子猫と子犬と嘘吐き




 最近、人懐こい子犬のような後輩が出来た。
 「スネイプ先輩。セルウィン先輩」
 図書館でシドと魔法薬学のレポートを書いていると、スリザリンカラーの一年生が笑顔で「こんにちわ」と挨拶してきた。
 顔はグリフィンドールの問題児と似ているが、性格は天と地ほどの差がある。兄が考えなしの愚か者であるのに対し、弟は素直で真面目だ。
 「勉強中にすみません。魔法薬学のレポートでわからないところがあるのですが、教えていただけますか」
 「かまわないぞ」
 魔法薬学のレポートは大体書き終えた。一年生の復習をするつもりでレギュラスの申し出を快諾した。
 レギュラスを隣の席に座らせ、彼が理解できなかった箇所を説明していく。
 レギュラスは熱心にセブルスの話しに耳を傾けながらも、疑問に思った箇所を次々と質問してくる。向上心のある態度は教えている方としてはとても好感が持てる。
 セブルスの正面に座っているシドはすでにレポートを終えていて、分厚い高等魔法薬学の本を真剣に読んでいる。
 シドはレギュラスが来たことすら気づいていないような態度を取っていた。
 「ああ、わかりました。この薬草の作用が重要なのですね」
 「そうだ。あと、この砂ナメクジの効能を勘違いしてる。これは」
 説明していくとシドが席を立った。気にしないで続けてと目で言われて、セブルスは再びレギュラスを見るが、彼の視線は本棚の奥に消えていくシドを追っていた。
 「セルウィン先輩は僕が目障りなんでしょうか」
 そう問う後輩の視線は促すようにスリザリン生達がコソコソとこちらを見ている席へと一瞬向けられた。
 「………シドはレギュラスが目障りなら目障りだとはっきり言うぞ。好き嫌い以前にレギュラスに興味がないだけだ」
 ある意味、嫌われるより扱いがひどいだろう。
 好きの反対は嫌いではなく無関心。それを地で行くのがシド・セルウィンだ。
 このセブルスの言葉は誰もが納得するものだ。
 こちらに聞き耳を立てていたと思われるスリザリン生達はある者は馬鹿にするような苦笑いをある者は落胆したように息を吐いているのが見えた。
 やがてシドが席に戻ってきた。
 なにも言わずにさり気なくセブルスの横に一冊の本を置いたので、不思議に思ってその本を手に取ってみると、現在レギュラスがやっているレポートの範囲の薬草や材料について詳しく書いてある魔法薬材料の資料本だった。
 涼しい顔をして薬草学の本を読んでいるシドにセブルスは必死に笑いを堪えながら、その本をレギュラスに渡した。
 「この本を参考に使ってみろ。薬学で使う材料について詳しく書いてある」
 「はい」
 その本を持ってきたのがシドだとレギュラスも見ている。シドの行動にレギュラスは喜色を浮かべて頷いた。見えない尾を盛大に振っているその姿にセブルスも口元が緩む。
 シドがこの後輩を『素直で子犬みたいな可愛らしさがある子だよ。きっとセブルスも気に入る』と言った理由がとても良くわかった。

 二週間ほど前のある日の放課後、セブルスは大切な話しがあるからと、シドに普段は滅多に通らない通路の空き教室に案内された。
 大切な話しなら寮ですれば問題ないのに、わざわざ空き教室を選ぶ理由がセブルスにはわからなかった。
 不思議に思いながらシドの後に続けば、そこには思いがけない先客がいて驚いた。
 「おまえは確か」
 以前に一度話したことのあるスリザリンの一年生だった。
 「ブラックの弟のレギュラス・ブラック」
 「こんにちは。スネイプ先輩。こうやって話しをするのはハロウィン以来です」
 彼は以前の名門子息然とした穏やかさはなく、緊張を滲ませた表情で挨拶をしてきた。
 「シド。これはどういうことだ?」
 「これから説明するよ。セブルスに協力して欲しいことがあるんだ」
 シドは杖を振り、埃っぽい教室の中を一瞬できれいにした。
 同時に机と椅子をすべて教室の端に追いやり、ソファーとテーブルのセットを魔法で出した。
 「長い話しになるから座って話そうか」
 テーブルの上に紅茶とクッキーが現れる。
 「すごいですね」
 尊敬と顔に書いてキラキラとした目でブラックの弟がシドを見ていて、セブルスは少しだけ面白くない気持ちになり、不機嫌になった自分に疑問を抱いて首を傾げた。
 「二人とも座って」
 勧められるままにソファに座り、紅茶に口をつける。いつものようにシドが用意してくれる紅茶はとてもおいしかった。
 「美味しい」
 「ありがとう。クッキーも食べて見て。新作なんだ」
 皿にはココア色のクッキーが並んでいた。手に取ってみるとほんのり温かくそして少し柔らかかった。
 焼きが足りないのかと一瞬驚いたが、食べてみてとシドが期待した眼差しで見てくるので、料理上手なシドに限って失敗はないだろうと、思い切ってクッキーに齧り付いた。
 いつものサクサクしたクッキーとは違って中がしっとりと柔らかった。
  ココア生地の中にセブルスの好きなチョコレートの大きな塊が入っていて、今までにない食感だがとても美味しかった。
 ひとつめを食べ終えてすぐに二つ目に手を伸ばす。
 「気に入ってもらえてよかった。沢山あるから食べて。今度一緒に作ろうか。レシピ覚えて、休暇中はお母さんと一緒に作ると良いよ」
 シドの誘いは大歓迎だった。このクッキーはぜひ自分で作ってみたいし、母親にも食べさせたかった。
 クッキーを食べたレギュラスも驚いた顔をしてクッキーを凝視していた。
 「こ、これカントリーマアムじゃ」
 「そういう名前のお菓子なのか?」
 「外国にこういうクッキーがあって、それを真似て作ってみた。レギュラス、このクッキーは口に合ったかい?」
 「とても美味しいです。懐かしい味がします」
 コクコクと頷いた後輩はなぜか涙目になっていた。
 いまの会話でシドがなにか脅しでもしたのかと思ったが、夢中でクッキーを食べているレギュラスを見ると、シドに脅えているようには見えない。
 シドもシドで幸せそうにクッキーを食べているレギュラスを微笑ましそうに見ていた。
 セブルスとレギュラスが気が済むまでクッキーを食べ終わるまで待ってから、シドの言う大切な話しが始まった。
 「レギュラス」
 シドがレギュラスに声をかけると、正面に座っていた後輩は姿勢を正した。
 「はい。あたらめて自己紹介します。ブラック家第二子、レギュラス・ブラック。 好きな物というか、欲しい物は平等と自由。嫌いな物は純血主義と人の話を聞かない馬鹿。将来の夢は魔法界を出て世界を旅することです」
 きっぱりと誇らしげな笑顔で後輩は言い切ったが、セブルスの理解はなかなか追いつかず、ぽかんとレギュラスを見るしかなかった。
 「…………ありえないだろう」
 長いようで短い混乱の後、自然と口をついたのはそんな言葉だった。
 「どのあたりがありえないんでしょうか?」
 「全部だ」
 「ですが、いまの自己紹介は全部本当のことです」
 「名門ブラック家の次男の欲しい物が平和と自由なのか?」
 地位も金もある家に生まれた子供が望む物だろうか。
 「うるさい親に命令干渉されることなく、考えの足りなすぎる愚かな兄に関わることなく、心穏やかに生きるのは大切なことだと思います」
 名門の子供以前に11歳の子供の言葉じゃなかった。
 笑顔でありながら、語る口調は感情を削げ落としたように淡々としており、灰の瞳はまったく笑っていなくて恐ろしかった。
 「じゅ、純血主義じゃないのか? おまえはブラック家の者だろう?」
 質問を変えなければいけない衝動に駆られ、次の疑問を口にする。
 ブラック家は古くから狂信的な純血主義で知られ、純血の名家や旧家と婚姻することで魔法界に揺るぎない根を張った一族であることは有名だ。
 その一族の長男はもとより、次男までが完全に一族の誇りであるだろう純血主義を否定しているのはにわかには信じがたい。
 「ブラック家ですけど、純血主義じゃありません。平等と自由を求める人間が純血主義という差別主義者になるなんて矛盾してるじゃないですか」
 確かにその通りだが、納得はできなかった。
 スリザリン寮の生徒達を見ていてわかったが、彼らにとって純血主義は当たり前の物なのだ。
 その思想があって当然、挨拶をする躾けと同じように純血主義を教え込まれている。
 純血主義に対する疑問など最初からない。あって当然の物に疑問など持たない。それぐらいに当たり前の考えになっている。
 そんな環境で育ちながら、その思想を否定するのは難しいはずだ。
 そう考えると、純血主義中の純血主義であるブラック家の子供が揃って純血主義ではないのはおかしな話しなのだ。
 疑問をセブルスはレギュラスに問いかけると、彼はあからさまに動揺した。
 「それはその…………兄は単に母が純血主義を盲信しているから反発して嫌っているのだと思います」
 好きな相手の好きな物は好き。嫌いな相手の好きな物は嫌い。シドに馬鹿なお子様と言われ続ける人物に相応しい子供のような考え方である。
 「兄はわかった。おまえはどうなんだ? 純血主義じゃないのは嘘なのか」
 兄の説明だけして、己のことは言い淀んだレギュラスにそう問い詰めると、「嘘じゃありません!」と強く否定してきた。だが、それ以上は口を開こうとしなかった。
 「はっきり答えればセブルスも納得するよ。レギュラス。幼い頃の初恋の子がマグルだったから純血主義にはなれなかったって」
 妙に楽しげな口調で言ったのはシドだった。彼は紅茶を飲みながらニヤリとした表情をレギュラスに向け、レギュラスで見る見るうちに顔をリンゴのように真っ赤に染め上げた。
 「なんで言っちゃうんですか! 僕のプライバシー守って下さい」
 「レギュラスが恥ずかしがって言い淀むことによって、セブルスがレギュラスを不審視しはじめたら厄介だからだ。あと、未来のためにある程度のプライバシーはあきらめることだね」
 シドの言葉にがっくりとレギュラスは肩を落とした。
 「初恋がマグル?」
 「そうだよ。レギュラスは5歳の時に別荘の近くの家の子と仲良くなって、その子が初恋だ」
 シドがレギュラスの初恋物語を話しはじめた。それはなぜシドがそんなことを知っているんだと疑問を持たずにはいられないほど詳しかった。
 レギュラスが迷子になって近所の家の敷地に迷い込んだことから始まった、体の弱い病弱な少女との交流。
 家族の目を盗んで何度か遊びに行っているうちに、その子が魔法族ではないと知った時の驚き。
 マグルは生きる価値がないと両親に言われていたが、体の弱い少女は病に冒されながらも必死に生きようとしていて、少女に生きる価値がないようには見えなかったこと。
 一緒に過ごした時間はわずか二週間だった。マグルだけど嫌いにはなれない。また会いたいと思った少女とはそれきり二度と会うことはなかった。
 翌年の夏に別荘に行った時、少女がその年の春に亡くなっていた事実を知った。
 マグルである彼女の死を本気で悲しんだ。
 幼いながらにもっと病弱だった少女に優しくしてあげれば良かったと後悔した。
 彼女の顔が、笑顔が見たくて会いに行っていたのに、どうして素直になれなかったのか。
 初恋は自覚とともに終わった。
 それからマグルに生きる価値がないと声高に言う純血主義に疑問を持った。
 両親が純血主義を謳うたび、マグルの悪口を聞くたびに、少女のことを貶されているようで、自分の中の大切な思い出を汚されるようで我慢ならなかった。
 「そんな過去の出来事があってからレギュラスは純血主義から距離を置いたみたいだ」
 滔々と話すシドはそう告げて悲しい初恋物語を終わらせた。レギュラスの過去に少しだけジンとして泣きそうになったが、セブルスは目に力を入れて泣くのを必死に我慢した。
 レギュラスに至っては両手で顔を覆って俯いていた。見える耳や首が真っ赤に染まっている。
 ここまで赤裸々に初恋を語られては無理もなかったが、それでも相手が純血主義のブラック家であり、闇の陣営の噂もある一族でもあるため、素直にレギュラスの過去を信じ切ることはできなかった。
 「シド、レギュラスの話しは本当なのか?」
 シドは自分が気に入った相手の話は盲目的に信じる。
 彼の自分の対する態度を見ていれば一目瞭然だ。そして現在、一体なにがあったのか、シドはレギュラスを気に入ったらしい。
 他の生徒達への態度とは明らかに違い、自分やリリーと接する時のシドの雰囲気に似ているから間違いない。
 だからもしかするとレギュラスが懐に入れた物には甘いシドの性格を利用して騙す気でいるのならば、シドの友人として黙って見ているわけにはいかなかった。
 ブラック家は闇の陣営と言われている。そして闇の陣営はシドの一族の敵だ。その一族の子供がシドに敵意がないとは考え難い。
 そんなセブルスの不安を察したシドは優しく微笑んで、まったく予想外の発言をしてきた。
 「大丈夫。間違いなく本当だよ。なにせ開心術で見たから疑う余地がない」
 「…………………は?」
 「だから開心術で見たから彼の自己紹介も今の初恋の話しも嘘偽りはないよ。心配しないで」
 「開心術を使ったのか?」
 「そうだよ。レギュラスが図書館でポリジュースの調合の本を真剣に読んでいたから」
 「意味がわからない」
 まったくもって本当に意味不明だった。なぜポリジュースの調合本を読んでいて開心術に繋がるのかセブルスには理解できなかった。
 「150年ぐらい前にブラック家の人間がセルウィン一族の者の恋人をさらって殺害した上に、ポリジュースでその恋人の姿に化けて暗殺しようとしてきた事件があってね。
 それ以来ブラック家の人間とポリジュースのセットはセルウィン家ではタブーだ。ポリジュースの使用目的を知らないまま放置はしておけない」
 「その馬鹿な先祖のおかげで、使用目的を尋問されました。答えないでいると問答無用で開心術でした」
 「術が強くて使用目的以外の色々な記憶も見てしまったけど、結果的にレギュラスが信用に足る人物だと言うことはわかったよ」
 「それはありがとうございます」
 レギュラスは半泣きでやけくそのように返した。
 「使用目的は何だったんだ?」
 「ああ、レギュラスの将来の夢に魔法界を出て世界を旅することだってさっき言っていただろ。その為に他人の姿を借りようと計画していたんだよ」
 「なぜ他人の姿になる必要があるんだ?」
 「レギュラス・ブラックのままでは世界を旅できないからだよ。以前に厨房の前でブラック兄弟の言い争いを見たのを覚えている?」
 「ああ」
 不意に言われた内容にセブルスは頷く。あの時、ブラック家の兄弟は一般家庭のセブルスには到底理解のできない重苦しい名家の家庭事情の言い争いをしていたはずだ。
 「知っての通りブラック家は純血主義だ。そんな一族の子供が魔法界を出て一人で世界を旅するなんて許されるわけがない。
 とくに長男があの様子のせいで、ブラック家でのレギュラスに対する期待と純血主義であるべき、ブラック家に相応しく生きるべきという負担は大きい。兄に続いて自分までもブラック家を裏切ったならどうなるのか、レギュラスはよく理解しているよ」
 厨房前の通路でのブラック兄弟の会話は大半はあまり覚えていない。
 ただ母親の機嫌を弟のレギュラスまでが損ねることによって、命の危険があると話していたことは記憶に残っていた。
 子供の命より純血主義の名門ブラック家の名を優先する母親なのだと、背筋が寒くなったのを覚えている。
 「レギュラスはホグワーツの卒業を待たずに家出して、他人の姿を借りて世界を旅する計画を立てている。
 その為にはやい段階からポリジュースを作れるようになる必要があり、そのための勉強をしているところを僕に見つかったんだ」
 自分の夢のために努力していて、先祖のせいでシドに開心術をかけられた。彼の先祖がしたこととはいえ、心を暴かれたレギュラスには同情してしまう。
 「おまえは家出する気なのか?」
 「兄が家を嫌っているように僕も家は好きじゃありません」
 この年齢で今から将来の家出について真剣に考えている。よほど家が嫌いらしい。
 そう考えてふとセブルスは思い至る。
 もし自分の母が変わることがなかったら、今もあの男を夫と呼びあの男の愛情だけを求めて、子供の自分を見ない母のままであったなら、自分もレギュラスのように一刻もはやく家を出るための計画を立てていたかも知れないと。
 「………シドに初恋の話しまで暴露されたのに信じなくて悪かった」
 「いいえ、ブラック家の人間が純血主義じゃないのは魔法界では異常ですから、先輩が疑うのは当然です。気にしないで下さい。
 僕も純血主義じゃないとばれないよう普段は純血主義者を装っているので仕方ないんです」
 ばれるときっと殺されますから、先輩も今日聞いたことは内密でお願いしますと、寂しげに言われて断れるほどセブルスは冷酷にはなれなかった。
 誰に殺されるのか、それは質問するまでもないのだ。
 「わかった。それでシド、おまえは僕にレギュラスの本性を教えて何をさせたいんだ?」
 「レギュラスの友人になって欲しい」
 慎重な問いかけに返ってきたのは突拍子もない提案だった。さらには「お願いします」とレギュラスが頭を下げて来た。
 「頭をあげろ。レギュラス。シド、わかるように説明しろ。返事のしようがない」
 眉間に皺を寄せて睨みつければ、シドは困ったように苦笑を浮かべた。
 「開心術を使ったお詫びにレギュラスの夢に協力しようと思ってね」
 つまりシドの尻ぬぐいの手伝いをしろと言うことだ。あまりに彼らしくない発言だ。
 大体、開心術を使ったのなら、その記憶を消してしまえば問題ない。シドがその方法を思いつかなかったとは考えられない。
 「レギュラスが気に入ったから協力したいと素直に言ったらどうだ?」
 「そうとも言うね。困難に立ち向かい夢を追う子供は応援したくなる。なにかとうるさいブラック家の直系男子がいなくなるのもセルウィンには都合が良いし」
 ブラック家はうちに女の子が生まれるとすぐに婚約の話しを持ってきてうるさいんだよね。
 最近はマーシャをブラック兄弟のどちらかの婚約者にとか寝言言ってきて、両親と兄が激怒していたよ。もちろん僕もだけど。
 年の離れた可愛い妹に対するブラック家の申し出を不愉快げにシドは言い捨てた。後半部分がレギュラスを支援する本音のようだ。
 「レギュラスに必要なのは夢を実現するための知識と資金と、両親に信頼されることだ」
 夢を語るにあたって知識と資金の話しは妙に現実的だった
 知識は叩き込めば良いとシドは言う。
 彼はレギュラスに勉強を教えるつもりなのだろうか。気に入った者に対してどこまでも甘いシドならやりそうだ。
 資金についても家を出る時にでもブラック家の財産を持ち出せば問題ないと物騒な提案をする。
 なるほどと頷くレギュラスを止めるべきかセブルスは迷った。
 「問題は本性を家族に暴かれることなく、純血のブラック家の次男として望まれる姿のまま信頼を得続けて、彼らを油断させておくことだ。
 今まで通りに純血主義を装い、両親に従順で優秀な子供を演じる。家を出るその時まで疑問を抱かせないのが理想的だね」
 「良い成績を取って、両親の言うことを聞いていれば問題ないと思います」
 そう言ったレギュラスがこちらに向き直った。
 「入学前の両親の命令に『セルウィン家の者に近づき、信頼を得るほどに親しい間柄になるように』という自分達でさえまったく成功できなかった無理難題があります。
 ああ、誤解しないで下さい。確かに以前にハロウィンでシド先輩に近づきましたが、あの時は純粋に本気で兄を馬鹿にするためです」
 以前にレギュラスから話しかけてきた時のことを思い出し、親の命令でシドに近付いたのかと怪しんだが、それを察したレギュラスはすぐに否定してきた。
 「それにそれはシド先輩が一番良く知っていますから。開心術で」
 「シリウス・ブラックへの嫌がらせのために僕と談笑したかったんだろう?」
 レギュラスの嫌味をさらりとシドは流した。見惚れるほどにきれいな微笑み付きで。
 途端にレギュラスが顔を真っ赤に染めた。
 シドの笑顔を見慣れたセブルスであっても、彼の整い過ぎた顔立ちに慈しむような優しい笑みを浮かべられると眩しすぎて直視できない時があるのだ、慣れないレギュラスには刺激が強すぎるだろうと、赤い顔のままシドから視線を逸らして床を見ているレギュラスに同情した。
 「その両親の命令はすでに達成していると思うが」
 「は、はい。開心術で色々ありましたけど結果的には信頼を得ることはできました。もちろん両親に言うつもりはありません。
 でも命令に従っているふりが必要なので、これからシド先輩に近付くために、その親友であるスネイプ先輩に懐く後輩になる予定です。そのための協力をお願いしたいんです」
 ここでやっと自分が出てきた。
 今までシドの関心や興味を得るために自分に話しかけてくる者は多かった。彼はわざわざその一人になろうと言うのだ。
 「ずいぶんと回りくどいな。直接、シドに話しかけて友人になればいいはずだ」
 「純血主義でブラック家の人間、しかもいつもシド先輩に絡んで鬱陶しいシリウス・ブラックの弟にシド先輩が興味持つと思いますか?」
 シドの性格を考えれば無視か近づくなと一蹴のどちらかだ。
 「それに表向き、僕はシド先輩の友人になってはいけないんです」
 「どういうことだ?」
 「僕がレギュラスを友人と認めたとブラック家の人間が判断すると、レギュラスが僕の暗殺を命じられる可能性があるんだ。
 セルウィンの人間は懐に入れた相手には甘いから、疑いも持たず油断する。昔からセルウィンの者が暗殺された場合、その犯人は大抵友人や恋人関係の者だ。最初から殺すために近付いて来たり、服従の呪文で操られていたりしている」
 普通の子供ならば震え上がるような内容をシドは告げた。
 「その命令が下されると、僕を殺せないレギュラスが無能者扱いされて、両親の信頼が薄れる可能性がある。
 自分達ができなくても闇の帝王あたりに命じられたら、無理を押しつけるだろうしね。だから僕とレギュラスは近すぎてはいけない」
 迂闊に友人関係を成り立たせてはいけないのだ。けれどただの同寮の先輩と後輩ではブラック家が許さない。
 「面倒だな」
 主に子供に無理難題を押しつけるブラック家の大人達が。そう考えると本音が自然と口をついていた。
 途端にレギュラスが泣き出しそうに表情を歪めた。
 「わかりました。スネイプ先輩にはご迷惑をかけないようにしますので、ここで聞いた話は内密にお願いします」
 叱られた小さな子供のようにしょんぼりとしてレギュラスが言い、なぜレギュラスがそんなことを言い出したのかセブルスにはわからなかった。
 「待て。なぜ結論が出ているんだ? 僕はまだ協力するともしないとも言っていないぞ」
 「セブルスが面倒だって言ったのを誤解したんだね。レギュラス、早とちりしないように。面倒なのは厚顔無恥なブラック家の大人達のことだから」
 そうだよね、とシドに問われてセブルスは頷いた。
 彼はどうやらこの頼み事をセブルスが面倒だと判断したと考えたようだ。しかし、実際問題、セブルスに持ちかけられた頼みは面倒事だ。
 今こそ周囲は靜かになったが、シドと友人関係をはじめた頃には名門名家の子供達の嫉妬じみた嫌がらせが多かった。
 ブラック家の次男がシドを目的だとしても混血の自分に懐いて来るのは再び彼等の妬みを買うだろう。
 涼しげな顔でこちらの言葉を待っているシドに問いかける。
 「レギュラスに協力することで僕が被る悪意について理解しているのか?」
 「もちろんだよ。その対策もしっかりする。多少、不快な騒音は聞こえてくると思うけど、それも速やかに叩き潰すから、長く不快な思いはさせないと約束する」
 「物騒なことを言うな」
 冗談などではなく本気だとわかるから怖かった。
 「もちろんセブルスは断っても良い。これはセブルスにとって自分に懐く後輩が出来る以外にメリットはなく、デメリットの方が大きいからね」
 主にスリザリン寮生との人間関係の悪化は必至だ。
 「今更だな」
 ただ混血と言うだけで自分に敵意を持つ相手がさらに敵意を持ったところで大した問題ではない。
 「わかった。協力する」
 他ならぬシドの頼みだ。普段から色々と世話になっている事実を顧みれば、珍しい彼の頼み事ぐらい協力したかった。
 それにシリウス・ブラックに外見は似ているものの、不安そうにこちらの様子を窺っている姿が耳を伏せた子犬にしか見えないレギュラスのこれからのことも気になった。
 この家族をまったく信用していない年下の少年の姿は、シドに出会う前の自分を彷彿とさせて、どこか放っておけない気持ちになるのだ。
 セブルスの協力承諾を得るとレギュラスは飛び跳ねんばかりに喜んだ。年齢相応の子供らしい姿だった。




 翌日からレギュラスは積極的にセブルスに話しかけてきた。
 もちろん隣にいるシドにも話しかけているが、シドは無関心を装って無視している。
 事情を知らなければ、本当にシドがレギュラスに興味がないとセブルスでさえ誤解してしまうような無関心ぶりだった。
 名門ブラック家の次男が混血であるセブルスに好意的に話しかけていく姿はスリザリンはもとより、各寮の注目を集めた。
 純血中の純血であるレギュラスが混血であるセブルスに話しかける姿にスリザリン生達は己の目を疑い、戸惑いやセブルスに対する反感がありありと彼らの表情に浮かんでいた。
 また明後日の方面に戸惑い、歓喜の声をあげた者達もいた。
 いつまでたってもセブルスには理解し難い愛好会に所属する女生徒達だ。
 リリー達やスリザリンの先輩達に囲まれて『スネイプ君、浮気はいけないわ』『年下攻も美味しい』『三角関係ね。これは滾る』
『セルウィンとブラック弟の間で揺れ動くセブルス君も悪くないわね』と語られた内容は半分も理解できなかったが、泣きたくなるような恐怖と絶望にセブルスはしばらくの間立ち直れなかった。
 ちなみに同じようにレギュラスもスリザリンの先輩達に詰め寄られたらしく、『ホグワーツの女性って怖いです』と虚ろな目をしていた。
 レギュラスの態度によりセブルスに反感を抱いている純血主義者達は多いが、名門ブラック家の影響力は大きい。
 彼が自分にすることに口を出すなと一言言えば、大抵のスリザリン生は引き下がる。
 イギリス魔法界に広く勢力を持つブラック家に逆らう者はいないようだった。
 またレギュラスが事細かに説明するまでもなく、彼らはレギュラスがセブルスに近付く目的を理解していた。
 多くの名門純血主義の子供達が親から言われているように、レギュラス・ブラックもまた親からセルウィン家の者に近付くように命じられているのだと。
 そのためセブルスの予想よりはるかに自分達を取り巻く環境は平和だった。
 不躾にジロジロ見られたり、コソコソと陰口を叩かれることはあったが、それもシドと友人になったときに経験してきたので痛くも痒くもない。
 セブルスに聞こえよがしに陰口を言う者は、次に会った時には脱兎のごとく逃げていく。基本的に顔面蒼白になりながら。
 この相手に容赦なく恐怖心を植え付けるやり方はシドしかいない。彼はしっかり有言実行しているようだ。
 口だけの馬鹿な連中にやりすぎだとシドに抗議したが、「不快な羽虫は一度徹底的に叩き潰しておくと二度と湧かないんだよ」と怖い発言をして譲らなかった。
 当初、レギュラスがセブルスに対して警戒心を持っているのは感じ取っていた。
 穏和な人好きする表情を浮かべながらも、彼は一定の距離を保ち、慎重にセブルスを観察していた。
 シドに紹介されたとは言え、信頼に足る人物であるか判断しかねていたようだった。
 そんな人に対して慎重なところも昔の自分を思い出させた。もっとも自分は慎重どころか、完全にリリー以外を拒絶していたが。
 この二週間でレギュラスの警戒心は薄れつつある。
 自分に話しかける口実に過ぎなかっただろう魔法薬学の質問も今は真剣に聞いており、灰の瞳で「尊敬してます」と言わんばかりに見られるのはどうも照れくさかった。
 ちなみにシドに『お茶会の部屋』で調合の手解きを受けた時も、シドに対して同じような尊敬の眼差しを向けている。
 レギュラスはシドに懐いている。とても問答無用で開心術をかけられたとは思えないほどシドを信頼しているのが見ていてわかる。
 『彼にとって僕ははじめて本音を言えた人物だからだよ。僕相手に今更本心を隠す必要もないしね。雛鳥の刷り込みに近いかな』とシドはレギュラスを分析していたが、本当にそうだろうかとセブルスは疑問に思う。
 そのままの自分を受け入れて信じて、協力までしてくれる相手を嫌いになれるわけがない。どうして好意を持たずにいられるだろうか。
 レギュラスがシドに懐く理由をセブルスは痛いほどわかる気がした。
 セブルスも最近では警戒心が薄れて、作り物のような笑顔ではなく、シドに向けるのと同じ子犬のような人懐こい好意を向けてくるレギュラスは可愛いと思っている。
 シドとセブルスが作ったお菓子を美味しそうに食べているのを見るともっと食べさせてやりたくなるし、向上心のある姿に勉強を教えるのも楽しい。
 『先輩のこと利用する為に近付く役割を演じていますが、実は以前からスネイプ先輩を尊敬していました』
 そう言われたのは昨日のことだった。意を決したようにレギュラスはセブルスに言ったのだ。
 奇人変人のセルウィン家の中でも特に他人に無関心と名高かったシドに興味を持たれただけでも、レギュラス達から見れば偉業だと。奇跡だと。
 さすがに大袈裟すぎると思ったセブルスの心中に気づいたレギュラスはきっぱりと否定した。
 なんでも名家の子供達の間では、顔を覚えられたなら一生の幸運を使い果たすと噂になるほど、シドの他人への無関心ぶりは徹底していたようだ。
 『もちろんシド先輩に興味を持たれたから尊敬してるわけじゃないです。純血主義のスリザリン寮において成績は常に上位の実力主義。その優秀さはもちろん、先輩にとって決して居心地の良いとは言えないスリザリンで堂々と過ごしている心の強さも憧れます。それに優しいです。
 僕みたいな巻き込まれたら面倒しかない相手の頼み事に付き合ってくれました。シド先輩に頼まれたからとわかっていますが、それでも今日まで僕にきちんと対応してくれてます』
 頼まれたからにはきちんとやり遂げる。当たり前のことだ。そこに優しさなど関係ないと思うがレギュラスから見れば自分は優しい人間になっていた。

 

 図書室でレギュラスと別れ、シドと共に厨房へと向かう。今日はレモンメレンゲパイを作る予定だ。レモンメレンゲパイは好物のひとつなのでセブルスはとても楽しみにしていた。
 地下への階段を下りながら、ふと疑問に思っていたことをシドに聞いてみた。
 「僕がもしレギュラスの件を断ったらどうするつもりだった?」
 ふとシドが足と止めて周囲を見回し、自分の軽率な発言にセブルスは気づいた。
 「すまない」
 「他に人はいないから大丈夫。でも発言には気をつけて。セブルスに断られたら他の方法を考えてたよ」
 「わかった。シドは最初にあいつの事情を話し過ぎだ」
 普通、あそこまで事情を話されたら断りづらくなる。
 そう苦言すれば、「セブルスは嫌なら嫌って言うだろ」と返された。
 確かにそうだが、断った場合、初恋事情まで暴露されたレギュラスの立場がなくなる。
 過去の悲しい失恋の傷を穿り返されただけだ。
 「あの子を理解するにはとてもわかりやすい自己紹介だったと思うけど」
 「確かにあの話しであいつの性格や思想はわかったが」
 「今回のセブルスを巻き込んだ計画がなくとも僕はあの子をセブルスに紹介していたよ」
 「なぜだ?」
 「どちらにしろあの子は親の命令で僕に近付かなければならない。 純血主義の名家の子供が僕につきまとって来たら、セブルスは色々心配してくれるだろ?」
 誰が近付いてもシドは無視するだろう。敵には一切容赦しないシドの一体どこを心配しろと言うんだ。
 そんな考えが脳裏を過ぎったが、それでもやはり生粋の純血主義と言われるブラック家の者がシドにつきまといはじめたら、彼が不機嫌になったりしないだろうかと心配してしまうだろう。
 「し、親友を心配するのは当然だ」
 知らず早口になっていた。シドを置いて厨房へと歩き出す。
 この場が薄暗くて良かったと心底思う。でなければ顔に熱が溜まっているのがすぐにわかってしまっただろう。
 「そうだね。僕も親友のセブルスに危害がある者が側にいたら心配せずにはいられないよ。でも大切だから心配かけたくないとも思う。だからセブルスにはあの子を紹介して事情を話していたと思う」
 靴音と一緒にそんな言葉が追ってきて、更に顔に熱が溜まるのがわかった。
  自分がシドの親友だとレギュラスに告げられた時は気づかなかったが、後で気づいてセブルスは一人焦っていた。
 思わずシドに『僕とシドは親友なのか?』と真っ正面から問い正してしまうほどに。
 『一年以上の間、充分に仲の良い友人関係を継続できたし、そろそろ親友を名乗っても良さそうだね。セブルス、僕の親友になってくれる?』
 そう言って差し出された右手は温かく、泣きたくなるほどに嬉しかった。
 厨房への入口で梨の絵をくすぐっていたところでシドに追いつかれた。
 「美味しいレモンメレンゲパイをレギュラスに食べさせてあげよう」
 親友の言葉にセブルスは笑顔で頷いた。

 






セブに可愛い後輩と親友ができました。

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