君のデレ期


 

 仲良くさせたいのかケンカさせたいのか学校側の意図が理解できない。
 スリザリンの談話室に出た「お知らせ」の掲示を読んでシドは眉間に皺を寄せた。
 飛行訓練の曜日を記したそれはグリフィンドールとスリザリンの合同授業と書いてあった。
 この二つの寮の魔法薬学と飛行訓練の授業が合同なのは昔からの伝統なのだろうか。
 ハリー時代の原作でも合同だった。
 危険な薬品を扱う魔法薬学と、一歩間違えば大怪我をしても不思議ではない飛行訓練の授業を険悪な仲であるグリフィンドールとスリザリンの合同にする。
 普通に考えて、仲良く一緒に努力して学ぼう、良い汗を流して一緒に空を飛ぼう、などとは天変地異の前触れでもない限りあり得ない。
 寮の気質を見れば理解できる。
 狡猾なスリザリンを嫌うグリフィンドール。
 彼らはスリザリン生が狡猾だから何をしても良いと思っている節がありそうだ。
 勇猛果敢な自分達が正義で、狡猾なスリザリンが悪なのだ。
 闇に堕ちるのがスリザリンばかりだから、あながち間違っていないので反論もできないのだが。そして、大半のスリザリン生もスリザリン以外の寮生は同じ人間とも思っていない者が大半だ。
 彼らに骨身にまで浸透している純血主義はマグル出身者や混血を蔑視する。
 そんな彼らにマグル出身や混血が比較的多いグリフィンドールは目障りでしかない。
 学校側は生徒に大怪我でも負ってほしいのだろうかと本気で疑問に思えてくる。
 「最悪だな」
 一緒に掲示を見ていたセブルスが嫌そうに呟く。
 「確かに落ち着いた授業にはならないだろうね」
 将来はグリフィンドールのシーカーになるジェームズ。
 彼はやっぱり箒の扱いは得意だと考えるべきだ。
 既にスリザリンを毛嫌いしている態度からして、飛べないスリザリン生を間違いなく馬鹿にするだろう。
 一騒動あるのが目に見える。
 掲示を見た一年のスリザリン生達が不満の声を漏らし、そして『穢れた血』に空が飛べるのかと馬鹿にした笑いが広がっていく。
 他人を侮辱する話題は不愉快でしかない。
 調子に乗って悪口を言う子供達の声は次第に大きくなっていて耳障りでうるさい。
 こんな場所にシドがいられるわけもなく、うるさい子供達を一瞥するとセブルスを促して自室へと行こうとした。
 「ミスター・セルウィン」
 先ほどまで声高にグリフィンドールの悪口を言っていた少年が作り物めいた笑みを浮かべてシドに近づいてきた。
 「なに?」
 「君は箒に乗れるよね。二年生になったらクィディッチの選手になるんだろう」
 訊ねて来ているくせに疑問系ではない。すべて決定された言葉だった。
 「箒には乗れるけど、クィディッチに興味はないよ」
 気づけば談話室にいた人々の注目を浴びている。
 「まさかだろ。君はご両親がシーカーなのに!」
 少年は大仰に驚いて見せる。どこか芝居めいた仕草だ。
 スラグホーンが話した内容はじわじわと広がりつつある。
 まだ飛行授業もはじまっていないのに、すでにクィディッチの代表選手にまで話しが飛躍しているのが馬鹿らしい。
 「話がそれだけなら失礼するよ」
 「ま、待てよ。ミスター・セルウィン」
 「まだなにかあるの?」
 「もちろんだ。僕は君に教えておくべきだと思ってね」
 勿体ぶった口調だ。作り物めいた笑顔が次第にニヤニヤと嫌な笑みに変わっている。
 少年はシドの側らのセブルスに視線をやり、不快げに顔をしかめた。
 「セブルス・スネイプ。そいつは混血だ。名門セルウィンの人間なら付き合う相手を選んだ方がっ……」
 少年の言葉は不自然に途切れた。
 澄んだ漆黒の瞳が凍り付きそうなほど冷ややかな視線で自分を見ており、その冷たすぎる眼差しに言葉を飲んだからだ。
 「セルウィンの人間は純血主義ではないし、僕自身も家柄や血筋で友人を選ぶ気もない」
 感情のこもらない声が淡々と告げる。
 「見当違いな忠告をわざわざありがとう。それで君は一体なにがしたいの?
 僕の友人を侮辱して僕を怒らせたいのかい? それなら大成功だよ」
 薄く微笑む姿は周囲の人間が息を飲むほど美しかったが、同時に得体の知れない恐怖を覚えさせた。
 「違うっ! 僕は君を怒らせるつもりじゃなくて」
 「どんなつもりか理解する気はないから言わなくていい。ただ君は不愉快だ」
 少年はうろたえて弁解しようとしたが、シドはこれ以上少年の話を聞く気はなかった。
 冷たく言い放つと少年はくしゃりと顔を歪め、その場を走り去って行った。
 子供相手に大人気なかったとは思うが、セブルスを混血の理由だけで馬鹿にするのは許せなかった。
 しかも彼がセブルスを混血だと暴露したせいで、スリザリン生達のセブルスを見る目が厳しくなっている。
 スリザリンではスリザリン寮生であっても混血の者に対する風当たりが強いのだ。
 「行こう」
 青ざめ強張った表情のセブルスの腕を掴み、部屋に向かって歩き出した。


 「ごめん。セブルスに嫌な思いをさせた」
 部屋に入るなりセブルスに謝罪した。
 「シドのせいじゃない。僕が混血なのは事実だから」
 自嘲気味にセブルスは笑う。
 「僕のせいだよ。あの子の態度を見ればわかったと思うけど」
 「あいつは……シドの友達になりたかったんじゃないのか?」
 シドに不愉快だと言われて泣きそうな顔をしてたぞとセブルスは続けた。
 「そうだとしてもやり方がダメだ。僕が受け入れられないよ。あんな差別的な発言をする人間は」
 ましてセブルスを蹴落とすような形で友人の座につこうとしている。やり方が悪質だ。
 「それに彼が友達になりたいのはセルウィンの人間だ。僕個人じゃない。僕は僕個人の友達しかいらない」
 名門の家柄に擦り寄ってくるのは大人も子供も一緒だ。
 媚びるような態度は見ていて気分が悪くなる。シドが子供の顔と名前を一切覚えなくなった一因にこれがあった。
 親に言われて媚び取り入ろうとする子供の姿など好き好んで覚えていたくなかったからだ。
 もちろん、子供に興味がないという理由が大半ではあったが。
 「……名家の人間がそれでいいのか? 名門には名門なりの人付き合いがあるだろう?」
 「それは長男である兄様の仕事。僕が携わることじゃない」
 きっぱりと言い切れば、あきれた顔で見られた。
 「おまえは本当に名家の人間らしくない」
 シドを見ながら嘆くようにしみじみと言う。
 「褒め言葉としてもらっておくよ」
 「褒めていないぞ。喜ぶな」
 「いいんだよ。普通じゃないことがセルウィン家の誇りだから」
 「……僕には理解できそうにない」
 セブルスががっくりと肩を落として力なく言った。
 「友達は広く浅く沢山つくるより、本当に信頼できる人がいてくれるだけでいい」
 「……僕を信頼してるのか?」
 「もちろんだよ。純血や混血なんて関係なく、セブルスがセブルスである限り、セブルス・スネイプという人間を信頼してる」
 「なぜそこまで僕を信頼できるんだ?」
 まだ出会って一月も経っていない相手からの多大なる信頼にセブルスは困惑して、戸惑いを隠さずにシドを見る。
 シドからそれほどの信頼を得る身に覚えがないのだ。
 「セブルスは僕が困ってたらどうする?」
 「質問に質問で返すな。助けるに決まってるだろう」
 「うん、それが答えだ」
 「意味がわからないぞ」
 「今の僕の質問に即座に助けてくれると答えてくれた。そんなセブルスの友情をどうして疑うことができるのか知りたいよ。
 もちろん僕もセブルスが困ってたら全力で助けさせてもらうから」
 「……おまえはそんなお気楽な性格だと絶対に誰かに騙されるぞ」
 「信頼してると言ってそんな言葉が返ってくるなんてひどいな。
 僕がセブルスを信頼する理由はいくつかあるけど、一番の理由がこれだね。 君は僕を魔法薬学と闇の魔術馬鹿の変人だと思ってる」
 「……変人とまでは思ってないぞ」
 図星なのかセブルスは気まずげに視線を彷徨わせる。
 「でも馬鹿だとは思っている」
 「事実だろう」
 「そうだね。僕はセブルスが僕をただの魔法薬学と闇の魔術馬鹿だと思ってくれているのが嬉しいんだよ。セブルスがセルウィン家のシドじゃなくて、僕本人を見てくれているのがわかるから。
 セブルスは魔法薬学も闇の魔術にも興味のない僕に関心ないだろ?」
 その場合、自分達の関係はただのルームメイトだったはずだ。
 友達ではない、一緒の部屋にいるだけの存在だ。
 リリーにしか心を開かなかったセブルスは言ってしまえば人間不信者だ。
 そんな彼が信じられないほどあっさりとシドに友情を感じてくれたのは、その共通の趣味で意気投合したからに他ならない。
 それがなければセブルスはシドに関心を持たなかっただろう。
 セブルスは眉間に皺を寄せてこちらを見ていた。短い沈黙のあと、セブルスがシドを睨み付けてきた。
 「僕は同室の相手が魔法薬学馬鹿な人間で良かったと思ってる。
  その馬鹿があまりにお気楽な理由で………本人には重要らしいが、僕を信頼するから僕もその信頼に応えなきゃいけない気持ちになってくる」
 後半の言葉は次第に早口になっていて、最後にはそっぽを向いて言い捨てられた。
 こちらから見える頬や耳がほんのりとピンクに染まっていた。
 不意に前世の知識が脳裏に浮かぶ。姉がその魅力を力強く語っていた『ツンデレのデレ期』。
 それがまさに目の前にあった。
 セブルスを抱きしめて撫で回したい衝動に駆られる。
 可愛い小動物を見た時の感情に似ていた。とにかく照れているセブルスが可愛くてたまらない。
 衝動のままに行動すれば、セブルスからの信頼を失いそうなので必死に己を押さえつけた。
 萌えの威力がこんなに強烈だとは知らなかった。むしろ、あまり知りたくなかった。
 セブルスがこれから似たような言動をするたびに、こんなに疲労を伴う自制心を働かせなくてはいけないと思うと、考えるだけで疲れてきた。
 そういえばセブルスのツンデレ要素を姉が拳を握って力強く説いていた記憶があり、目の前の可愛らしくピンクに染まった頬を見ると、彼女の妄想はあながち間違いではなかったらしいことがわかった。
 無言でジッと自分を見ているシドに居心地の悪さを感じたのか、もしくは自分の発言が恥ずかしかったのか、「な、なんだ。シドを信頼しない方がいいのか!」とセブルスが怒鳴ってきた。
 「ああ、うん。信頼してよ。セブルスの信頼に値する友達になってみせるから」
 青白いはずの顔が全体的にピンク色で、怒鳴っていても迫力がなく、むしろ可愛くて撫で回したい衝動が再び襲ってくる。
 そんな衝動を再び理性で抑え付けて、平然とした顔でそう告げれた己の精神力にシドは喝采を送りたかった。





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