~一章~


ニーナは、ライアスとダリルと一緒に、研究塔と城の間にある薬草園に来ていた。
想像以上の広さで、薬草の種類も豊富だ。初めて見るものもあった。
これだけの広さと種類、手伝ってほしいと言われるのには納得だ。

城の方向に向かい少し先まで行くと、小規模だが自然豊かな森に繋がっている。その森を抜けると、城の側に出るのだが、この森があるために徒歩では少し遠く、城に上がる時は馬や馬車を使用する。
城の周りには更に見事な薔薇が連なり、その外側を森のような木の群集が囲んでいるのだ。
通称「薔薇城」とか「森の城」など言われている。
ニーナは外部からの攻撃に備えての事なのだろうと思っていた。

「城に、薔薇に命を捧げる男と、自然豊かな場所が好きな、変わった夫婦が居るのさ」

ライアスが少し楽しそうに、更に
その内に紹介する、と笑った。


薬草園を管理しているのは、研究塔の職員で、ポーションや薬なども作っている、ワイナーという男性だった。
若いがライアスよりは年上の様だ。癖のあるグレーの髪で、無頓着なのかあちこち絡まったままになっている。
細身の身体でも、それなりに力仕事をこなしているのだろう。
同じ細身でも実は鍛え上げられているダリル程ではないが、これだけの薬草園を管理しているのだから。
他にも手伝ってくれる職員はいるが常時ではなく、助手が欲しいとずっと願っていたそうで、ニーナを歓迎してくれた。
ワイナーは笑うと目尻が下がり可愛らしい。

「はじめまして…いやぁ、助手を連れてくるって仰ってたけど、まさか可愛らしい女の子だとは…」
「ニーナといいます、よろしくお願いいたします」
「うん、よろしく。けっこう体力いるけど大丈夫?」

挨拶を交わす二人の後ろに、腕を組んでじっと立っているライアス。
鋭い視線を感じたワイナーは苦笑いした。

「殿下~怖いですよ。おやおや、ニーナちゃんが大事なんですねぇ」
「必要な事以外の会話禁止!」
「もう、手は出しませんって。殿下がそこまで言う程の女の子なんだから信頼出来るのでしょう…ありがとうございます」
「……ニーナは故郷で薬草を育てていたからな」
「それは頼もしい!」

ライアスは怒ってるような恥ずかしいような、複雑な顔をしていた。

『やっと連れて来たか!』
『ニーナ嬉しそうだね』

突然の精霊の声に、もちろん気が付いたのはライアスだけ。
急に空を見上げたライアスを、ニーナは不思議そうに見た。

「ああ、遅くなってすまん。これからよろしく頼む」
『いいよ。そっちもな』

更に誰かに話しかけるライアスに、ニーナは目を丸くし、ワイナーも何事かと注目する。

「ひょっとして…精霊様?」
「…精霊!?」
「そこにいらっしゃるの!?」

ライアスと同じ空を見上げるニーナには見えないのだが、興奮してライアスの腕を掴む。
そんな二ーナが可愛らしく、ライアスは満面の笑みになった。

「精霊が二人。よく薬草園に来てる。もちろんニーナの所にも毎日来てるぞ」
「ライアス様はいつも会えていいなぁ…会話も出来るなんて凄い」
「本当なら、ニーナにも見えて話せるはずなんだ」
「そうなのですか?」

精霊という言葉に反応していたワイナーも興奮気味だった。

「ちょ、ちょっと殿下、精霊がいるんですか!?」
「ああ、お前にはその内に話さなくてはと思っていたんだが…」

ライアスが話し終わるのを待たずに、ワイナーは手をぽんっと叩いた。

「あの匂いはやっぱり精霊だったのか…!」
「匂い?」
『臭い!?』

臭うなんて精霊に向かって失礼な、とリリとルルが抗議している。
それをライアスから聞いたワイナーは慌てて訂正する。

「いやいや、そんなクサイとかではなくて…僕、小さい頃からそういうのに敏感?なのかな」
「そういうのって?」
「はあ、いわゆる…幽霊とか、実態のないもの、色々ですよ」

幽霊じゃない!とまたまたルルとリリから抗議文が届く。

「人じゃないものが、見えるまではいかないけど匂うんです。最近ここで作業してたら、やたら何か匂いがして何だろうって…」
「どんな匂いがするんだ?」
「うーん、レモンとかオレンジとか…柑橘の香りに近いかな」
「爽やかですねぇ!さすが精霊様」

ニーナがそう言うならそうだな、とライアスも頷く。

「そんなのが分かるなんて…きっと薬草の匂いとかも細かく嗅ぎわけてるんですね、ワイナーさん凄いです!」

とにかく何かと感激するニーナ、それを微笑ましく見守る男二人と、見えていないが精霊二人。
ワイナーは若干引きながら、ありがとうとお礼を言った。

『ワイナーとやら、なんでやっぱり精霊かって思ったんだ?』

ライアスが間に入り会話を繋げる。

「いや、以前、精霊の街って言われる街に行った事があって」
「あれ?ひょっとしたら私の故郷かも知れませんね」
「そうなのかい?王都から東にずっと行った、山合いの街です」

じゃあやっぱりそうかも、とニーナが頷く。

「その街ではずっと、同じ柑橘の様な匂いがしてましたよ。精霊の街だから、ひょっとしてと思ってました」
「住人にも分からないのに…」

ちょっと寂しそうな表情のニーナ。
余程、ワイナーの能力は強いのか珍しいのか。

「ニーナ達の方が普通なんだ。数百年前位から人には精霊達が見えなくなったらしい」
「…何故なのでしょうか」
「人々の目にフィルターがかかったような感じ…らしいが」

確かに精霊の街とはいえ、見える人はいなかった。

「精霊が見えなくなると、人々は精霊を忘れ去ってしまう。そうしたら恩恵を受けられなくなるし、何かあっても助けてもらえない」
「何か、とは?」
『最近、魔獣の被害が増えただろう?』

ライアスは精霊の言葉に難しい表情で頷いた。

『精霊の力も弱まっている今、今後も被害は増える一方だ』

ライアスが騎士達と討伐に出向いている事はニーナも以前から知っていたが、そんなに深刻な状況になりつつあるとは思っていなかった。
10/20ページ
スキ