~一章~
ニーナは毎日、ライアスがこちらに来る時に便乗し、薬草園に来ている。
洗濯や掃除など、メイドの仕事もやりながらなのだが、ある程度済めば、ダリルが薬草の世話を優先して良いと言ってくれ、それに甘えさせて貰っている。
姿は見えないが、ここでは精霊と一緒に過ごしている、という気持ちになれて落ち着くのだ。
ワイナーに頼まれた、各薬草の手入れや、落ち葉、落ち枝を取り除いたりと、毎日そこそこに忙しかった。
それに、ニーナが以前回復薬や傷薬を作っていた事も聞いていた様で、一度作ってみてほしいと言われており、今日は合間に足りない薬草を集めたりもしていた。
忙しい方が、気が紛れて良いものである。
ニーナには、幾つか気になる事があった。
精霊様が言っていた、『これから魔獣が増える』
ニーナに今すぐどうこう出来る内容ではないが、ライアスの身にも危険が降りかかるという事だ、気にならない訳がない。
精霊様の力が弱くなっている――これもそれに関係しているらしい。
幼い頃から心の支えだった精霊様の助けになりたい…ライアス様の話では、私が何か出来そうな内容だったけど。
すぐ側に精霊様がいらっしゃるというのに、私には見る事も話す事も出来ない。
…そう考える度、自分の無力さにどうにも情けなさを感じ、大きな溜め息をついた。
「…おや、急に柑橘の匂いが強くなったと思ったら」
振り向くと、ニコニコと笑うワイナーの姿が見え、ニーナは立ち上がった。
「ワイナーさん…お疲れ様です」
「ニーナちゃんの溜め息に、精霊が集まってきたのかな」
溜め息、聞かれてたんだ。
ちょっと恥ずかしくなる。
精霊様にも心配をかけたかもしれない。
「大丈夫だよ。ちゃんとその時になれば導いてくださる。精霊とライアス殿下が」
「……」
何の溜め息なのかバレている。おっとりしてそうで案外鋭いワイナーさん。
「見えないんだから仕方ない。私達は指示を待つだけだ」
「私は力になれるんでしょうか?」
「ニーナちゃんにも何か役割があるんだと思うよ。人にはそれぞれにすべき事がある。背伸びする必要はない」
「ライアス…殿下の役割は、危険が多すぎます」
「すでに殿下の役に立ってるじゃないか」
役に立ってると言われ、癒す為と言えど抱かれている事を思いだし顔が熱くなった。
「で、でも、良い方が見つかるまでですから…っ。今だけの役目で」
ニーナは言った後にハッとした。
ワイナーは私の仕事を何処まで知っているのか。
「殿下の様子を見たら…逆に離してもらえないと思うけど」
「えっ?」
最近の殿下の、健康そのものの姿ときらめいた笑顔がワイナーの目に浮かぶ。
王家の高い魔力は、使い手に負担をかけるのだろうと、なんとなく気付いていた。それなりに魔力を持つ者や、頭が切れる者は気が付く事だ。他言してはならないと、皆分かるから言わないだけ。
ライアス殿下にとって、ニーナはやっと見付けた癒しの相手。
ただ殿下を見ていると、それだけで側に置いている訳ではなさそうだ。
まだニーナには、そんな殿下の気持ちは全て伝わっていないようで。
一方のニーナは、自分の身分を気にしているのだろう。気持ちは分かる。
可愛い女の子が来たと聞いて、10人程の研究員達は色めきだったが、ライアス殿下の様子を見て、それがぴったり無くなった。皆、自分の身が可愛いのだ。
「いや…それでもニーナちゃんの仕事なんだからしっかり務めなくちゃ」
「は、はい…」
「ニーナちゃん、制作中の薬の事で来たんだ。研究塔に来てくれる?」
そうだった、という顔をして頷き、ニーナは歩きながら、今日の薬草の状態をワイナーに報告した。
「助かるよ、時間に少し余裕が持てる様になったんだ。それにニーナちゃんが手入れ始めてから、薬草が生き生きしてる気がするんだよね」
「そうですか…?」
「うん。やっぱり精霊の加護か何かあるのかもね~」
ニーナは両親の事を思い出していた。両親の作った薬は、時に他の街からも注文が入る位人気があった。ニーナが一人で作った薬も、精霊様のおかげだったのかもしれない。
ああ、本当に感謝するばかりだ。
ワイナーの話しを聞くと、騎士団から、いつまた魔獣の討伐に出向くか分からないため、回復薬は勿論、傷に直接塗れる軟膏のリクエストもあったんだそう。
ニーナの傷薬は軟膏タイプだった為、効果を見てみたいという内容だった。
作りかけた傷薬は、あと仕上げだけだったので、明日には使用出来そうだと伝え、作業に取り掛かった。
出来上がった頃、騎士団と散々剣の稽古をしてきた様子のライアスが城から戻り、傷薬を見るや、ニーナの方が労をねぎらわれた。
「ライアス様の方がお疲れなのに」
「俺のはいつもの事だ」
ライアスがニーナを抱き締め動かなくなった為、ワイナーが早く帰ってくださいと、力一杯背中を押し締め出した。