~一章~


あれだけキラキラと瞳を輝かせていたのに、一瞬にして表情を失くし黙り込んだニーナを、ダリルは心配していた。

今回、ライアスは誰もエスコートはしないと断わり続けていたのだが、直前に王太子殿下から、今回だけあるご令嬢の相手をしてやってほしいと頼まれ、仕方なく引き受けていた。
なんでも、ある事業で借りを作ったから…と頭を下げられたら断われなかったとの事。

ニーナにも事前にその話をしておけば良かったのだろうが、もう遅い。
ダリルが直ぐに伝えたが、ニーナは自分の為に言い訳を考えた位にしか思っていないようだ。

ライアスがニーナを溺愛しているのはもちろん、ダリルも知っている。
ライアスが幼い頃から見ているのだから分かる…というか分かりやすすぎる。
誰が見てもそう思うだろう。今はニーナの事を公にしていないから知られていないだけ。

ダリルがライアスに出会った頃は、運動神経が良く魔力も高い、兄に続き将来を期待された少年だった。
確かにその通り、生き生きとした豊かな表情と活動的な性格で、皆に好かれるのは当然だった。
成長する度、魔力の発散が必要になり、女性を近くに配置するなどの策を講じてきたのだが、青年になるに連れ、それだけではどうしようもなくなってきた為、花街へまでも隠れて行く羽目になったのだ。

憂いの解消、必要な事とはいえ好きでもない女性に触れるなど、若いライアスにとっては辛い日々だっただろう。
女性に対して歪んだ感情を持たずに今日まで来れた事は救いだったと思う。

そしてニーナという女性に恋をし、相性も文句なしという素晴らしい出逢い…精霊に感謝してもしきれない。

ライアスはニーナとの将来をちゃんと考えているが、まだニーナにはよく伝わっていないのだろう。
ただでさえ特殊な出逢いだったので、ニーナの負担にならないよう、少しずつ歩みよりたいと、以前ライアスが話していた。

一方のニーナは、ライアスの事を本当はどう思っているのか、ダリルはずっと知りたかったのだが、今、大体理解出来た。
はじまりはその、特殊な出逢いだったが…ニーナはライアスを愛する様になってくれたのだ。

身分の差が、気持ちに素直になれない障害なのだろう。それは仕方ないと思う。当然の事だ。
その差は直ぐにどうこうならないが、心の差がちゃんと埋まったら…いつか。

…頑張って下さい、主様。
もっと愛を囁くのですよ、愛を。

隣で俯くニーナに、全てを伝えてやりたいが我慢だ、と耐え忍ぶダリルだった。


◇◇◇◇


華やかな時間から一転、足場が抜けて暗闇にでも落ちた気分だった。

ライアスがご令嬢を見つめる横顔。
いつもニーナの手を握ってくれる彼の手が、他の女性に触れていた。
つい先日、たくさん甘えようと開き直ったつもりだったのに、今はそんな気にもなれない。ただひたすら落ち込んでいる。

ご令嬢はふわふわとした薄紅色のとても艶やかな髪で、見事な刺繍を施したドレスがとても素敵だった。
全てがキラキラと輝いて見えた。
当然だ。ライアス様の隣に並ぶ事が出来る姫君なのだから。
自分と比べるなんておこがましい。

夢を見てしまったかも。この辺で正気に戻ろう。まだ間に合う。
私は、ライアス様…殿下の憂いを取り除くお相手係。それだけ。

間に合う、間に合う。間に合…、

いつの間にか、頬を涙が伝っていた。
…もう間に合わない。気付いてしまった。
このままこの仕事を続けるなんて辛すぎる。出て行こう。
勝手だけど、頭を下げて辞めさせてもらおう。

私は、ライアス殿下を愛している。
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