その日は雨だった。
その日は雨だった。
酷い大雨で、馬車の車輪が泥濘に嵌まり館に帰る事は叶わず、近くにある村で一泊せざるを得なかった。
(仕方がない…)
軽く舌を鳴らしたのは漆黒を身に纏う男だった。
豪奢な馬車から従者らしき老人が降り、御者に馬を頼む。
その後に続いて漆黒の髪を鬱陶し気に括りながら身なりの良い男が出てきた。
雨だからだろうか、大きな帽子を傘代わりに被っているので、顔は半分程しか見えない。
「ヴァディン様。お足元が悪ぅ御座います。私めが先を行きますので足を滑らせぬようお気をつけ下さい。」
「ああ。わかった。爺も無理をするでないぞ?もう歳なのだろう?」
「ほっほっ…爺は山育ちですからの。大丈夫ですわい。」
「…まぁ、無理はするな。」
そのまま村の方向に歩いて行く。
幸い村は目と鼻の先だ。
大して苦労もせずに辿り着けるだろう。
幾度も踏まれ、草木が生えなくなったであろう小道をスイスイと縫っていくと、ふと男は振り返る。
背後をじっと見つめていたかと思うとサッと向きを変え茂みの中を進み始めた。
「!?…ヴァディン様、如何なされましたか?」
「こちらから子供の泣き声がする。怪我でもして動けないのかもしれんな。」
「爺が見て参ります。」
「いや、爺は危険だ。私が行って来よう。人間はすぐに怪我をしたり死んでしまったりするからな。」
「…。わかりました。私はここでお待ちしております。」
「いや、先に村に行って宿をとってくれないか?この雨だ、きっと濡れているだろう?温めてやらねばなるまい。」
「畏まりました。お気をつけていってらっしゃいませ。」
老人がにこりと微笑み、小道を進みだすのを確認すると、ヴァディンは茂みを進みだした。
微かに鼻を啜る音が聞こえる。
常人であれば聞き逃したであろうその音は、彼にははっきりと聞こえる。
(これも混血故なのであろう…)
生い茂った雑草を掻き分けながら進むと、開けた場所に出た。
大き目の木が中心に聳え立ち、その根元で小さな薄汚れた物が微かに蠢いている。
戸惑う事なく近付き、覗き込んでみると、それはまだ小さい少年だった。
「こんな所で何をしている?」
「!?………。」
少年は見知らぬ男にたじろいたものの、じっと膝を抱えて黙り込んだ。
目には薄っすら涙がたまっているのが見える。
ヴァディンが小さく溜息を吐くと、少年は小さく震え、ヴァディンの様子を伺った。
少年を観察してみると、まだ5.6歳くらいだろうか?
威嚇するように睨んでいるが、酷く怯えているらしい。
ヴァディンが少し動くだけでビクビクと体を震わせていた。
「怖がらなくて良い。危害を加えるつもりは無い。」
ヴァディンはそう言うと、少年の隣に腰かけた。
少年はより一層警戒を強めたが、特に何か攻撃する訳でもないらしい。
「私はヴァディンだ。この近くで馬車の車輪が嵌まってしまってな。これから近くの村で雨宿りをする予定だ。」
「…。」
「…少年よ。お前、怪我をしているのか?」
「!?」
「案ずるな。危害を加えるつもりは無いと言っただろう?」
そう言って、掌をヒラヒラと振って少年を見つめると、ヴァディンの様子に少し安堵したのか少年が口を開いた。
「…俺は、ダナスだ。」
「そうか。ならばダナス。お前はここで何をしているんだ?」
「…追いかけられて……逃げてきた…けど……」
ダナスはぎゅっと拳を握りしめ、眉を寄せた。
涙が溜まり、零れ落ちそうな程に潤んだ瞳には、悲しみや苦しみよりも憎悪が見て取れた。
「…何かあったのだな?…。良い。その話は後程詳しく聞こう。今はお前の怪我が最優先だ。私と一緒に村に行くか?」
「…。いい。もしかしたらアイツ等村にいるかもしれない。そしたらあんたも殺されるかもしれない。」
「ああ、それは心配せずとも良い。私はこう見えて強いのだ。」
「…。そんなに細いのに?」
「ああ。」
「俺を追って来た奴はあんたの三倍位強そうだった。」
「そうか。だが、大丈夫だ。」
「どうしてさ?」
「私はそこいらの人間とは違うからな。…ほら。」
疑わしそうにヴァディンを見つめるダナスに一芸を披露しようとヴァディンが指を差し出す。
その指先に大きな火が灯った。
ダナスは驚き、ヴァディンと火を交互に見比べる。
「おっさん、魔法使いだったのか?」
「魔法使いでは無いがな。似たような物だ。」
「へぇ・・・なぁ、おっさん。俺も魔法、使えるかな?」
「ん?魔力はあるようだ。全く使えない訳では無いと思うぞ?」
「ほんとに!?」
「ああ。どんな事が出来るかは分からぬが・・・」
「やった!おっさん俺に教えてくれよ!」
「良いぞ?ではその為にもお前の怪我をどうにかせんとな。一旦私の所に来なさい。お前が帰りたい場所があるなら治してから送って行こう。」
「・・・家は、もう、無い・・・」
「・・・そうか。ならば私の所に来るか?」
「!?」
「私には家族が居らぬ。使用人はいるが、家族のようにはしてくれなんだ。」
「・・・良いのか?」
「ああ。お前さえ良ければな。」
「・・・おっさん、ありがとう・・・俺、おっさんと・・・」
ダナスが顔を上げてへにゃりと笑うと、一言を言いきらぬまま身を投げ出した。
怪我の痛みや緊張を我慢していたのだろう。
そのまま意識を手放した。
すかさずヴァディンが受け止め、ダナスを覗き込む。
「可哀想に・・・とりあえず宿に行かねばな。」
ヴァディンは自らの外套をダナスに巻き付け、横抱きに抱え上げると、宿までダナスを揺らさぬよう静かに駆けて行った。
暫くすると村に辿り着き、村の入口では従者が待っていた。
ヴァディンを確認するとすぐに駆け寄り、腕の中の小さな塊に視線を落とす。
「おや、これはいけませんな。ヴァディン様、お早く宿へ参りましょう。」
「そうだな。案内を頼む。」
「かしこまりました。」
「ああ、そうだ。この子はお前の弟分になりそうだ。」
「・・・。かしこまりました。私めが教育致しましょう。」
「頼む。それと、この子は魔法が使いたいそうだ。」
「ほう!魔力があるのですな。これは期待出来そうですわい。」
談笑しながら少し歩くと、小さな宿に辿り着いた。
中に入ると女将が大きな桶にお湯を張って待っていた。
「おやまぁっ!!子供とは聞いていたけどこんなに小さい子だったのかい!?可哀想に、早く温めてやんな!」
女将が無造作にダナスを受け取ろうとすると、ヴァディンがするりと避け、傘変わりの帽子を外して微笑んだ。
そこには見事な黒髪と、真っ赤で宝石のような瞳が印象的な美しい男が微笑んでいた。
「申し訳無い、この子は怪我をしているみたいなんだ。多分、足だと思うのだが・・・」
「ま、まぁ・・・そりゃ悪かったね。見せてご覧。」
ヴァディンの顔を見て驚きつつも、女将はダナスを受け取り、慎重に服を脱がせて優しく洗っていく。
「…。この子…多分足が折れてるね?少し熱もあるようだし、息も浅いみたいだ。」
「嗚呼…やはり。可哀想に…爺、治せるだろうか?」
「骨折位なんと言う事はありませぬ。爺に任せておいて下され。」
「頼んだ。」
「じゃあアタシは医者を呼んでくるよ。お客さんはちょっと待っておいておくれ。」
「いや、爺が治せるそうだ。すぐに治るであろう。」
ヴァディンがそう言うのと同時に、従者がダナスの足に手を翳し目をつむると、手を翳した所が淡く光り、暫くすると光は収まりダナスの足は綺麗に治っていた。
周りにあった切り傷も消えていた。
「あらまぁ驚いた!あんた魔法使いかい!?」
「儂はこれのおかげで拾って貰えたんじゃよ。このお方にな。」
従者がヴァディンを見ながら微笑むと、宿の女将は更に驚いてヴァディンを凝視した。
「あんた回復術師を雇えるようなご身分かい!?どっかの坊ちゃんだろうとは思ってたけど、一体…!」
「ふむ。それは今はどうでも良かろう。まずはこの子を休ませてやらねばな。女将、この子が起きた時に温かいスープをお願いしても良いだろうか?多分、暫く食べていないだろうからな…」
「あらま…随分優しいお偉いさんだね?金持ちとお偉いさんってのは偉そうにしているもんかと思ってたけど…あんたを見る限りそんな奴ばっかでもないのかもしれないねぇ。前に雨宿りに来た貴族は酷いもんだったよ!」
「あまり酷いようなら嘆願書を出すと良い。領主宛てに出せば…」
「あーあたしゃまだ命は惜しいんだよ。ここの領主はかの恐ろしい北の領主だよ!?そんな事した日にはきっとあたしゃ即日死刑さね。」
「…。そうか…だが、私もいくらか顔が利く。女将の名前は出さないから困ってる事があれば滞在中に教えてくれ。」
「あんた本当に良い男だね?さ!そろそろお湯も冷めてくるだろう。坊やを部屋へ連れてってやんな!」
「ヴァディン様、女将の言う通りです。お早く休ませてあげませんと…私めがこの子を連れて行きましょう。」
「いや、目を覚ました時に知らぬ顔では驚くだろう。私が面倒を見る。何かあったら呼ぼう。」
「かしこまりました。」
女将が満面の笑みで背中を押してくれたので、ヴァディンはダナスを抱きかかえてこの宿で一番上等な部屋に入って行く。
ここいらの宿だと相当綺麗な部屋だろう。
そこに置かれた少し大きめのベッドにダナスを寝かせると、荷物から自分のシャツを一枚出してダナスに着せた。
そのままベッドに寝かしつけると、部屋にあるシャワー室で簡単に身体を洗い、自らも着替えを済ませる。
隣の部屋では従者の部屋があるので何かあればすぐに呼べるだろう。
ヴァディンはダナスと一緒に横になり、ダナスの背後から彼を抱き締め、温めるように手を握った。
酷い大雨で、馬車の車輪が泥濘に嵌まり館に帰る事は叶わず、近くにある村で一泊せざるを得なかった。
(仕方がない…)
軽く舌を鳴らしたのは漆黒を身に纏う男だった。
豪奢な馬車から従者らしき老人が降り、御者に馬を頼む。
その後に続いて漆黒の髪を鬱陶し気に括りながら身なりの良い男が出てきた。
雨だからだろうか、大きな帽子を傘代わりに被っているので、顔は半分程しか見えない。
「ヴァディン様。お足元が悪ぅ御座います。私めが先を行きますので足を滑らせぬようお気をつけ下さい。」
「ああ。わかった。爺も無理をするでないぞ?もう歳なのだろう?」
「ほっほっ…爺は山育ちですからの。大丈夫ですわい。」
「…まぁ、無理はするな。」
そのまま村の方向に歩いて行く。
幸い村は目と鼻の先だ。
大して苦労もせずに辿り着けるだろう。
幾度も踏まれ、草木が生えなくなったであろう小道をスイスイと縫っていくと、ふと男は振り返る。
背後をじっと見つめていたかと思うとサッと向きを変え茂みの中を進み始めた。
「!?…ヴァディン様、如何なされましたか?」
「こちらから子供の泣き声がする。怪我でもして動けないのかもしれんな。」
「爺が見て参ります。」
「いや、爺は危険だ。私が行って来よう。人間はすぐに怪我をしたり死んでしまったりするからな。」
「…。わかりました。私はここでお待ちしております。」
「いや、先に村に行って宿をとってくれないか?この雨だ、きっと濡れているだろう?温めてやらねばなるまい。」
「畏まりました。お気をつけていってらっしゃいませ。」
老人がにこりと微笑み、小道を進みだすのを確認すると、ヴァディンは茂みを進みだした。
微かに鼻を啜る音が聞こえる。
常人であれば聞き逃したであろうその音は、彼にははっきりと聞こえる。
(これも混血故なのであろう…)
生い茂った雑草を掻き分けながら進むと、開けた場所に出た。
大き目の木が中心に聳え立ち、その根元で小さな薄汚れた物が微かに蠢いている。
戸惑う事なく近付き、覗き込んでみると、それはまだ小さい少年だった。
「こんな所で何をしている?」
「!?………。」
少年は見知らぬ男にたじろいたものの、じっと膝を抱えて黙り込んだ。
目には薄っすら涙がたまっているのが見える。
ヴァディンが小さく溜息を吐くと、少年は小さく震え、ヴァディンの様子を伺った。
少年を観察してみると、まだ5.6歳くらいだろうか?
威嚇するように睨んでいるが、酷く怯えているらしい。
ヴァディンが少し動くだけでビクビクと体を震わせていた。
「怖がらなくて良い。危害を加えるつもりは無い。」
ヴァディンはそう言うと、少年の隣に腰かけた。
少年はより一層警戒を強めたが、特に何か攻撃する訳でもないらしい。
「私はヴァディンだ。この近くで馬車の車輪が嵌まってしまってな。これから近くの村で雨宿りをする予定だ。」
「…。」
「…少年よ。お前、怪我をしているのか?」
「!?」
「案ずるな。危害を加えるつもりは無いと言っただろう?」
そう言って、掌をヒラヒラと振って少年を見つめると、ヴァディンの様子に少し安堵したのか少年が口を開いた。
「…俺は、ダナスだ。」
「そうか。ならばダナス。お前はここで何をしているんだ?」
「…追いかけられて……逃げてきた…けど……」
ダナスはぎゅっと拳を握りしめ、眉を寄せた。
涙が溜まり、零れ落ちそうな程に潤んだ瞳には、悲しみや苦しみよりも憎悪が見て取れた。
「…何かあったのだな?…。良い。その話は後程詳しく聞こう。今はお前の怪我が最優先だ。私と一緒に村に行くか?」
「…。いい。もしかしたらアイツ等村にいるかもしれない。そしたらあんたも殺されるかもしれない。」
「ああ、それは心配せずとも良い。私はこう見えて強いのだ。」
「…。そんなに細いのに?」
「ああ。」
「俺を追って来た奴はあんたの三倍位強そうだった。」
「そうか。だが、大丈夫だ。」
「どうしてさ?」
「私はそこいらの人間とは違うからな。…ほら。」
疑わしそうにヴァディンを見つめるダナスに一芸を披露しようとヴァディンが指を差し出す。
その指先に大きな火が灯った。
ダナスは驚き、ヴァディンと火を交互に見比べる。
「おっさん、魔法使いだったのか?」
「魔法使いでは無いがな。似たような物だ。」
「へぇ・・・なぁ、おっさん。俺も魔法、使えるかな?」
「ん?魔力はあるようだ。全く使えない訳では無いと思うぞ?」
「ほんとに!?」
「ああ。どんな事が出来るかは分からぬが・・・」
「やった!おっさん俺に教えてくれよ!」
「良いぞ?ではその為にもお前の怪我をどうにかせんとな。一旦私の所に来なさい。お前が帰りたい場所があるなら治してから送って行こう。」
「・・・家は、もう、無い・・・」
「・・・そうか。ならば私の所に来るか?」
「!?」
「私には家族が居らぬ。使用人はいるが、家族のようにはしてくれなんだ。」
「・・・良いのか?」
「ああ。お前さえ良ければな。」
「・・・おっさん、ありがとう・・・俺、おっさんと・・・」
ダナスが顔を上げてへにゃりと笑うと、一言を言いきらぬまま身を投げ出した。
怪我の痛みや緊張を我慢していたのだろう。
そのまま意識を手放した。
すかさずヴァディンが受け止め、ダナスを覗き込む。
「可哀想に・・・とりあえず宿に行かねばな。」
ヴァディンは自らの外套をダナスに巻き付け、横抱きに抱え上げると、宿までダナスを揺らさぬよう静かに駆けて行った。
暫くすると村に辿り着き、村の入口では従者が待っていた。
ヴァディンを確認するとすぐに駆け寄り、腕の中の小さな塊に視線を落とす。
「おや、これはいけませんな。ヴァディン様、お早く宿へ参りましょう。」
「そうだな。案内を頼む。」
「かしこまりました。」
「ああ、そうだ。この子はお前の弟分になりそうだ。」
「・・・。かしこまりました。私めが教育致しましょう。」
「頼む。それと、この子は魔法が使いたいそうだ。」
「ほう!魔力があるのですな。これは期待出来そうですわい。」
談笑しながら少し歩くと、小さな宿に辿り着いた。
中に入ると女将が大きな桶にお湯を張って待っていた。
「おやまぁっ!!子供とは聞いていたけどこんなに小さい子だったのかい!?可哀想に、早く温めてやんな!」
女将が無造作にダナスを受け取ろうとすると、ヴァディンがするりと避け、傘変わりの帽子を外して微笑んだ。
そこには見事な黒髪と、真っ赤で宝石のような瞳が印象的な美しい男が微笑んでいた。
「申し訳無い、この子は怪我をしているみたいなんだ。多分、足だと思うのだが・・・」
「ま、まぁ・・・そりゃ悪かったね。見せてご覧。」
ヴァディンの顔を見て驚きつつも、女将はダナスを受け取り、慎重に服を脱がせて優しく洗っていく。
「…。この子…多分足が折れてるね?少し熱もあるようだし、息も浅いみたいだ。」
「嗚呼…やはり。可哀想に…爺、治せるだろうか?」
「骨折位なんと言う事はありませぬ。爺に任せておいて下され。」
「頼んだ。」
「じゃあアタシは医者を呼んでくるよ。お客さんはちょっと待っておいておくれ。」
「いや、爺が治せるそうだ。すぐに治るであろう。」
ヴァディンがそう言うのと同時に、従者がダナスの足に手を翳し目をつむると、手を翳した所が淡く光り、暫くすると光は収まりダナスの足は綺麗に治っていた。
周りにあった切り傷も消えていた。
「あらまぁ驚いた!あんた魔法使いかい!?」
「儂はこれのおかげで拾って貰えたんじゃよ。このお方にな。」
従者がヴァディンを見ながら微笑むと、宿の女将は更に驚いてヴァディンを凝視した。
「あんた回復術師を雇えるようなご身分かい!?どっかの坊ちゃんだろうとは思ってたけど、一体…!」
「ふむ。それは今はどうでも良かろう。まずはこの子を休ませてやらねばな。女将、この子が起きた時に温かいスープをお願いしても良いだろうか?多分、暫く食べていないだろうからな…」
「あらま…随分優しいお偉いさんだね?金持ちとお偉いさんってのは偉そうにしているもんかと思ってたけど…あんたを見る限りそんな奴ばっかでもないのかもしれないねぇ。前に雨宿りに来た貴族は酷いもんだったよ!」
「あまり酷いようなら嘆願書を出すと良い。領主宛てに出せば…」
「あーあたしゃまだ命は惜しいんだよ。ここの領主はかの恐ろしい北の領主だよ!?そんな事した日にはきっとあたしゃ即日死刑さね。」
「…。そうか…だが、私もいくらか顔が利く。女将の名前は出さないから困ってる事があれば滞在中に教えてくれ。」
「あんた本当に良い男だね?さ!そろそろお湯も冷めてくるだろう。坊やを部屋へ連れてってやんな!」
「ヴァディン様、女将の言う通りです。お早く休ませてあげませんと…私めがこの子を連れて行きましょう。」
「いや、目を覚ました時に知らぬ顔では驚くだろう。私が面倒を見る。何かあったら呼ぼう。」
「かしこまりました。」
女将が満面の笑みで背中を押してくれたので、ヴァディンはダナスを抱きかかえてこの宿で一番上等な部屋に入って行く。
ここいらの宿だと相当綺麗な部屋だろう。
そこに置かれた少し大きめのベッドにダナスを寝かせると、荷物から自分のシャツを一枚出してダナスに着せた。
そのままベッドに寝かしつけると、部屋にあるシャワー室で簡単に身体を洗い、自らも着替えを済ませる。
隣の部屋では従者の部屋があるので何かあればすぐに呼べるだろう。
ヴァディンはダナスと一緒に横になり、ダナスの背後から彼を抱き締め、温めるように手を握った。
1/3ページ