階段が動く意味がわからない



 「ここの創始者は何を考えてたんだ?」
 苛立ちのままシドは苦々しく呟いた。
 動く階段にどんな意味があるのか。広い壮大な階段やら狭くてガタガタの階段、金曜日に違うところへ繋がる階段、 真ん中で一段消える階段。忘れずジャンプしなければならない階段等、面倒くさいことこの上なかった。
 扉に至っても色々な仕掛けがしてあり、鬱陶しくてたまらない。
 建築物は使う人間が便利なようにあるべきだと心底思わずにはいられない。
 動く肖像画については問題なかった。
 シドもこの世界で生まれ育ってきたのだ。自宅にも先祖達の肖像画が飾ってあり、彼らはいつも賑やかに話しをしている。
 ちらりと肖像画を見れば、重厚な額に納まった老人は道がわからず不安顔な新入生達を見て、まるで孫を見るような優しい笑顔で道を教えているところだった。
 ホッとした新入生達は笑顔で肖像画に礼を言うと授業に遅れないように足早に歩いて言った。
 「ミスター、良い性格してるね」
 あきれてシドが告げれば、肖像画はいかにも好々爺な笑顔を浮かべる。
 「おお、君達も新入生かい。道案内ならば儂に任せたまえ」
 君達と言われて周囲を見れば、女生徒達がずいぶんと自分の周囲にいることに気がついた。
 「あの、『魔法史』の教室に行き方を教えて下さい。よくわからなくって」
 女生徒の一人がホッとしたように肖像画に頼むが、ため息とともにシドは言った。
 「『嘘つき好々爺のブキット』毎年、新入生を迷子にさせて遊んでいる性悪爺さん。さっきの子達も逆方向の道を教えてたね」
 ざわりと女生徒達が声をあげる。
 「ほう、儂を知っているのかね」
 「否定しないわけか。本当に良い性格だね。卒業生が身内にいると何かと君達の話は耳にする」
 それきり性格の悪い肖像画にも興味が失せて歩き始める。本日の授業の教室への道は頭に入っていた。
 迷子になる時間が腹立たしく、己の性格上、迷子になったら教室を探すどころかそのまま授業放棄して、図書室を探す旅に出るのが容易に予想できたからだ。
 「魔法史」の教室につき、適当な席に座るとすぐに女の子が声を掛けてきた。
 「ねえ、隣座っても良いかしら?」
 シドが答える前に他の女の子が「ずるいわ」と抗議の声をあげた。
 「私だって彼の隣に座りたいわ」
 「そうよ。ぬけがけはずるいわ」
 いつの間にかシドのまわりに六人の女生徒がいた。座っているシドの頭上を彼女達のキャンキャンとした声が響く。
 「うるさいわね。だったらあなた達が声をかければ良かったじゃない」
 「うるさいのは君達だ。人の頭の上で騒ぐな。不愉快だ」
 強い口調で言い捨てれば、彼女達はびくりと怯んだ。
 「あ、あら、騒がしくしてごめんなさい。私はジェーン・シェルウォーク」
 最初に声を掛けてきた子がシドの様子に怯みながらも自己紹介をした。
 「純血のシェルウォーク家を知ってるでしょう? 私達お互いに仲良くした方が家のためになると思わないかしら」
 「僕は純血主義ではないし家名で付き合う人間を選んだりもしない」
 鬱陶しいと言葉より雄弁に目で告げる。女生徒は怒りで顔を赤く染め、後ろの席の方へ歩いて行った。
 シドを囲んでいた他の女生徒達もシドの冷たい態度に後込みしたのか、それ以上話かけて来ようとはしなかった。
 「魔法史」はゴーストが教えていた。これは兄と姉からの情報で知っていたが、彼らの情報通りとても眠くなる授業だった。
 老人が物憂げな一本調子でする講義は子守歌に等しい。授業初日なのに多くの生徒達が夢の世界に旅立ちつつある。
 そんな授業風景を一瞥し、シドは教科書のページをパラパラとめくっていく。
 この授業の教科書は毎年同じであり、姉にもらった教科書ですでに内容は知っていたので、「魔法史」は本格的に退屈な授業になりそうだった。
 「『魔法史』は内職やり放題よ」と言っていたのは姉のハーティだ。確かにこっそりと好きなことをするには打って付けの授業だ。
 次から魔法薬学の本を持ってくることに決めた。


 「変身術」のマクゴナガル先生は厳格聡明を表したような女性だった。
 原作より二十年若いだろう彼女はキリリとした立ち姿と凛と張り詰めた隙のない表情をしていて、映画の中の彼女と年齢こそ違うが雰囲気はまったく同じだった。
 彼女の授業は説教から始まった。
 「変身術はホグワーツで学ぶ魔法の中でも最も複雑で危険なものの一つです。 いいかげんな態度で私の授業を受ける生徒は出ていって貰いますし、二度とクラスには入れません。初めから警告しておきます」
 説教のあとに彼女は机を豚に変え、元に戻して見せた。生徒達が感激の声を上げるなか、シドはパラパラと教科書をめくって眺めていく。
 家具を動物に変えるのは習い始めの一年生は高度だ。
 小さな物から変化させていくようで、複雑な理論が書かれたノートを取ったあと、マッチ棒を針に変える練習になった。
 魔法史の授業前で学んだので、席は後ろの端に座っている。
 冷たいシドの態度に脅えたのか、うるさい女生徒達はもう近づいて来ようとしなかった。
 ただ遠巻きに視線を感じるが、気にしても仕方ないので無視している。
 周囲の生徒は必死に杖を振っていたが、マッチ棒は針にならないようだ。
 スリザリンのクラスは純血主義、つまり両親が魔法使いの人間ばかりのはずだ。
 基本とも言える魔法が使えないの謎だった。
 もしかして魔法界では就学前の子供は魔法を使ってはいけないのも知れない。
 杖も入学の時に自分用を手にするのが通例となっていることからその可能性は否定できないだろう。
 セルウィンの家は奇人変人の名にふさわしく一般常識とかけ離れている家風であるために、シドは魔法界の常識にはどうも鈍かった。
 それとも厳格な女教師が言ったように変身術は複雑で危険な魔法な為に、魔力があっても子供には単に難しいだけなのだろうか。
 マクゴナガルが教室の前の方にいるのを確認した後、軽く杖を振る。
 マッチ棒は鈍い銀色に輝く鋭い針になったが、すぐにそれをマッチ棒に戻した。
 短く嘆息をもらす。
 「変身術」の授業も退屈な時間になりそうだ。



 初日の授業は総じて退屈だった。
 変身術の授業の後の「妖精の魔法」の授業も当たり前だが一年生がやるべき基礎中の基礎の勉強だった。
 ホグワーツは新入生であろうとも生徒達を徹底的に学ばせるらしく、初日からレポートの課題が沢山出された。
 夕食までの空き時間のうちに図書室に向かい、その蔵書の数々に嬉しい悲鳴をあげそうになりながら、
 とりあえず邪魔くさいレポートを手早く片付けた。そして飛び跳ねたいような高揚した気分で分厚い本が並ぶ本棚の前に立つ。
 シドにとって至福の時だった。面白そうな魔法薬学の本を持って席に戻り、書面を舐めるように読み進めていく。
 気がついた時は図書室の閉館時間になっていた。当然ながら夕食の時間はとっくに過ぎている。
 仕方なく屋敷しもべ妖精達が集う厨房へと向かった。
 厨房で駆け寄ってきたしもべ妖精に簡単な食事を頼み、厨房の奥にあるテーブルで食べる。
 ホグワーツの話は兄姉から良く聞いていたので、秘密の通路や厨房の場所なども把握していた。
 「ホグワーツ………案外悪くないな」
 特に図書室が魅力に溢れていた。あの図書室ならば半年は楽しく住める気がしてならない。
 まだ受けていない「薬草学」や「魔法薬学」の授業はそれなりに楽しみにしている。
 浮かれた気分でスリザリン寮の談話室に入ると男女ともに視線が集中してきた。
 好意的なものから嫌悪や好奇心に満ちたもの、見られることに慣れていても絡みつくような様々な視線にうんざりした。
 せっかくの良い気分が台無しだった。
 部屋ではルームメイトは机に向かって勉強をしていた。
 彼はシドを一瞥すると再び羽根ペンを羊皮紙に走らせた。
 先ほどの絡みつく視線を思えばセブルスのこの無関心さは清々しくさえ感じられて、少しだけ気分が良くなった。
 持っていた教科書やレポートの羊皮紙を何も置いていないきれいな机の上に置く。
 壁側のがらんとした本棚が淋しくも物足りなさを感じ、まだ荷物を整理していない旅行用トランクの中から本を取り出していく。
 姉ハーティに教えてもらった空間拡張魔法はいつも大量の本を持っていないと落ち着かないシドにとって便利すぎる魔法だった。
 自宅から持ってきたのは厳選された20冊。それを丁寧に本棚に並べていく。ついでに教科書も本棚に並べた。
 ふと視線を感じ、そちらを見るとセブルスがこちらを凝視しているのに気づいた。
 彼の視線の先は本棚だった。
 「ミスター・スネイプ」
 シドに呼ばれ、ハッと我に返ったように彼はシドを見る。
 気まずそうな表情をしているものの、彼の視線は再び本棚へと向けられる。
 「魔法薬学」と「闇の魔術」に関する本が並んでいる。
 さすがに学校に禁書を持ってこなかったが、発行部数が少ない貴重な本の数々である。
 セブルス・スネイプは就学前から「闇の魔術」に精通していたはずだ。そんな彼には目の前の本はまさに垂涎の品だ。
 「僕の本が気になるなら好きに読んでくれてかまわないよ」
 「………いいのか?」
 「丁寧に扱ってくれるならね」
 「当たり前だ。そんな貴重な本、乱暴に扱うのは馬鹿のやることだ」
 「そう言ってくれる人になら安心して貸せる」
 好奇心に負けたらしいセブルスが本棚の前に移動してきた。
 並んで立った彼はシドを同じぐらいの身長だった。
 「闇の魔術と魔法薬学が好きなのか?」
 「一週間は徹夜で語り明かせるぐらいには」
 途端にあきれた顔で見られた。
 「ああ、そうだ。ミスター・スネイプ」
 「セブルスでかまわない」
 「なら僕はシドと呼んでよ。実はこの辺りに魔法薬学で使う大鍋等の調合用具を置きたいのだけど、君は薬草や魔法薬の材料の匂いは平気かな?」
 本棚の前の空いてる空間を指さして問う。
 「部屋で調合をする気なのか」 
 「研究開発が趣味なもので。もちろん調合中は消臭魔法は使うよ」
 「かまわない。僕も魔法薬学が好きだから部屋に鍋を持ち込もうと思っていた」
 「趣味が合う君が同室で良かったよ。セブルス」
 思わずセブルスの両手を取って強く握れば、彼は引きつった表情をして一歩後ずさった。
 「おまえはずいぶんと態度が変わるのだな」
 「態度?」
 「ポッター達や今日の魔法史での女達には冷ややかな態度だった」
 「ああ、見てたのか。だってうるさかったから」
 ぎゃあぎゃあとうるさい女子供って嫌いなんだよねと本心を言うと、「確かにうるさいな」とセブルスはあっさりと納得してくれた。
 彼もまた騒がしい空間は好きではないのだ。
 本棚を真剣に吟味したセブルスは1冊魔法薬学の本を借りていった。
 とりあえずレポートを終わらせてから読むと言って、猛烈な勢いで羽根ペンを動かしはじめた。







1/1ページ
スキ