなのでは…?」
「スノウに必要な様なら飲ませてあげて」
「あ、ありがとうございます!」
「なんだか私達に近いものを感じるのよね、スノウって」

ふふ、と微笑む妃殿下を見て、ニーナも元気を頂いたような気がした。

「お会い出来て嬉しかったですわ」
「近々出立するのだろう?何かあれば頼ってくれ、力になろう」
「ありがとうございます、感謝致します」

ライアスとニーナは深々と頭を下げた。
始めの居心地の悪さは何処かへ消えさり、お二人の優しさが伝わってきて居心地が良い。
しかし、自分は只のメイド。長居してお二人の邪魔をしてはいけないと、そろそろ失礼する事にした。



「本当はクルス兄上らもニーナに会いたいと言われていたのだが…お忙しくて時間が合わないんだ」
「めっ……めっそうもない、私なんかがお会い出来ませんっ!」
「はは、まあ、そのうちな。まずは精霊の街だ」

旅に必要なもので不足している分を、ダリルが城で受け取り、馬車で森の入口まで戻って来ていた。
ライアスとニーナもそれに乗り込む。
ダリルは気を使ってなのか、中には入らなかった。

「ニーナ、緊張しただろう」
「もちろんです…でも安心しました、私みたいな者にもとてもお優しくて」
「当たり前だ。俺のパートナーだからな」

そう言ってライアスは、向かいの席からニーナの隣に移動し、ぎゅっと抱き締める。

「兄上たちを見てたら、俺もニーナとイチャイチャしたくなった」
「ん…くすぐったいです、」
「柔らかいニーナ…甘い良い香りだ」
「だっ…だめ、馬車の中ですよ、」
「じゃあ、屋敷に着いたら抱く」

果たして屋敷に着くまで我慢できるのだろうか、ライアスは耳舐めを辞めず、乳房を揉んでくる。
今着ているのがセクシーメイド服だったら、既に乳首まで弄られていただろう。

「ニーナ…っ、もう限界」
「わ、まだですよ!もう少しですからっ…ガマンガマン!」

馬車の中でも良いと言い始めたライアスを必死に止める。
ちょっと黙って、と言わんばかりに口を塞がれ、スカートの中に潜った手が太ももを擦り、ぶるっと身体が反応したその時。

「主様、裏裏口を開けましたのでそちらからどうぞ」

ダリルの声。
気付かない内に停車していた馬車の扉を開けずに、静かに声を掛ける。

「よし、ニーナ行くぞ」
「はいっ?」

その瞬間、ダリルによって開かれた扉から、ニーナを抱き抱えたライアスが飛び出し、そのまま少し走って直ぐに建物の中へ。
人一人抱えていても素早い動きなので、裏裏口というのが何なのか、景色もよく分からないまま、気付くといつの間にかライアスの部屋の天井が見えた。

「あれ……?」
「俺の部屋のベッドだ。もう文句はないな?」
「は?……んっ!?」

結局、事態が飲み込めないまま、猛烈に熱いキスと、何度も寄せてくる快楽の波に飲み込まれた。
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