二年生のクリスマス



 冬の寒さがいっそう厳しくなる11月の終わり、夕食を終えて大広間から寮に戻るまでの帰路は身を切る寒さに震えなければならない。石造りのホグワーツは底冷えするのだ。
 ここ数日とくに寒さが厳しく、生徒達の中に移動の間は手袋やマフラーを使用する者が増えてきた。
 セブルスもあまりに指先が冷えるので誕生日にリリーから貰った手袋を使っている。
 柔らかく温かな感触とこの手袋をリリーから貰った事実に知らずに口元が緩んだ。
 「純血」
 シドはいつも嫌そうに合言葉を言う。純血主義ではないシドはこの言葉自体があまり好きではないらしい。
 寮に入ると温かい空気がふわりと全身を包んで、自然と寒さに固まっていた体の力が抜ける。
 談話室には生徒達が好き好きに寛いでいた。この純血主義者が幅を利かせた談話室でセブルスが寛いだことはなかった。
 シドも一年の頃に一度ソファに座ったおりに生徒達に囲まれて鬱陶しい経験をしたらしく、それ以来談話室で掲示板を見る以外に足を止めることはない。
 二人とも寛ぐなら寮の自室が一番気楽で良いと思っているので、いつも通りに談話室を通り抜け、男子寮の階段を上って自室へと向かう。
 談話室と同じように温かい部屋に戻る。ローブを脱ぎ、クローゼットに片付けようとして、ふと机の上に見慣れない箱が置いてあるのに気づいた。
 「なんだ?」
 大きな本のような大きさのそれはどこかで見た気がする模様の包装紙に包まれていた。
 「今度は一体なに企んでいるんだ」
 シドが心底嫌そうな声で言ったのが聞こえ、シドの方を見ると、彼の机の上にも同じ包装紙の箱が置いてあった。彼は警戒心全開で箱に杖を向けていた。
 「これはなんだ? この包装紙に見覚えがある気がする」
 「セブルスの机にもあるの?」
 焦りを隠そうともせずにシドがこちらに近付いてきて、机の上の箱を見るとがっくりと肩を落とした。
 「セブルスは以前に一度見てるよ。以前に僕の家からお詫びの本が送られてきたことがあるでしょ。これはその時のやつと同じ紙だよ」
 だとするとこれはシドの実家、セルウィン家からの送られたものらしい。
 実家からの荷物には注意警戒を怠らないシドは杖をかまえてじっくりと箱を調べている。
 セブルスの机の上にある以上、自分宛の郵便物だとは思うが、セルウィン家からの郵便物の厄介さは過去の経験から学んだ為、セブルスはこのシドが勝手に郵便物を杖で調べだしても文句はなかった。
 開けた途端に女装姿にさせられたり、人生で一番恥ずかしい話しを言わなければならない呪いをかけられるのは御免だった。
 「シドはともかくなぜ僕にまでシドの家からの荷物が届いたんだ?」
 「時期的にひとつ心あたりがある」
 「時期?」
 「そうだよ。包装紙に悪戯や悪質な魔法はかかっていないよ。開けても大丈夫。
 心配しなくても僕の方に洒落にならない呪いがかかっていることはあっても、セブルスの方にかかっていることはないと思うから安心して」
 まず僕の方から開けるねと言い、シドは実家からの荷物の包装紙を開けた。出てきたのは古めかし額に入った古城の絵だった。
 古城の屋根には雪が積もり、そこにはトナカイの引いたソリに乗ったサンタクロースの姿がある。
 幾つも描かれた古めかしい窓にはクリスマスリースやヒイラギ、リンゴや靴下、鈴、プレゼントの箱などが落ち着いた古城の絵の雰囲気をぶちこわす可愛らしさで沢山描かれていた。
 「これはなんだ?」
 「アドベントカレンダーだよ」
 アドベントカレンダーはクリスマスまでの期間に日数を数えるために使用されるカレンダーだ。
 窓を毎日ひとつずつ開けていき、すべての窓を開け終わるとクリスマスを迎えたことになる。
 一般に窓を開くと写真やイラスト、詩や物語の一編、チョコレートなどのお菓子、小さなプレゼント等が入っていて子供が喜ぶ物だとセブルスは知識で知っていたが、実物を手にするのは初めてだった。
 あの父親がセブルスが喜ぶ物を用意するわけがなかったし、経済的な理由で母親もクリスマスにお菓子を作ってくれるだけで精一杯だったのだ。
 クリスマス時期に店頭に並ぶ色とりどりのアドベントカレンダーやお菓子の数々は幼い頃は憧れていた。それらを親から与えられる子供を羨ましいと思ったこともある。
 震える手で包装紙を取るとシドと同じ古城の絵が出てきた。
 クリスマスツリーやヒイラギ、リンゴや靴下、プレゼントの箱が可愛らしく描かれた窓には小さく数字が描いてあった。
 明日の12月1日から自分はこの窓を開けることができるのだ。両手で持つ絵のずっしりとした重みに嬉しさで涙が出そうになった。

 『クリスマスまでを楽しんで』
 同封されていたカードには『セルウィン家を代表してカルロ・セルウィン』ときれいな文字で綴られていた。
 「アドベントカレンダーははじめて貰った。カルロさん達にお礼の手紙を書く。届けて貰えるか?」
 この溢れんばかりの嬉しさを、感謝の気持ちを彼等に伝えたかった。
 思わず声を大きくしてシドに言えば、シドは同封されていたカードを見て盛大に顔を顰め、疲れ果てたように額を片手で覆って深すぎるため息を吐いていた。
 とても楽しみがいっぱいのアドベントカレンダーを貰った子供の反応ではない。
 しかし、だからと言って、シドが普通の子供のようにアドベントカレンダーに無邪気に喜んでいる姿は想像に難しかった。
 シドの性格と雰囲気がどうしても普通の子供らしい反応に違和感を覚えさせられるのだ。
 アドベントカレンダーはシドにとってため息が出るほど子供っぽい物なのだろうか。
 はじめて貰ったアドベントカレンダーが嬉しくてたまらなかったセブルスはシドの落ち着き過ぎた態度に少し寂しい気持ちになった。
 「シド?」
 「ああ、いや、なんでもないよ。手紙ね。もちろん良いよ。セブルスが喜んでくれたらみんな喜ぶから」
 「シドはアドベントカレンダーは嬉しくないのか?」
 シドの家族が用意してくれて、しかもお揃いの物を自分にまで贈ってくれたのに。
 がっしりとした額に入った古城の絵。屋根の上の小さなサンタクロースは良く見ると動いていて、彼は雪で滑って屋根から落ちそうになり、トナカイに助けられていた。
 「嬉しいよ」
 笑顔が引きつっている。あきらかにシドは嘘を言っていた。ジッと睨みつければ、笑顔のまま目を逸らされた。
 自分がはじめてのアドベントカレンダーに感激しているのに、水を差すようなシドの態度に次第に寂しい気持ちよりもジワジワと苛立ちが込み上げてきた。
 「シドらしくない。はっきり本当のことを言え!」
 「セブルスが喜んでいるから本当に言いにくいけど、隠し通せることじゃないから言うよ。まずこのカード読んで」
 カードにはアドベントカレンダーの制作者及びプレゼント提供者の名前が綴られていた。
 シドの祖父母に両親、兄姉にその配偶者達の名前がそれぞれ違う筆跡で並んでいる。直筆なのだろう。
 これがどうしたのかとシドを見て、ピタリとセブルスは動きを止めた。
 この子供を喜ばせるはずのアドベントカレンダーが奇人変人と名高いセルウィン一族製作の品だという意味に気づいたのだ。
 今まで祖母父親姉がシドに送ってきた手紙や荷物には必ず何かしらの魔法がかかっており、送られて来る物も必ず悪戯の魔法か魔法薬が混入されていた。
 そんな彼らが製作したアドベントカレンダーである。ここに至ってシドがあれほど憔悴している意味が理解できた。
 はっきり言ってなにが入っているかわかったものじゃないのだ。
 「このカードだけで理解してくれるってことは、それだけセブルスに迷惑かけているね。ごめん。つまりそういうことだよ」
 カードを持ったまま固まったセブルスを見て、シドが苦笑気味に笑った。
 「さらに悪い報告がある。もう一枚姉様からのカードが入っていたけど、この絵に例の相手に手紙を読ませるための呪いを改良した、その日の内に窓を開けて中身を取り出さないと、自分の人生の中で最も恥ずかしいと思うことを暴露する呪いが仕掛けられているんだ」
 開いた口が塞がらなかった。
 「意味がわからないぞ。なぜそんな呪いがかけられているんだ?」
 子供は朝一に喜んでカレンダーを開けるだろう。わざわざ開けさせるための呪いなど必要ないはずだ。
 「これはセルウィン製だからね、普通のアドベントカレンダーと一緒に考えないで。この窓を開けるには出される問題を解かないといけないんだ」
 「問題?」
 「二年前に貰ったアドベントカレンダーは魔法薬学と薬草学の一問一答の小テストみたいなものだった」
 ただカレンダーを開けるだけではつまらないという理由で祖父が孫達の為に作り出したのがはじまりらしい。
 シドがホグワーツ入学前に貰ったカレンダーは問題すべてを祖母が作り、魔法薬学好きなシドとしては扉の中身より、問題が面白くて意地になって調べて解答していたと言う。
 だが、もちろんその時は姉の自分の人生の中で最も恥ずかしいと思うことを暴露する呪いなどかけられてはいなかった。
 「姉様は大人しく好意のままではいられない人だから」
 シドの姉はなにかしら悪戯を潜ませないと気が済まない性格のようだ。例の愛好会の創立といい、興味だけは深くなっていく人物だ。
 なぜか知れば知るほど会いたいと思わなくなってきたが。
 「その日の内に出された問題が解けないとその呪いが発動する」
 「そう」
 「問題を解いて、中身を取り出せば呪いの心配はないのだろう。魔法薬学と薬草学の問題なら面白そうだ」
 普通に窓を開けてプレゼントをもらえるのも嬉しいが、そこに頭を使う仕掛けがあるのは好奇心を刺激されてとても楽しそうに思える。
 「そう言って貰えると気が楽になるよ」
 アドベントカレンダーは調合用の作業台の上に二つ並べて置くことにした。
 12月1日の明日の朝が待ち遠しく、レポートを書いていてもそわそわと浮かれているのがシドに伝わっていたようで、
 「集中できないなら今日はもう眠った方がいいよ。そうすればすぐに明日の朝になるから」と笑われて恥ずかしかった。




 12月1日の朝、セブルスはいつもより早く目が覚めた。実を言えば興奮してなかなか寝付けなかったし、眠りが浅かった気がする。
 ベッドから出るとちょうどシドも起きたところだった。
 「おはよう。今日は早いね」
 そう言ったシドが見透かしたようにニヤニヤと笑っていて、思わずうるさいと怒鳴りつけてしまったが、シドは気を悪くした様子も見せずに「カレンダー開けようか」と誘ってきた。
 屋根の上にいたはずのサンタクロースが1の数字が書いてある窓の横に張り付いて、こちらに向かって大きく手を振っているのが見えた。
 「数字に触れると問題が現れるよ」
 「わかった」
 ドキドキしながら数字に触れると絵が光り出して息を飲んだ。
 「大丈夫。ほら、問題が出てきた」
 シドも絵の数字に触れていて、そちらの絵も白く光っていた。
 絵は白い光に覆い尽くされ、その光の壁に文字が浮かびあがってきた。
 『シーカーが遥か下方にスニッチを見つけたふりをして、地上に向かって急降下するが、競技場の地面にヒットする寸前に上昇に転じる。敵のシーカーに真似をさせておいて、地上に激突するように仕向ける作戦の名前を答えよ』
 「………魔法薬学と薬草学の問題じゃないのか?」
 思わずそんな疑問が口をついた。
 「ごめん。セルウィン一族製作だから、お祖母様以外も問題を出しているみたいだ。クィディッチの問題なら両親の出題だ」
 がっくりと肩を落としたシドが、額を片手で押さえて項垂れていた。
 両親が出題してるならきっと他の家族も出題してる。兄様夫婦はエジプト魔術に関する問題、義兄はマグル学だろうとシドは予想を口にした。
 「シドの姉は?」
 「………姉様はなにを問題にするかわからない」
 短い沈黙のあと、シドは言いにくそうに告げた。
 セルウィン一族が自分達の傾向する分野で問題を出すのなら、シドの姉はなにに傾向しているのかと考え、導き出された答えにセブルスは思いっきり渋面した。
 「姉様の問題が出る前から深く考えるのはよそう。今はとりあえずこの問題を解こうか」
 一瞬にして沈みかけた気分を振り切るようにシドが浮かび上がる問題へと視線を向け、セブルスもそちらに視線を向けて、シドの姉の問題に関しては考えないことにした。
 「最初の問題からつまずいたか」
 問題を見ながらシドが唸るように呟いたのが聞こえた。頭に寝癖がついている寝起きのパジャマ姿でも考え込む姿が絵になっていた。
 「わからないのか?」
 「うん。クィディッチには興味がないから、作戦の名前なんてお手上げだよ。セブルスはわかる?」
 「ウロンスキー・フェイントだ」
 セブルスが答えると途端に問題の文字がぐにゃりと中央に集まり出し、黒い大きな丸の形を作り出したと思ったから、そこからセブルスに向かって何かが飛び出して来た。
 咄嗟に両手で抱きしめるようにそれをキャッチする。
 「チョコレートだ」
 板チョコの包み紙はクリスマスツリーの絵が描かれていて、飾りの蝋燭の火や鈴、トップスターがキラキラと優しく光っていた。
 「おめでとう。第一問正解だ。ウロンスキー・フェイント」
 隣でシドも答えを言い、絵からは同じチョコレートが飛び出してきた。
 一番の窓は開け放たれて、窓枠に座ったサンタクロースが小さな手で力強く親指をこちらに立てているのが見えた。
 「セブルスがクィディッチを好きで助かったよ」
 ウロンスキー・フェイントはホグワーツの試合でもよく見る一般的なシーカーの作戦だ。むしろクィディッチの初歩的な知識と言っても過言ではない。おそらく子供でも知っている。
 幼い頃に両親に無理矢理クィディッチの試合を見に連れ回されたわりに、ルールをまったく覚えてないあたり、興味のないものには徹底的に関心を持たないシドの性格が良くわかる。
 「このチョコレートは食べても大丈夫か?」
 セルウィン一族からの贈り物は呪いや魔法薬の混入を疑わなければならないのだ。
 「魔法薬の匂いはないし、呪いの気配もないから大丈夫だと思う」
 杖でチョコレートを調べたあと、「毒味」と言いながら、シドは板チョコレートを小さく割って口の中に入れた。
 なにか変化がないか、思わず息を飲んでジッとシドを見つめた。
 「うん。普通のチョコレートだ。セブルスも食べるかい?」
 言いながらシドが口元にチョコレートの欠片を持ってきて、返事をするために開けた口にチョコレートを放り込まれた。
 「心配しなくても普通のチョコレートだから」
 口の中の温度に塊はあっという間に溶けてしまった。
 甘くて舌触りの良いとてもおいしいチョコレートだった。


 その日からセブルスは朝が楽しみになった。
 絵に浮かび上がる問題は様々だった。
 クィディッチの問題にはじまり、魔法薬の作り方や効能の問題、薬草学では薬草の原産地や効果的な生育環境などの問題が続いた。
 出題の難易度を自分に合わせてくれているのか、魔法薬や薬草学の問題はセブルスもわかったし、わからない物はシドと一緒に放課後に本で調べた。
 『朝は四本足、昼は二本足、夕は三本足。この生き物は何か?』という問題には「それはエジプトじゃなくてギリシア神話だ」というシドの抗議の声が、この場にはいない彼の兄ブライアンに向けてあがった。
 マグルの神話の問題らしく、答えは「人間」とシドが答えた。博識な友人はマグルの神話にも詳しかった。
 他にもエジプト魔術関係の問題が出たが、セブルスにはまったくわからなかった。
 シドもエジプトの魔法薬学なら興味はあるが、魔術には興味がなかったので専門外だった。
 ブライアンの問題が出た日の放課後は、必ず図書館の外国魔術の本棚に張り付くようにして本を読んで答えを探すのが習慣になった。
 セブルスはもちろん、シドも自分の人生の中で最も恥ずかしいと思うことを暴露するのは嫌らしく、夕食を過ぎる時間になるとかなり余裕なく本を探しまわってた。
 今のところ一番焦ったのが日付が変わる一時間前の答えがわかった時だった。
 問題を解くごとに、チョコレートやクッキー、キャンディーなどのお菓子、薬草が摘められた小袋、魔法薬の調合に使えるという魔法石の粉が入った小瓶に、エジプト魔法薬の調合方法が書かれた羊皮紙が出て来た。
 苦労して問題を解くのも楽しかったが、窓から出てくる小さなプレゼントはなにもかもセブルスの心を躍らせる嬉しい物ばかりだった。
 『最近、セブはご機嫌ね。楽しそうだわ。なにか良いことあったの?』
 そうリリーに聞かれるぐらいに12月に入ってからの日々を浮かれて過ごしていたらしい。
 少し恥ずかしくなったが、毎日が楽しい事実に異論も不満もなかったので、わずかな恥ずかしさは忘れることにした。
 「『愛の妙薬』の主材料三つを答えよ」
 ある朝の問題を前にして、セブルスは一瞬で顔を真っ赤に赤面させた。
 「お祖母様と姉様、どちらの出題か悩むところだ」
 照れるセブルスとは対照的にシドは苦々しい表情をして絵に近付くと、淡々とした声で解答を述べた。
 「知ってるのか?」
 「お祖母様に作り方を教えられた。ヴィーラの嗜みらしいよ。興味あるなら一緒に調合してみる?」
 「必要ない!」
 意味深にニヤニヤ笑っているシドを睨みつけた。
 絵から飛び出してきたのは薄い本のような物だった。
 シドはそれを見るなり眉間に皺を寄せたが、その場でそれを読み始めた。
 セブルスもシドに倣って絵に向かって解答を言い、飛び出してきた本を受け取った。
 『グリフィンドール寮の秘め事~黒き家の陵辱』
 題名を目にした瞬間、セブルスはそれを床に叩きつけていた。
 衝動的な行動のあと、いま自分が目にしたとんでもなく卑猥な文字がもしかすると見間違いだったのではないかと、恐る恐ると近付いて床に落ちた薄い本を見下ろす。
 題名は見間違いではなく、セブルスにはまったく馴染みのない『陵辱』という文字が確かに綴ってあった。
 「どうやらグリフィンドールの眼鏡とブラック家の長男の本のようだ。姉様の新刊だからリリー達にあげればきっと喜ぶよ」
 「こんな卑猥な物をか?」
 「内容を読まないうちから卑猥と決めつけるのは」
 「卑猥じゃないのか?」
 「………セブルスの想像の三割増しで卑猥だと思う」
 「そんな物を平然と読むな!」
 「誰がモデルか気になったから。この問題、姉様の出題だったみたいだ」
 件の薄い本はリリー達に嫌々ながら差し出すと、満面の笑顔で抱きつかれて感謝された。
 あんな卑猥な題名の本を喜ぶリリーを前にセブルスは泣きたくなった。
 ホグワーツに入学してから彼女がどんどん手の届かない場所に行ってしまっている気がしてならなかった。
 ある寒い日、クィディッチの問題を解いて出てきたチョコレートをシドが昼食後に食べると、シドの黒髪が輝く金髪へと色を変えた。
 そして、澄んだ黒い瞳は秋の空のような薄い青色になり、劇的な変化を目撃した大広間の人々、主に女生徒達は絶叫のような歓声を上げ、一時的に大混乱になった。
 「色彩変化の魔法薬が入っていたみたいだ」
 周囲の大混乱に反して、シドは至って冷静だった。
 「気づかなかったのか?」
 魔法薬や呪いの類は異常なほど鋭く見つけるシドにしては珍しかった。
 シドの整った顔立ちに輝く金髪と吸い込まれるような青い瞳が映えていた。
 クローディアやブライアンとは違う種類の美貌だ。ただ、直視するには眩しすぎる、見る者を落ち着かない気分にさせる美貌と言う点は共通していた。
 「この魔法薬は昔から母上によく盛られたせいで、警戒心が働かなかったみたいだ」
 シドの話しを聞けば、シドがあまりに祖母に似ているために、まるでフィリスの子供のようだと拗ねたクローディアが、自分と同じ色彩に変化させる魔法薬を子供の頃から何度もシドに盛っていたらしい。
 おかげで害意の無いものだと無意識に判断してしまい、魔法薬の匂いを認識したにもかかわらず、警戒するのを忘れてしまったとシドは説明しながら落ち込んでいた。
 「僕のチョコレートもか?」
 「見せて」
 五つの小さなチョコレートをローブから取り出す。シドはチョコレートの匂いを確認して、すぐに色彩変化の魔法薬入りだと言った。
 「セブルスも金髪で青い瞳になってみる?」
 「遠慮する」
 「鏡さえ見なければ気にならないよ。違和感はあるだろうけど、二時間ぐらい我慢して」
 大広間を出たところでリリー達に会い、シドの変貌に驚いていたが、理由を話すと色彩変化のチョコレートに興味津々になり、彼女達にチョコレートを全部あげることにした。
  彼女達はさっそくチョコレートを食べ、髪や瞳の色が変わったことに歓声を上げていた。
 金髪で青い瞳のリリーの姿は天使のようでとても可愛かった。
 その可愛らしい笑顔で、好きな女の子に「はい、セブも食べて。あ~ん」とチョコレートを差し出されて、思わず口をあけてしまったセブルスを責める者はいないだろう。
 周囲の友人達は皆一様に温かい目でこちらを見ていたのだが、金髪青い瞳のリリーに見とれていたセブルスは気づかなかった。
 リリー達には散々可愛いと抱きつかれたが、鏡で見た金髪に青い瞳の自分の姿は違和感しかなかった。
 正直言えば、青い瞳の自分はまるで別人のようで気味が悪かった。
 午後からの魔法薬学の時間も周囲の生徒達の注目を浴びてひどく居心地が悪く、金髪青い瞳に変貌したリリーを見たポッターが眼の色を変えて彼女を褒め称えるのも不快だった。
 もちろんリリーはポッターを無視していたが。
 それにブラックがシドを見て顔を真っ赤にしているのは微妙な気分になった。
 シリウス・ブラックの初恋がいまだに続いているのは誰の目から見ても明らかだ。
 ただシドはブラックがどう思っていようと興味がないらしく、まったく気にとめていない状態だ。
 真っ赤な顔で睨むように凝視されても完全無視が続いている。





 12月も中旬を過ぎ、寒さが厳しくなる一方でホグワーツ内がクリスマス休暇に向けて生徒達の熱気が増していく。
 今年のクリスマス休暇はセブルスも実家に帰る予定だ。
 母と二人きりのクリスマスは楽しみで仕方がなかった。
 待ち遠しかったクリスマス休暇も、朝の習慣になった問題を解いている間にあっという間にやってきた。
 キングズ・クロス駅では出迎えに母アイリーンとシドの両親が一緒にいた。
 憧れの『スリザリンの王子様』と一緒にいたせいか、アイリーンは真っ赤な顔でガチガチに固まっており、セブルスを見つけると泣き出しそうな顔で駆け寄ってきた。
 アイリーン曰く『クローディア様が素敵過ぎて、心臓が止まるかと思ったわ』。
 確かに男装の麗人は今日も周囲の女性達の視線を独占するほど麗しくも凛々しい貴公子ぶりを発揮していた。
 シドが母親を見て疲れ果てたような深いため息を吐く理由がなんとなく理解できた。
 改めてアドベントカレンダーの礼を言うと『楽しんでもらえれば我々も作った甲斐があるよ』とカルロに頭を撫でられた。
 父親は怒鳴りながら殴ってくることはあっても、優しく頭を撫でてきたことはなかった。
 大人の男の大きな手で頭を撫でられるのは照れくさくて、同時に胸の奥が温かくなるような嬉しい気持ちになった。
 休暇中の問題は、特にブライアンの問題は自力での解答が無理だと判断したら、すぐにフクロウを飛ばすようにシドに約束させられた。
 セブルスとしても恥ずかしい話しの暴露など御免なので、シドの言い分に異論はなかった。
 アドベントカレンダーに興味を持ったアイリーンと一緒に休暇中は窓を開けていった。
 城の絵にかけられたシドの姉の呪いに大爆笑し、そして出題する問題には興味津々だった。
 問題を解いて中から魔法薬の小瓶が出て来た時はセブルスの手を取って喜んだ。
 ちなみに小瓶の中身は一口飲むとすべての食べ物が百味ビーンズの芽キャベツ味に感じるという微妙な品だった。
 クィディッチの問題は次第に難易度が高くなってきたが、アイリーンが『クィディッチ百選』という分厚い本を持ち出してきて解決した。
 母親はとてもクィディッチが好きだったらしい。
 エジプト問題は親子で午前中ずっと頭を悩ませ、昼にはシドに手紙を送るに至った。
 エジプト固有の魔法薬であり、その主材料であるエジプト原産の薬草の特徴的な効能など知るはずがない。
 自力で調べようにもエジプト関係の魔法薬の本など当然ながらセブルスの家にないのでお手上げだった。
 24日の朝、最後の問題をアイリーンと共に頭を悩ませながら解くと、一本の古びた鍵が出てきた。
 「なにかしら?」
 「わからない」
 ふと城の絵を見ると、毎日窓の横に張り付いて、窓が開いたことを自分のことのように喜んでいたサンタクロースが城の扉の前にいて、こちらに向かって大きく手を振っていた。
 こちらを見ながらベシベシと扉を叩いている。
 「扉の鍵なのか?」
 サンタクロースが大きく頷いた。
 小さく描かれた古びた扉に鍵を近づけると、絵が眩しく輝き出した。
 部屋全体が真っ白になるような強い発光がおさまると、古城の絵がおいてあった場所には同じ大きさのお菓子の城があって驚いた。
 クッキーやチョコレートと色鮮やかなマカロンで出来ており、窓がキャンディーと砂糖菓子で可愛らしく作られていた。
 城に積もった雪はふわふわとしたクリーム、城の周囲には色とりどりのグミが敷き詰められていた。
 元気なサンタクロースとトナカイはチョコレートになっていた。
 「すごい」
 クリスマス前の最後の朝のプレゼントはとても豪華で同時に恐ろしく子供心を擽った。
 「すごいわ!」
 同時に大人のアイリーンの心をも擽った。
 お菓子の城を嫌う女子供はいないようだ。そう考えて、果たして子供であるはずのシドがこのお菓子の城を喜んでいるか一瞬疑問に思ったが、それはお菓子の城を前にして「写真を撮りましょう。セブ、お菓子のお城の横に立って! ああ、カメラを持ってこなくちゃ!」と大興奮ではしゃぐアイリーンの前に消えてしまった。





 翌日のクリスマスの朝には沢山のプレゼントがセブルスの元に届いて、セブルスとアイリーンを驚かせた。
 親子二人で過ごすクリスマスは朝から大忙しになったが、忙しいながらも幸せな一日のはじまりを二人の楽しげな笑い声が告げていた。




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