君の災難2


 そんな穏やかな空気を壊す爆発音が響いた。驚く間もなくビチャビチャと何かが降り注いできた。
 茶色くて嫌な悪臭のするそれがクソ爆弾だと理解するのに時間はかからなかった。
 「きゃあっ! なにこれ?」
 「やだ。クソ爆弾?」
 先輩達が悲鳴をあげる。
 クソ爆弾まみれになったセブルスは呆然とした。夕食時の大広間でクソ爆弾を使う非常識さが理解できなかった。馬鹿な行動の元凶は予想した通りの人物達だった。
 「おい、見ろよ。直撃したみたいだぜ」
 「やったね!」
 騒然となった大広間で場違いな明るい声が響いた。
 「ずいぶんと情けない姿になってるじゃないか。スネイプ。クソ爆弾まみれがとってもお似合いだね」
 散々頭に花を咲かせまくったジェームズ達はセブルスをスニベルスと呼ばなくなった。
 ちなみにシドの魔法薬の効果はまだ切れていない。中和薬を使わなければあと数年は頭に花が咲く予定だ。
 相手が頭の足りない馬鹿だとわかっているが、セブルスはジェームズに挑発されるとどうも冷静でいられない。
 相手がリリーを好きなライバルであることと、単純に人を馬鹿にした傲慢な態度が気に障るのもある。
 自分だけではなく、先輩達までクソ爆弾まみれされた怒りにセブルスは真っ赤になった。それを見たシリウスが楽しげにせせら笑った。
 「スネイプちゃんがお怒りだ」
 「おいおい、シリウス。あまりいじめてやるなよ。ほら、おチビが泣きだしてるじゃないか」
 ジェームズに馬鹿にされて、自分がボロボロと涙を流していることに驚いた。
 泣きやもうにも溢れ出てくる涙は止まらず、それを見たジェームズ達がさらに馬鹿にしてくる。
 「うるしゃい! だまれっ!」
 「は、スニベルスがでかい口きいてんじゃ」
 小馬鹿にしたように何かを言いかけたシリウスとジェームズの体が大きく吹き飛ばされた。
 彼らは十メートルほど後方の壁に勢い良く叩きつけられ、そのまま大広間の壁に磔られた。
 「下種が」
 周囲が騒然とするなかで、吐き捨てるようなシドの呟きが聞こえ、シドを見れば彼の手には杖が握られていた。
 「シド」
 ジェームズ達を道端の汚物でも見るような目で見ていたシドは、セブルスが声をかけるとすぐに歩み寄ってきた。
 少し離れた場所にいたのでシドにクソ爆弾の被害はなかったようだ。
 「大丈夫? セブルス?」
 「ま、まて、シド。ぼくにしゃわるな。くそばくだんできちゃない」
 クソ爆弾のドロドロの汚れや悪臭など目に入らないかのようにシドはセブルスを抱き上げた。
 「涙は止まったみたいだね」
 「そういえば……シドのまほうにびっきゅりしてとまった」
 「そう。よかった。あんな馬鹿達でも役に立つんだね」
 シドはいつになく辛辣だった。
 「なきゅつもりはなかったんだ」
 「わかってるよ。子供の体は正直だからね。怒っても悔しくても涙が出るものだよ」
 「そうにゃのか?」
 「ちょっと失礼するわね」
 ブノワが杖を向けてきた。彼女が呪文を唱えるとセブルスからドロドロのクソ爆弾が消え去った。
 彼女はセブルスと自分達に魔法をかけてクソ爆弾を取り払ったが、周囲に飛び散ったクソ爆弾に関してはそのまま放置した。
 グリフィンドール生の愚行の証拠を消し去る気はないのだろう。
 「なにごとですか?」
 「ああ、いらしたのですか? 馬鹿達がクソ爆弾を使っても教員が出てこないので、教授陣は誰ひとり大広間にいらっしゃらないと思っていました。なにがあったか? ご覧の通りですよ」
 大声をあげてこちらに向かってくるマクゴナガルや他の教師達にシドは痛烈な皮肉で答えた。
 その敵意すら隠さないシドの態度に周囲の生徒達が驚いた。
 もちろんセブルスもびっくりして自分を抱き上げるシドを見た。
 「詰問する相手が違う。この惨事を引き起こしたのはあちらの馬鹿二人です」
 シドは壁に磔られた二人を一瞥する。
 「とりあえずスリザリン席のこのクソ爆弾の残骸をどうにかしていただけませんか? あと被害にあった料理も。まさかクソ爆弾が飛び散った料理を食べろと言うわけじゃありませんよね」
 どうやらシドは教師達の対応の遅さに怒っているらしい。確かにこれで被害にあったのがスリザリン以外の寮なら、教師達はもっと早くに動いただろう。
 後ろ暗い噂が多い寮なだけに、積極的にスリザリンの生徒達を守ろうという意識が教師達の間では薄いのだ。
 スリザリンの寮監に至っては自分の利益になるかどうかでしか生徒を見ないので論外だった。
 「ミスター・セルウィン。あの二人を降ろしなさい」
 「なぜです? うるさいのが静かになって問題ないと思いますが?」
 スリザリン生達が示し合わせたように頷いた。
 強く壁に叩きつけられた衝撃でジェームズ達は気絶しているようだ。ぐったりとしたそんな二人の姿を嬉々としてレギュラスが写真を撮っているのが見えた。
 「怪我人です」
 「確かに彼らは重症ですね。夕食時にクソ爆弾を使うあたり、あの二人の頭は手の施しようがない。いっそのこと聖マンゴに運んではいかがですか?」
 シドの言い分にセブルスを含めた何人かの生徒達が吹き出した。
 「いい加減になさい。セルウィン」
 「僕は事実を述べているだけです。セブルス。降ろすよ」
 優しい動作でシドはセブルスを床に降ろすと、ジェームズ達に向かって杖を振った。壁に磔られていた二人は容赦なく床に落ちた。
 「ところでスラグホーン教授」
 クソ爆弾の残骸を消していたスラグホーンにシドが声をかけた。
 「教授」の響きが妙に嫌味ったらしく聞こえたのはセブルスの気のせいではないだろう。
 若返りの効果が利いているスラグホーンは上機嫌で「なにかね」とシドに振り返った。
 「セブルスと教授がそのような姿になった件について、学校側は原因となった生徒達にどのような対処をしたのかいまだ耳にしていません。教えていただけますか」
 丁寧に聞いているのに否と言わせない迫力がある。まさかなんの処分もしていないなんて馬鹿言わないよな、と言わんばかりの漆黒の瞳に睨まれたスラグホーンはダラダラと冷や汗を流していた。
 「あ~これは不運な事故であり、幸運な大発見でもあったね」
 「一歩間違えればセブルスも教授もこの世から消え去っていた大発見です」
 「世紀の大発見には危険が付き物だ。その輝かしい瞬間に立ち会えたことを私は光栄に思う」
 「その危険に巻き込まれたのが教授だけなら僕は何も言いません」
 勝手に死ね。そんな聞こえない声が聞こえた気がした。
 「話を戻します。それで処分はされたのですか? まさか人の命にかかわる事態において不問にしたままだなんて言いませんよね」
 教師と生徒なのにその立場が逆転しているのはシドが怒りを通り越して殺気を放っているからだ。
 空気がピリピリとして肌が痛い気がする。近くにいる生徒達は真っ青になってガタガタ震えていた。数人の生徒は失神している。
 シドの静かな物言いが周囲の恐怖を煽る。まるでいつ爆発するかわからない爆弾があるような緊張感に大広間全体が包まれていた。
 このようなシドの姿を見て、セルウィン家が対闇の陣営の一族なのだと改めて痛感した。こんな殺気は子供が持つものじゃない。
 正直言えば今のシドは恐ろしかった。けれど彼がここまで殺気立って怒った理由は他ならぬ自分だ。恐いけれどどこか擽ったような気持ちになり、シドのスラックスを掴んだ。
 「セブルス?」
 スラグホーンを睨みつけていた凍て付くような瞳が一転して、溢れるような優しさに染まってこちらに向けられた。
 目に見えるような好意が嬉しいけれど同時にひどく照れくさくて、セブルスは真っ赤になったまま何も言えなくなった。
 「み、ミスター・スネイプ」
 シドが纏う空気が緩み、スラグホーンがすがるように自分の名を呼んできて、セブルスは脂汗まみれのスラグホーンを見た。
 「体調はどうかね。私は絶好調だ。なにか問題点や不便な点はないかね」
 「ふべんにゃことだらけでしゅ」
 シドの怒りに対して火に油を注ぐ回答だった。セブルスとしても若返りの薬に浮かれて、元凶の生徒達を罰しないスラグホーンを庇おうとは思えない。
 「スラグホーン先生」
 貴賓席から校長の声が響いた。
 「いかに素晴らしい発見であろうとも、そこに生徒の犠牲はあってはいかん。また加害者がいるのなら罰を与えるのが当然じゃ」
 「しかし、この素晴らしい魔法薬の発見は称賛するに値するもの。加点こそすれ、それを減点して非難するなど私の魔法薬学者としてのプライドが許しませんな」
 「なるほど」
 きっぱりと薬学者の矜持を言い切ったスラグホーンだが、秀麗な顔に嫌味なほど綺麗な笑みを浮かべたシドを見て硬直した。
 「薬学者としては確かに正しい反応でしょう。ですが教育者としては最悪だ。しかるべき場所に相談報告します。
 生徒の命をこのように軽んじる教師がいては、生徒達の親達も安心して学校に子供預けることができないでしょうから」
 「スラグホーン先生。あなたは冷静になる必要があるようじゃ。少しの間休まれるがいいだろう」
 シドの発言に焦ったのか、校長がスラグホーンに退出を促した。
 魔法界に多大な影響力を持つセルウィン家だ。そんなシドが言うしかるべき場所がどこかのか想像もつかない。ただ大問題になることは簡単に予想がついた。
 「グリフィンドールに50点減点。リーマス・ルーピン、ピーター・ペティグリュー両名にはそれぞれ罰則を与える。これで納得できんかの」
 「就寝時間に出歩いていた生徒の減点が30点だと聞いたことがあります。校長の命の価値はずいぶんと低い。ああ、父方の祖母が近いうちにホグワーツに来るでしょう。祖母はセブルスを気に入って弟子扱いしていますからね。こんな可愛い姿になったと知ったなら大喜びできます」
 「一人50点減点でどうじゃろ」
 明らかな脅迫だった。
 『破滅のヴィーラ』がホグワーツに来るなど地獄絵図の大惨事しか思い浮かばない。
 その事実を理解しているのか、校長の顔色が悪くなる。偉大な魔法使いと言われている校長でも『破滅のヴィーラ』は厄介な存在なのだろう。
 「あとはリーマス・ルーピン、ピーター・ペティグリューからの謝罪です。
 どうやら当人達は大広間にいないようですが、他人をこのような危険な状況にしておいていまだ謝罪のひとつもないなど、どういう神経をしているのか、僕には理解できませんね」
 シドに言われてグリフィンドール席を確認する。生憎と身長がまったく足りなくて、グリフィンドール席を見ることができない。
 「あいつらはいにゃいのか?」
 「針の筵だからね。逃げたんだよ。友人達が大広間に出てこれなくなった腹いせのクソ爆弾かもしれない」
 自業自得だけどと小さくシドは吐き捨てた。
 うっかり調合を間違い人を殺しかけての周囲の生徒達の冷たい目も辛いだろうが、それよりも彼らが恐くて逃げ出したのは、この静かに怒り狂っている親友の存在じゃないかとセブルスは冷静に判断した。
 自分が彼らの立場ならプライドも何もかも捨てて逃げ出すだろう。
 「よかろうて。あとで謝罪する場を用意しようかの」
 「その場には僕も同行します。小さなセブルスだけでは心配なので。グリフィンドール側は無関係な人物は連れてこないようにしてください」
 つまりジェームズ達を連れてくるなということだ。あの二人が来ると謝罪どころの話じゃなくなるのは火を見るより明らかだ。
 「セブルスはこれで納得できる?」
 「だいじょうぶだ。ぜんびゅシドにこうしょうさせてしまってすまにゃかった」
 「こういう時はありがとうと言ってくれた方が嬉しいよ」
 「ありゅがとう」
 「どういたしまして」
 にこやかに微笑んだシドは教授達に運び出されるジェームズ達を見ると杖を取り出して呪文を唱えた。
 聞き慣れない言語に目撃した教授達も何の魔法かわからずに困惑している。
 「セルウィン。一体なにをしたのですか!」
 「僕の親友とその先輩達をクソ爆弾まみれにした報復をしただけですよ」
 命に別条はないですよ。
 物騒な発言を残してシドはセブルスを抱き上げると大広間の出口に向かった。
 「どこへいきゅんだ?」
 「夕食は僕が厨房で作るよ。クソ爆弾だらけになった場所で食事をするのは遠慮したいし」
 「そうだな」
 厨房でシドが作ってくれたチキンライスを焼いた卵で包んだオムライスはとてもおいしかった。












 ホグワーツ魔法魔術学校は生徒達に学ばせるのが目的なためか、娯楽の少ない退屈な環境にある。
 クィディッチの観戦などでストレス発散の場はあるものの、それ以外に娯楽らしい娯楽はなく、生徒達は自分達で日々の楽しみを探し出す。
 勉強に追われる学生達にとってもっとも手軽な娯楽は噂話しだ。これは噂好きな女生徒に限らず、退屈した生徒達は新しい噂話しを耳にすれば喜んで話しに加わる。
 現在、ホグワーツで話題になっているのはスリザリンのセブルス・スネイプだ。
 彼は親友のシド・セルウィンと共に何かと話題になる人物である。その彼が今回はとあるグリフィンドールの生徒の魔法薬調合の失敗により幼児化したというのだ。
 この噂話しを聞いた時のエドモン・S・ブノワの感想は「シド様ぶち切れてなければいいけど」だった。
 一族の中でも群を抜いて他人に無関心だった又従兄弟はルームメイトであるセブルス・スネイプをとても大切にしている。
 傍から見ていると親戚の子供達同様に溺愛していると言っても過言でないほどだ。
 そんなセブルス・スネイプが調合の失敗でできた効果も副作用も不明な怪しげな魔法薬によって人体が著しく変化する異常事態になった。
 シドはすでに原因となった生徒達には威嚇をしたらしい。むしろ威嚇で済んだだけ彼らは幸運だった。
 噂を聞く限り、シドはスネイプを医務室に連れて行くことを優先して報復を行わなかったようだ。だが、それも『まだ報復を行っていない』にすぎない。
 身内同然の相手を傷つけられて黙っているセルウィンの人間はいないのだ。同じセルウィンの血を持つエドモンはそれを良く理解していた。
 小さくなったスネイプはシドに抱っこされて昼食を取るために大広間に現れたらしいが、エドモンは昼寝して昼食を食べ損ねたのでその姿は見ていない。
 二歳ほどの幼児になったスネイプを可愛いと女生徒達は興奮気味に語っている。
 なかには「年の差がありすぎる気がするわ」「義理の親子設定は?」「いっそのこと二人の子供ってことにしちゃえば新しいお話できないかしら? 未来設定ね」
「あの仲良しぶりなら義理の兄弟でも大丈夫よね。過保護な兄に可憐な弟!滾るわ」と姉が喜んで会話に混ざって行きたがるような会話も耳にしたが。
 昼食を食べ損ねたエドモンは夕食の時間なるなり大広間に向かった。
 いつものように痩せの大食いの親友が山盛りの料理を食べるのを感心半分呆れ半分で見ながら、空腹を訴えてうるさい胃袋に料理を詰め込んでいく。
 周囲の生徒達は幼児化したスネイプの噂でもちきりだった。
 なんでもスネイプが幼児化した「若返りの薬」は下手をするとそのまま若返り過ぎて消滅してしまう危険性があったらしく、それを知った一部の生徒達はそんな薬を作ったグリフィンドール生に激怒しているようだ。
 いや、それ一番激怒してるのシド様だから。
 興奮気味に話しをしている上級生に心の中でそう突っ込んだ。
 加害者の生徒はよくシドに殺されなかったものだと、スネイプが被害にあった薬の危険度を知ってしみじみと思った。
 大広間に件の加害者の姿はない。まだ夕食の早い時間だからなのか、それとも人を殺しかけたという針の筵から逃げ出したのか。
 問題の加害者はグリフィンドールの問題児達の四人の中の大人しい方の二人組だ。
 残りの二人ならともかく、彼らに殺人未遂者のレッテルはつらいはずだ。普通の子供ならば逃げ出して当然だ。
 穏やかなざわめきの中、一陣の風が通り抜けたように人々の視線が自然と大広間の入り口に向けられた。
 周囲の視線を追えばそこにはシドがいた。
 噂の小さくなったスネイプの姿は他の生徒達のせいで見えないが、シドが下方を見ながら優しい微笑みを浮かべて話しているので、そこに幼くなったスネイプがいると伺える。
 完璧に身内の子供達に見せる顔だと、スネイプに向けるシドの笑顔を見てエドモンは思う。
 シドは身内の中でも得に子供達に甘い。幼い親戚達はもちろん、まだ子供の年齢であれば年上である自分達ですら子供扱いで面倒をみようとする。
 彼は幼い頃からどこか達観していて、下手な大人よりほども落ち着いていて子供らしくない子供だった。
 シドが3歳の頃には、子守役として面倒を見る側だった自分達兄弟の面倒を逆に見てもらったほどだ。
 ケンカをする当時5歳の双子の兄と姉を仲裁し、どうしていいかわからずにオロオロと泣く当時4歳の自分を宥めてくれ、双子にお説教をした後に美味しいおやつで皆を仲直りさせた。
 あの時から自分達兄弟に年上の威厳など存在しなくなり、子供と子守役の立場は完全に逆転した。
 それは現在でも変わらず、シドにとって自分達はいまだ庇護対象のままだ。
 ちなみにシドの子守を受けた一族の子供達の大半は男女問わずシドが初恋の人になる。
 びっくりするほど美形で優しい親戚のお兄さん。己の身を守るための魔法の勉強に関しては厳しいが根気良く教えてくれて、努力した子供はきちんと褒めてくれる。
 シドに「よくできたね」と言われて俄然やる気になる子供を何人もエドモンは目撃した。
 その上、いつも今まで食べたこともない美味しいおやつを食べさせてくれるのだ。子供が好意を持たない方が不思議だ。
 整った顔立ちから「優しい王子様」として少女達の初恋を、厳しいけど褒められると嬉しい、美味しいおやつを食べさせてくれる「きれいなお姉さん?」として少年達の初恋をかっさらっていき、
親戚の子供達の異性の理想として君臨し続けている。
 そんな無自覚な初恋キラーは現在スネイプとエドモンの姉シェリーとその友人達とのじゃれ合いを微笑ましげに見守っていた。
 大切な親友と親戚が仲が良いのはシドにとって嬉しいことなのだ。
 気持ちは良くわかる気がした。
 ちらりと何個目かわからない糖蜜パイに夢中になっている親友を盗み見る。
 もしこの親友がシドと仲良く会話していたとしたら、自分はとても嬉しい気持ちになるだろう。もちろんそんな現実はありえないだろうが。
 シェリーに抱っこされているスネイプは確かに幼児になっていた。
 スリザリンカラーの制服を着ている幼児の姿はある意味シュールだ。あのサイズの制服があるわけないから、シドが魔法でサイズを直したのだろう。
 シェリー達は輝く笑顔でスネイプの頬や手を遠慮なく触っている。対してスネイプは恥ずかしいのか、顔を赤くしてじたばたと自分を抱き上げる女生徒から逃げようとしていた。
 そんな微笑ましい空気を一変させる爆発音が大広間に響いた。
 突然のことにエドモンの反応は遅れた。気付いた時には姉とその友人達、スネイプはクソ爆弾まみれになっていた。
 「あの姿のスネイプを攻撃するなんて、あの二人、女生徒の大半を敵に回したな」
 かぼちゃジュースを飲みほした親友は場違いなまでに明るい声と笑顔で現れたグリフィンドールの問題児達を指差した。
 ブラック家の長男とポッター家の長男は幼子と女生徒をクソ爆弾まみれにして笑っていた。そのうえ小さな子供が泣き出したのを見て嘲笑している。
 例え相手がスリザリン生だとしても、それが周囲からどういう目で見られているのか、彼らは考えたこともないのだろう。
 「なんていうか、エド的に言うと胸糞悪い?って感じだ。うちにもあの年齢の甥っ子がいるから余計にね」
 眉をひそめて親友は言い捨てた。親友だけでなく、女生徒達も不快気にもしくは批難するように問題児二人を見ていた。
 正義感溢れるグリフィンドール気質の上級生の男子生徒達が怒りも露わに席を立ったのと同時に、問題児達の体はシドの魔法によって壁まで吹き飛ばされた。
 「下種が」
 吐き捨てられた一言は背筋が寒くなるほどの殺気に満ちていた。
 ピリピリと肌を刺し、すぐ背後まで迫りくるような濃厚な死の恐怖に、誰もがその場から動くことができなくなった。生徒の中には殺気に耐えられず失神した者も多い。
 二人は大広間の壁に磔られ気絶していた。
  ぐったりとしたブラックの頭にはコスモスの花が可憐に揺れている。
 エドモンはグリフィンドール席に視線を走らせる。護衛対象として命じられているリリー・エバンズは大広間にまだ来ていない。
 もしシドが怒りのまま暴走した場合、自分が守るのは「すごいな。鳥肌立ってる」と感心しながら緊張感なくカットフルーツを食べている親友だけで問題ない。
 いつでも杖を取り出せるように心がけながら、クソ爆弾まみれになったスネイプを躊躇なく抱き上げるシドを見た。
 「あれは本当に友情なのか? まるで母親の愛情みたいだな。エド、そっちの糖蜜パイを取ってくれ」
 「ああ。ほら、かぼちゃジュースのおかわりもいるんだろ」
 糖蜜パイを皿に盛って渡し、ついでに空になったゴブレットにかぼちゃジュースを注いだ。
 「ありがとう。エドもお母さんだな」
 「おまえみたいな食費のかかりそうな息子は遠慮する」
 そんな会話をしている間に騒ぎを聞きつけた教授達がやっと出てきた。
 遅すぎる登場に不満を抱いたのはエドモンだけではなかった。シドは嫌味と皮肉で教授達に対応した。
 慇懃無礼を絵に描いたような態度は、もはやホグワーツの教授達を敬う気がまったくないことを意味していた。
 無理もない。対応が遅いうえに被害にあったのが大切な親友と又従姉だ。
 彼らを蔑ろにするような対応はセルウィンの血が許さない。かく言うエドモンも姉をクソ爆弾まみれにされたのには激しい怒りを覚えた。
 シドの殺気のせいで頭が冷え、衝動的な感情はやり過ごしたが。
 肝心の姉はクソ爆弾まみれにされたことに怒る前に、目の前の親密すぎるシドとその親友の姿に夢中のようでうっとりと二人を見ている。
 姉はどんな時でも姉だった。燻っていた怒りが脱力感とともに抜けていくのがわかった。
 エドモンの怒りはなくなったが、シドの怒りは消えていない。
 彼は怒りの矛先を魔法薬学の教授に向け、スネイプが幼児化してしまった原因の生徒の処分について追及しはじめた。
 学校側はいまだに件の生徒達になんの処分もしていない。シドが激怒するのも当然だ。
 魔法薬学の教授は最悪なことに、偶然できた若返りの薬を評価し、加害者に寄りの発言をしているため、火に油をどばどば注ぎ込んでいる状態だ。
 シドの殺意が膨れ上がるなかの発言に、あの魔法薬学の教授は新手の自殺志願者なのかと本気で考えた。
 魔法薬学の教授のこれ以上の回答によっては間違いなくシドは杖を振るうだろう。
 エドモンはローブの中で杖を強く握った。
 先ほどまでシド達に見とれていた姉もまた強張った表情をしていつでも杖を抜けれる体勢にある。
 きっとレイブンクローの兄も、そしてこの大広間にいる親戚の子供達もいつでも自分とその友人達を守れるように身構えているはずだ。
 そんな張りつめた不穏な空気は、スネイプがシドのスラックスを引いて呼んだことにより一転して霧散した。
 見ている方が恥ずかしくなるほど優しい表情でシドはスネイプに振り返った。一瞬前までの殺意の欠片もない。
 「もしかしてホグワーツの最強はスネイプなんじゃないか?」
 親友の発言にエドモンは口元がひきつるのがわかった。
 結局、校長がシドの説得に出てきて、加害者の減点と罰則、謝罪で話しが落ち着いた。
 「破滅のヴィーラ」の名前を出されたら校長もシドの要求を全面的に飲まざる得ない。
 授業中に起きた命に関わる事故であり、原因の一端に教授が調合材料を間違えたという事実もある。
 ホグワーツ側が圧倒的に不利だ。その上でさらに被害拡大するような「破滅のヴィーラ」の召喚。
 最悪、ホグワーツは多数の生徒を犠牲にした上で閉校に追い込まれる。
 校長もその未来に行き着いたからこそ、全面降伏の状態でシドの要求を飲んだ。
 シドが無茶をせず常識的な範囲での要求しかしなかったもの、校長がシドの要求を飲みやすい一因だったはずだ。
 もちろん、これだけで終わるわけがない。なにせ相手は怒り狂うシドだ。
 学校側の対応はこれで納得した。あとは個人的に加害者に報復するはずだ。
 加害者が地に頭をこすりつけて謝罪しようが関係なくシドは報復に走るだろう。
 セルウィンの血とはそういう物だ。大切な者のために傍迷惑なまでに暴走する。
 スネイプが止めればやめるだろうが、スネイプは学校側の対応が決まった今、シドが自分のために個人的に報復するとは思ってもいないはずだ。
 そんなことをエドモンが考えている間に、シドは早々と報復を仕掛けた。
 シドは気絶している二人に魔法をかけた。聞き慣れない言語に教授達はどんな魔法をかけたのかわからなかったらしくシドに詰め寄ったが、彼は答えることなく大広間を後にした。
 エドモンにもシドがどんな魔法を使ったのかわからなかった。ただ激怒したシドが使用した魔法である。
 子供相手だろうが容赦なくえげつない魔法であることだけは想像がついた。
 夕食後から就寝時間の間に加害者達のスネイプへの謝罪は行われたらしい。
 それをエドモン達グリフィンドール生が知ったのは、ピーター・ペティグリューが号泣しながら、リーマス・ルーピンが青ざめた顔をしながら談話室に戻ってきたからだった。
 ピーターのうるさい泣き声に親友とチェスをしていたエドモンは舌打ちした。
 ピーターは何事かと集まってくるグリフィンドール生達にスネイプに謝罪したこと、謝罪の場に同行してきたシドに魔法をかけられたことを泣きながら訴えた。
 「知らない言葉だったからどんな魔法かわからない。教授達も校長も解けないみたいだ」
 得体の知れない魔法をかけられた恐怖に震えながらルーピンが告げた。
 ピーター達にかけられた魔法は、大広間でジェームズ達にかけられた魔法と一緒だろうとグリフィンドール生達はこぞって言い合った。
 そんな中、気絶して医務室に運ばれていた問題児二人が談話室に入ってきた。
 二人は周囲が驚くほど体調が悪そうに見えた。幼い子供を泣かせて喜んでいた姿に怒りを覚えていた生徒達ですら心配してしまうほど顔色が悪く、そして憔悴していた。
 二人は心配する同寮生達に力なく笑うと早々と自室へ引きこもってしまった。
 あの問題児達が大人しい!と談話室内は騒然となった。どんなに寮監に怒られ減点されても、また罰則を受けても堪えることのない二人がだ。
 てっきり自分達を気絶させたシドに対しての悪態をつくと思っていたエドモンも彼らの態度は予想外だった。
 壁に叩きつけられた苦痛が強いのか、頭でも打ってしまったのか。それともあの憔悴した様子はすでにシドの魔法の成果なのだろうか。
 二人の憔悴ぶりの原因は数時間後、就寝時間を過ぎた真夜中に判明する。
 気持ちよく眠っていたところに響いたうるさい悲鳴。切羽詰まった恐怖の声に何事かと自室を出たのはエドモンだけではなかった。
 他の生徒達も寝ぼけた顔で部屋を出て来る。悲鳴は例の問題児達の部屋から聞こえたようだ。
 上級生の一人がドアを開ければ、ボロボロと涙を流したリーマスが姿を現した。
 「どうした? なにがあった? さっきの悲鳴は誰だ?」
 上級生が問うが泣きじゃくったリーマスは答えられない。室内からはうめき声にも悲鳴にも聞こえる声が漏れてきている。
 埒が明かないと思った上級生が数人、室内に入っていき、しばらくして困惑気味に出てきた。
 「……他の三人は眠っていてひどくうなされている。このうめき声や悲鳴はそのうなされている声だ。起こそうとしたが起きない。普通の状態じゃない。寮監を呼ぼう」
 上級生の判断により寮監が呼ばれることになった。
 それきりエドモンの興味も失せ、開いた扉から聞こえるピーターの助けを求めるような嗚咽を背に自室に戻った。
 これ以上の安眠妨害を避けるために外部からの音を遮断する魔法を部屋にかける。
 この騒ぎの中でもルームメイトの親友は夢の中だった。
 「悪夢を見せる呪いか?」
 あのうなされ具合から察するに相当な悪夢を見ているのがわかる。
 四人組が他の生徒達の安眠妨害になると早々と医務室に連れて行かれたとエドモンが知ったのは翌朝の朝食の席でだった。












 凍て付く冬の天文学の授業は地獄だ。冷え込む冬の夜に外に出なければならない。どれだけ厚着をしても寒いものは寒い。
 「冬の夜空なんかなくなればいいのに」
 晴れてしまった星空を見ながら、誰かが生徒達の心の声を代弁するような文句をこぼし、皆寒さに震えながら授業を受ける。
 小さくなったセブルスにシドは魔法で小さくしたローブとマフラーと手袋を身につけさせてくれた。子供の世話に慣れているのか、服を着せるのがとても上手だった。
 屋上は雪が積もっていて足場が悪く、セブルスはシドのローブの中にすっぽりと包まれて、顔だけローブから出す形で天文学の授業を受けた。
 外気に触れている顔は寒かったが、シドのローブに包まれた体はとても暖かった。
 凍える授業が終わった後は皆一目散に温かい寮へと戻っていく。
 「ひとりではいゆ」
 「小さな子を一人で入浴なんてさせられないよ」
 冷えた体を温めるためにシャワーを浴びたいが、シドがセブルスが一人でバスルームに入ることに難色を示した。
 そして「一緒に入ろうか」とシドが勝手に決めてしまったあとは、あっという間に服を脱がされていた。
 子供の扱いに慣れている親友は子供の服を脱がすのも手慣れていれば、髪を洗うのも体を洗うのも手慣れていた。
 気付いた時には脱衣所にいてふかふかのタオルに包まれていた。
 魔法で子供サイズに小さくなったパジャマを自力で着替える。セブルスが上着のボタンに苦戦している間にシドはセブルスの髪を魔法で乾かしてくれた。
 いつもなら予習復習に課題のレポートに勤しんでいるが、今日ばかりはそんな気分になれず、しかもこの小さな体は日中あれほど昼寝をしたのに寝足りないとばかりに貪欲に眠ろうとする。
 「今日はもうベッドで休んだほうがいいね」
 「そうすゆ」
 いつもはすぐのベッドすら遠く感じる。自分のベッドへ行こうとすると、軽々とシドに抱き上げられた。
 「にゃに?」
 自分を抱き上げるシドを見れば、彼は困ったような顔をしていた。
 「セブルスのベッド、魔法でベビーベッドに変えて良い?」
 「いやだ。どうちてだ?」
 「柵がないから落ちないか心配なんだ」
 「ベッドがおおきいかやしんぱいにゃい」
 「昼間はけっこうコロコロ転がっていたけど……」
 真ん中に寝せていたのに、気付いた時にベッドの端にいたのは焦ったよ。しかも何度も。とシドは優しい笑みを浮かべて言った。
 どうやら子供の自分はずいぶんとアクティブな寝相をしているらしい。
 「いまのセブルスは小さいからベッドから落ちたら怪我するよ」
 「だったらベビーベッドじゃなく、いまのベッドにさくをつけるようにしゅればいい。シドはかたちにこだわりしゅぎだ」
 「ああ、そうだね」
 シドが杖を振るとセブルスのベッドの周囲に柵が出来た。ベッドの横には二段の踏み台が置いてあった。
 「これがあれば自分でベッドから降りれるよ」
 「うるしゃい」
 せっかく踏み台を出したくせにシドはセブルスを抱っこしたままベッドに運んだ。
 「湯冷めしないうちにベッドに入って」
 「シドはいいちちおやになゆとおもう」
 てきぱきとベッドに寝かしつけられて、思わず素直な感想が口をついた。
 「ありがとう。ベッドから降りるときは足元に気をつけて」
 「わかった。シドはねむりゅのか?」
 「急ぎのレポートもないし、僕も今日はもう休むよ」
 「ルーピンたちにかけたまほうはなんだ?」
 ずっと気になっていたことをシドに聞いた。


 厨房でシド特製のおいしいオムライスを食べてスリザリン寮に戻ると、談話室にいた監督生に職員室に行くよう伝言を受けた。
 シドと共に職員室に行けば、そこには校長をはじめとした教授達と青ざめた顔をしたリーマス・ルーピンとピーター・ペティグリューがいた。
 彼らはこちらを見るなり床に頭をつけそうな勢いで謝罪してきた。
 ピーターはビクビクとシドの顔色を伺っての謝罪だったため、セブルスは不愉快になったが、そんな自分以上にシドが不快そうに、
まるで道端の汚物でも見るかのようにピーターを冷めた目で見ていて背筋が寒くなった。
 シドの目にはピーター・ペティグリューは同じ人間として見えていない気がしてならない。
 シドの態度にピーターはすでに泣き出しており、リーマスの顔色も蒼白していった。
 「ほれ、この通り二人も謝罪しておる。許してやってほしい」
 このままでは埒が明かないと思った校長が好々爺の笑みを浮かべてセブルスに言ってきた。
 グリフィンドールの四人組には色々迷惑をかけられている。実際に進んで実行するのはこの二人以外の二人だが、リーマスはそれを止めないしピーターは追従する。
 彼らの悪戯にあって嫌な目にあった生徒は数え切れないだろう。それなのに学校側は厳しく対処しない。
 彼らの悪戯もどきで怪我人も出ているのに、減点と罰則だけで終わらせる。
 当人達の謝罪もなく校長によってうやむやにされるのだ。この事実に不満を持つ生徒はスリザリンだけではなく他寮にも多い。
 事態を知った親が怒って抗議の手紙を送ってくることもあるが、それは魔法族なら名門ブラック家が圧力をかけて黙らせ、相手がマグルの親だった場合は校長がのらりくらりと話を煙に巻いてしまう状態らしい。
 以前になぜあれほど大勢に迷惑をかける生徒が放校にならないのかと不思議に思いシドに話したところ、そんな裏事情を教えてくれたのだ。
 校長がグリフィンドール贔屓で問題児四人組、正確にはジェームズとシリウスを気に入っているのは彼らの悪戯に不満を持つ生徒達の間では徐々に浸透しつつある。
 今回の一件は事が大きくなりすぎた上に、シドがセルウィン家を盾に脅迫したから正式な謝罪の場が設けられたのだ。
 シドが出ていなければ学校側は今までがそうだったように、この件を不運な事故で片付けて、リーマス達に注意を促すだけだった可能性は高かった。
 そして今、加害者である彼らが必死に謝罪しているのは自分に対してではなく、恐れているシドに対してだ。
 「セブルスが嫌なら許す必要はない。謝罪は誰に非があるのか認めさせるのに必要なものだから、場を設けることに意味があるんだ。ましてセブルスに真剣に謝罪していない相手の謝罪をセブルスが我慢して受け入れる必要はないよ」
 「杖をしまいなさい。なにをする気ですか!」
 焦ったようにマクゴナガルが声を張り上げた。
 「シド?」
 シドは杖を取り出していた。
 「僕を見る目が鬱陶しくてね。セブルスを見て謝罪出来ない目ならいっそのこと必要ないんじゃな」
 「ごめんなさい。僕達が悪かったです。許して下さい」
 「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。殺さないでぇええええ」
 シドが言い終わる前に二人は泣き叫んでセブルスに謝罪してきた。
 涙で真っ赤になった目と鼻水に塗れた相手の鬼気迫る勢いにセブルスは思わずシドのスラックスを掴んだ。
 びっくりしてどん引いた結果の行動だったが、これをシドはセブルスが怯えた思ったらしい。
 もともと悪かったシドの機嫌がさらに低下していくのがわかった。
 「だいじょうぶだ。びっきゅりしただけだから」
 「本当に?」
 セブルスが頷くとシドは渋々と杖を下ろした。
 幼児化してるせいもあるだろうが、シドの自分への過保護さ加減に驚きを隠せない。
 「ふたりをゆるしゅきはない。でもしゃざいはうけいれゆ」
 これが別の二人組なら絶対に許さないし、あちら側も絶対に謝らないと思うが、相手がここまでシドに怯えて泣きながら震えて謝ってくる二人なら、同情心も湧いてくる。
 今まで散々四人組に嫌な気分にさせられた過去を顧みれば、許す気に到底なれないが、いつまでも泣きながら謝罪されるのも鬱陶しかった。
 セブルスの言葉に泣いていた二人は「本当?」と嬉しそうな声をあげ、教授達は安堵の表情を浮かべた。
 そんな誰もが気が緩んで油断したなかにシドの呪文を唱える声が響いた。
 杖の先から放たれた灰の光は涙でぐしょぬれの顔をした二人を包み込んで消えた。それは夕食時に大広間でジェームズ達に使った魔法と同じ魔法だった。
 一度泣きやんだピーターがシドに魔法をかけられたという恐怖に半狂乱で再び泣き喚き出した。リーマスは蒼白した顔で呆然とシドを見ていた。
 「なぜ彼らに魔法をかけたのじゃ。彼が謝罪を受け入れた以上、おぬしが手を出す権利などないはずじゃろう」
 校長が厳しい口調でシドに言ったが、シドは鼻で笑った。
 「彼らは僕の親友の命を危険に晒した。ならばセルウィンたる僕が彼らに報復するのは当然の権利でしょう」
 至極当たり前のことのようにシドは語る。
 「本来なら決闘を申し込んでいます。その場合、彼らは確実に死にますが、そちらの方が良かったのなら今からでも決闘を申し込みます」
 「おやめなさい。一般の生徒がセルウィンの者と決闘などできるわけがないでしょう」
 「ですから報復の魔法です」
 「ミスター・スネイプはセルウィンの報復を望んでいるのかの?」
 不意に校長が問いかけてきた。
 「シドはぼくのためにおこってくれてゆから、シドをひなんすゆきはないでしゅ。ぼくがシドのたちばだったら、シドがしゃざいをうけいれたからとなっとくしてだまってゆのはむりでしゅ」
 無二の親友が一瞬でも死の危険に陥ったのだ。怒って当然だし、被害者本人が謝罪を受け入れたからと、大人しく黙っているのは無理だ。絶対に何かしらの報復を考える。
 セブルスはシドに向かって両手を伸ばした。シドは心得たようにセブルスの体を優しく抱き上げた。
 彼らは知らない。この傲慢とも言える態度を取るシドが自分を失うかも知れない恐怖に震えたことを。この小さな体にすがるように抱きついてきたことも。
 あんなシドの姿を見ていながら、どうして怒り狂って報復に走るシドを咎めれるだろう。
 うるさく泣くピーターを教授達が落ち着かせている間に、「ホグワーツの教授達は優秀でしょうから、魔法の解術はご自由にどうぞ」とシドが挑戦的に言い放ち、天文学の授業を受けるために職員室を後にした。

 ベッドに入るとこの幼い体はセブルスの意思に反して眠ろうとする。あくびをかみ殺してセブルスはシドに再び問いかけた。
 「あれはエジプトまほうか?」
 シドの魔法は多種多様だ。生活魔法から攻撃魔法の他に、最近は兄ブライアンから習ったエジプトの魔法も使えるようになったと聞いている。
 「そう。兄様から教えてもらった古代魔法」
 「どうゆうまほうなんだ?」
  瞼が徐々に重くなってきた。そしてシドはその眠りを増幅させるようにセブルスの頭を優しく撫でてきた。
 「悪夢を見る魔法だよ」
 「あく、む?」
 眠りを誘発するシドの手を払いのけようかと思ったが、頭を撫でられるのは気持ちよくて邪険にはできなかった。魔法のことを詳しく聞きたいのに眠くて目を開けていられない。
 「おやすみ。セブルス。良い夢を」
 手とは違う柔らかい物が額に触れた気がした。




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