~一章~


第二王子の結婚式や披露パーティーが近くなり、城は活気づいていた。
隣国から花嫁が嫁がれることもあり、通常のおもてなし以上の準備が行われている。

国内の上級貴族の令嬢からの熱烈なアプローチにも折れず、ラルドス殿下は理想のお相手を見付けてこられたと、一時は大騒ぎだった。

なぜそこまでして探されたかというのは、一部のみが知る、王家の憂いの為だ。
ライアスがニーナを必要とする様に、ラルドス殿下も必要な相手に巡り逢えたという事だろう。

「素敵な方だよ。近くお二人に、ニーナを紹介しよう」
「ええっ、おそれ多いですよ…」

そんな事はないと、ライアスがニーナの頭を撫でた。

今日は久しぶりに二人で昼食。午前中のライアスの予定に少し余裕があったのだ。
ライアスから話しもあるし、と言われ、ニーナも気になっていた。

「しかし…兄上のご結婚は喜ばしいのだが、色々面倒だな」
「なぜですか?」
「ご令嬢が絡むと、挨拶が面倒くさいんだ。俺が未だ、婚約をしていないから色々とな」
「婚約……」

ライアスの口から、その言葉を聞いてドキリとした。
こういう社交の場に出られる度、こんな気持ちになるのだろうか。
ライアス様を慕う姫君に取り囲まれ、いつかその中に心惹かれる方が…。
始めから、分かっていたはずなのに。
ニーナの心の中で、ライアスに抱いていけないと言い聞かせてきた気持ちが芽生えている。

「ニーナ?どうした?」

震えているぞ、とライアスが近付く。

「あ、いえ、大丈夫です」
「そうか?」

ライアスはニーナが寒がっていると思ったのか、ケープを肩に掛けてそのまま抱き締める。
ライアスの匂いに包まれ、ニーナの心は余計に複雑だった。

ライアス様はお優しい。勘違いしてしまう。
婚約されるご令嬢だけに、こうして肩を抱いて、髪をすいて…

「……っ」
「ニーナ?やっぱり具合が悪いんじゃないのか?」
「なんでもありませんっ」

ライアスに顔を覗き込まれるのを避けようと俯き、かわりにぎゅっと力一杯抱き付いた。

いい、今日は思い切り甘えてしまおう。今はまだ、お相手係なんだ。
これからたくさん甘えて、お給料いっぱい貰って、仕事を解雇されたらキッパリ忘れる為に別の街に行こう。

「なんで今日は、そんなに甘えてくるんだ…いつもそうしてくれて良いが」
「こんな日もあります」
「昼間っからそんな可愛いことを…午後からの予定を変更せねばならん」
「え?」
「これで抱かんと言う方がおかしい。覚悟しろニーナ」

返事も何もする前にベッドに連行し倒され、首筋に吸い付かれた。
余計な事を考える間もなく攻められ、ニーナはもう喘ぐしかなかった。

昼食の片付けも出来ないと、ダリルは扉の外で溜め息をついているだろう。
結局、ライアスの話しは後日になってしまった。



◇◇◇◇


迎えた結婚式と披露パーティーは華々しく盛大で、城、いや街中がお祝いムードだ。出店には殿下の顔が焼き付けてあるお饅頭からお煎餅まで。ペアのティーカップも並んでいる。

隣国からの来賓客も含め、数百名のキラキラした上級階級の方々が会場に集まってきていた。

ニーナは直接、会場での給仕や裏方の仕事はしない為、ダリルの補佐をする体で会場に連れてきてもらった。
式が始まる前に会場を出たのだが、華やかな飾りつけと料理が並ぶ半面、裏方の目まぐるしい動きを目にし、あの中で仕事をせずに済んで良かったかも…とちょっとだけ思った。

ライアスの身支度にダリルと向かった時、控えておられた花嫁様をチラリと拝見する事も出来て感激した。
銀のサラリとした長い髪が美しく、年齢よりも大人の色気がある方だ。
あと、離れていたのでよく分からなかったが、頭の上に…ぴょこっと見えていたのは……。み、耳?
ううん、見間違いかもしれないし。
後でダリルに聞いてみよう。

ライアス様も一段と素敵だったなぁ…と、頭に甦る姿。

普段は騎士団と同じ格好をされる事も多いので、目の前で正装したお姿を拝めてニーナは興奮気味だった。
普通にメイドの仕事をしていた時は、仕事に追われて華やかな部分をゆっくり眺める気持ちもしなかったので、今日は何から何まで驚く事ばかりだ。

「ニーナ、はぐれないように」

キョロキョロしている姿を見られ、ダリルに心配される始末。
後はライアスから何か指示があるまで、会場から少し離れた所にダリルと並び待機する。

ふと、目の端に見慣れた黒髪が入る。ライアスだった。
会場に入る所の様だ。ダリルとニーナからは声は届かず、遠くから見守る程度。

「あ、ライアスさ……あ…」

小さく呟いたニーナの言葉が途中で途切れたので、不思議に思ったダリルがニーナの方を向いた。
表情が固まったまま、何かを見つめるニーナの視線の先をダリルが追う。

ニーナが見ていたのは、ライアスが美しく着飾ったご令嬢の手を引きエスコートする姿だった。
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