その一日は紅色の唇。
暗い部屋の雑然とした空間の中、中央の作業机には様々な薬品がフラスコで並び、椅子に座る妖艶とも言えよう蒼暗い髪の持ち主がふと顔を上げた。
「おや…?珍しい。僕にお客さんかねぇ?セディを呼びたかったのかな?ヒヒッ!たまには遊んであげようかねぇ。」
ギッと椅子の軋む音を立てて立ち上がり、フラフラと部屋を後にする。
広い廊下に出て漂う様に進むと、そこは明るいキッチンだった。
キッチンで調理する赤黒い髪を一房摘み、軽く引くと、男が振り返った。
「やぁフェル君。元気ぃ?」
「あ、ブラドさん。お疲れ様です。お腹空きましたか?」
「いんやぁ?僕、ひっさびさにお呼ばれみたいだから、少しイルナちゃんの事を頼もうと思って。フェル君予定は大丈夫かい?」
「そうでしたか。俺は大丈夫ですよ。セディも暇してますし、イルナさんはお利口さんですからね。」
「ヒヒッ!そりゃあ僕の可愛い一人娘だからね!賢くて可愛くてもう食べちゃいたい位さぁ!」
「ちょっとイタズラですけどね!まぁ俺は大丈夫なんで、イルナさんに声掛けてあげて下さいね?寂しがると思いますから…」
「うぅ~ん…寂しがらせるのはヤなんだけどなぁ~…でもまぁ仕方ないか。ちゃんと言って行くよ。」
キッチンを後にしてリビングに顔を出すと、そこには漆黒の長髪を小さな幼女にギリギリと引っ張られながら涼しい顔をした青年と、必死に髪を引っ張る深い青の髪の幼女がいた。
「おやおや、何をしているんだい?」
「あ、ママ!!いーなね、セディパパヅラかどうかしらべてんだ!!」
「おやぁ~…良い目の付け所だね!」
「私がいつヅラだった事があるんだ?」
「ヒヒッ!子供は何にでも興味がある方が良いのさ。イルナちゃん、ママお仕事出来ちゃってね?少し出かけてくるよ?」
「えー?んー…わかった!いーなママ居なくてもパパ達のちょーきょーちゃんとしとくね!!」
一瞬だけ寂しげな表情を見せたが、すぐに笑顔を取り戻し、腰に手を当てて鼻息を荒くした幼女。
健気な様子にブラドは申し訳無さそうにイルナの頭を撫で、イルナと視線を合わせるとにっこりと笑った。
「イルナちゃんは本当に良い子だね。ごめんね?なるべく早く戻ってくるからね?」
「んーん!いーなだいじょーぶだぁ!ママお仕事気をつけてね?」
「なんて可愛い娘だろうね?このこのぉー!」
イルナをぐしゃぐしゃに撫で付け、額にキスを落とす。
「それじゃ行ってくるんだよね。セディ、悪いけどイルナちゃんの事宜しくね?」
「ああ、任せろ。私がヅラで無い事はしっかり教えておく。」
凛々しい顔つきでセディアスが応えると、ブラドは微笑んで空に消えて行った。
次にブラドが現れたのは、暗々とした廃墟のような遺跡のような場所だった。
足元には怪しげな魔法陣が赤く描かれている。
「やぁやぁ。僕を呼んだのは一体どこのどいつなんだい?」
「ほ、本当に…出た…!!」
「出たってなんだい?僕ぁ幽霊の類じゃないんだけどねぇ?」
目の前で腰を抜かしているのは、まだ子供だった。
腕から少量の血を流し、驚いているのか怖がっているのか、はたまた喜んでいるのかよく分からない。
ブラドは目を細め、少年を見やる。
少年はビクリと震えて少しだけ後ずさった。
「僕ぁ君のような子供に呼ばれるような類でもないんだけどねぇ?まぁ呼ばれたからには仕事はするんだよね。何の御用なんだい?」
「あ…か、母さんを助けてくれ!」
「んー??」
ブラドは顔を歪ませ唇は弧を描いた。
じわりと溶けるように消えたと思うと、少年の背後から姿を現し、少年の髪をスルリと撫でる。
「僕ぁ助ける為に呼ばれたのかい?」
「そ、そうだ!俺の母さんは病気なんだ。村の皆が病気だ。子供は大丈夫だけど…大人は皆病気なんだ…」
少年の目尻に涙がじんわりと浮かぶ。
それを見たブラドは目を見開き、憎々しげに溜息を吐いた。
「はぁ…うーん…君は一体僕について何を知ってるんだい?」
「え?満足させたら願いを叶えてくれるんだろ?」
「あちゃー…本当にセディと間違えられたのかぁ…参ったなぁ…」
「ち、違うのか?」
少年は不安気にブラドを覗き込んだ。
目尻に溜まった涙は今にも溢れそうだ。
「あー!わかった!わかったから泣かないでよ~!僕ぁ最近子供に弱いんだよ!」
「え?じゃあ頼まれてくれるのか!?」
「いいよ。ただし、僕ぁ高いよ?君はセディを呼びたかったみたいだけど、僕ぁセディみたいに優しくないのさ。でもまぁ…今回はついてたかもね?セディは最近暇してるから満足させるのも骨さ。」
「本当か!?母さん達は助かるのか!?」
「うーん…まぁとりあえず見てみないとね?」
「うん!こっちだ!!」
少年はブラドの手首を取ると、ぐいぐいと引っ張って行く。
暗々とした足場の悪い森の中を一刻程歩いただろうか。
段々と道無き道から獣道へと変わり、更に馬車でも通れそうな道に出た。
そこから更に半刻程歩き、小さな村へ行き着いた。
「ここが俺達の村だ。」
数十件の今にも飛ばされてしまいそうな小屋が立ち並ぶ一帯をくるりと見回し、鼻をすんと一つ動かすと、ブラドはまた唇が弧を描く。
「これは…大変だっただろうねぇ?」
辺りに立ち込める異臭。
啜り泣く子供の声に、手入れが行き届いていない畑。
どこをどう見ても人がまともに暮らしている環境では無い。
「…。こっちだ。」
少年はブラドの手を引き、一件の小屋に案内した。
静かに戸を開き中に入ると、部屋は二つあるようだった。
奥の部屋に通され、横たわる老婆を見遣る。
いや、老婆では無い。
窶れきって老婆の様ではあるが、まだ若い女だった。
「ふぅん…おねーさん大変だったねぇ…」
「だ…れだ…い?」
「僕かい?僕ぁブラドって言うのさ。君の息子に連れて来られてねぇ。」
「悪い事は…言わない。さっさと立ち去るんだよ…!」
女がブラドを睨みつけてそう言い、激しく咳き込む。
「母さん!!」
「ご挨拶だねぇ~!ヒヒッ!まぁいいさ。僕はこの子…そういえばまだ名前を聞いて無かったね?僕ぁブラドさ。君は?」
「俺はカイトだ。なぁ、母さんは助かるのか?」
心配そうに母を見つめるカイトの頭をグリグリと撫でると、ブラドがニヤッと怪しく微笑んだ。
「そうだねぇ~治るよ~?ヒヒッ!」
「ほんとか!?」
「まぁねぇ~。んーでもここには治す材料が無いねぇ?」
「何が必要なんだ!?俺、取ってくる!!」
カイトがブラドに掴みかからんばかりに詰め寄ると、ブラドはふっと姿を消してカイトの背後から頭を撫でる。
「落ち着いて。とりあえずこれを飲ませておきな?」
何処からか薬瓶を取り出し、カイトに渡す。
カイトは訝しげな顔をしながらも、それを受け取り、母親へそっと差し出す。
「母さん。これを飲んでくれ。」
「あたしゃ大丈夫だよ…カイト、ありがとうね…」
母親はカイトに優しく微笑むと、ブラドを睨みつけて口を開く。
「あんた!あたし達に金は無いよ!こんな…薬売りつけて…」
「あー待って待って。落ち着きなよぉ。僕ぁお金には困ってないのさ。そもそもお金なんて必要無いのさ。大丈夫。それを飲んでも何か貰おうなんて思っちゃいないよ。何か貰えるような大した物じゃないのさ。ちょっと体力をつけるだけだよ。」
母親の警戒心は解けないようだが、面倒になったブラドが半ば無理矢理薬を飲ませると、母親の顔色は見る見る良くなり、生気を取り戻した。
「なんてこったい!あんなに苦しかったのに、こんな…!」
「母さん!良かった!治ったんだな!!」
「あー…残念だけど治った訳じゃないのさ。ちょっと体力を取り戻しただけ?みたいな?効果が切れれば元通りになっちゃうんだよねぇ~」
部が悪そうに頬をかくブラドに、驚いた表情で固まってしまった母親が詰め寄る。
「わっ!わっ!悪かったんだよね!べ、別に悪気があって説明して無かった訳じゃないんだよね!」
ブラドが慌てて謝ると、母親はブラドの前で跪き頭を下げた。
「あんた、仏様だったのかい…そうとは知らず無礼をしました。申し訳ない…」
「ぼ、僕ぁ神様ってやつじゃないんだよね!どちらかと言うと真逆なのさ。」
「どういう事だい?」
「う~ん…僕ぁカイト君に呼ばれた人間に【悪魔】って呼ばれてる存在なんだよねぇ~」
「あ、悪魔!?」
母親は青い顔になり、後退りする。
それに苦笑いをすると、指を一本立てて話を続けた。
「悪魔って言っても人間が勝手にそう呼んでるだけで、別に君ら人間と大して変わりはないのさ。ただ、人間と違うのはあちこちの世界を行ったり来たり出来るってのと、人間より丈夫って事と、物知りって事位さ。」
ブラドは笑いながら楽しそうに話しているが、母親の方は気が気でない様子だ。
カイトも少し青い顔はしているが、元々分かっていて呼び出したのだろう、落ち着いていた。
「んで!僕ぁカイト君に呼ばれたんだけど、僕って本当は責任って言葉がわかる大人としか契約しないのさ。だって、子供って遊びみたいに呼びつけたりするでしょ?その度にやれ命だーお金だーなんて貰えないじゃない?」
困り顔で思案するブラドに、二人は取り残されたように居心地悪そうにしている。
「でもさ、カイト君とっても必死だったんだよねぇ…そんな健気な子、ほっとけないじゃない?ほら、僕優しいし?それで、カイト君のお母さんに相談なんだけどぉ…」
ブラドの言葉にカイトがハッとして母親の前で庇う。
「か、母さんの命はやらねぇぞ!持って行くなら俺の命を持って行け!」
「馬鹿言うんじゃないよ!子供のした事は親の責任だ!命を奪おうってならあたしの命を持って行きな! 」
ブラドが話切る前に親子で喧嘩を始めてしまった。
やれやれと溜息を一つ吐き出すと、パンッと勢い良く手を鳴らす。
「はいはい。分かってるってば!どちらの命も要らないよ。それに、僕ぁ命の使い道は無いのさ。今の所。だから、違う提案をしたいんだけど、良いかな?」
「母さんが大丈夫なら俺は何でも言う事聞く!」
「馬鹿っ!軽々しく言うんじゃないよ!」
「お母さんが大丈夫なら良いんだね?それじゃあ僕からの交換条件はこうさ。」
親子がゴクリと喉を鳴らし、ブラドの言葉を待った。
「____、__________?」
「え?そんな事でいいのか?」
「勿論さ。僕にとってはそれが今一番必要な事なんだよね?」
「そんな事で母さんを助けてくれるのか?」
「お母さんどころか村の皆、完璧に治してみせるよ?」
「っ!?ほんとか!?」
「勿論。僕ぁこんな事で嘘はつかないんだよね。ただ、もう1つ条件。」
「な、なんだ?」
「僕のお願いにはさっきから家の外で隠れてる妹ちゃんにも手伝って貰おうかな!君と妹ちゃんがなる事が条件だよ。どうする?」
ブラドが怪しく微笑む。
カイトも顔を上げ、ブラドを睨みつけると、満面の笑みで頷いた。
「そんな事で村が救えるなら願ってもねぇ事だ!村を助けてくれ!」
「か、カイト!大丈夫なのかい?」
「大丈夫だ!この悪魔は変な嘘なんかつかないさ!一刻半も俺と一緒に歩いて村まで来たんだ。命を取るなら村なんか助けずに俺を殺す事だっていくらでも出来たはずなんだ。」
「ヒヒッ契約成立だね!」
ブラドがそう笑うと、赤い唇を楽しげに持ち上げ人差し指をカイトの額に当てた。
すると、触れた部分が僅かに光り、カイトは尻餅をついた。
「今のは契約成立の証さ。これでお互い嘘は付けないから安心して?これで嘘をつくと、僕のこわぁいお兄ちゃんに死ぬような目に合わされるのさ。」
「へ、へぇ…」
「さぁ!そうと決まったら広場に村の人を全員集めるんだよね!僕ぁ材料を取ってくるからカイト君達に任せたよ?」
「分かった!頼んだぜ!」
「はいはーい。」
ブラドが空気に溶ける様に消えると、カイトと母親、それに妹も手伝って、村中の人を広場に集めた。
一刻程経っただろうか。
ブラドが広場の真ん中に現れた。
大きな箱を一つと、背後からは出るわ出るわ死んだ猪の山。
異様な光景にカイトが絶句すると、返り血であろう紅点を散らせたブラドが笑顔で近寄ってくる。
「お待たせ、なんだよね。まずはお母さんにこれを飲んで貰って~…」
大きな箱から小瓶を出すと、母親に渡す。
「カイト君と妹ちゃんはこの中身をみんなに飲ませてあげてね?」
大きな箱を指差すと、二人はこくりと頷き、村人達へ配り始めた。
「皆聞いて欲しいんだよね。今配ってるのはこの村の病気に良く効く薬なんだよね。今とりあえずカイト君のお母さんに飲んでもらって、安全な物って言うのを証明するから、皆飲んで欲しいんだよね。」
話しながらカイトの母親へ薬を飲むよう促す。
母親も頷き、小瓶の薬を一気に飲み干した。
「あたしゃこの人のおかげで元気になったよ!あんた達も早く飲んで元気におなり!」
母親が促すと、村人達は少しずつ薬を飲み始めた。
「あ、それで~薬で病気は治って、元気になるけども身体は栄養が足りてないから皆ご飯を食べてね?村中の人が病気みたいだったから、お肉は僕が用意したから野菜やなんかは皆で宜しくね?料理の方は僕の弟に頼んであるから、元気になった人から食料を弟の所に持って行って欲しいんだぁ。」
ブラドが話している内に、一人、また一人と立ち上がり、叫び声を上げたり手や足を忙しなく動かしたりしている。
「今の元気は薬が切れたらただの病気が治ったばかりの人になっちゃうからさっさと作業してご飯食べて休めるようにしようねぇ~」
ブラドの言葉に、我も我もと村人が動き始めた。
それを確認したブラドは、猪の山の向こうにいるフェルに近寄って行った。
「急に手伝って貰って悪いねぇ?フェル君。」
「いえいえ、ブラドさんのお願いですし、料理なら任せておいて下さい!この位なら朝飯前です。」
「頼もしいねぇ!」
続々と集まる食材をどんどん料理に変えていき、広場は宴会場のようになった。
ひと仕事終えたフェルを座らせ、ブラドが村人達を座らせた。
「いいかい?皆。今日は酒は一滴だって飲んじゃいけないよ?酒は薬の効果が良くなり過ぎて最悪死んじゃうからね?死んじゃったらもう僕には治せないから、絶対に守ってね?」
「時間が経って無ければ治せる癖に…」
フェルがボソリと呟いたが、ブラド以外には聞こえていなかったようだ。
村人全員が真剣な表情で頷きあった。
「あと、今日使わなかった分の猪は干し肉用にして保管してあるから、皆で大事に食べてね!それでは!いっただっきまぁす!!」
ブラドの合図で村人達が楽しげに食事を始めた。
その光景を見て、小さな溜息を漏らす。
「はぁ~…柄でもないねえ?」
「本当に。ブラドさんにしては随分と優しいんじゃないですか?」
「ん~?僕ぁいつでも優しいけどね?最近は子供に弱いんだよねぇ…イルナちゃんを思い出しちゃうのさ。」
「ブラドさんもお母さんなんですね?」
「まぁいいさ。長い生を持つ僕等だから、たまにはこういうのもありなのさ。」
「そうですね。俺はいつもこういうのでも良いと思いますけど…」
「僕ぁ欲まみれの人間が大嫌いなのさ。」
機嫌良さそうに村人達を眺め、微笑む。
そこに村の子供達を引き連れたカイトが戻ってきた。
「ブラドねぇさん!皆元気になったな!」
「当たり前だよ。僕を誰だと思ってるんだい?」
「…俺、ねぇさんに頼んで良かった。」
「おや、可愛い事言うねぇ?」
「へへ、ねぇさん。皆が御礼がしたいって。」
カイトの言葉に、ブラドがキョトンと惚けた顔を見せた。
その顔をフェルが興味深げに覗く。
「あ、あの!ブラドおねぇちゃん!私のお母さんとお父さんを助けてくれてありがとう!」
「あ、ああ…いや、大したことじゃないさぁ。」
満面の笑みでブラドに花束を渡す。
どれもこれもそこらに生えた雑草だが、一生懸命集めたのだろう。
そこに来た10人にも満たない子供達全員が何かしらブラドに渡しながら御礼を言って行く。
「ヒヒッ!慣れない事するもんじゃないねぇ?」
「ブラドさん、嬉しそうっすね。」
「まぁ、ね。」
広場には活気と笑い声が響き、心地よい空気が漂っていた。
一通り飲み食いが終わると、元々病気だった大人達を下がらせ、広場には子供達とブラドと片付けをするフェルだけになった。
「さて、カイト君。約束の時間だね。」
「おう!男に二言はねえ!!」
「それじゃ、約束を果たして貰おうかな。」
ブラドは地面に手を付き、すぅっと息を吸い込んだ。
子供達がゴクリと喉を鳴らし、拳を握って見守る。
「いでよ!僕の可愛い娘、イルナちゃん!」
ブラドがそう叫びながら地面を持ち上げるように手を動かすと、そこから引っ張られるようにイルナが飛び出す。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!!イーナだぉ!!」
元気良く飛び出し、無事着地。
イルナが出てくると、子供達は目を輝かせた。
「ん?いーな、ママに呼ばれたんだぉ!」
「イルナちゃん、今日はイルナちゃんにお友達を紹介するんだよね。ほら、カイト君だよ?仲良くしてね?」
「ふぅ~ん…いーなはいーなだお!よろちく!!」
満面の笑みでカイトを見つめると、カイトの顔がみるみる赤くなった。
「かいとぉー?いーなだぉ!」
「お、おう!カイトだ、よろしくな?」
「うん!よろちくー!!」
イルナが破顔すると、カイトは耳まで赤くし、イルナの手を握って子供達を紹介し始めた。
イルナもブラドから離れ、子供達と遊び始める。
「ママ、いーな、かいと達とあしょんでくるー!」
「はぁい、行ってらっしゃい。何かあったら呼ぶんだよぉ?」
「あいあいしゃー!」
イルナが大きく手を振り、子供達と戯れながら走り回る。
その様子を微笑みながら眺めるブラドに、フェルが不思議そうな顔をしながら問いかけた。
「ブラドさん、良かったんですか?」
「なぁにが?」
「イルナさんはブラドさんの子ですから、あの子達とは時間が違いますよ?」
「んー?まぁそうだね。けど、このままだとあの子は同じ位の子供達と遊べないじゃないかい?」
「そりゃーそうですけど…」
「そりゃね、来る別れが辛いのはそうだけど、僕等はそういう生き物さ。イルナちゃんは賢いからね。もう理解出来てるよ。」
「まぁ…そうですけど…」
「君は本当に心配性だねぇ?子供ってのは悲しい事も楽しい事も、辛い事も幸せな事も全てを受け入れて大人になるのさ。いつかは経験する事なら、今を楽しんで今を悲しむといいのさ。」
「そうですかねー?もう少し大きくなってからでもいいんじゃないですか?」
「あのねぇ?イルナちゃんは僕等からしたらまだてんで子供だけど、人間からしてみれば大先輩って位は生きてるんだよ?酸いも甘いももう分かっているよ?むしろ遅すぎる位なんだから。」
ブラドの言葉にフェルが苦い顔をしている。
その顔に苦笑しながらフェルの頭をグリグリと撫でてやると、一層不満顔になった。
「またブラドさん子供扱いきて…」
「僕から見れば君はイルナちゃんと変わらないような子供なんだよね。セディから見たら僕だって似たようなものさ。子供は子供らしく甘えたらいいのさ。」
「ぐうの音も出ねぇっすね。もう…」
拗ねた様子でされるがままのフェルに、ブラドが微笑むと、子供達からイルナが一人駆け出して来た。
「フェルパパ!わんちゃんやって!わんちゃんやってくんないといーなうしょちゅきされる!」
「な、なんです?俺は犬じゃねぇですって!」
「やだー!!わんちゃんやって!わんちゃん!!」
「フェル君、そういうとこ子供だよねぇ?ほら、さっさとイルナちゃんの狗になるといいよ。」
「なんだか言い方がおかしい気もしますけど…」
「うえぇぇぇぇ!!わんちゃんわんちゃん!!」
「わ、わかりましたから!!」
イルナが泣き出すと、慌ててフェルが大きな狼に姿を変えた。
その姿を見てイルナの顔がパッと嬉色に変わると、近づいて来ていた子供達がギョッとして退く。
「ねー!皆!いーなほんとだったっしょー?」
「あ、あぁ…えぇ!?」
「ほら、フェル君。皆乗せてあげて!遊んであげないと!」
「わかりましたよ…」
「わぁーい!いーな、一番ね?カイト、二番ね!」
イルナがフェルによじ登り、背中に乗ると、風のように子供達に混ざった。
子供達は驚いていたが、イルナが背中に乗って安全な事が分かったのか、次々にフェルに群がり、毛並みをフカフカと触ったり、顔を覗きこんだりと興味深そうにフェルの周りをウロウロとし始めた。
「俺はちゃんと意思がありますから、噛み付いたりしませんよ?」
フェルが話し出すと、皆また驚いたが、すぐに打ち解けたようだ。
フェルも満更でも無いのだろう。
背中に乗せたり、毛並みを撫でさせたりと子供達と遊んでいる。
それを少し離れた所で眺めながら、ブラドは穏やかな表情で微笑んだ。
「子供は元気が一番だねぇ?」
Fin
「おや…?珍しい。僕にお客さんかねぇ?セディを呼びたかったのかな?ヒヒッ!たまには遊んであげようかねぇ。」
ギッと椅子の軋む音を立てて立ち上がり、フラフラと部屋を後にする。
広い廊下に出て漂う様に進むと、そこは明るいキッチンだった。
キッチンで調理する赤黒い髪を一房摘み、軽く引くと、男が振り返った。
「やぁフェル君。元気ぃ?」
「あ、ブラドさん。お疲れ様です。お腹空きましたか?」
「いんやぁ?僕、ひっさびさにお呼ばれみたいだから、少しイルナちゃんの事を頼もうと思って。フェル君予定は大丈夫かい?」
「そうでしたか。俺は大丈夫ですよ。セディも暇してますし、イルナさんはお利口さんですからね。」
「ヒヒッ!そりゃあ僕の可愛い一人娘だからね!賢くて可愛くてもう食べちゃいたい位さぁ!」
「ちょっとイタズラですけどね!まぁ俺は大丈夫なんで、イルナさんに声掛けてあげて下さいね?寂しがると思いますから…」
「うぅ~ん…寂しがらせるのはヤなんだけどなぁ~…でもまぁ仕方ないか。ちゃんと言って行くよ。」
キッチンを後にしてリビングに顔を出すと、そこには漆黒の長髪を小さな幼女にギリギリと引っ張られながら涼しい顔をした青年と、必死に髪を引っ張る深い青の髪の幼女がいた。
「おやおや、何をしているんだい?」
「あ、ママ!!いーなね、セディパパヅラかどうかしらべてんだ!!」
「おやぁ~…良い目の付け所だね!」
「私がいつヅラだった事があるんだ?」
「ヒヒッ!子供は何にでも興味がある方が良いのさ。イルナちゃん、ママお仕事出来ちゃってね?少し出かけてくるよ?」
「えー?んー…わかった!いーなママ居なくてもパパ達のちょーきょーちゃんとしとくね!!」
一瞬だけ寂しげな表情を見せたが、すぐに笑顔を取り戻し、腰に手を当てて鼻息を荒くした幼女。
健気な様子にブラドは申し訳無さそうにイルナの頭を撫で、イルナと視線を合わせるとにっこりと笑った。
「イルナちゃんは本当に良い子だね。ごめんね?なるべく早く戻ってくるからね?」
「んーん!いーなだいじょーぶだぁ!ママお仕事気をつけてね?」
「なんて可愛い娘だろうね?このこのぉー!」
イルナをぐしゃぐしゃに撫で付け、額にキスを落とす。
「それじゃ行ってくるんだよね。セディ、悪いけどイルナちゃんの事宜しくね?」
「ああ、任せろ。私がヅラで無い事はしっかり教えておく。」
凛々しい顔つきでセディアスが応えると、ブラドは微笑んで空に消えて行った。
次にブラドが現れたのは、暗々とした廃墟のような遺跡のような場所だった。
足元には怪しげな魔法陣が赤く描かれている。
「やぁやぁ。僕を呼んだのは一体どこのどいつなんだい?」
「ほ、本当に…出た…!!」
「出たってなんだい?僕ぁ幽霊の類じゃないんだけどねぇ?」
目の前で腰を抜かしているのは、まだ子供だった。
腕から少量の血を流し、驚いているのか怖がっているのか、はたまた喜んでいるのかよく分からない。
ブラドは目を細め、少年を見やる。
少年はビクリと震えて少しだけ後ずさった。
「僕ぁ君のような子供に呼ばれるような類でもないんだけどねぇ?まぁ呼ばれたからには仕事はするんだよね。何の御用なんだい?」
「あ…か、母さんを助けてくれ!」
「んー??」
ブラドは顔を歪ませ唇は弧を描いた。
じわりと溶けるように消えたと思うと、少年の背後から姿を現し、少年の髪をスルリと撫でる。
「僕ぁ助ける為に呼ばれたのかい?」
「そ、そうだ!俺の母さんは病気なんだ。村の皆が病気だ。子供は大丈夫だけど…大人は皆病気なんだ…」
少年の目尻に涙がじんわりと浮かぶ。
それを見たブラドは目を見開き、憎々しげに溜息を吐いた。
「はぁ…うーん…君は一体僕について何を知ってるんだい?」
「え?満足させたら願いを叶えてくれるんだろ?」
「あちゃー…本当にセディと間違えられたのかぁ…参ったなぁ…」
「ち、違うのか?」
少年は不安気にブラドを覗き込んだ。
目尻に溜まった涙は今にも溢れそうだ。
「あー!わかった!わかったから泣かないでよ~!僕ぁ最近子供に弱いんだよ!」
「え?じゃあ頼まれてくれるのか!?」
「いいよ。ただし、僕ぁ高いよ?君はセディを呼びたかったみたいだけど、僕ぁセディみたいに優しくないのさ。でもまぁ…今回はついてたかもね?セディは最近暇してるから満足させるのも骨さ。」
「本当か!?母さん達は助かるのか!?」
「うーん…まぁとりあえず見てみないとね?」
「うん!こっちだ!!」
少年はブラドの手首を取ると、ぐいぐいと引っ張って行く。
暗々とした足場の悪い森の中を一刻程歩いただろうか。
段々と道無き道から獣道へと変わり、更に馬車でも通れそうな道に出た。
そこから更に半刻程歩き、小さな村へ行き着いた。
「ここが俺達の村だ。」
数十件の今にも飛ばされてしまいそうな小屋が立ち並ぶ一帯をくるりと見回し、鼻をすんと一つ動かすと、ブラドはまた唇が弧を描く。
「これは…大変だっただろうねぇ?」
辺りに立ち込める異臭。
啜り泣く子供の声に、手入れが行き届いていない畑。
どこをどう見ても人がまともに暮らしている環境では無い。
「…。こっちだ。」
少年はブラドの手を引き、一件の小屋に案内した。
静かに戸を開き中に入ると、部屋は二つあるようだった。
奥の部屋に通され、横たわる老婆を見遣る。
いや、老婆では無い。
窶れきって老婆の様ではあるが、まだ若い女だった。
「ふぅん…おねーさん大変だったねぇ…」
「だ…れだ…い?」
「僕かい?僕ぁブラドって言うのさ。君の息子に連れて来られてねぇ。」
「悪い事は…言わない。さっさと立ち去るんだよ…!」
女がブラドを睨みつけてそう言い、激しく咳き込む。
「母さん!!」
「ご挨拶だねぇ~!ヒヒッ!まぁいいさ。僕はこの子…そういえばまだ名前を聞いて無かったね?僕ぁブラドさ。君は?」
「俺はカイトだ。なぁ、母さんは助かるのか?」
心配そうに母を見つめるカイトの頭をグリグリと撫でると、ブラドがニヤッと怪しく微笑んだ。
「そうだねぇ~治るよ~?ヒヒッ!」
「ほんとか!?」
「まぁねぇ~。んーでもここには治す材料が無いねぇ?」
「何が必要なんだ!?俺、取ってくる!!」
カイトがブラドに掴みかからんばかりに詰め寄ると、ブラドはふっと姿を消してカイトの背後から頭を撫でる。
「落ち着いて。とりあえずこれを飲ませておきな?」
何処からか薬瓶を取り出し、カイトに渡す。
カイトは訝しげな顔をしながらも、それを受け取り、母親へそっと差し出す。
「母さん。これを飲んでくれ。」
「あたしゃ大丈夫だよ…カイト、ありがとうね…」
母親はカイトに優しく微笑むと、ブラドを睨みつけて口を開く。
「あんた!あたし達に金は無いよ!こんな…薬売りつけて…」
「あー待って待って。落ち着きなよぉ。僕ぁお金には困ってないのさ。そもそもお金なんて必要無いのさ。大丈夫。それを飲んでも何か貰おうなんて思っちゃいないよ。何か貰えるような大した物じゃないのさ。ちょっと体力をつけるだけだよ。」
母親の警戒心は解けないようだが、面倒になったブラドが半ば無理矢理薬を飲ませると、母親の顔色は見る見る良くなり、生気を取り戻した。
「なんてこったい!あんなに苦しかったのに、こんな…!」
「母さん!良かった!治ったんだな!!」
「あー…残念だけど治った訳じゃないのさ。ちょっと体力を取り戻しただけ?みたいな?効果が切れれば元通りになっちゃうんだよねぇ~」
部が悪そうに頬をかくブラドに、驚いた表情で固まってしまった母親が詰め寄る。
「わっ!わっ!悪かったんだよね!べ、別に悪気があって説明して無かった訳じゃないんだよね!」
ブラドが慌てて謝ると、母親はブラドの前で跪き頭を下げた。
「あんた、仏様だったのかい…そうとは知らず無礼をしました。申し訳ない…」
「ぼ、僕ぁ神様ってやつじゃないんだよね!どちらかと言うと真逆なのさ。」
「どういう事だい?」
「う~ん…僕ぁカイト君に呼ばれた人間に【悪魔】って呼ばれてる存在なんだよねぇ~」
「あ、悪魔!?」
母親は青い顔になり、後退りする。
それに苦笑いをすると、指を一本立てて話を続けた。
「悪魔って言っても人間が勝手にそう呼んでるだけで、別に君ら人間と大して変わりはないのさ。ただ、人間と違うのはあちこちの世界を行ったり来たり出来るってのと、人間より丈夫って事と、物知りって事位さ。」
ブラドは笑いながら楽しそうに話しているが、母親の方は気が気でない様子だ。
カイトも少し青い顔はしているが、元々分かっていて呼び出したのだろう、落ち着いていた。
「んで!僕ぁカイト君に呼ばれたんだけど、僕って本当は責任って言葉がわかる大人としか契約しないのさ。だって、子供って遊びみたいに呼びつけたりするでしょ?その度にやれ命だーお金だーなんて貰えないじゃない?」
困り顔で思案するブラドに、二人は取り残されたように居心地悪そうにしている。
「でもさ、カイト君とっても必死だったんだよねぇ…そんな健気な子、ほっとけないじゃない?ほら、僕優しいし?それで、カイト君のお母さんに相談なんだけどぉ…」
ブラドの言葉にカイトがハッとして母親の前で庇う。
「か、母さんの命はやらねぇぞ!持って行くなら俺の命を持って行け!」
「馬鹿言うんじゃないよ!子供のした事は親の責任だ!命を奪おうってならあたしの命を持って行きな! 」
ブラドが話切る前に親子で喧嘩を始めてしまった。
やれやれと溜息を一つ吐き出すと、パンッと勢い良く手を鳴らす。
「はいはい。分かってるってば!どちらの命も要らないよ。それに、僕ぁ命の使い道は無いのさ。今の所。だから、違う提案をしたいんだけど、良いかな?」
「母さんが大丈夫なら俺は何でも言う事聞く!」
「馬鹿っ!軽々しく言うんじゃないよ!」
「お母さんが大丈夫なら良いんだね?それじゃあ僕からの交換条件はこうさ。」
親子がゴクリと喉を鳴らし、ブラドの言葉を待った。
「____、__________?」
「え?そんな事でいいのか?」
「勿論さ。僕にとってはそれが今一番必要な事なんだよね?」
「そんな事で母さんを助けてくれるのか?」
「お母さんどころか村の皆、完璧に治してみせるよ?」
「っ!?ほんとか!?」
「勿論。僕ぁこんな事で嘘はつかないんだよね。ただ、もう1つ条件。」
「な、なんだ?」
「僕のお願いにはさっきから家の外で隠れてる妹ちゃんにも手伝って貰おうかな!君と妹ちゃんがなる事が条件だよ。どうする?」
ブラドが怪しく微笑む。
カイトも顔を上げ、ブラドを睨みつけると、満面の笑みで頷いた。
「そんな事で村が救えるなら願ってもねぇ事だ!村を助けてくれ!」
「か、カイト!大丈夫なのかい?」
「大丈夫だ!この悪魔は変な嘘なんかつかないさ!一刻半も俺と一緒に歩いて村まで来たんだ。命を取るなら村なんか助けずに俺を殺す事だっていくらでも出来たはずなんだ。」
「ヒヒッ契約成立だね!」
ブラドがそう笑うと、赤い唇を楽しげに持ち上げ人差し指をカイトの額に当てた。
すると、触れた部分が僅かに光り、カイトは尻餅をついた。
「今のは契約成立の証さ。これでお互い嘘は付けないから安心して?これで嘘をつくと、僕のこわぁいお兄ちゃんに死ぬような目に合わされるのさ。」
「へ、へぇ…」
「さぁ!そうと決まったら広場に村の人を全員集めるんだよね!僕ぁ材料を取ってくるからカイト君達に任せたよ?」
「分かった!頼んだぜ!」
「はいはーい。」
ブラドが空気に溶ける様に消えると、カイトと母親、それに妹も手伝って、村中の人を広場に集めた。
一刻程経っただろうか。
ブラドが広場の真ん中に現れた。
大きな箱を一つと、背後からは出るわ出るわ死んだ猪の山。
異様な光景にカイトが絶句すると、返り血であろう紅点を散らせたブラドが笑顔で近寄ってくる。
「お待たせ、なんだよね。まずはお母さんにこれを飲んで貰って~…」
大きな箱から小瓶を出すと、母親に渡す。
「カイト君と妹ちゃんはこの中身をみんなに飲ませてあげてね?」
大きな箱を指差すと、二人はこくりと頷き、村人達へ配り始めた。
「皆聞いて欲しいんだよね。今配ってるのはこの村の病気に良く効く薬なんだよね。今とりあえずカイト君のお母さんに飲んでもらって、安全な物って言うのを証明するから、皆飲んで欲しいんだよね。」
話しながらカイトの母親へ薬を飲むよう促す。
母親も頷き、小瓶の薬を一気に飲み干した。
「あたしゃこの人のおかげで元気になったよ!あんた達も早く飲んで元気におなり!」
母親が促すと、村人達は少しずつ薬を飲み始めた。
「あ、それで~薬で病気は治って、元気になるけども身体は栄養が足りてないから皆ご飯を食べてね?村中の人が病気みたいだったから、お肉は僕が用意したから野菜やなんかは皆で宜しくね?料理の方は僕の弟に頼んであるから、元気になった人から食料を弟の所に持って行って欲しいんだぁ。」
ブラドが話している内に、一人、また一人と立ち上がり、叫び声を上げたり手や足を忙しなく動かしたりしている。
「今の元気は薬が切れたらただの病気が治ったばかりの人になっちゃうからさっさと作業してご飯食べて休めるようにしようねぇ~」
ブラドの言葉に、我も我もと村人が動き始めた。
それを確認したブラドは、猪の山の向こうにいるフェルに近寄って行った。
「急に手伝って貰って悪いねぇ?フェル君。」
「いえいえ、ブラドさんのお願いですし、料理なら任せておいて下さい!この位なら朝飯前です。」
「頼もしいねぇ!」
続々と集まる食材をどんどん料理に変えていき、広場は宴会場のようになった。
ひと仕事終えたフェルを座らせ、ブラドが村人達を座らせた。
「いいかい?皆。今日は酒は一滴だって飲んじゃいけないよ?酒は薬の効果が良くなり過ぎて最悪死んじゃうからね?死んじゃったらもう僕には治せないから、絶対に守ってね?」
「時間が経って無ければ治せる癖に…」
フェルがボソリと呟いたが、ブラド以外には聞こえていなかったようだ。
村人全員が真剣な表情で頷きあった。
「あと、今日使わなかった分の猪は干し肉用にして保管してあるから、皆で大事に食べてね!それでは!いっただっきまぁす!!」
ブラドの合図で村人達が楽しげに食事を始めた。
その光景を見て、小さな溜息を漏らす。
「はぁ~…柄でもないねえ?」
「本当に。ブラドさんにしては随分と優しいんじゃないですか?」
「ん~?僕ぁいつでも優しいけどね?最近は子供に弱いんだよねぇ…イルナちゃんを思い出しちゃうのさ。」
「ブラドさんもお母さんなんですね?」
「まぁいいさ。長い生を持つ僕等だから、たまにはこういうのもありなのさ。」
「そうですね。俺はいつもこういうのでも良いと思いますけど…」
「僕ぁ欲まみれの人間が大嫌いなのさ。」
機嫌良さそうに村人達を眺め、微笑む。
そこに村の子供達を引き連れたカイトが戻ってきた。
「ブラドねぇさん!皆元気になったな!」
「当たり前だよ。僕を誰だと思ってるんだい?」
「…俺、ねぇさんに頼んで良かった。」
「おや、可愛い事言うねぇ?」
「へへ、ねぇさん。皆が御礼がしたいって。」
カイトの言葉に、ブラドがキョトンと惚けた顔を見せた。
その顔をフェルが興味深げに覗く。
「あ、あの!ブラドおねぇちゃん!私のお母さんとお父さんを助けてくれてありがとう!」
「あ、ああ…いや、大したことじゃないさぁ。」
満面の笑みでブラドに花束を渡す。
どれもこれもそこらに生えた雑草だが、一生懸命集めたのだろう。
そこに来た10人にも満たない子供達全員が何かしらブラドに渡しながら御礼を言って行く。
「ヒヒッ!慣れない事するもんじゃないねぇ?」
「ブラドさん、嬉しそうっすね。」
「まぁ、ね。」
広場には活気と笑い声が響き、心地よい空気が漂っていた。
一通り飲み食いが終わると、元々病気だった大人達を下がらせ、広場には子供達とブラドと片付けをするフェルだけになった。
「さて、カイト君。約束の時間だね。」
「おう!男に二言はねえ!!」
「それじゃ、約束を果たして貰おうかな。」
ブラドは地面に手を付き、すぅっと息を吸い込んだ。
子供達がゴクリと喉を鳴らし、拳を握って見守る。
「いでよ!僕の可愛い娘、イルナちゃん!」
ブラドがそう叫びながら地面を持ち上げるように手を動かすと、そこから引っ張られるようにイルナが飛び出す。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!!イーナだぉ!!」
元気良く飛び出し、無事着地。
イルナが出てくると、子供達は目を輝かせた。
「ん?いーな、ママに呼ばれたんだぉ!」
「イルナちゃん、今日はイルナちゃんにお友達を紹介するんだよね。ほら、カイト君だよ?仲良くしてね?」
「ふぅ~ん…いーなはいーなだお!よろちく!!」
満面の笑みでカイトを見つめると、カイトの顔がみるみる赤くなった。
「かいとぉー?いーなだぉ!」
「お、おう!カイトだ、よろしくな?」
「うん!よろちくー!!」
イルナが破顔すると、カイトは耳まで赤くし、イルナの手を握って子供達を紹介し始めた。
イルナもブラドから離れ、子供達と遊び始める。
「ママ、いーな、かいと達とあしょんでくるー!」
「はぁい、行ってらっしゃい。何かあったら呼ぶんだよぉ?」
「あいあいしゃー!」
イルナが大きく手を振り、子供達と戯れながら走り回る。
その様子を微笑みながら眺めるブラドに、フェルが不思議そうな顔をしながら問いかけた。
「ブラドさん、良かったんですか?」
「なぁにが?」
「イルナさんはブラドさんの子ですから、あの子達とは時間が違いますよ?」
「んー?まぁそうだね。けど、このままだとあの子は同じ位の子供達と遊べないじゃないかい?」
「そりゃーそうですけど…」
「そりゃね、来る別れが辛いのはそうだけど、僕等はそういう生き物さ。イルナちゃんは賢いからね。もう理解出来てるよ。」
「まぁ…そうですけど…」
「君は本当に心配性だねぇ?子供ってのは悲しい事も楽しい事も、辛い事も幸せな事も全てを受け入れて大人になるのさ。いつかは経験する事なら、今を楽しんで今を悲しむといいのさ。」
「そうですかねー?もう少し大きくなってからでもいいんじゃないですか?」
「あのねぇ?イルナちゃんは僕等からしたらまだてんで子供だけど、人間からしてみれば大先輩って位は生きてるんだよ?酸いも甘いももう分かっているよ?むしろ遅すぎる位なんだから。」
ブラドの言葉にフェルが苦い顔をしている。
その顔に苦笑しながらフェルの頭をグリグリと撫でてやると、一層不満顔になった。
「またブラドさん子供扱いきて…」
「僕から見れば君はイルナちゃんと変わらないような子供なんだよね。セディから見たら僕だって似たようなものさ。子供は子供らしく甘えたらいいのさ。」
「ぐうの音も出ねぇっすね。もう…」
拗ねた様子でされるがままのフェルに、ブラドが微笑むと、子供達からイルナが一人駆け出して来た。
「フェルパパ!わんちゃんやって!わんちゃんやってくんないといーなうしょちゅきされる!」
「な、なんです?俺は犬じゃねぇですって!」
「やだー!!わんちゃんやって!わんちゃん!!」
「フェル君、そういうとこ子供だよねぇ?ほら、さっさとイルナちゃんの狗になるといいよ。」
「なんだか言い方がおかしい気もしますけど…」
「うえぇぇぇぇ!!わんちゃんわんちゃん!!」
「わ、わかりましたから!!」
イルナが泣き出すと、慌ててフェルが大きな狼に姿を変えた。
その姿を見てイルナの顔がパッと嬉色に変わると、近づいて来ていた子供達がギョッとして退く。
「ねー!皆!いーなほんとだったっしょー?」
「あ、あぁ…えぇ!?」
「ほら、フェル君。皆乗せてあげて!遊んであげないと!」
「わかりましたよ…」
「わぁーい!いーな、一番ね?カイト、二番ね!」
イルナがフェルによじ登り、背中に乗ると、風のように子供達に混ざった。
子供達は驚いていたが、イルナが背中に乗って安全な事が分かったのか、次々にフェルに群がり、毛並みをフカフカと触ったり、顔を覗きこんだりと興味深そうにフェルの周りをウロウロとし始めた。
「俺はちゃんと意思がありますから、噛み付いたりしませんよ?」
フェルが話し出すと、皆また驚いたが、すぐに打ち解けたようだ。
フェルも満更でも無いのだろう。
背中に乗せたり、毛並みを撫でさせたりと子供達と遊んでいる。
それを少し離れた所で眺めながら、ブラドは穏やかな表情で微笑んだ。
「子供は元気が一番だねぇ?」
Fin
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