君が思うこと

 

 楽しみにしていたホグワーツ魔法魔術学校への入学の初日は、ホグワーツに向かう機関車の中ではやくもケチがついた。
 同じコンパートメントにいた妙な少年達に絡まれたのだ。
 セブルスは侮辱的な呼び方をされ苛立ったが、くるくると跳ねた黒髪の眼鏡の少年がリリーに言い寄りはじめて怒りを感じた。
 初対面とは思えない図々しさでリリーを口説こうとし、あまりのしつこさにセブルスが口を出す前に気の強いリリーが激しく怒り出した。
 セブルスは怒り狂うリリーに引きずられるようにしてコンパートメントを出た。
 実は少しだけ怒っているリリーが怖かったりもした。
 勝手にリリーの恋人を名乗りはじめた忌々しいジェームズ・ポッターはしつこく追ってきて、連中から逃れるために入ったコンパートメントには誰もが見惚れるほどに整った容姿をした少年がいた。
 艶やかな黒髪にアーモンド型のくっきりとした瞳。
 すっと伸びた鼻梁は高く、うっすらと赤く色づいた薄い唇は年齢不相応な妖艶さまで醸し出していた。
 その姿にリリーは驚いて言葉を失い、セブルスもまた目を奪われた。
 ただそこに立っているだけで滲み出る気品。名門の出であることは一目でわかった。
 少年はシリウス・ブラックの知人だった。ただし相手はブラックをまったく覚えていなかった。否、覚える気がなかったらしい。
 子供でありながら子供に興味はないと言い切り、ブラックに限らず子供は一切覚えていないと胸を張る。
 ポッターと同意見なのは気に入らないが、セブルスもそれは胸を張って言うのことなのかと疑問に思った。
 「うるさい」という理由でポッター達をあっさりと魔法で通路に追い出した。
 彼は「シド・セルウィン」と名乗った。名門として有名な一族の名だった。
 彼は堂々と闇の魔術の本を読み出した。
 闇の魔術は一般に良く思われていない。それに傾向する人間はほぼ闇の陣営に墜ちるからだ。
 闇の魔術に興味を持てば危険異端視されるのが当たり前になっている。
 それなのに堂々と本を取り出して読む少年にセブルスは呆気にとられた。
 しかも良く見れば彼が読んでいるのは幻とも呼ばれる貴重な本で、言葉もでないほどに驚いた。
 セルウィンが闇の陣営の人間なのかと考えた。だが、彼の名前は「シド・セルウィン」。
 名門セルウィン家は幾人もの高名な闇払いを世に送り出しており、セルウィン家そのものが闇の陣営とは敵対関係にあると名家図鑑に記載されるほど対闇の陣営として有名な一族だ。闇の陣営にはなりえない。
 リリーと話していても本を読むセルウィンに意識が行って仕方なかった。
 本の内容も気になるし、堂々と闇の魔術の本を読む同じ男とは思えないきれいな顔立ちの少年も気になった。
 前日、興奮のあまり眠れなかったと言うリリーははしゃぎ疲れて眠ってしまった。
 コンパートメントの中は時おりセルウィンが本のページを捲る音がするだけだ。
 窓の外はゆっくりと景色が流れていて、ぼんやりとセブルスは外の風景を見ていた。
 セルウィンが本を閉じた音にそちらをみれば目が合った。
 つい気になっていた本のことを口にした。
 読んでいる本は禁書なのか、読んで理解できるのかと。少なくとも11歳の子供が読んで理解できる内容ではないはずだ。
 落ち着き払った声が「理解するために読んでいる」と答えた。
 彼は闇の魔術の本を読む行為をまったく後ろめたくは思っていなかった。
 興味があるかと問われて無言になってしまったセブルスは、セルウィンのその潔さに憧憬に似た感情を覚えた。
 

 広大な敷地内にあるホグワーツ魔法魔術学校。
 魔法使いの為の学校は動く階段やしゃべる絵、ゴースト達の登場と新入生達を次々と驚かせ感激させた。
 隣にいたリリーもそれは同じで、頬を紅潮させてなにかあるたびに歓声をあげていた。
  その声を聞きつけたのか、不愉快極まりない男が再び現れ、目の前で見る魔法の世界を楽しんでいたセブルスとリリーを不機嫌にした。
 寮の組分けは古めかしい帽子が決めた。
 リリーがグリフィンドールに決まってセブルスはがっかりした。才能ある彼女ならばスリザリンが相応しいと思っていたのだ。
 確かに曲がったことが嫌いなリリーには勇猛果敢なグリフィンドールも合ってはいたが。
 シリウス・ブラックがグリフィンドールに選ばれると在校生達が複雑な雰囲気を醸し出していた。だが、シリウス・ブラックが呼ばれた時と同じぐらいに在校生達がざわめた生徒がいた。
 コンパートメントで一緒になった「シド・セルウィン」だった。
 セルウィンはスリザリン寮に選ばれた。
 名門であり純血の血筋からして選ばれた者が入るスリザリン寮は当然だとセブルスは思ったが、彼はあっさりと自分は純血主義ではないと言い放ち、セブルスがスリザリンの席についた時には、はやくも先輩達を敵にまわしていた。
 闇払いを多く出す名門セルウィン家。その一族には『奇人変人』の別称がついていた。
 周囲の噂を拾い聞く限り変わり者が多いらしい。そしてセルウィンは『奇人変人』と呼ばれるのをとても面白がっていた。
 セブルスは彼と縁があった。寮は部屋が同室だったのだ。
 お互いに余計な詮索も会話もせず、就寝の挨拶だけしてベッドに入った。
 同室がうるさくない人物だったので安心した。そしてリリーと離れてしまった寂しさに少しだけ胸が痛んだ。









 シド・セルウィンはその容姿から目立つ生徒だった。常に彼の近くに女生徒がいる。
 ただし、セルウィンの近寄りがたい孤高とも言える雰囲気に後込みして誰も話しかけられずにいた。
 魔法史で女生徒達が勇気を持って話しかけていたが、女生徒達の言い争いがはじまり、セルウィンが怒ってしまった。
 コンパートメントでの出来事といい、シド・セルウィンは騒々しさが大嫌いなようだ。
 変身術の授業はマクゴナガル先生の厳しい説教からはじまった。
 先生が家具を動物に変えたのを見た時は、貪欲とも言える学習意欲がセブルスの中に湧き上がってきた。
 黒板に書かれたことをむさぼるように羊皮紙に書き留め、頭の中で複雑な理論を整理していく。
 はやく杖を振って魔法を試してみたかった。
 マッチ棒を針に変える練習がはじまったが、呪文を唱えて杖を振ってもマッチ棒はピクリとも動かなかった。
 なにかいけないのか理解できず、黒板をもう一度見直す。
 周囲に目をやれば、みんなが必死に呪文を唱えて杖を振ってマッチ棒を針に変えようとしている。
 まだ誰も成功していない。
 ふと数席離れたところに座っているセルウィンが視界に入った。
 彼はつまらなそうに周囲を見渡していた。
 やがて小さくため息をつき、呪文を唱え杖を振った。
  マッチ棒は一瞬にして針へと姿を変え、すぐに彼が再び杖を振るったためにマッチ棒に戻った。
 それは一瞬の出来事でセブルスしか気づいていなかった。
 思えば防音魔法や除湿魔法を使ったり、ポッター達を魔法で通路に放り出したりと、セルウィンは既に色々な魔法を使っていた。
 セルウィンにとってマッチ棒を針に変えるのは成功を喜ぶに値しない、ため息が出るほどつまらない魔法のようだ。




 その日、セルウィンは就寝時間間近に部屋に戻ってきた。
 その表情はどこか不愉快げだったが、目の前のレポートに忙しく関係のないことなのでセブルスは気にもとめなかった。
 セルウィンが本棚の整理をしはじめて驚いた。並べられる本のすべてが貴重な本ばかりだった。
 思わず凝視してしまったセブルスにセルウィンは声を掛けてきた。
 貴重な本であるのに好きに読んでかまわないと。
 話してみるとセルウィンは見惚れるような美しい容姿をしていながら、中身はあきれるほどの「魔法薬学」と「闇の魔術」馬鹿だった。
 一週間は徹夜で語れると豪語したのは誇張ではなく、セブルスが止めなければ一晩中は魔法薬学と闇の魔術の話をしそうな勢いだった。
もっとも、彼の知識は勉強になるので聞いていてとても楽しく、話を止めるが惜しいと思ったほどだった。
 さすがに深夜になり、翌日に響くためにとめたのだ。
 シド・セルウィンという名門の近寄りがたい子息が一気に身近な存在になった。
 話をしてからはセルウィンと行動を共にするようになった。
 セルウィンは穏やかな性格であり、名門の人間にありがちな高慢で他人を見下した態度は一切なかった。
  ただ自分に対して母親か兄のように世話を焼いたりするのが謎だった。
 半乾きの髪を魔法で乾かしたり、食事は栄養バランスを考えて食べないといけないと、皿に取ってくれるなど、何かしら世話を焼こうとする。
 鬱陶しくなって何度か怒ったがセルウィンがやめる気配はなかった。
 セルウィンが「セブルスって色々してやりたくなるんだよ」ときれいな笑顔で言うのだから、
 最近は邪険もできなくなり、便利な魔法は教えてもらおうと考え初めている自分に驚いたりもしていた。
 基本、穏やかなセルウィンだが、騒々しさだけは我慢できないらしく、グリフィンドールのポッター達が騒ぎを起こすたびに「うるさい」とその秀麗な顔をしかめていた。
 初めての『魔法薬学』はグリフィンドールと合同だった。これにはセブルスだけでなくセルウィンもウンザリした表情を浮かべた。
 入学してまだわずかな間に何度も騒々しい騒ぎを起こしている連中と一緒の授業など、無事に終われるか心配になって当然だった。
 だがグリフィンドールにはリリーもいる。
 入学して以来会っていない彼女の姿を見れるのはとても楽しみだった。
 グリフィンドールカラーの生徒達のなかを赤毛の少女を目で探す。
 セブルスがリリーを見つけた時、彼女はポッターを殴り飛ばしていた。
 「良い右ストレートだ」とセルウィンが感心げな呟きを漏らしたのが聞こえた。
 セルウィンが怪我をしたリリーに応急処置の薬を塗り、変態撃退の為の物騒なレクチャーをはじめたのでセブルスは焦った。
 リリー本人にポッターのような変態の撃退などさせたくなかったのだ。
 けれどスリザリンの自分はリリーの近くにいない。彼女をポッターから守りたくとも、側にいることすらできない。
 なによりリリーが自分の力で変態を撃退する気満々だったので、セブルスはそれ以上口を挟むことができなかった。
 それにセルウィンが言うように、リリーに言い寄る輩がポッターだけとは限らないにも事実だった。
 セルウィンがリリーを可愛らしいと形容し、その言葉にリリーが頬を染めるのも気に入らなかった。
 目の前のセルウィンがポッター以上にやっかいな輩に思えた。
 思わずセルウィンを睨みつけてしまい、彼は不思議そうにセブルスを見てきた。
 その後、セルウィンは乱入してきたポッターを完全に無視して魔法薬学の教室に向かった。
 あの手のタイプは相手にしないのが一番だと述べ、その行動が有効なのだとポッターの態度を見て理解した。
 セルウィンは同い年とは思えないほど大人びた考え方をしていた。




 魔法薬学のスラグホーンは雑談の多い教師だった。
 生徒の自慢話を延々としたあと、簡単なおできを治す薬の調合を黒板に書き始めた。
 魔法薬学は楽しみにしていた為、肩透かしを食らった気分だった。
 もちろん、マグル出身の生徒もいるし、魔法薬学の調合をはじめてする魔法族の生徒もいるだろうが、それでもセブルスにはこの調合は簡単すぎた。
 つまらなそうな思いが顔に出ていたらしい、「基本は大切だよ」と苦笑気味にセルウィンに言われた。
 彼は黒板と教科書を確認するとセブルスに向き直った。
 お互いに組もうと言うまでもなく、一緒に調合する気でいたことに気づいて不思議な気持ちになった。
 自分はいつの間にかシド・セルウィンをずいぶんと信用してしまっているらしかった。
 これほど他人の近くにいても不快な気分にならなかったのはリリー以外は初めての経験でもある。


 二人とも調合の手順は頭に入っていた。
 作業を分担して、問題なく最終段階まで調合した。セルウィンの作業に無駄はなかった。
 調合し慣れているのは、彼が持参した使い古した魔法薬調合用のナイフで良くわかった。
 もしかすると授業がはじまる前に彼がリリーの手首に塗った薬も彼が調合した物なのかも知れない。
 寮の部屋の調合器具は今だ使っていないが、セルウィンが部屋でどんな調合をするのか楽しみになった。
 そんなことを考えていると突然セルウィンが大声を上げた。そして強い力で肩を抱かれ、気づいたらローブの中に包み込まれていた。
 なにが起きたのか理解が追いつかない。
 すぐにセブルスを包んでいたローブは取り払われ、周囲に漂う焼け焦げる異臭に状況を理解した。
 誰かが山嵐の針を火から降ろしていない大鍋に入れて、爆発が起きたらしい。
 大泣きしているグリフィンドール生が原因だろうか。
 自分があの生徒の近くにいた事実を思い出すと血の気が引いた。
 騒ぎに気づいたスラグホーンは飛び散った薬やねじ曲がった大鍋を魔法で消すと、おでき塗れの生徒達を医務室に行くように指示した。
 それからスラグホーンはセルウィンの名を聞くとひどく興奮して大声を上げていた。
 いまだ衝撃から立ち直っていなかったセブルスはろくに話を聞いていなかったが。
 魔法薬学の次は薬草学の授業だった。薬草学は魔法薬学に密接に関係ある分野だ。
 この授業も楽しみにしていた。だた薬草の世話などで泥だらけになるのは問題だ。
 半乾きのセブルスの髪が気になるのか、セルウィンはいつもセブルスの髪を乾かす魔法を使う。
 便利だから教えてあげると言われ、その笑顔がリリーのように眩しくて頷く以外に道はなかった。
 昼食のために大広間に行くと、リリーに会った。
 一日のうちに二度も会えるのはとても幸運に思えた。
 セルウィンが先に声を掛けたのは少しだけ気にいらないが、それが薬の礼だったので、リリーの律儀さが誇らしかった。
 「まあ、素敵な友達ができたのね。セブ!」
 大鍋の爆発について話題が移り、セルウィンに助けられた旨を話すと、リリーが嬉しそうに告げた。
 その言葉にセブルスは呆然とした。
 リリー以外の他人に興味のない自分にとって「友達」というそれは縁のない存在だったはずだ。
 思わずセルウィンを凝視した。
 確かに趣味や話は合う。同室なので話しもする。だがそれは果たして友達なのだろうか。
 そう思って良いのかひどく不安になった。
 自分がそう思っても相手はそう思わないかも知れない。
 「僕は君の友達だと思っていたけど、セブルスは違うのかい?」
 逆にセルウィンが不安そうな顔で聞いてきて驚いた。そして、セルウィンが自分を友達だと思ってくれてた事実に一気に顔に熱がたまるのがわかった。
 嬉しいのにひどく恥ずかしく感じる。この場合照れくさいのだろうか。
 セルウィンは返事のないセブルスを不安そうなまま見ていた。
 「……シドは僕の友達だ」
 照れくさくてたった一言返すのが恐ろしく困難だった。
 ようやく紡ぎ出された返事に嬉しそうに笑ったセルウィンがやっと年齢相応に見えて、セブルスもなぜか嬉しくなった。










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