きょおはパパたちとあしょんだ。
○月✕日
きょおはいーな、セディパパとフェルパパであしょんだ。
ママがたのしそうだったから、いーなもたのしかった。
あと、ダナスおいちゃんとおかいものにいった。
みんなやさしくてうれしかった。
おみあげをかっていったらみんなよろこんでくれた。
きょおもいちにちたのしかった。
イルナの朝は早い。
それは母親であるブラドよりも、庭で飼っている鶏よりも早い時間。
すやすやと眠る幼女の目が急に見開かれ、音がする程に勢いよく起き上がる。
大きな欠伸を一つと、両腕を真っ直ぐ上に伸ばす動作の後、サッとベッドから滑り降り、駆け足で洗面所に入ると顔を洗って歯を磨いて小さな手で髪を二つに結う。
とは言っても、やはり小さな手で幼女がやる物なので分け目はガタガタ、高さは違う。
それでも練習とばかりに一人で結くのだ。
一人で何でも出来る女になるのが夢の自称3歳である。
洗面所をあとにすると、目指すはキッチン。
そこには高い身長に、赤みを帯びた黒い長髪、白いシャツに赤いエプロンをした男が待ち構えていた。
「おあよー!!フェルパパおげんきでしゅか!」
「はーい。おはようございます。今日も元気ですよー。イルナさんはお元気ですか?」
「あーい!いーなも元気でしゅ!」
「良い返事ですね。じゃあ髪、結びましょうか?」
「あーい!」
前髪で目元が見えないが、優しげに微笑んだ男が椅子に座ると、その前にイルナが立つ。
くるりと背を向けると、洗面所から持ってきたブラシとコームをフェルに渡す。
慣れた動作が日課だと物語っていた。
「いつも綺麗な髪ですねぇー。ブラドさんが気を使ってるんですね。」
「そだよ!ママ、いーなの髪の毛しゅきだって!」
「そうでしょうねー、ブラドさんの自慢の娘ですから。」
「ふふーん!いーな、じまんのむしゅめ!」
「ふふ、ほら、出来ましたよ。これを置いて来てくれますか?」
「あーい!フェルパパ、今日もあいあとした!」
「はい。また明日もやりますね。」
フェルからブラシとコームを受け取ると、洗面所に戻し、その足で玄関まで走り、玄関先に置いてある籠を手に取ると、外へと駆け出した。
イルナには毎日の仕事があるのだ。
暫く走って庭に出ると、少し離れた一角に鶏小屋がある。
隣の飼料小屋から鶏の餌を取り出し、餌場に入れる。
「とーとーとー。とりしゃんどうじょー。」
鶏に餌をやり終えると、鶏が巣を作っている辺りをそっと覗き込み、中にあった卵を取る。
今日はなんと10個も卵を発見した。
殆どの鶏が卵を産んだようだ。
「今日はとりしゃん皆かんばったんらなー。いちゅもあいあと!」
鶏の卵を籠に詰め込むと、少し重そうによっこらよっこら歩いてキッチンまで戻った。
落としてしまうと鶏の頑張りが無駄になってしまうので、この仕事は責任重大なのだ。
「フェルパパ!今日とりしゃんがんばった!!じっこあった!じっこ!!」
「おや、周期が合ったのでしょうかね?今日は卵料理が沢山作れますね。」
「うん!いーな、おむれちゅ食べたい!」
「じゃあ朝ごはんに作りましょう。」
「いーな、しゃらだ取り行ってくる!」
「はーい。いつもありがとうございます。」
フェルに卵を籠から出してもらうと、代わりにハサミを入れ、またその籠を持って庭に駆けていく。
今度は菜園だ。
イルナが大好きな大きなトマトが鈴なりになり、レタスやきゅうり、人参にジャガイモまでありとあらゆる野菜が沢山あった。
不思議な事にどの季節の野菜も収穫時期といった実りようである。
不思議な菜園からきゅうりにトマト、レタスに人参、水菜にミニトマト。
沢山の野菜を収穫して籠に詰めて行く。
トマトが大好きなので少し多めに採ってしまった。
少し重いだろうか?と考えていると、薔薇園の方向からフェルより低めの身長の男が歩いて来た。
フェルとは違う漆黒の長髪で、真っ白な肌に真っ赤な瞳が印象的な美しい男だった。
「あ!セディパパ!!おあよー!!」
「あぁ、おはよう。精が出るな。イルナ。」
「いーなおてちゅだいだお!!」
「そうか。だが少し重たそうだな?どれ、私が持ってやろう。」
「セディパパあいあと!今日ねーとりしゃんがんばったんだよ?じっこもあったの。卵。」
「ほー。では今日は卵の日だな。」
「しょだよ!いーな、あしゃはおむれちゅなの。」
「そーか。では私もそうしようか。」
美しい笑みでイルナに笑いかけると、イルナもにっこりと笑う。
二人でキッチンに戻ると、フェルの朝食の支度はだいぶ進んでいるようだった。
「フェルパパ!採ってきたよ!セディパパてちゅだってくえた!」
「あ、セディも起きてたんですね。おはようございます。」
「起きたと言うか、これから寝る所だ。朝食をとってから寝る事にした。」
「はぁ…なるべく夜に寝て下さいね?」
「うーん。まぁ、努力する。」
「いーなね、いーなトマトたくさん!たくさんだべゆ!!」
「分かりました。では手を洗ってダイニングで待っていて下さいね?」
「あーい!」
洗面所で手をよく洗うと、ダイニングのテーブルの席について足をパタパタと振りながら待つ。
暫くすると目の前に朝食が並び始めた。
「はい。イルナさんのフレンチトーストとサラダとオムレツですよー。気を付けて食べて下さいね?」
「あーい!いたあきましゅ!」
イルナのサラダにはトマトが多めに入っていて食べると幸せな気持ちになった。
とれたて卵のオムレツもふわふわで、中はトロトロと溶けだし、たまに当たるチーズがとても美味しい。
極めつけの甘いフレンチトーストにはたっぷりのシロップで、これだけで生きていて良かったと言うものだ。
朝食を機嫌よく終え、歯磨きを済ませると、ここからはイルナの自由時間が始まる。
自由時間と言えども、イルナにはやるべき事が山積みなのだ。
まずは書庫に行って文字の練習がてら数学の本を写本する。
写本した本はイルナの部屋の本棚に入れるので、これまでの成果が一目で分かるのだ。
写本は一日5ページ進め、栞を挟んでまた明日だ。
淑女になるべく修行中のイルナは忙しいのである。
この後はフェルからマナー講座を受け、セディアスから魔法を習い、母から母の作った薬品についての話を聞く。
そして母からご褒美に危険の無い薬を一つ貰い、今日の遊びに使うのだ。
さぁ今日は誰に使おうか。
幸い今日は注射器で打つ薬だ。
これなら誰にでも使える。
キョロキョロと辺りを見回し、フェルを見付ける。
走ってフェルの足にしがみつくと、その足にぐっさりと注射器を刺した。
「いっ!?イルナさん、また何を!!?」
そう言う間にも何故か煙が立ち込め、気がつくとそこにフェルの姿は無く
代わりにイルナ一人位なら楽にのれそうな程大きな黒い毛並みの狼が現れた。
「!?」
「んーとね。きょおのおくしゅりはーほんらいのしゅがたにもどしゅくしゅりだってー。フェルパパはやっぱりワンワンなんだなー」
「!!俺は犬じゃないです!狼ですっ!!」
「わんわんらー。いいこいいこ。」
「早く元に戻して下さいよ!」
「ママが30分で元に戻るって言ってた。」
「はぁ…30分も…じゃあ仕方ないですね。戻るまで我慢しましょう。」
フェルがため息をついた時、セディアスが部屋に入って来る。
「ふぁ…よく寝た。ん?フェルはイルナを乗せてどこか行くのか?どれ。私も行こうかな。散歩だ散歩。」
「わーい!いーなおしゃんぽすきぃ!!」
「まぁ…大体の事は終わったんで良いですけど…イルナさん。あまり悪戯は駄目ですよ?」
「いーな、ちゃんとフェルパパあしょんでいいじかんにしてるからいいってママ言ってた。」
「…ブラドさんですか…。じゃあ俺じゃ逆らえないじゃないですか…」
「なんだ?またイルナに遊ばれたのか。まぁいいんじゃないか?子供のする事だし。」
「今回はまだ良いですけど、前なんて酷かったじゃないですか。朝起きたら女の子になっててとても困ったんですよ?身長も小さくなっちゃったから洗濯物も干せないし…」
「だからちゃんと手伝っただろう?子供は少し悪戯する位で良いのだ。」
クスクスと笑いながら口元を押さえてフェルの頭を撫でるセディアスの真似をしてイルナもフェルの頭を撫でる。
少しだけ気持ちよさそうにするフェルに、セディアスはまたも笑いを堪える。
「じゃあイルナさんは歩きますか?それとも俺に乗って行きます?」
「いーなフェルパパ乗る!お犬さんごっこしゅる!!」
「だから犬じゃねーですってば!もう!」
怒りながらも背には乗せてくれるフェルに愛情を感じながらフカフカの毛皮によじ登ると、ぎゅっとしがみつく。
「いーな早いのがいい!フェルパパ早いして!!」
「いいですよー。」
フェルが走り出すと、周りの景色は瞬く間にかわって行く。
その横をセディアスが事も無げに走ってついて行く。
走っているのかと思えば、背中には赤い翼が見えていて、殆ど飛んでいるようだった。
「あ!いーな今度セディパパと夜おしゃんぽしたい!お空のおしゃんぽ!!」
「んー?いいぞ?だが今日はフェルと散歩してるから明日な。明日の夜に行こう。」
「あーい!えへへ!フェルパパ、早いはやーい!!」
一体どんな速さで走っているのか、気がつけば広大な敷地の屋敷を3周もしていた。
その後、屋敷の裏庭の広場にやって来た。
早速イルナは生えている雑草を集めて花冠を作り始めた。
一方、セディアスはどこから出したかフリスビーを持ってフェルの目の前で軽く振る。
「いいか?フェル。これを取ってくるのだぞ?地面に落としたら酷い目に合わせてやるからな?」
「だから俺は犬じゃねーって…もう投げてるし!」
「酷い目にあわせるからなー。」
「っ!!俺は犬じゃねー!!!」
そういいながらも酷い目が怖いのか、空中でフリスビーを咥えてキャッチしてセディアスの元に戻って来た。
セディアスにフリスビーを渡すと、セディアスが首元をガシガシと撫でる。
「よぉーしよし。よくやった。もう1回だ!!」
なんだかんだとフリスビーを追いかけるフェルと、投げるセディアス。
その写真を撮るイルナ。
いつの間にかブラドも参加して、何枚も投げられるフリスビーをフェルが一生懸命集める遊びになっていた。
フェルが元に戻り、昼食を済ませると、イルナはお出かけである。
外では何があるかお勉強の時間なのである。
今日はどこへ行こうかと思いを馳せ、辿り着いた答えをフェルに伝えてから早速出発である。
「いーな、今日ヴァディンおいたんとこ行ってくる!」
「はーい。じゃあこれをヴァディンさんとダナスさんとオヤツに食べて下さいね?」
「わぁ!いーなの大好きなぷいんら!!」
「ダナスさん達に悪戯しちゃ駄目ですよ?」
「あーい!いてきあしゅ!」
「はい。行ってらっしゃい。」
フェルに見送られて、イルナが姿を消すと、次に現れたのはダナスの膝の上であった。
「お?イルナか。」
「こんちー!いーな、来たお!」
「今日はヴァディンが出掛けてんだ。まぁゆっくりして行け。」
「あい!あ、フェルパパがこえ皆でおやちゅしろってー。」
「ん?おープリンか。じゃあしまっておいて、後でおやつの時間に食べような。」
「あーい!」
「さて。俺も出かけるんだがイルナも一緒に行くか?」
「行くー!!」
「よし来た。」
ヒョイっとイルナを抱き抱え、玄関から出て市場に来た。
イルナの知らない野菜や花が売られているのを眺めつつダナスが買い物をしていく。
「いーな、こえ買うー」
「ん?これか?買ってやろうか?」
「んーん。こにゃいだヴァディンおいたんにおこじゅかいもらったからおこじゅかいで買うー」
「でもこんな野菜何に使うんだ?」
「フェルパパにおみあげ。あと、このおはにゃママにおみあげ。セディパパは何がいいかなー?」
「…。ヴァディンは一体お前に幾ら持たせたんだか…」
「んー?小さいおーちくりゃいなら買えるって言ってた。」
「!?アイツは!!」
「でも、ちっちゃいお金も前もりゃったから、あとでおっきいお金ダナスおいちゃんにあじゅけていい?」
「ああ…なんだ?金貨か?大金貨か?」
「んーん?はくきんかって言ってたー」
「白金貨だと!?小さい家どころか屋敷が買えるぞ!?」
「しょなの?いーな今日お買い物こえ使うー」
「…。イルナ。両替してやる。それじゃあこの辺じゃ買い物出来ねぇ。」
「えぇ!?しょなの!?ダナスおいちゃんと来ててよかったー。」
ダナスがイルナから金貨を受け取ると、大きな銀貨を9枚と、少し小さい銀貨を10枚渡された。
「こっちが大銀貨で、こっちが中銀貨だ。買い物は中銀貨でしろ。それでもお釣りがくる。」
「わー!いーなお金いっぱい!お金持ちー!!」
「金持ちには違いねぇが、数ある方が沢山あるんじゃなくてな、色とかでかわるんだぞ?」
「しょなの?いーなお金あんましゃわんないからわっかんね!」
「後で教えてやる。とりあえずこの野菜と花全部で中銀貨一枚でお釣りがくる位だから、中銀貨一枚をおじさんに渡して買って来い。」
「らじゃー!!」
野菜を数種類と花を数種類抱えて店の店主の前に仁王立ちして、破顔する。
「くーだしゃーいなっ!!」
黙ってイルナを見下ろしていた壮年の店主がよろめき、胸を押さえて一歩下がった。
「?…おいしゃん、くーだしゃーいなっ!!」
「お、おう!ちょっと待ってな!包んでやる!」
イルナから荷物を受け取って、まず野菜をまとめると、麻のような紐で括り、花も同じように括ってから小さな濡れた布を切り口に当ててまた括る。
「よし、しめて小銀貨2枚と大銅貨3枚だ。お嬢ちゃん随分高いもんばっかり買ったが、金はあるか?」
「ダナスおいちゃんこえで大丈夫って言ってた!おいしゃん、こえでかえましゅか?」
「ん?…!?中銀貨じゃねぇか!ちょ、ちょっと待ってな!えーと…」
店主が腰についた皮袋を漁り、銀貨を何枚かと銅貨を何枚か取り出す。
「なんとかなりそうだ。あんまり大きな金は釣りが用意出来ねぇから次からもっと小さい金を持たせて貰いな。」
そう言いながら店主は小銀貨8枚と大銅貨7枚をイルナに渡した。
「…。ねぇねぇ、おいしゃん。このちっちゃいのは何枚でこのちょっと大きいのになる?」
「ん?小銀貨は10枚で中銀貨1枚だ。」
「じゃあこの大きい茶色は?何枚で何になる?」
「これは10枚で小銀貨1枚だ。」
「じゃあいーな沢山もあっちゃったよ!ほら、小ちゃい銀貨8枚ある!大っきい銅貨ももあったから、ちっちゃい銀貨1枚多いよ?」
「んん?ちょっと待てよ?んー…あ、ホントだ。ははっ!すまねぇな!正直者の嬢ちゃんだ!これをオマケに付けてやるよ!助かった!」
店主は笑いながら大きな芋のような物をイルナに渡した。
イルナはそれをポシェットにしまい、更に買った野菜や花も入れて行く。
「おいしゃんあいあとー!!いーなまたくるね!!」
「おう!待ってんぞ!」
「イルナ、ちゃんと買えたか?」
「ダナスおいちゃん!買えた!オマケももらった!!」
「そうか。おぅ、手間かけたな!」
「い、いや。良いってことよ!」
店主に大きく手を振って、店を後にする。
店主は、イルナ達が居なくなった後もイルナがいた店先をじっと見ていた。
すると、客が来て店主に言った。
「おっさん。どうした?ボーッとして。」
「いや…さっきダナスさんが来てな。」
「ダナスさんって領主様のとこのか?」
「ああ、A級冒険者だったか?領主様の護衛の…」
「それがどうしたよ?ダナスさんならよく来るじゃねぇか。」
「ああ。けどよー今日は随分可愛いのを連れてたな?」
「あん?可愛いの?」
店主は地面から50cm程の所に手をやり、不可解そうに一言言った。
「こんくらいのお嬢ちゃんを連れてきてた。賢い子供だったなー。」
「へぇ!じゃあ教育された子供って事か?」
「金はあまり触った事無さそうだったが、頭は良いみたいだったな。」
「じゃあなんだ?領主様の娘って事かい?」
「いやぁ…どうだろうな?わからん。」
「ふーん。まぁいいや!これくんな!」
「あいよ!まいど!」
この店主と客が知ってか知らずか。
隣の店に買い物に来ていた噂好きの主婦が話を聞いており、瞬く間に領主に子供が出来たと噂が広まった。
ここの領主の愛されている事。
噂を聞いた領民達がこぞって領主邸にお祝いの品を持ち込み、それをダナスが処理する未来が待っていた。
店主と別れたイルナは次にセディアスにお土産も買いたいと言い、何やら物色しながら散策した。
「いーな、セディパパ喜ぶ物わっかんねーだよねー」
「セディアスか…確かになんでも持ってそうだしなー。」
「おとなのおときょは何がうれしいんだ?」
「俺はそうだな…酒か…武器かだな。」
「そっかぁ…おしゃけかぁ…でもいーなんちおしゃけフェルパパがいっぱい持ってゆ。」
「そうだよなー…じゃあなんか飾れる物がいいんじゃねぇか?」
「しょだな!いーな飾れる物みたい!」
「よし。確かこの奥に民芸品を売ってる店が…」
ダナスは市場が一つ入った路地にある店にイルナを連れていった。
木彫りの熊やグラス、鉄で出来た人形、細工の美しい箱等が置かれ、珍しい物が多く見えた。
その中でもイルナが気に入ったのは一つの置物だった。
「こえ!いーなこえにすりゅ!セディパパじぇったい喜ぶ!!」
「…。まぁ、イルナが良いなら良いが…」
「こえくーだしゃーいなっ!!」
「はいよ!ありゃま。随分小さいお客さんだ。これは小銀貨3枚だよ?」
「いーな、ちっちゃい銀貨しってう。あい!しゃんまい!」
「確かに小銀貨3枚だね。ありがとさん。」
「おねーしゃんあいあと!」
「ありゃ、アタシがおねーさんかい?はっはっは!お世辞の上手なお嬢ちゃんだね!オマケにこれをあげるよ。可愛がっておやり。」
店主に小さめの猫のぬいぐるみをオマケに貰い、目を輝かせて喜ぶイルナ。
ダナスが店主に軽く頭を下げると、機嫌よく手を振ってくれた。
「おねーしゃん!いーなまたくんね!バイバイ!!」
「はいよ!またね!お嬢ちゃん!」
お土産の置物をポシェットに仕舞い、小さめの猫のぬいぐるみを抱えてダナスに抱き抱えられて屋敷に戻る。
道中皆が珍しそうな顔でダナスとイルナを見るが、イルナは猫のぬいぐるみに夢中で気づかなかった。
屋敷につくとヴァディンが帰っていたようで、置いていかれて拗ねていた。
ダナスが困ったように笑い、イルナも仕方がないと笑った。
「二人で出掛けてしまうなんて…些か白状ではないか?」
「だってヴァディンおいたんいなかったんだもん。」
「そうだぜ?それに、ただの買い物だぜ?」
「買い物でもなんでも、イルナやダナスと出掛けたかった。」
「お前代官の所に行ってたんだろう?そういやどうなった?今日は帰って来ないかと思ってたんだ。」
「彼奴は「首」にしてやった。代わりを立ててきたから大丈夫だ。全く…いつの世も人間は悪巧みが好きだな。」
「…。まぁ仕方ないな。人間だから。次のヤツはまともなんだろう?」
「まぁな。だが、彼奴も最初はまともだった。また定期的に廻らねばならんな。」
「お疲れさん。じゃあ拗ねてるヴァディンも交えてオヤツにしようぜ。」
「あーい!いーなおてて洗ってくる!」
イルナが手を洗いに行き、戻ってくると既にテーブルにプリンが並べられていた。
椅子には満足気なヴァディンが座っている。
さっきまでは拗ねていたのに、心変わりの激しい人だと思いながらイルナも椅子に座った。
すぐにダナスがイルナにジュースを持って来て座る。
どことなく頬が赤い気がするが、顔を洗って擦り過ぎたのだろうか。
そんなことより今は目の前のオヤツの方が大事なので、イルナはよしを待つ事にした。
「「幾千幾許の生命の元、この糧を賜ります。」」
「いくせんいくばくのせーめーのもとこのおいちーをいたらきましゅ!」
ダナスとヴァディンの祈りに続いてイルナも祈ると、美味しそうにプリンを頬張り始めた。
「んー!いーなフェルパパのぷいんしゅき!」
「逆にイルナが嫌いなもんがあるのか?」
「いーな、あれきあい。血ー」
「それはヴァディンしか食わん。」
「失敬な。私だってたまにしか食わん。」
「食うじゃねぇか。」
「気に入った者しか食わんぞ?」
「っ!」
ヴァディンがダナスに微笑むと、ダナスの顔が真っ赤に染まった。
それと同時にヴァディンの頭に軽く拳骨を落とした。
そのままダナスは自分の皿を片付けにキッチンに行ってしまった。
「…。解せぬ。何故殴られたんだ?」
「いーな、しんね。ヴァディンおいたんダナスおいちゃんの嫌な事言ったんでしょ。」
「…わからん。」
ヴァディンが首を傾げ考えてる間にイルナも食べ終え、自分の食器とヴァディンの食器を持ってそろそろとキッチンに向かう。
「ダナスおいちゃん!いーな、おてちゅだい!」
「おお!ありがとな!」
「あと、いーな眠くなったからけーる!」
「え?今?いや、もうちょっとここにいないか?」
「えー?いーなお昼寝のじきゃんだもん。」
「ここで昼寝…はしたら意味ねーか…うーん。」
「じゃ!いーなけーる!バイバイ!!」
「あ!ちょっ!?」
ダナスの交渉虚しく、イルナは溶けて消えていった。
ダナスの後ろにはヴァディンが控えていた。
「たっだいまーー!!いーなけぇった!!」
「はい。おかえりなさい。イルナさん。」
フェルがにっこりと微笑むと、イルナも嬉しそうに笑った。
そのままフェルに抱っこを強請り、居心地の良い位置を探すと、フンっと一息。
「じゃ!いーなお昼寝しゅる!!」
「えぇ!?」
カクンと力を無くす首を急いで受け止め、ホッと一息つくと、イルナは既に眠っていた。
余程疲れたのだろう。
イルナを抱えたまま彼女の部屋へ行き、彼女の小さなベッドへ寝かせてやると、寝ている筈のイルナの手がフェルの袖口をきゅっと握った。
次の瞬間には離されていたが、寂しいのかもしれないと暫くイルナの頭を撫でながらベッドの端に腰掛けていた。
ちょうど二時間後。
パチリと目を覚ますとガバッと音を立てて飛び起き、サッとベッドから滑り降りると一目散に洗面所へ駆けていくイルナ。
手をよく洗って、顔を洗い、歯磨きをして、緩んだ髪を結い直すと、キッチンへと疾走した。
「おあよー!!」
「おや、おはようございます。良い夢を見れましたか?」
「うぅん。夢は覚えて無いかもしれない!いーなわっかんね!」
「そうですか。今日は何をしてきたんですか?」
「いーなねー、ダナスおいちゃんとおきゃいもんいった!」
「お買い物ですか。それは楽しかったですね。」
「うん!おみあげあるお!」
肩にかけたまま寝てしまったポシェットから野菜を沢山出す。
どれもこれもイルナが見た事の無い野菜だった。
「わぁ!ありがとうございます!これとこれを使うとイルナさんが好きそうなお菓子が作れるんですよ?明日作ってあげましょうね?」
「わぁーい!!おやしゃいのおかしーーー!!」
「さっ、セディがイルナさんの事を待っていましたよ?何か渡したい物があるみたいでしたけど…」
「?…いーななんにもおねがいしてないよ?」
「なんでしょうね?俺も何を用意したのか知らないんですよ。」
「ふーん。いーな、セディパパんとこいってくる!」
「はーい。」
フェルに手を振ってリビングに駆け出す。
ソファーに腰掛けたセディアスを見つけると、駆けたまま跳ね、セディアスの膝上に着地した。
「セディパパただいま!おあよー!」
「ああ、おはよう。イルナに渡したい物があるんだ。」
「いーなもセディパパにわたしゅものあるー」
「ほう。奇遇だな。」
「じゃあせーのでだすよ!せーの!!」
勢いよくポシェットから引き抜いたのは、木彫りの犬の置物だった。
黒い犬がお座りをしてこちらを見上げている。
一方、セディアスが出したのは黒い犬のぬいぐるみだった。
尻尾がフサフサとしていて、イルナが抱えるのにちょうど良い大きさだ。
「わぁ!かぁいい!!」
「ほぅ…。なかなか良い置物だな?」
「ダナスおいちゃんとおきゃーものいったの。」
「そうかそうか。イルナ、ありがとう。」
「いーなも!セディパパあいあと!!だいじするね?」
満面の笑みでお礼を言うと、セディアスは満足そうにイルナの頭を撫でた。
そこにフェルがやってきて、二人の手元を見るなり一歩下がった。
「な、なんで二人とも…」
「「よろこびそうだと思ったから。」」
「…。そうですか…」
「あ!いーなママんとこいってくる!!」
「あ、ブラドさんはお部屋にいますよ。さっきまでは研究室にいたんですが、お部屋で休むそうです。」
「あーい!」
二人に手を振って駆け出す。
物凄い速さで一つの扉の前に来ると、ノックをしようとそっとドアに手を伸ばした。
だが、伸ばした手はドアには届かず、内開きの扉は勝手に開いていた。
「イルナちゃん、おはよう。さぁ、こっちにおいで?」
「!…ママ!!」
嬉しくて仕方が無いと言った様子でブラドの前まできてブラドを見上げる。
いつも通りの眠たげな瞳に、妖艶な唇は笑みを称えて、サラリとした青みを帯びた黒髪がブラドの座るソファーに伸びる。
組んだ脚をするりと解き、華奢な両腕でイルナを持ち上げると、膝に座らせてゆっくりと頭を撫でた。
「今日も一日楽しかったかい?」
「うん!いーなね、いーっぱいあしょんだ!!」
「そうかい。随分急いで来たみたいだけど、僕に何か用事かい?」
「うん!いーな、ママにおみあげ買って来た!ダナスおいちゃんとおきゃーものいったの。」
「へぇ!イルナちゃんも大きくなったねぇ?もう一人でお買い物が出来るようになったんだ?」
「うん!はい、これママにおみあげ!」
そう言ってポシェットから花束を取り出し、ブラドに差し出す。
ブラドは目を細め、イルナから花束を受け取ると、スンと鼻を鳴らして匂いを楽しんだ。
「良い匂いだねぇ!イルナちゃん、ありがとう。」
「えへへー!」
頬を林檎のように真っ赤にしながら、ブラドに撫でられるイルナ。
実はこれはとても珍しい光景である。
イルナはいつもブラドにさほど甘えないのだ。
母がいつも忙しいのはわかっているので、あまり困らせたくない。
だから、あちらこちらと出掛けては門限まで帰らない。
ブラドはイルナを見つめ、嬉しそうに笑う娘に笑いかける。
「…。いつも忙しくてごめんね?明日は僕と遊園地に行こうか?久しぶりに暫く休みが取れそうなんだ。」
「え!?…。いーな、だいじょぶだよ?ママ、ちゅかれてるんらからゆっくりしよ?いーな、ダナスおいちゃんにマッサージ教えてもらったよ!明日いーなママにマッサージしゅる!!」
「うーん。イルナちゃんにしてもらうマッサージも嬉しいけど、僕はイルナちゃんと二人で遊びに行ったりしたいなぁー。」
ブラドがにっこりと笑うと、イルナは困ったように眉尻を下げた。
「でも…いーな…」
「あ!じゃあ温泉行こうよ!温泉旅行!僕ね、半年位時間あるから、その間はイルナちゃんといっぱい遊びたいな。ね?いいでしょ?」
「おんしぇんって、おふよのやつ?」
「そうそう!まずは疲れを取るために温泉でゆっくりして、その後遊園地に行こう?で、その後は誰も知らないお花畑を見に行こう。その後は真っ暗な海の底を見に行って、ヘンテコな魚を探そう?あとはー…イルナちゃんがしたい事もいっぱいしよう?」
「あ、あ、いーな、でも…いーな、どーしよー…?」
「嫌かい?」
「うぅん。うれしい。けど、ママ困らない?ちゅかれない?大変じゃない? 」
「困るどころか楽しみだよ!イルナちゃんと遊んでれば疲れなんて吹っ飛んじゃうさ!イルナちゃんが楽しくなってくれれば大変な事なんて何も無いさ。じゃあ、約束ね?」
「うん!いーな、ママとあしょぶ!!」
ギュッとブラドに抱きつき、ブラドもイルナを優しく抱き締めた。
最近のブラドはかなり忙しく、今日やっと一段落した。
一人寂しい思いをしてやいないかと心配していたが、やはり相当我慢していたのだろう。
抱きしめて頭を撫でている内に夕飯の時間になったらしい。
フェルが呼びに来たので、ブラドはイルナを抱えたままダイニングに移動した。
テーブルについてもブラドはイルナを膝から下ろさず、そのまま食事を始めた。
「はい、イルナちゃんあ~ん。」
「わぁ!あ~ん!」
小さなプチトマトを頬張り、幸せそうに笑うイルナに、ブラドも微笑んだ。
「良かったな、ブラド。嫌われてなくて。」
「ほんとだよ。ずーーーっと構ってあげられなかったからもう駄目かと思ったよー」
「?…なんのおはなし?」
「イルナちゃんが僕の事嫌いになっちゃったかと思ったんだよ?ほら、最近ずっとお仕事であんまり遊んであげられなかったでしょ?ここ10年位。お勉強の時間とちょっとお庭で遊ぶだけじゃ寂しかったでしょ?」
「いーな、しょんなことないよ?ママ、おしごと頑張っていーなにお勉強教えてくえて大変って思った。」
「ほんとにいい子だよーこの子は。ほら見て?セディ?これが僕の娘だよ?」
「信じられんな!はははっ!」
「失敬だねぇ~。あ、そうだ。僕明日からイルナちゃんと旅行に行くから。暫く留守にするね?フェル君、宜しく~」
「あ、はい。わかりました。お部屋の掃除はどうします?俺がしちゃって良いですか?」
「うん。危ない薬なんかは全部薬品棚にしまったから大丈夫。僕の部屋はほっといても良いけど、イルナちゃんのお部屋はお願い。帰った時にすぐ使えるようにしてて欲しいんだよね?」
「わかりました。ブラドさんが良いならブラドさんの部屋もやっときますよ。」
「ありがとー!フェル君は良い子だねぇ!イヒヒッ!」
食事を済ませると、ブラドとイルナは一緒に風呂に入って、イルナが日課の日記を書いてから、一緒のベッドに入って眠るまでおしゃべりをした。
イルナが何を話してもブラドは微笑みながら話を聞いて、こっそりフェルの隠し事や、ダナスの事、セディアスの昔話やイルナが生まれた時の事と沢山の話をした。
話をしている内に眠くなってしまったらしい。
そのまま寝入ってしまったイルナをながめながら、イルナの頭を優しく撫でる。
「イルナちゃん、明日も楽しいと良いね。」
Fin?
きょおはいーな、セディパパとフェルパパであしょんだ。
ママがたのしそうだったから、いーなもたのしかった。
あと、ダナスおいちゃんとおかいものにいった。
みんなやさしくてうれしかった。
おみあげをかっていったらみんなよろこんでくれた。
きょおもいちにちたのしかった。
イルナの朝は早い。
それは母親であるブラドよりも、庭で飼っている鶏よりも早い時間。
すやすやと眠る幼女の目が急に見開かれ、音がする程に勢いよく起き上がる。
大きな欠伸を一つと、両腕を真っ直ぐ上に伸ばす動作の後、サッとベッドから滑り降り、駆け足で洗面所に入ると顔を洗って歯を磨いて小さな手で髪を二つに結う。
とは言っても、やはり小さな手で幼女がやる物なので分け目はガタガタ、高さは違う。
それでも練習とばかりに一人で結くのだ。
一人で何でも出来る女になるのが夢の自称3歳である。
洗面所をあとにすると、目指すはキッチン。
そこには高い身長に、赤みを帯びた黒い長髪、白いシャツに赤いエプロンをした男が待ち構えていた。
「おあよー!!フェルパパおげんきでしゅか!」
「はーい。おはようございます。今日も元気ですよー。イルナさんはお元気ですか?」
「あーい!いーなも元気でしゅ!」
「良い返事ですね。じゃあ髪、結びましょうか?」
「あーい!」
前髪で目元が見えないが、優しげに微笑んだ男が椅子に座ると、その前にイルナが立つ。
くるりと背を向けると、洗面所から持ってきたブラシとコームをフェルに渡す。
慣れた動作が日課だと物語っていた。
「いつも綺麗な髪ですねぇー。ブラドさんが気を使ってるんですね。」
「そだよ!ママ、いーなの髪の毛しゅきだって!」
「そうでしょうねー、ブラドさんの自慢の娘ですから。」
「ふふーん!いーな、じまんのむしゅめ!」
「ふふ、ほら、出来ましたよ。これを置いて来てくれますか?」
「あーい!フェルパパ、今日もあいあとした!」
「はい。また明日もやりますね。」
フェルからブラシとコームを受け取ると、洗面所に戻し、その足で玄関まで走り、玄関先に置いてある籠を手に取ると、外へと駆け出した。
イルナには毎日の仕事があるのだ。
暫く走って庭に出ると、少し離れた一角に鶏小屋がある。
隣の飼料小屋から鶏の餌を取り出し、餌場に入れる。
「とーとーとー。とりしゃんどうじょー。」
鶏に餌をやり終えると、鶏が巣を作っている辺りをそっと覗き込み、中にあった卵を取る。
今日はなんと10個も卵を発見した。
殆どの鶏が卵を産んだようだ。
「今日はとりしゃん皆かんばったんらなー。いちゅもあいあと!」
鶏の卵を籠に詰め込むと、少し重そうによっこらよっこら歩いてキッチンまで戻った。
落としてしまうと鶏の頑張りが無駄になってしまうので、この仕事は責任重大なのだ。
「フェルパパ!今日とりしゃんがんばった!!じっこあった!じっこ!!」
「おや、周期が合ったのでしょうかね?今日は卵料理が沢山作れますね。」
「うん!いーな、おむれちゅ食べたい!」
「じゃあ朝ごはんに作りましょう。」
「いーな、しゃらだ取り行ってくる!」
「はーい。いつもありがとうございます。」
フェルに卵を籠から出してもらうと、代わりにハサミを入れ、またその籠を持って庭に駆けていく。
今度は菜園だ。
イルナが大好きな大きなトマトが鈴なりになり、レタスやきゅうり、人参にジャガイモまでありとあらゆる野菜が沢山あった。
不思議な事にどの季節の野菜も収穫時期といった実りようである。
不思議な菜園からきゅうりにトマト、レタスに人参、水菜にミニトマト。
沢山の野菜を収穫して籠に詰めて行く。
トマトが大好きなので少し多めに採ってしまった。
少し重いだろうか?と考えていると、薔薇園の方向からフェルより低めの身長の男が歩いて来た。
フェルとは違う漆黒の長髪で、真っ白な肌に真っ赤な瞳が印象的な美しい男だった。
「あ!セディパパ!!おあよー!!」
「あぁ、おはよう。精が出るな。イルナ。」
「いーなおてちゅだいだお!!」
「そうか。だが少し重たそうだな?どれ、私が持ってやろう。」
「セディパパあいあと!今日ねーとりしゃんがんばったんだよ?じっこもあったの。卵。」
「ほー。では今日は卵の日だな。」
「しょだよ!いーな、あしゃはおむれちゅなの。」
「そーか。では私もそうしようか。」
美しい笑みでイルナに笑いかけると、イルナもにっこりと笑う。
二人でキッチンに戻ると、フェルの朝食の支度はだいぶ進んでいるようだった。
「フェルパパ!採ってきたよ!セディパパてちゅだってくえた!」
「あ、セディも起きてたんですね。おはようございます。」
「起きたと言うか、これから寝る所だ。朝食をとってから寝る事にした。」
「はぁ…なるべく夜に寝て下さいね?」
「うーん。まぁ、努力する。」
「いーなね、いーなトマトたくさん!たくさんだべゆ!!」
「分かりました。では手を洗ってダイニングで待っていて下さいね?」
「あーい!」
洗面所で手をよく洗うと、ダイニングのテーブルの席について足をパタパタと振りながら待つ。
暫くすると目の前に朝食が並び始めた。
「はい。イルナさんのフレンチトーストとサラダとオムレツですよー。気を付けて食べて下さいね?」
「あーい!いたあきましゅ!」
イルナのサラダにはトマトが多めに入っていて食べると幸せな気持ちになった。
とれたて卵のオムレツもふわふわで、中はトロトロと溶けだし、たまに当たるチーズがとても美味しい。
極めつけの甘いフレンチトーストにはたっぷりのシロップで、これだけで生きていて良かったと言うものだ。
朝食を機嫌よく終え、歯磨きを済ませると、ここからはイルナの自由時間が始まる。
自由時間と言えども、イルナにはやるべき事が山積みなのだ。
まずは書庫に行って文字の練習がてら数学の本を写本する。
写本した本はイルナの部屋の本棚に入れるので、これまでの成果が一目で分かるのだ。
写本は一日5ページ進め、栞を挟んでまた明日だ。
淑女になるべく修行中のイルナは忙しいのである。
この後はフェルからマナー講座を受け、セディアスから魔法を習い、母から母の作った薬品についての話を聞く。
そして母からご褒美に危険の無い薬を一つ貰い、今日の遊びに使うのだ。
さぁ今日は誰に使おうか。
幸い今日は注射器で打つ薬だ。
これなら誰にでも使える。
キョロキョロと辺りを見回し、フェルを見付ける。
走ってフェルの足にしがみつくと、その足にぐっさりと注射器を刺した。
「いっ!?イルナさん、また何を!!?」
そう言う間にも何故か煙が立ち込め、気がつくとそこにフェルの姿は無く
代わりにイルナ一人位なら楽にのれそうな程大きな黒い毛並みの狼が現れた。
「!?」
「んーとね。きょおのおくしゅりはーほんらいのしゅがたにもどしゅくしゅりだってー。フェルパパはやっぱりワンワンなんだなー」
「!!俺は犬じゃないです!狼ですっ!!」
「わんわんらー。いいこいいこ。」
「早く元に戻して下さいよ!」
「ママが30分で元に戻るって言ってた。」
「はぁ…30分も…じゃあ仕方ないですね。戻るまで我慢しましょう。」
フェルがため息をついた時、セディアスが部屋に入って来る。
「ふぁ…よく寝た。ん?フェルはイルナを乗せてどこか行くのか?どれ。私も行こうかな。散歩だ散歩。」
「わーい!いーなおしゃんぽすきぃ!!」
「まぁ…大体の事は終わったんで良いですけど…イルナさん。あまり悪戯は駄目ですよ?」
「いーな、ちゃんとフェルパパあしょんでいいじかんにしてるからいいってママ言ってた。」
「…ブラドさんですか…。じゃあ俺じゃ逆らえないじゃないですか…」
「なんだ?またイルナに遊ばれたのか。まぁいいんじゃないか?子供のする事だし。」
「今回はまだ良いですけど、前なんて酷かったじゃないですか。朝起きたら女の子になっててとても困ったんですよ?身長も小さくなっちゃったから洗濯物も干せないし…」
「だからちゃんと手伝っただろう?子供は少し悪戯する位で良いのだ。」
クスクスと笑いながら口元を押さえてフェルの頭を撫でるセディアスの真似をしてイルナもフェルの頭を撫でる。
少しだけ気持ちよさそうにするフェルに、セディアスはまたも笑いを堪える。
「じゃあイルナさんは歩きますか?それとも俺に乗って行きます?」
「いーなフェルパパ乗る!お犬さんごっこしゅる!!」
「だから犬じゃねーですってば!もう!」
怒りながらも背には乗せてくれるフェルに愛情を感じながらフカフカの毛皮によじ登ると、ぎゅっとしがみつく。
「いーな早いのがいい!フェルパパ早いして!!」
「いいですよー。」
フェルが走り出すと、周りの景色は瞬く間にかわって行く。
その横をセディアスが事も無げに走ってついて行く。
走っているのかと思えば、背中には赤い翼が見えていて、殆ど飛んでいるようだった。
「あ!いーな今度セディパパと夜おしゃんぽしたい!お空のおしゃんぽ!!」
「んー?いいぞ?だが今日はフェルと散歩してるから明日な。明日の夜に行こう。」
「あーい!えへへ!フェルパパ、早いはやーい!!」
一体どんな速さで走っているのか、気がつけば広大な敷地の屋敷を3周もしていた。
その後、屋敷の裏庭の広場にやって来た。
早速イルナは生えている雑草を集めて花冠を作り始めた。
一方、セディアスはどこから出したかフリスビーを持ってフェルの目の前で軽く振る。
「いいか?フェル。これを取ってくるのだぞ?地面に落としたら酷い目に合わせてやるからな?」
「だから俺は犬じゃねーって…もう投げてるし!」
「酷い目にあわせるからなー。」
「っ!!俺は犬じゃねー!!!」
そういいながらも酷い目が怖いのか、空中でフリスビーを咥えてキャッチしてセディアスの元に戻って来た。
セディアスにフリスビーを渡すと、セディアスが首元をガシガシと撫でる。
「よぉーしよし。よくやった。もう1回だ!!」
なんだかんだとフリスビーを追いかけるフェルと、投げるセディアス。
その写真を撮るイルナ。
いつの間にかブラドも参加して、何枚も投げられるフリスビーをフェルが一生懸命集める遊びになっていた。
フェルが元に戻り、昼食を済ませると、イルナはお出かけである。
外では何があるかお勉強の時間なのである。
今日はどこへ行こうかと思いを馳せ、辿り着いた答えをフェルに伝えてから早速出発である。
「いーな、今日ヴァディンおいたんとこ行ってくる!」
「はーい。じゃあこれをヴァディンさんとダナスさんとオヤツに食べて下さいね?」
「わぁ!いーなの大好きなぷいんら!!」
「ダナスさん達に悪戯しちゃ駄目ですよ?」
「あーい!いてきあしゅ!」
「はい。行ってらっしゃい。」
フェルに見送られて、イルナが姿を消すと、次に現れたのはダナスの膝の上であった。
「お?イルナか。」
「こんちー!いーな、来たお!」
「今日はヴァディンが出掛けてんだ。まぁゆっくりして行け。」
「あい!あ、フェルパパがこえ皆でおやちゅしろってー。」
「ん?おープリンか。じゃあしまっておいて、後でおやつの時間に食べような。」
「あーい!」
「さて。俺も出かけるんだがイルナも一緒に行くか?」
「行くー!!」
「よし来た。」
ヒョイっとイルナを抱き抱え、玄関から出て市場に来た。
イルナの知らない野菜や花が売られているのを眺めつつダナスが買い物をしていく。
「いーな、こえ買うー」
「ん?これか?買ってやろうか?」
「んーん。こにゃいだヴァディンおいたんにおこじゅかいもらったからおこじゅかいで買うー」
「でもこんな野菜何に使うんだ?」
「フェルパパにおみあげ。あと、このおはにゃママにおみあげ。セディパパは何がいいかなー?」
「…。ヴァディンは一体お前に幾ら持たせたんだか…」
「んー?小さいおーちくりゃいなら買えるって言ってた。」
「!?アイツは!!」
「でも、ちっちゃいお金も前もりゃったから、あとでおっきいお金ダナスおいちゃんにあじゅけていい?」
「ああ…なんだ?金貨か?大金貨か?」
「んーん?はくきんかって言ってたー」
「白金貨だと!?小さい家どころか屋敷が買えるぞ!?」
「しょなの?いーな今日お買い物こえ使うー」
「…。イルナ。両替してやる。それじゃあこの辺じゃ買い物出来ねぇ。」
「えぇ!?しょなの!?ダナスおいちゃんと来ててよかったー。」
ダナスがイルナから金貨を受け取ると、大きな銀貨を9枚と、少し小さい銀貨を10枚渡された。
「こっちが大銀貨で、こっちが中銀貨だ。買い物は中銀貨でしろ。それでもお釣りがくる。」
「わー!いーなお金いっぱい!お金持ちー!!」
「金持ちには違いねぇが、数ある方が沢山あるんじゃなくてな、色とかでかわるんだぞ?」
「しょなの?いーなお金あんましゃわんないからわっかんね!」
「後で教えてやる。とりあえずこの野菜と花全部で中銀貨一枚でお釣りがくる位だから、中銀貨一枚をおじさんに渡して買って来い。」
「らじゃー!!」
野菜を数種類と花を数種類抱えて店の店主の前に仁王立ちして、破顔する。
「くーだしゃーいなっ!!」
黙ってイルナを見下ろしていた壮年の店主がよろめき、胸を押さえて一歩下がった。
「?…おいしゃん、くーだしゃーいなっ!!」
「お、おう!ちょっと待ってな!包んでやる!」
イルナから荷物を受け取って、まず野菜をまとめると、麻のような紐で括り、花も同じように括ってから小さな濡れた布を切り口に当ててまた括る。
「よし、しめて小銀貨2枚と大銅貨3枚だ。お嬢ちゃん随分高いもんばっかり買ったが、金はあるか?」
「ダナスおいちゃんこえで大丈夫って言ってた!おいしゃん、こえでかえましゅか?」
「ん?…!?中銀貨じゃねぇか!ちょ、ちょっと待ってな!えーと…」
店主が腰についた皮袋を漁り、銀貨を何枚かと銅貨を何枚か取り出す。
「なんとかなりそうだ。あんまり大きな金は釣りが用意出来ねぇから次からもっと小さい金を持たせて貰いな。」
そう言いながら店主は小銀貨8枚と大銅貨7枚をイルナに渡した。
「…。ねぇねぇ、おいしゃん。このちっちゃいのは何枚でこのちょっと大きいのになる?」
「ん?小銀貨は10枚で中銀貨1枚だ。」
「じゃあこの大きい茶色は?何枚で何になる?」
「これは10枚で小銀貨1枚だ。」
「じゃあいーな沢山もあっちゃったよ!ほら、小ちゃい銀貨8枚ある!大っきい銅貨ももあったから、ちっちゃい銀貨1枚多いよ?」
「んん?ちょっと待てよ?んー…あ、ホントだ。ははっ!すまねぇな!正直者の嬢ちゃんだ!これをオマケに付けてやるよ!助かった!」
店主は笑いながら大きな芋のような物をイルナに渡した。
イルナはそれをポシェットにしまい、更に買った野菜や花も入れて行く。
「おいしゃんあいあとー!!いーなまたくるね!!」
「おう!待ってんぞ!」
「イルナ、ちゃんと買えたか?」
「ダナスおいちゃん!買えた!オマケももらった!!」
「そうか。おぅ、手間かけたな!」
「い、いや。良いってことよ!」
店主に大きく手を振って、店を後にする。
店主は、イルナ達が居なくなった後もイルナがいた店先をじっと見ていた。
すると、客が来て店主に言った。
「おっさん。どうした?ボーッとして。」
「いや…さっきダナスさんが来てな。」
「ダナスさんって領主様のとこのか?」
「ああ、A級冒険者だったか?領主様の護衛の…」
「それがどうしたよ?ダナスさんならよく来るじゃねぇか。」
「ああ。けどよー今日は随分可愛いのを連れてたな?」
「あん?可愛いの?」
店主は地面から50cm程の所に手をやり、不可解そうに一言言った。
「こんくらいのお嬢ちゃんを連れてきてた。賢い子供だったなー。」
「へぇ!じゃあ教育された子供って事か?」
「金はあまり触った事無さそうだったが、頭は良いみたいだったな。」
「じゃあなんだ?領主様の娘って事かい?」
「いやぁ…どうだろうな?わからん。」
「ふーん。まぁいいや!これくんな!」
「あいよ!まいど!」
この店主と客が知ってか知らずか。
隣の店に買い物に来ていた噂好きの主婦が話を聞いており、瞬く間に領主に子供が出来たと噂が広まった。
ここの領主の愛されている事。
噂を聞いた領民達がこぞって領主邸にお祝いの品を持ち込み、それをダナスが処理する未来が待っていた。
店主と別れたイルナは次にセディアスにお土産も買いたいと言い、何やら物色しながら散策した。
「いーな、セディパパ喜ぶ物わっかんねーだよねー」
「セディアスか…確かになんでも持ってそうだしなー。」
「おとなのおときょは何がうれしいんだ?」
「俺はそうだな…酒か…武器かだな。」
「そっかぁ…おしゃけかぁ…でもいーなんちおしゃけフェルパパがいっぱい持ってゆ。」
「そうだよなー…じゃあなんか飾れる物がいいんじゃねぇか?」
「しょだな!いーな飾れる物みたい!」
「よし。確かこの奥に民芸品を売ってる店が…」
ダナスは市場が一つ入った路地にある店にイルナを連れていった。
木彫りの熊やグラス、鉄で出来た人形、細工の美しい箱等が置かれ、珍しい物が多く見えた。
その中でもイルナが気に入ったのは一つの置物だった。
「こえ!いーなこえにすりゅ!セディパパじぇったい喜ぶ!!」
「…。まぁ、イルナが良いなら良いが…」
「こえくーだしゃーいなっ!!」
「はいよ!ありゃま。随分小さいお客さんだ。これは小銀貨3枚だよ?」
「いーな、ちっちゃい銀貨しってう。あい!しゃんまい!」
「確かに小銀貨3枚だね。ありがとさん。」
「おねーしゃんあいあと!」
「ありゃ、アタシがおねーさんかい?はっはっは!お世辞の上手なお嬢ちゃんだね!オマケにこれをあげるよ。可愛がっておやり。」
店主に小さめの猫のぬいぐるみをオマケに貰い、目を輝かせて喜ぶイルナ。
ダナスが店主に軽く頭を下げると、機嫌よく手を振ってくれた。
「おねーしゃん!いーなまたくんね!バイバイ!!」
「はいよ!またね!お嬢ちゃん!」
お土産の置物をポシェットに仕舞い、小さめの猫のぬいぐるみを抱えてダナスに抱き抱えられて屋敷に戻る。
道中皆が珍しそうな顔でダナスとイルナを見るが、イルナは猫のぬいぐるみに夢中で気づかなかった。
屋敷につくとヴァディンが帰っていたようで、置いていかれて拗ねていた。
ダナスが困ったように笑い、イルナも仕方がないと笑った。
「二人で出掛けてしまうなんて…些か白状ではないか?」
「だってヴァディンおいたんいなかったんだもん。」
「そうだぜ?それに、ただの買い物だぜ?」
「買い物でもなんでも、イルナやダナスと出掛けたかった。」
「お前代官の所に行ってたんだろう?そういやどうなった?今日は帰って来ないかと思ってたんだ。」
「彼奴は「首」にしてやった。代わりを立ててきたから大丈夫だ。全く…いつの世も人間は悪巧みが好きだな。」
「…。まぁ仕方ないな。人間だから。次のヤツはまともなんだろう?」
「まぁな。だが、彼奴も最初はまともだった。また定期的に廻らねばならんな。」
「お疲れさん。じゃあ拗ねてるヴァディンも交えてオヤツにしようぜ。」
「あーい!いーなおてて洗ってくる!」
イルナが手を洗いに行き、戻ってくると既にテーブルにプリンが並べられていた。
椅子には満足気なヴァディンが座っている。
さっきまでは拗ねていたのに、心変わりの激しい人だと思いながらイルナも椅子に座った。
すぐにダナスがイルナにジュースを持って来て座る。
どことなく頬が赤い気がするが、顔を洗って擦り過ぎたのだろうか。
そんなことより今は目の前のオヤツの方が大事なので、イルナはよしを待つ事にした。
「「幾千幾許の生命の元、この糧を賜ります。」」
「いくせんいくばくのせーめーのもとこのおいちーをいたらきましゅ!」
ダナスとヴァディンの祈りに続いてイルナも祈ると、美味しそうにプリンを頬張り始めた。
「んー!いーなフェルパパのぷいんしゅき!」
「逆にイルナが嫌いなもんがあるのか?」
「いーな、あれきあい。血ー」
「それはヴァディンしか食わん。」
「失敬な。私だってたまにしか食わん。」
「食うじゃねぇか。」
「気に入った者しか食わんぞ?」
「っ!」
ヴァディンがダナスに微笑むと、ダナスの顔が真っ赤に染まった。
それと同時にヴァディンの頭に軽く拳骨を落とした。
そのままダナスは自分の皿を片付けにキッチンに行ってしまった。
「…。解せぬ。何故殴られたんだ?」
「いーな、しんね。ヴァディンおいたんダナスおいちゃんの嫌な事言ったんでしょ。」
「…わからん。」
ヴァディンが首を傾げ考えてる間にイルナも食べ終え、自分の食器とヴァディンの食器を持ってそろそろとキッチンに向かう。
「ダナスおいちゃん!いーな、おてちゅだい!」
「おお!ありがとな!」
「あと、いーな眠くなったからけーる!」
「え?今?いや、もうちょっとここにいないか?」
「えー?いーなお昼寝のじきゃんだもん。」
「ここで昼寝…はしたら意味ねーか…うーん。」
「じゃ!いーなけーる!バイバイ!!」
「あ!ちょっ!?」
ダナスの交渉虚しく、イルナは溶けて消えていった。
ダナスの後ろにはヴァディンが控えていた。
「たっだいまーー!!いーなけぇった!!」
「はい。おかえりなさい。イルナさん。」
フェルがにっこりと微笑むと、イルナも嬉しそうに笑った。
そのままフェルに抱っこを強請り、居心地の良い位置を探すと、フンっと一息。
「じゃ!いーなお昼寝しゅる!!」
「えぇ!?」
カクンと力を無くす首を急いで受け止め、ホッと一息つくと、イルナは既に眠っていた。
余程疲れたのだろう。
イルナを抱えたまま彼女の部屋へ行き、彼女の小さなベッドへ寝かせてやると、寝ている筈のイルナの手がフェルの袖口をきゅっと握った。
次の瞬間には離されていたが、寂しいのかもしれないと暫くイルナの頭を撫でながらベッドの端に腰掛けていた。
ちょうど二時間後。
パチリと目を覚ますとガバッと音を立てて飛び起き、サッとベッドから滑り降りると一目散に洗面所へ駆けていくイルナ。
手をよく洗って、顔を洗い、歯磨きをして、緩んだ髪を結い直すと、キッチンへと疾走した。
「おあよー!!」
「おや、おはようございます。良い夢を見れましたか?」
「うぅん。夢は覚えて無いかもしれない!いーなわっかんね!」
「そうですか。今日は何をしてきたんですか?」
「いーなねー、ダナスおいちゃんとおきゃいもんいった!」
「お買い物ですか。それは楽しかったですね。」
「うん!おみあげあるお!」
肩にかけたまま寝てしまったポシェットから野菜を沢山出す。
どれもこれもイルナが見た事の無い野菜だった。
「わぁ!ありがとうございます!これとこれを使うとイルナさんが好きそうなお菓子が作れるんですよ?明日作ってあげましょうね?」
「わぁーい!!おやしゃいのおかしーーー!!」
「さっ、セディがイルナさんの事を待っていましたよ?何か渡したい物があるみたいでしたけど…」
「?…いーななんにもおねがいしてないよ?」
「なんでしょうね?俺も何を用意したのか知らないんですよ。」
「ふーん。いーな、セディパパんとこいってくる!」
「はーい。」
フェルに手を振ってリビングに駆け出す。
ソファーに腰掛けたセディアスを見つけると、駆けたまま跳ね、セディアスの膝上に着地した。
「セディパパただいま!おあよー!」
「ああ、おはよう。イルナに渡したい物があるんだ。」
「いーなもセディパパにわたしゅものあるー」
「ほう。奇遇だな。」
「じゃあせーのでだすよ!せーの!!」
勢いよくポシェットから引き抜いたのは、木彫りの犬の置物だった。
黒い犬がお座りをしてこちらを見上げている。
一方、セディアスが出したのは黒い犬のぬいぐるみだった。
尻尾がフサフサとしていて、イルナが抱えるのにちょうど良い大きさだ。
「わぁ!かぁいい!!」
「ほぅ…。なかなか良い置物だな?」
「ダナスおいちゃんとおきゃーものいったの。」
「そうかそうか。イルナ、ありがとう。」
「いーなも!セディパパあいあと!!だいじするね?」
満面の笑みでお礼を言うと、セディアスは満足そうにイルナの頭を撫でた。
そこにフェルがやってきて、二人の手元を見るなり一歩下がった。
「な、なんで二人とも…」
「「よろこびそうだと思ったから。」」
「…。そうですか…」
「あ!いーなママんとこいってくる!!」
「あ、ブラドさんはお部屋にいますよ。さっきまでは研究室にいたんですが、お部屋で休むそうです。」
「あーい!」
二人に手を振って駆け出す。
物凄い速さで一つの扉の前に来ると、ノックをしようとそっとドアに手を伸ばした。
だが、伸ばした手はドアには届かず、内開きの扉は勝手に開いていた。
「イルナちゃん、おはよう。さぁ、こっちにおいで?」
「!…ママ!!」
嬉しくて仕方が無いと言った様子でブラドの前まできてブラドを見上げる。
いつも通りの眠たげな瞳に、妖艶な唇は笑みを称えて、サラリとした青みを帯びた黒髪がブラドの座るソファーに伸びる。
組んだ脚をするりと解き、華奢な両腕でイルナを持ち上げると、膝に座らせてゆっくりと頭を撫でた。
「今日も一日楽しかったかい?」
「うん!いーなね、いーっぱいあしょんだ!!」
「そうかい。随分急いで来たみたいだけど、僕に何か用事かい?」
「うん!いーな、ママにおみあげ買って来た!ダナスおいちゃんとおきゃーものいったの。」
「へぇ!イルナちゃんも大きくなったねぇ?もう一人でお買い物が出来るようになったんだ?」
「うん!はい、これママにおみあげ!」
そう言ってポシェットから花束を取り出し、ブラドに差し出す。
ブラドは目を細め、イルナから花束を受け取ると、スンと鼻を鳴らして匂いを楽しんだ。
「良い匂いだねぇ!イルナちゃん、ありがとう。」
「えへへー!」
頬を林檎のように真っ赤にしながら、ブラドに撫でられるイルナ。
実はこれはとても珍しい光景である。
イルナはいつもブラドにさほど甘えないのだ。
母がいつも忙しいのはわかっているので、あまり困らせたくない。
だから、あちらこちらと出掛けては門限まで帰らない。
ブラドはイルナを見つめ、嬉しそうに笑う娘に笑いかける。
「…。いつも忙しくてごめんね?明日は僕と遊園地に行こうか?久しぶりに暫く休みが取れそうなんだ。」
「え!?…。いーな、だいじょぶだよ?ママ、ちゅかれてるんらからゆっくりしよ?いーな、ダナスおいちゃんにマッサージ教えてもらったよ!明日いーなママにマッサージしゅる!!」
「うーん。イルナちゃんにしてもらうマッサージも嬉しいけど、僕はイルナちゃんと二人で遊びに行ったりしたいなぁー。」
ブラドがにっこりと笑うと、イルナは困ったように眉尻を下げた。
「でも…いーな…」
「あ!じゃあ温泉行こうよ!温泉旅行!僕ね、半年位時間あるから、その間はイルナちゃんといっぱい遊びたいな。ね?いいでしょ?」
「おんしぇんって、おふよのやつ?」
「そうそう!まずは疲れを取るために温泉でゆっくりして、その後遊園地に行こう?で、その後は誰も知らないお花畑を見に行こう。その後は真っ暗な海の底を見に行って、ヘンテコな魚を探そう?あとはー…イルナちゃんがしたい事もいっぱいしよう?」
「あ、あ、いーな、でも…いーな、どーしよー…?」
「嫌かい?」
「うぅん。うれしい。けど、ママ困らない?ちゅかれない?大変じゃない? 」
「困るどころか楽しみだよ!イルナちゃんと遊んでれば疲れなんて吹っ飛んじゃうさ!イルナちゃんが楽しくなってくれれば大変な事なんて何も無いさ。じゃあ、約束ね?」
「うん!いーな、ママとあしょぶ!!」
ギュッとブラドに抱きつき、ブラドもイルナを優しく抱き締めた。
最近のブラドはかなり忙しく、今日やっと一段落した。
一人寂しい思いをしてやいないかと心配していたが、やはり相当我慢していたのだろう。
抱きしめて頭を撫でている内に夕飯の時間になったらしい。
フェルが呼びに来たので、ブラドはイルナを抱えたままダイニングに移動した。
テーブルについてもブラドはイルナを膝から下ろさず、そのまま食事を始めた。
「はい、イルナちゃんあ~ん。」
「わぁ!あ~ん!」
小さなプチトマトを頬張り、幸せそうに笑うイルナに、ブラドも微笑んだ。
「良かったな、ブラド。嫌われてなくて。」
「ほんとだよ。ずーーーっと構ってあげられなかったからもう駄目かと思ったよー」
「?…なんのおはなし?」
「イルナちゃんが僕の事嫌いになっちゃったかと思ったんだよ?ほら、最近ずっとお仕事であんまり遊んであげられなかったでしょ?ここ10年位。お勉強の時間とちょっとお庭で遊ぶだけじゃ寂しかったでしょ?」
「いーな、しょんなことないよ?ママ、おしごと頑張っていーなにお勉強教えてくえて大変って思った。」
「ほんとにいい子だよーこの子は。ほら見て?セディ?これが僕の娘だよ?」
「信じられんな!はははっ!」
「失敬だねぇ~。あ、そうだ。僕明日からイルナちゃんと旅行に行くから。暫く留守にするね?フェル君、宜しく~」
「あ、はい。わかりました。お部屋の掃除はどうします?俺がしちゃって良いですか?」
「うん。危ない薬なんかは全部薬品棚にしまったから大丈夫。僕の部屋はほっといても良いけど、イルナちゃんのお部屋はお願い。帰った時にすぐ使えるようにしてて欲しいんだよね?」
「わかりました。ブラドさんが良いならブラドさんの部屋もやっときますよ。」
「ありがとー!フェル君は良い子だねぇ!イヒヒッ!」
食事を済ませると、ブラドとイルナは一緒に風呂に入って、イルナが日課の日記を書いてから、一緒のベッドに入って眠るまでおしゃべりをした。
イルナが何を話してもブラドは微笑みながら話を聞いて、こっそりフェルの隠し事や、ダナスの事、セディアスの昔話やイルナが生まれた時の事と沢山の話をした。
話をしている内に眠くなってしまったらしい。
そのまま寝入ってしまったイルナをながめながら、イルナの頭を優しく撫でる。
「イルナちゃん、明日も楽しいと良いね。」
Fin?
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