~一章~


薬草の状態を調べ、何も問題なく成長しているのを確認し、ニーナは一息ついた。
問題なく…成長しているのだが、その成長度合いが。早い。
精霊様の影響なのだろうか。ニーナがここへ来る前は弱っていたという薬草も、今はすっかり元気に育っている。
ワイナーからお礼を言われるが、自分は特に何もしてないのにと、ニーナは逆に申し訳ない気持ちになった。

傷薬や回復薬も、普通に作っているだけなのだが効能が高いと評判で、それもきっと精霊様のおかげだ。
いつも精霊様に支えてもらっているのに、何も恩返しが出来ず悔しい。

ライアス殿下にも、ただのお相手係なのに大事にしてもらっている。
普段のやり取りも、抱かれている時でも、優しさが伝わってくる度、何か胸がじわりと熱くなるのだ。
「ライアス様」と名前を呼ぶと、更に何か胸や頭がモヤモヤするので、申し訳ないが辞めてしまった。
無意識に「ダメダメ、」と呟いているらしく、ダリル様に「何が?」と聞かれた事もあった。

研究塔での作業は没頭出来て良い。
精霊様のおかげだけど、薬を使ってくれる人がいるのは嬉しいし、なんと言ってもお金が稼げる。
ワイナーさんの計らいで、売上の何割かを、ニーナの取り分としてくれたのだ。
今の仕事が解雇になったら、何処かの街で薬屋を開くのが目標なのは変わらない。
…よし、もっと頑張ろう。

ニーナがそんな事を考えながら、そろそろ研究塔へ行こうと立ち上がった時、遠くからニーナを呼ぶ声が。

「ニーナ!」
「…殿下?」

真っ直ぐにニーナを見詰めて走ってくるのはライアス。
走るのが速いのは当然だと思うが、みるみる距離が縮まり、避けるべきかこのまま居るべきか悩んでいる内にライアスはもう目前。

「殿…っ」

その勢いのまま、ぎゅうっ…と抱き締められてニーナはよろめいた。
ライアスが、倒れようとする身体を更に引き寄せる。
耳元で荒い息遣い。でも、そんなに息が切れる程ではない、流石だ。

「ニーナ…っ」
「ど、どうされたのですか?」
「ん…迎えに来た」
「え、ありがとうございます。ちょうど行こうとしていた所でした」
「精霊達が待ってる。話をしよう」

精霊様が何を、と聞こうとしたが、その前に口を塞がれた。
ライアスはよくキスをしてくるのだが、これは普段より勢いがある。走ってきたからとかではなく。

「んっ…んむっ、んっぅ」

突然すぎて訳がわからないが、ほとんど人は来ないとはいえ、遮るものがない外なのに。
ライアスの激しい攻めるようなキスに、ニーナは必死で応じた。

ニーナの身体から力が抜け、膝がカクンと折れた時、ようやく唇が離れる。
二人とも、ハアハアと上がった息を整えるのに必死だ。

「もぅ…っ、外、ですよっ」
「知ってる、」
「人に見られっ…」
「いいんだ。見られても…ああ、今すぐこの胸に埋まりたい」

ニーナは何を言ってるんだこの人、という顔でライアスを見る。
その表情を見て、ライアスは笑った。

「今は、我慢してください…屋敷に戻ったら、お相手しますから」
「うん。抱く。いっぱい抱く」
「…今日は甘えますねぇ?」

ライアスが、再度ニーナを抱き締める。
こうして甘える殿下を知れるのは、お相手係の特権かしら…とニーナは思った。

「研究塔に行こう」

ライアスに手を引かれ、その背中を見ながらニーナも歩き出す。
声にならないくらい小さく、ニーナは「ダメダメ、」と繰り返していた。





「ニーナ、一緒に君の故郷に行こう」
「えっ……もしかして、精霊様の事で?」
「ああ。精霊王を探すんだ」


研究塔に戻ると、ワイナーもソワソワしながら待っていた。
何故か自分も加われと言われた、と顔に不安が現れている。
ライアスのティーカップが空になっているのを見て、ニーナが自作のハーブティーを三人分淹れ直す。
ニーナが焼いたクッキーも準備する。
精霊にも、小皿にクッキーをのせてみた。

『わあっ、ニーナのクッキーだ!』

ライアスによれば、精霊が美味しそうに食べているそうな。実は精霊達、過去にもこっそり食べていたらしい。
なるほど、皿のクッキーが小さくなっていく。
ニーナは嬉しくなり微笑んだ。
それを見たライアスも微笑む。
ワイナーもハーブティーを飲み、微笑むまではいかないが、顔の強張りが緩んだようだ。


「精霊の王…が、どうかされたのですか?」
「ここ数十年、精霊達にも王の気配が感じられないのだそうだ。おそらく眠りについている」
「精霊様にも?何故?」
「数百年前、精霊王と、ある人間が災厄を封印したそうなんだが」

ああ、とワイナーが声を出した。

「それは伝記で読んだ事があります。魔獣が溢れて、国が一つ消えてしまうくらいの被害があったとか…その元凶を何処かに封印したと」
『それそれー』

よく知ってたね~とリリが手を叩いていたが、なんとなく悔しいライアスは話を進める。
ルルがライアスの頭をぱしっと叩いたのも、ワイナーとニーナは知らない事だ。

「その封印が弱くなり、精霊王はそれを強化する為に力を注いでいるのだとか」
「え…じゃ、王の力も尽きかけているかもって事ですか?」
「おそらく。王の力が弱まれば、精霊達の力も弱くなる。だから見える人も少なくなっているのかもな」
「…ヤバイじゃないですかぁ」

ワイナーが、ひいぃぃ…と震える。
ニーナの顔も青ざめていた。
精霊を見る事さえ出来ない自分に何が出来るのかと不安になったのだ。
精霊の街…ニーナの故郷に行くという事は、何か関係あるのだろう。
その案内をしろという意味なのか。

「あの…もしかして、その封印された場所って」
「そうだ。精霊の街、ニーナの故郷だ」
「…知らなかった。あの街にそんな、あんなに穏やかな所なのに」
「それだけ精霊達が街を守ってくれていたのだろう。ニーナ、力を借してくれるかい」
「もちろん…でも、私に出来る事が…」

ライアスがにっこり笑う。

「精霊達が、ニーナにしか出来ないって言うんだ。ちゃんと導いてくれるさ」
「は、はい」
『大丈夫だよニーナ!なあ、ライアス』
「ああ、ニーナは俺が絶対護る」

握られた手のぬくもりに、不安が少し和らぐ気がして、ニーナは頷いた。
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