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不憫なおっさんの優雅な憂鬱。

ある麗らかな午後の一時。
人気の少ない屋敷の一室に二人の男が机を挟んでお互いを睨んでいた。

「ヴァディン。お前騙されてるぞ。」

そう言いながら不機嫌そうな表情を隠しもせず、その暗い銀髪をかきあげる。
髪と同じ暗い銀の瞳は未だ不機嫌なまま、目の前の男を見ていた。

「そんな事はない。これを着ると人間でも私達のような力が出せる筈だ。ダナスこそ、固定概念に囚われて真実が見えていないのだ。」

吸い込まれるような漆黒の長髪を鬱陶し気に払い、その真紅の双眸がまた相手を睨む。
同じようなやり取りを暫く続けたのだろう。
お互い、苛立ちは全く隠せそうもない。


何故二人がそんなにも睨み合う事になったのか。
それは二人の間の机上にある二着の服が原因だった。


発端はその日の午前中に起こった。
朗らかな休日の朝。
朝と言うには少しばかり遅いだろうか?
何の気なしにいつもダナスが観ていた"てれび"を眺めていたヴァディン。
顔の半分を目が覆い尽くす人間もいるのかと考えていたら、その人間が跳ぶは蹴るはの大暴れ。
ぽかん…と見入っていると、知人から預かった子供が興奮気味に話し掛けてくる。

「なぁなぁヴァディンおいたん。」

「どうした?イルナ。腹が減ったのか?」

「んーん。イーナね、大きくなったらぷーきあなるんらよ。」

「ぷーきあ?」

「んーん。こえ(これ)。」

イルナが指さす先には、先程ヴァディンが見入っていた"てれび"があった。

「ほぅ。これか。」

「うん!イーナ、ママにおよふく作ってもらったんらよ?つおくなるの。」

「ほぅ。服を着ると強くなるのか?」

「うん!イーナのママ、かがくちゃだからな。」

小さな胸を張って、鼻を高くする幼女。
その様子を見て、面白そうに目を細める。
それを見たイルナが、気分を良くして語り始めた。

「イーナのママはなんでもちゅくれるんらから。ママ、しゅごいんらから!」

「そうか。…そういえば最近ダナスが強い装備が欲しいとぼやいていたな。」

ふと空を見つめて思い返すように視線をあげる。
今度はイルナがニィっと唇を歪ませ、愉快そうにコロコロと笑った。

「じゃあイーナがママに頼んであげゆよ!ママ、イーナのお願いなんでもきいてくれりゅんだから!」

「そうか!ダナスも喜ぶ事だろう。」

「うん!」

よし来た、とばかりに部屋を出て、母の元に向かうイルナを見送り、ヴァディンは机に向かった。
机の引き出しを開き、紙とペンと封筒を取り出した。

「今日の午後、来い…と。これで良かろう。」

手紙を書き終わると、封筒に入れ、蜜蝋で封をする。
すると、封筒はみるみる形を変え、一羽の鳥となり羽ばたいて消えた。



そして今に至るのである。
イルナの母親は嬉嬉としてダナスの装備を作り、ついでにヴァディンの分の装備まで作って見せた。
「大したことないよー」と謙遜を挟み、「ダナスくんが着たらすぐ呼んでね」と一言残して彼女は消えてしまったが、きっと屋敷のどこかには居るのだろう。
なにせ彼女は姿を消す事が出来る。
居ても全くわからないのだ。


それより。
今は目の前の問題を片付けたい。
そう、この特別仕様の装備だ。
午前中に見た"てれび"の中にいた人間が着て強くなった衣装がここにある。
これでダナスも喜ぶだろうと思っていたが、何が気に入らないのか全くわからない。
"てれび"で見た衣装と寸分たがわぬ装備を忌々しげに睨みつけるダナスに「一体何がそんなに嫌なんだ?」ときいてみることにした。

「ダナスは何がそんなに気に入らないのだ?お前の為に幼いイルナがブラドに頼んでくれたのだぞ?それだけでも感謝して良い位だ。それをこんな…無碍にしおって…」

ダナスの様子を見つつ、吐息とともに腕を組んで椅子の背もたれに寄り掛かる。
うっ…と軽く呻いて苦しそうに目を閉じたダナスだが、それでも、とヴァディンを睨み上げる。

「お前はわかってねぇ。イルナはブラドの愛娘だぞ?あの性悪女の!」

苛立ちを抑えきれず、机に思い切り拳を叩き付ける。
一瞬の間を置き、ヴァディンの口から深い深い溜息が漏れ、次の瞬間、ダナスの背筋が凍りついた。
ヴァディンの真紅の双眸がダナスを捉え、捉えられたの銀の瞳はその真紅から逃げられなくなっていた。

「性悪だと?確かにブラドはしょうもなく悪戯者だが、今回ばかりはお前の為にと急いで作ってくれたのだぞ?よくも…私はお前をそんな子に育てた覚えはないぞ!!」

「っ…!育てられた覚えもねぇよ!!」

全身は恐怖に震えていたが、これだけはと気力を振り絞って叫ぶ。
ダナスに親はいないが、ヴァディンに育てられた事等一度もないのだ。
そもそも、ヴァディンと出会ったのも成人して暫く経ってからだった。
寧ろ、様々な事に頓着のないヴァディンの世話を焼きすぎている自覚がある。

「もうよい。面倒だ。」

そう一言。
机上の装備を手に取り、反対の白い手を軽く振って立ち上がった。
やっと諦めたかとダナスがほっと一息つくと、目の前の机が真っ二つに割れた。
驚いている暇もなく、今度はダナスが身につけている布という布が細切れになって床に落ちていく。

「なっ…!なぁっ!?」

「全く手間のかかる子供だ。着替えも己で出来ぬとは…今回だけだぞ?」

妙に優しげな声に、耳からゾクゾクと背筋を何かが伝っていった。

(こいつ…魅了を…!)

「ほらほら、腕を貸してみろ。私が直々に着替えさせてやる。」

「っ…!!」

ヴァディンに囁かれる度に、妙な感覚が次第にダナスの精神を蝕む。
もう、いいか…と一瞬考えてはっと我に返った。
軽く舌を噛むと、閉じる事もままならない口の端から少し血が漏れたが、頭は冴えてきた。

「このっ!卑怯だぞ!」

「卑怯?なんの事だ?よいから脚を上げろ。ほら。」

(そうだった。コイツ魅了は勝手に漏れるんだった…)

「ほら、出来たぞ。どうだ?強くなったか?」

満足気にヴァディンが笑う。
どことなく嬉しそうだ。
そんな事より魅了が解けたようで、身体の自由が戻ったダナスは気になって仕方なかった股間を急いで隠した。
下着も既にヴァディンよってバラバラにされてしまったが故に、隠す物が手しかなかったのだ。

「てんめぇ…覚えとけよ!あと!前も言っただろうが!魅了が…!」

「あぁ、すまぬ。また漏れていたか?ふむ。女でも攫ってこようか?それとも自分で処理するか?ああ、責任を取って私が…」

「いらねぇよ!!!やめろ!馬鹿野郎!くっそ…!」

座り込むダナスに申し訳なさそうに手を伸ばしたが、払いのけられてしまった。
にぎにぎと手を動かしてみたが、それすらも癇に障るらしい。
ヴァディンは一つ溜息をついて気を取り直す事にした。

「で、どうなんだ?強くなったのか?」

「知らねえよ!」

「ふむ。どれ、私も着てみよう。」

「はぁっ!?」

いそいそと装備を持って身体にあて、するりと撫でるとすでに着替えは終わっていた。
ヒラヒラとした薄い生地がピタリとヴァディンの身体に添う。

「ふむ。ブラドの言っていた通りだな。こうやって撫でれば衣装が替わると言っていたのだ。どうだ?似合うか?」

「似合うかって…いや、まぁ不思議と物凄く似合ってんだが…」

「そうか?ふむ。」

カツカツと踵を鳴らし、軽く跳んだり物凄い速さの蹴りを出したりするヴァディンをぽかんと見つめるダナス。
その時、今の今迄何も無かった空間に蒼髪の女が滲み出てきた。
じわりと頭の先から浮かび上がるように姿を現した女がもう堪え切れないとばかりに笑いだした。

「あっは!あっはっはっは!!イーッヒッヒッヒッ!!ダナス君、似合い過ぎぃー!」

「いひひひひひ!!ダナスおいちゃ、ぷーきあ!!ぷーきあ!!」

女の脚にしがみついてイルナですら大笑いである。
はっと自分のあられも無い姿を思い出し、キッと女を睨みつけた。

「てんめぇブラド!!お前わかってんだろうなぁ!!」

「んー?なぁにがぁ?ぼかぁただダナス君が強い装備を欲しがってるからそのこすぷ…衣装を作ってって僕の可愛いイルナちゃんにお願いされたから作っただけだよぉ?」

「ダナスおいちゃ、つおくなった?イーナはつおくなったんらお!」

「っ…!!くっそぉ…!」

「わぉ。そんなに泣く程喜んで貰えるなんて作ったかいがあるよー」

ニヤニヤと笑みを浮かべてダナスの頭を撫で回すブラドの手を払い、より一層睨み上げる。

「喜ぶわけがあるか!後で覚えときやがれ!!」

「ふーん。そんな事言っちゃっていいんだぁ?…イルナちゃん。やっておしまい。」

「あいあいちゃー!」

イルナは、肩から掛けた小さな小さなポシェットからその容量には全く見合わない大きなカメラを取り出した。

「おーダナスおいちゃ、かぁいいよぉー!こっち向いてみおーかー?」

「なっ!やめろ!馬鹿!!」

「わーい!ダナス君。わかってるよねぇ?」

「…!っ!っ!………はい…嬉しいです…」

「イーッヒッヒッヒッ!」

ある麗らかな午後の一時。
庭ではヴァディンとイルナがぷーきあごっこと言いつつ屋敷を破壊せんばかりに暴れ、自分はブラドに逆らえなくなっている。
ダナスの悔し涙に気が付く味方は誰一人居なかった。








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