~一章~
「最近の顔色の良さはそういう事だったか」
「報告が後になり申し訳ありません」
ライアスの他に並ぶのは、国の頂点、最高権力者の面々。
両陛下を始め、王太子と王太子妃、結婚を控える第二王子。
ライアスは、最近、自分の身の回りで起きた事を報告しに城に来ていた。
謁見の間では何だか事が大きくなりすぎるし、かと言ってその辺では誰が聞いているか分からないので、お茶会好きな面々の希望により、両陛下の私室テラスでの報告になった。
まあ、十分大事な内容だとライアスは思っているのだが。
「やっと見付けたか…にしても手が早いな」
「まあ、命にも関わる事ですからね、良かったではないか?」
「苦労してらっしゃたものね」
口々にそう話し、頭から否定的ではない様子に少し安心する。
何せ、王太子が言うように命に関わる事とはいえ、生活を共にするのだ、身分の違いを指摘される事は覚悟していた。
使用人なのだから、ダリルの下で働かせ必要な時にだけ呼び寄せるなど、それこそ奴隷に似た扱いを強いられたら…。
愛するニーナに、そんな酷い事が出来る訳がない。
「それでは…」
その声にライアスはドキリとした。
まだ何も発言していない王妃、母上だ。
口をつけていた、お気に入りのティーカップを静かに置き、顔を上げる。
誰もが、その発言に耳を傾けた。
「その、ニーナさんと言ったかしら?」
「は、はい」
「ライアスは、ニーナさんを妻に迎えるつもりなのよね」
「………!」
「だって雷が落ちたのでしょう?」
その場に居る全員が、心の中のどこかで思っていたであろう、妻という言葉に凍りつく。
実際、そう願うライアスも、後に避けては通れない話しだと思っていたが、まさかこんなに早く勝負の時が…。
皆の視線を感じながら、どこから切りだそうとじっと思案していた時。
「この、スノウ印って何だ?」
一番近くに座っていた第二王子ラルドスが、その沈黙を破った。
「ラルドス…お前、わざとなのか空気が読めないのか…何故今なんだ」
「いや、蓋についてる印が…犬なのがどうにも気になって」
今の発言には似合わない、切れ長の鋭い目がライアスに向く。
テーブルの中央に置いてあるのは、丸い二つの薬用のケース。手のひらに乗る位のものだ。
ニーナが作った、傷用と荒れた肌に効くという軟膏で、ライアスが持って来た。
その蓋に、ニーナが作った事を表す印が付けてある。昔、故郷で可愛がっていたスノウという白い犬らしい。
「さすがラルドスと言うべきか、その辺に関しては目敏いな」
「ああ、それは報告を受けている。最近、城で話題に上っている傷薬だろう」
「騎士団の方が重宝しているという?」
「料理長も使用しているとか…とにかく手軽で良く効くんだとか」
ラルドス兄、迷言ナイスです!と心の中で感謝するライアス。
研究塔での事も話すつもりだったので、ちょっと遠回りしながらニーナを分かってもらう事にする。
「それを作ったのはニーナです。淡い緑の軟膏が、おっしゃった傷薬で…」
「まあ、そうなの?じゃあこちらの淡い黄色のは?」
「柑橘の香りが爽やかだわ…」
そういえば、母上はオレンジの香りがお好きだ。父上の血の気の多さに対抗してなのかは分からないが。
ニーナは始め、薔薇の香りにしようと思ったらしく、それをワイナーに相談したが全力で止められた、と話していた。
理由は…追々教えてやるとしよう。
「肌荒れに効くそうで、手荒れや肘、踵などにも…女性に人気です」
「あら、何故私達には持って来ないのよ?」
「まだ試験的でしたので…ご所望であれば届けさせますよ」
女性二人は嬉しそうに頷く。
「ニーナとやらは、このような分野に長けておるのだな」
「はい、ニーナの両親は薬屋で、一緒に作っていたようです。それに、ニーナには精霊の加護があります」
「…ほう?」
普段は聞かない精霊の言葉が飛び出し、皆の顔がライアスの方へ向いた。
「精霊とは…何時ぶりに聞いたかの」
「今、精霊達の力が弱くなっているそうです。ある程度の高い魔力の持ち主にしか見えないのは昔からですが、以前と違い、精霊の方から存在を明かす力がなく、こちらが気付いた場合のみ、姿を現し会話も可能となります」
「ライアスは見えているのか?」
「はい。渡り廊下付近の、クルス兄上の薔薇の側にいるのに気付き…おかげでニーナに辿り着けました」
王太子妃が、きゃあ、と小さく叫ぶ。女性が好みそうな話しだ。
「それは…私の薔薇があってこそか」
「あら、あの辺りは私が手入れしてますのよ」
薔薇に命をかける王太子夫妻が素早く反応する。反応する場所は違うと思うが。
ワイナーの全力反対の答えも、この辺りにある。
「精霊が弱くなっている?」
「それが最近の魔獣の出現にも関係しており、今のままであれば今後、ますます増えるだろうと」
「まあ恐ろしい…」
「精霊の弱体化を防ぎたいところ…か」
クルス兄上の言葉にライアスは頷く。
「ニーナはどう関わってくる?」
「精霊によれば、ニーナが弱体化を止めるカギなのだそうです」
「ほう?」
「まだ詳しくは分かりませんし、ニーナ本人にも伝えていませんが、精霊の王を探し目覚めさせてほしいと」
「精霊の王…が眠っているのか!?」
王が眠りについているなど有り得るのかと、一同驚く。
お伽噺の様な話しだが、精霊の存在を知る王家の面々は、真実として受け入れてくれるだろう。
「して、どう動く?」
「時期を見て…ニーナと精霊と共に、ニーナの故郷、精霊の街へ行ってみようかと」
「そうか。ラルドスの結婚式が終わり次第…という事になりそうだな」
紅茶を口にし、少し落ち着いた様子の父上が、最後に口を開く。
「ニーナの働きによるが…功績次第では、皆が認める存在となるであろう。それならば…願いも叶うやも」
「はい」
「貴方がしっかり護りなさい。大丈夫、きっと上手くいくわ」
両陛下の言葉に、ライアスは改めてニーナを護ることを誓った。