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おっさん、女を知る。

ある午後、窓から差す日差しはジリジリと肌を焦がし暑さが人々を朦朧とさせる中、とある屋敷の一室ではなにやら怪しげな空気が立ち込めていた。
一人の女が試験管を傾け軽く振ると、満足そうに頷く。

「うん。まぁまぁの出来だねぇ。これをアレに入れて…」

クスクスと楽しそうに試験管を振りながら部屋を出て行く女を、物陰から一人の幼女が見送っていた。

「ママ…またおもちろしょーなことしてうんだな。いーなもなんかしたいなー…」

ふと視線を母親の部屋に移すと、数あるフラスコの中から一つ見覚えのある物を見つけた。
ニヤァっと口角を上げ、落とさないよう慎重にフラスコを抱えると、そのまま姿を消して行った。








ある午後、窓から差す日差しはジリジリと肌を焦がし暑さが人を朦朧とさせる中、とある屋敷の一室ではなにやら不機嫌そうな男が机に突っ伏していた。
服を着るのも鬱陶しいと珍しく上半身をさらけ出した青年が忌々しげに外を睨んだ。

「あっちー…なんでこんなに暑いんだよ…おいヴァディン。この暑さなんとかならねぇか?」

男の向かいでキッチリと着込んで本を読んでいたヴァディンはふっと視線を上げたが、また直ぐに手元に戻す。

「私には人間のように暑い寒いとはあまり感じないのでな。だが…一つだけ知っているぞ?暑さをどうにかする方法を。」

「なんだと!?早く言えよ!!どうすんだ?」

「何、簡単な事だ。走れ。走ればもっと暑くなる。」

「お前馬鹿か?俺は暑くなりたいんじゃない。涼しくなりたいんだ。」

呆れ顔でヴァディンを睨みつける男を見遣り、ふっと笑みを零す。
男がその美しい笑みに少し呆気に取られてすぐに視線を逸らした。
このヴァディンと言う男は人には毒な美しさを持っていた。

「馬鹿はお前だ。ダナスよ。よく考えてみろ?走って暑くなってから止まれば走った時より涼しくなるではないか。そうすれば涼しい、だろう?」

「あのな…はぁ…お前に聞いた俺が馬鹿だった。チッ…」

舌打ちをしてまたイライラとし始めたダナスをを見て軽くため息をつくと、それと同時に小さな幼女がヴァディンの膝の上に現れた。

「はろー!いーなだお!!」

「おお、イルナ。久方振りだな。」

「うん。いーなあしょびにきたお!!」

「よしよし。何をして遊ぶんだ?」

「うーん…いーな、のみくりゃべ見に来たお!おしゃけセディパパにもらってきた!!」

自慢気に小さなポシェットから大きな酒瓶を取り出し、机の上に置いた。

「お、イルナ気が利くな!!ちょうど暑くて死にそうだったからな!助かるぜっ!」

「いーないいこだからな!!」

早速グラスを3つとジュースを持って来たダナス。
イルナ用にジュースを注ぎ、「まだ飲むなよ?」と一言含ませつつイルナの前に置く。
次に装飾の凝ったガラスのグラスに酒を注ぎ、ヴァディンの前に置く。
最後に自分の前に簡易なグラスに酒を注ぐと、グラスを持ってヴァディンを見やる。

「…。セディアスに。」

「セディアスに!!」

「?セディパパに!!」

三人がグラスを鳴らすと、喉を鳴らしながらダナスが飲み干し、ヴァディンはペロリと舐めただけで眉を寄せてグラスを置いた。
一人だけジュースだったが、よく大人がやっている乾杯に参加出来た事が嬉しいのか、イルナの機嫌は急上昇して美味しそうにジュースを飲んだ。

「かぁ!!うめぇ!!やっぱりセディアスのとこの酒は美味いな!!なんて酒だ?」

「う~ん、フェルパパがちゅけてたリンゴのおしゃけ。セディパパが今日のでじゃーとの余り物って言ってた。」

「ふーん、甘いが漬ける時に良い酒を使ってんだな。フェルに後で礼をしねぇと。」

「フェルパパねーリンゴ欲しいって言ってたお。」

「じゃあ後で持ってくか。イルナ、後で連れて行ってくれるか?」

「いいお!いーなセディパパに扉の開け方教えてもらったんら!」

「…。ダナス。私はもう十分だ。フェルには私が届けておこう。」

ダナスとイルナがご機嫌で話している傍ら、訝しげにグラスを眺めていたヴァディンが立ち上がり、厨房に歩いて行く。
それを脇目にしながら、ダナスが鼻を鳴らした。

「フン。何が気に入らなかったんだか。勿体ねぇな。」

ヴァディンが残して行ったグラスを手に取り傾ける。
自分と同じ酒が入っているのだ。
不味いはずが無い。
もうフェルの所に行ったのだろう、気配の感じなくなったヴァディンの事は放っておいてダナスとイルナと言う珍しい組み合わせの話が始まった。

「そういやイルナと二人ってのは珍しいな。」

「いーなねー前はねーダナスおいちゃん怖かったんらよ。」

「へぇ!なんでだ?」

「だって、いーなの周りにはね、おいちゃんいなかったから。」

「おじちゃん…いないってこたねぇだろ?セディアスだってフェルだっておじちゃんだろ?」

「セディパパはお兄ちゃん。フェルパパもお兄ちゃん!」

「あー…一応だがセディアスもフェルも俺より遥かに年上だよな?」

「うん。けど、セディパパもフェルパパもお兄ちゃんでしょ?」

「…。お前、失礼なヤツだな。」

「イヒヒ!ダナスおいちゃんもうちょっとわかしゃを大切にしたほーがいいお!」

ダナスがイルナの頭を撫でて、複雑な笑みを浮かべた時、ふと厨房に視線がいった。

「ツマミが欲しいな。ちょっと待っとけ。おやつ持ってくるな?」

「いーなもおやちゅ持って来たー!出していい?」

「おう!じゃあクッキー持って来てやる。」

「わーい!じゃあいーな、リンゴパーイ!!」

イルナの小さなポシェットから、大きめの籠に入った沢山のアップルパイが出現し、机に置かれたのを確認してダナスは厨房に足を進めた。
厨房に入ると、棚の中から午前中に焼いたクッキーを取り出し、自分用に干し肉と昨夜出した煮物の余りと小皿を2枚、フォーク2つをトレーに乗せ、イルナの待つ部屋に戻った。

「おう、待たせたな。」

「あー!いーなもにたの食べたい!」

「はいはい。小皿に取ってやるから待っとけよ?」

「あーい!」

煮物を小皿に移し、イルナの前に置きフォークを前に置く。
嬉しそうにフォークを握ってダナスが席に着くのを待つイルナ。
その熱視線を受けて笑いながら席に着いた。

「ほら、手を合わせて。なんて言うんだ?」

「あーい!いくせんいくばくのせいめーのもと、このおいちーをいただきましゅ!」

「美味しいじゃなくてこの糧を、な。幾千幾許の生命の元、この糧を賜ります。」

手を組んで食前の祈りをすると、ダナスもフォークを取って煮物をつついた。
イルナも美味しそうに頬張り、嬉しそうにダナスを見つめた。

「おいちゃん、こえ、おいちーだなぁ!」

「そうか。良かったなー。フェルは料理得意だろう?煮物も作るんじゃないか?」

「いーな、フェルパパのごはんもしゅきだけどー…ダナスおいちゃんのごはんもしゅきだよ!」

「そうか、今度またフェルに料理教えて欲しいんだがな。フェルは最近忙しそうか?」

「フェルパパねーしゃいきんひまって言ってた!わりゅいやちゅ、いないんらって。」

「そりゃ良かった。じゃあ今度顔出しに行くかなー。」

「セディパパがまた飲みに来いって言ってた。」

「ははっ、セディアスも暇なのか。アイツが暇にしてると何やらかすかわからんからなー」

「しょだよ?こないだもしりゃない人つえてきてフェルパパに怒らえちゃった。」

「またやってんのか?イルナもいるんだから知らない人は困るなー」

「いーなママんとこ居たから大丈夫だけどなー」

「小さい子供がいる所に連れて来るのが駄目だろう?」

「…。いーないちおーダナスおいちゃんより長生きなんらけどなぁー」

「いや、見た目が子供だから駄目だ。子供は侮られるんだよ。そういや、ヴァディン帰ってこねぇな?」

「おいたん帰ってこない。セディパパに捕まってる。」

「そうか。しょうがないな。夜には帰ってくるか?」

「いーな、わかんないけど、セディパパは泊まってけって言ってる。」

「じゃあ帰らねえな。今日は一人でゆっくり出来るなー」

上機嫌にグラスを傾け、干し肉を齧る。
今のダナスの頭の中は、夕飯後にする片付けや掃除の後の自分の時間についてである。
やりたかった裁縫や実家に向けた荷物の準備とやりたい事は山とある。
やりたい事へ想いを馳せるダナスを見遣り、ニヤリと口元を歪ませたイルナ。
その笑みに隠された魂胆は何であるかは、彼女のみが知る事だろう。
現に、ダナスは知る由もなくただただ時間だけが過ぎて行った。




夕方になり、外を見ると夕日で庭は真っ赤に染まっていた。
かれこれ数時間くだらない話をして、酒とツマミはもう底をついていた。

「じゃあいーなまた明日くんね!」

「おー。ヴァディンに明日の帰りはゆっくりで良いと伝えてくれるか?」

「あーい!ばいばーい!!」

小さな手を大きく振り、イルナは消えて行った。
イルナが帰るなり机の上を片付け、簡単に掃除を済ませて自室に戻る。
しまってあった裁縫道具と編みかけの編み物を出して、小さな帽子や手袋を次々に編み、それが終わると小さな服を作っていく。
数時間かけて作り終わると、バックに次々に放り込んでいく。
不思議な事に、大して大きくもないバックには沢山の荷物が吸い込まれるように全部入ってしまった。
布物以外にも食料や嗜好品を次々と入れ込んで封をし、木箱に入れ込むと布切れに「王都シリアーヌ孤児院行き」と書き込み木箱の上に括りつけた。
荷物を玄関付近に置くと、一つ溜息をついて自室に戻り、風呂を済ませて軽く食事をとった。
疲れが出たのかすぐにベッドに潜り眠りについた。








翌朝。
とは言っても、昨日飲んだ酒が効いたのかダナスにしては遅い時間に目覚め、顔を洗って洗濯をし、朝食の準備をして一息。
どうせヴァディンは朝食には帰って来るだろうと踏んでいたが、一向に帰って来ない。
まぁ引き止められているのだろうと気にもせず荷物を出すついでに買い物に出掛ける。
冒険者ギルドに顔を出し、報告書と共に荷物を出そうと冒険者証を取り出し、窓口に出すと、いつも笑顔で応対してくれた受付の女性が訝しげに顔を覗き込んで来た。
そして、深い溜息をついてさして怖くもない睨み顔でダナスに詰め寄る。

「あなた…はぁ。何処でこれを拾ったのか知りませんが、よりにもよってAランクのダナスさんの冒険者証ですよ?これでギルドが騙されると思いますか?」

「あ?なんだ?ねーちゃん。なんか不備があったか?いつも通りだったと…」

途中まで言って喉を押さえた。
声が変だ。
昨日の酒にやられたか?
それにしては高い…どちらかと言うと可愛らしい声だった。

「?…何を言っているのか分かりませんが、この冒険者証は御本人にお返しします。それと、あたなは御本人にご意向を聞いてから罰がありますので、ギルドで身柄を拘束させて頂きます。」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺が本人だよ!なんなんだ!」

「あのねぇ!御本人は男性です!あなたは女の子でしょう!」

「何言って…はぁ!?」

自分の身体を見て驚愕した。
どう見ても女性の身体だ。
徐ろに自分の胸を鷲掴みにして、僅かな痛みを感じながら絶叫した。

「なんだこれーーーー!!!?」








一方、ヴァディンはやっと家に帰って来ていた。
机の上に朝食が準備されていて、ダナスの過保護さに溜息をつきつつ、朝食をとった。
昼間は気怠いが動けなくもない。
食事も必要ないが準備されているので食べる。
ダナスと生活を共にしてから以前より大分健康的になった。
毎日三食必ず食べるように指導されるし、夜に寝るように強制される。
口煩くはあるが、気遣いも見えるので断れない。
そう、こんな間柄をなんと言うのだったか…
ヴァディンが閃くのと同時に、門への来客を伝える鐘の音が響いた。
思い出してスッキリとしたヴァディンは、上機嫌で己の影の中へ消えて行った。







その頃ダナスはギルドで押し問答を続けていた。

「だーかーらー!!俺がダナスだよ!」

「だーかーらー!!あなたは女の子でしょって!!」

「それは俺も訳わかんねぇんだよ!」

「じゃあ証明出来ないんだから言う事聞きなさい!」

「だあああ!!わかんねぇ姉ちゃんだな!」

「何を騒いでいるんです?」

ダナスと受付嬢が可愛らしい剣幕で怒鳴りあっていると、受付奥の階段から細身の男が降りて来た。

「冒険者の皆さんが驚いていますよ?どうしましたか?」

「ノーレン!!俺だよ!わかるか!?」

「えーと…すみません。何処かでお会いしたでしょうか?」

「この子!自分がダナスさんだって言い張ってるんです!だから拘束して御本人に確認を…!」

「そんな拘束だなんて…それに、ダナスさん?ですか?うーん…確かに似てるような…?妹さんかな?」

「妹じゃねぇよ!本人だよ!ノーレンお前恩を仇で返す事はないよな!?なぁ!?」

涙目でノーレンに掴みかかったダナスの腕を押さえてヘラヘラと笑みを浮かべるノーレン。

「ダナスさんから受けた恩を仇で返すような真似はしませんが、僕にはあなたがダナスさんには見えないのです。彼、男性ですから。」

「ノーレン!」

「でも。僕は彼の複雑な交友関係も知っています。なので、領主様に確認をとりましょう。それが一番早いと思いませんか?」

ノーレンがダナスに向けて
軽くウィンクを飛ばす。
はっとしたようにダナスの力が抜け、ホッと息が漏れた。
ノーレンはダナスの話を半分以上信じているのだ。
安心したダナスはノーレンの案に乗る事にした。
そういえば屋敷の鍵も持っているし、なんとかなるのでは?

(いや、やっぱりまた拾ったって言われそうだ。なんとかヴァディンが帰っているのを祈るしかないな。)






影を介して門まで出てみれば、見覚えのある顔が見えた。

「おお、ノーレンではないか。どうした?またダナスが何か破壊したのか?」

「いえいえ!お忙しいところ恐縮です。本日は自分がダナスさんだと名乗る女性がギルドで保護されたので確認に来たのです。」

「ほぉ。奇特な女もいるのだな?人の世は本当に面白い。まぁ中に入れ。私はいつもの部屋にいる。」

「畏まりました。すぐに伺います。」

また影に入り、部屋で慣れないお茶を淹れようと格闘する。
お湯を沸かしたまでは良いが、茶葉の量も注ぎ方もよく知らない。
大雑把に茶葉を入れ、大雑把に注いでテーブルまで持って行った。
テーブルにカップを並べる頃にはノーレン達が部屋に到着していた。

「!?りょ、領主様自らお茶を?お気遣い頂かなくても…」

「良い。今日はダナスが不在でな。おっと、ダナスはそこに居るのだったか?よく顔を見せてご覧?」

妖艶とも言える笑みを称え、ダナスを見やる。
うっと怯んだダナスだが、ヴァディンに言われるまま顔を上げる。
ヴァディンはじっくりとダナスの顔を眺め、驚いたように目を開いた。

「驚いたぞ、ダナス。まさか本当に…」

「これでわかったかねーちゃん!俺がダナスだ!!」

「えぇ!!?」

ダナスは勝ち誇った顔で受付嬢を見遣ると、受付嬢は愕然とした顔でヴァディンを見上げる。

「りょ、領主様!この子女の子ですよ!?ダナスさんは男性だったじゃないですか!」

「そうだが…間違い無くダナスだ。まさか本当に…嫁になるとは。」

「「「は?」」」

「先程私とダナスの関係はまさに人間の言う夫婦だと納得したところだったのだが、あれは男女でないと子が成せないのであろう?だから少し違ったかと思っていたのだが…ダナスが女になったのなら子も成せるだろうし、私の嫁だと言う事だろう?」

「ちょ、ちょっと待てぇ!!俺がいつお前の嫁なんかになったんだ!!」

「昨日セディアスが言っていた。嫁は食事を作り、掃除をして、体調管理もする異性の事だと。子が成せないから異性じゃないと結婚出来ないと言っていた。そういえば、同性でも恋人にはなれると言っていた。」

「あのなぁ!!あー!もういい!」

「なんなんだ?全く…あぁ、うちの嫁が迷惑をかけたようだな?申し訳ない。」

「嫁じゃねー!!」

「領主様。ダナスさんは嫁ではありませんよ?」

「ノーレン…!お前だけは分かってくれると…」

「嫁にするには役所で申請しなければなりませんよ?領主様でしたら二つ返事で大丈夫でしょうが、申請しなければ夫婦とは認められないのです。」

「ほう。そうだったか。では申請しよう。」

「ノーレンだけは信じていたのに…」

泣き崩れるダナスの肩に、受付嬢が優しく手を置いた。
そして、右手の親指を立て、分かったような顔で笑う。

「ねーちゃんは分かって…」

「ご結婚おめでとうございます!ダナスさん!新婚さんですね!」

「てめぇーーーー!!!」

「え?だって領主様、意気揚々とギルド長と役所に行っちゃいましたよ?もう書類通ったんじゃないですか?」

「ぎゃーーーー!!」

「もういっそその立場を利用してやる位じゃないと!良かったですね!領主夫人!」

「やめろォーーー!!」

(ダナスさん可愛い…)

涙目で受付嬢に掴みかかったダナスの顔をまじまじと眺め、受付嬢はにっこりと笑った。

「それにしてもなんでダナスさん女の子になっちゃったんですか?何か変な物食べました?」

「変なモン…今日は普通にいつもの朝食を食べただけだ。」

「じゃあ昨日は?」

「昨日…ああ!!イルナだな!!あのクソガキ!!!」

ダナスが叫んだちょうどその時。
イルナがひょっこりと机の下から顔を出した。

「よんだ?」

「イルナてめぇ!!!昨日何飲ませやがった!!?」

「うーん?フェルパパがちゅくったおしゃけにママの可愛くなるおくしゅりいえた!ダナスおいちゃんかぁいくなったねぇ!」

「やっぱりお前かぁ!!」

「ああ!ダナスさん!そんな小さい子に怒鳴りつけちゃ駄目です!可哀想でしょ!?」

「おまっ!コイツこう見えて50超えてっかんな!!」

「うわぁーん!ダナスおいちゃんこあいよぉ~!」

受付嬢の後ろに隠れこみ、ニヤァと笑みを浮かべるイルナに、ダナスが食ってかかろうとすると、受付嬢に止められる。

「駄目ですってば!こんな可愛い子泣かしちゃ!ギルド長と領主様に怒られます!!私が!!」

「てんめぇ…イルナ!覚えとけよ!!」

「い、いーな、ダナスおいちゃんかぁいくなったらいいと思ったのにぃ…」

じわりと涙を浮かばせ、受付嬢にしがみつくイルナを受付嬢が抱きとめ、ダナスから遠ざけた。

「駄目ですよ!こんな小さい子虐めて!もう領主様に言いつけますからね!」

「虐められてんのはこっちだぁ!!」

ダナスが頭を抱えて叫ぶのと同時に、ヴァディンとノーレンが帰って来たようだ。
状況が読めずに混乱するノーレンだったが、ヴァディンにはいつもの光景だった。

「何をしている?ダナス。イルナを虐めては駄目だといつも言っているだろう?」

「コイツが酒に薬をもったんだよ!だから俺がこんな姿に…!!」

「ふむ。ならばイルナが私に嫁を連れて来てくれたと言う事だな。気が利くな。」

「…っ!っ!…もう、いい…」

項垂れたダナスは拗ねたように唇を尖らせて、机に突っ伏している。
それをイルナがつつきに行くが、もう体力の限界のようだ。
反応は無い。

「ダナスさんは一先ず大丈夫そうですね。心配だった戸籍の件もどうにかなりましたし、ご結婚おめでとうございます。」

「ノーレン…恨むからな。」

「ダナスさん。あなたは働きすぎです。領主夫人となって暫くのんびりして下さい。孤児院の方へは今迄通り送金を続けますから。領主様もダナスさんの護衛契約はそのままでとの事でしたので。」

「なら…とりあえず良い。どうしようもないからな…」

「では、我々は退散しますね?もうすぐ日も暮れますから。新婚初夜ですからお邪魔にならないように…」

「お前絶対楽しんでるだろ!?」

「では、領主様御前をお騒がせして申し訳ございません。失礼致します。」

「ああ、今日は助かった。また何かあれば来るが良い。」

ノーレンと受付嬢が帰ると、部屋には三人だけになり、気力の失せたダナスは気怠そうに話し始めた。

「なぁ、イルナ。これはいつ元に戻るんだ?」

「んー?いーな、しんね。ママに聞いてみないとわかんね。」

「じゃあブラド呼んでくれよ。」

「ママ、お仕事しに行ったから暫く帰ってこないんらよ?」

「…。まじか。」

「うん。じゃあいーなもごはんの時間だからけーる!!ばいばーい!!」

「…ばいばーい。」

大きな溜息をついて力ない手を振り、机に突っ伏し続けるダナス。
さすがに可哀想なのか、ヴァディンがダナスの頭を撫で、隣に腰掛けた。

「ダナス。そう気を落とすな。」

「半分位お前のせいなんだけどな。」

「…。何故だ?」

「あのなあー夫婦ってのは愛し合った男女がなるものだぞ?俺達が愛し合った事があったか?」

「?…私は愛しているが?」

「!?あ、ああ。そういう意味か。いや、そうじゃなくてな?こう…なんて言えば良いか…友情と恋情は違うと…」

「そんな事は知っている。私は前から愛していたぞ?知らなかったか?」

「はぁ!?」

突っ伏した机から勢い良く起き上がり、ヴァディンを見遣る。
急に視線が合ったヴァディンは、一瞬目を見開いたが、すぐに視線を逸らしてしまった。

「…私は人より永く生きるだろう?だから余りこういう事は言わなんだが…それに、ダナスは男だからな。言っても困らせるだけならばと言わないでいたのだ。だが、ダナスが女ならば私としては娶りたいと思う…迷惑だったか?」

「ん!な!?そ、そんな話1回も…」

「だからするつもりは無かったのだが、なんと言うか…ダナスが女になって、咎が外れてしまったと言おうか…駄目か?」

「だ、駄目!じゃ、ねぇ、けど…」

ダナスが顔を真っ赤にして後ろを向くと、その背は随分と小さく見えた。
普段のダナスは男で、鍛え抜かれた冒険者だ。
だが今は。
華奢な体躯で大きめの服を来た女だった。
ヴァディンがゆっくりとダナスを抱き締め、その肩に顔を埋める。

「なっ!?」

「ダナス。愛してる。迷惑なら良い。お前から記憶を抜く。無かった事にして過ごそう。」

「ーーーーっ!!!そ、そんな事言われてもだな!こ、心の準備も何も…」

「…。そうだな。では、無かった事にしよう。さすれば、お前をこのように困らせる事も無いだろう。」

「ま、待て待て!ちょっと、ちょっと考えるから待て!!」

心臓ははち切れそうに脈を打ち、目はグルグルと回る。
両手で顔を押さえると、両頬が熱い。
きっと真っ赤になっているだろう。
羞恥なのかなんなのかよく分からない感情が駆け巡り、自然と涙が溢れてくる。
それを拭おうと手を伸ばしかけ、ヴァディンの手に止められる。
そして、ヴァディンの唇が頬に触れ、何度も落ち着かせるように唇を寄せた。

「落ち着いたか?」

「よく…わかんねぇ…」

「…私はそろそろ限界だ。」

「え?」

ヴァディンに向き直ると、あまり表情の変わらない美しい顔が、至近距離で苦悶を表し、頬に少しの紅潮が見られた。
ぞくりと背筋を這うこの感情は、ヴァディンに対しての嫌悪は全く無かった。

「っ!だぁ!分かったよ!お、れも!多分、好き…だ!」

「…?」

「だから!お前が好きだ!!お、俺は!恋とか、愛とかよくわかんねぇけど、お、お前は…嫌じゃ…無い…」

「…本当か?」

「男に二言は無い!」

「…無理して…ないか?」

「してない!」

真っ赤になったダナスを抱き寄せ、ダナスの唇に己の唇を寄せた。
ぎゅっと閉じた目尻に残った涙を指先で拭き取り、より一層深く口付けを交わすと、名残惜しそうに唇を離しダナスを見つめた。

「嫌ではないか?」

「嫌じゃ、ない。ちょ、ちょっと待ってくれ!まだ思考がついて行けない。」

「分かった。ではとりあえず休もう。疲れたであろう?」

「お、おう。」

返事を聞くと、ダナスを抱き上げ、自室に向かう。
驚いた顔のダナスがヴァディンの襟元をキュッと握り、慌てたように見上げた。

「ヴァ、ヴァディン?俺の部屋はあっちだし、じ、自分で歩ける!」

「嫌だ。一緒に休む。…。嫌か?」

「い!嫌じゃねぇ、けど…」

「ならば、良いだろう?」

ヴァディンの笑みに逆らえず、今となっては広く感じる胸板に顔を押し付け、声にならない叫びを上げた。
屋敷にはヴァディンの靴音だけが響き、直にそれも無くなった。











Fin?
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