奇人変人と無自覚な君



 「ウィンガーディアム・レビオーサ!」
 叫び声のような浮遊術の呪文が聞こえた。
 それは感情的になっていて普段とは少し違う声音だったが、間違いようもなくセブルスの声だった。
 シドは声の方向へ走り出す。
 今日の授業が終了し、図書館に行こうとしたところで、最近は週に一回ほどに減った女生徒からの呼び出しにあい、一緒にいたセブルスには先に図書館に行ってもらった。
 他人から好意を抱かれるのに嫌な気分はしないが、子供に本気で恋愛感情で好かれてもシドは困る。
 ホグワーツ生は上級生ですら、精神年齢が三十路過ぎなシドから見れば子供なのだ。
 うんざりしながら女生徒の呼び出しに応じれば、そこには数人の女生徒達がいた。
 彼女達は一様に恥ずかしそうに頬を染めて「お姉様と呼ばせて下さい」と懇願してきたのだった。
 突然の突拍子もないお願いに唖然としていると、彼女達は女装したシドがいかに神々しい美に満ち溢れていて麗しかったかを口々に力強く語り、シドをひどく疲れさせた。
 ハロウィンの女装については早くみんなに忘れ去って欲しいのが本音だ。
 シドの女装の写真が手元に届いた祖母や姉は面白がってからかう手紙を送って来た上に、姉は再びシドに女装させようと例の悪戯を封じ込めた手紙を送ってきた。
 この手紙はすぐに魔法で処分した。その際に処分場所に使った森にクレーターのような大きな穴が開いてしまったが、不可抗力とシドは勝手に納得して放置してある。
 あとでグリフィンドール生がクレーターを発見して騒いでいたらしいが、シドはすでに関心のないことだった。
 「僕は男だ。お姉様と呼ばれる筋合いはない」
 これ以上話しを聞く気も失せ、女生徒達を置き去りにしてセブルスが先に行っているはずの図書館に向かった。
 その通路の外から焦ったセブルスの呪文が聞こえたのだ。
 秋も深いホグワーツの空はどんよりとした灰色の雲が一面に広がり、木々の葉が美しい黄色の秋色に染まって彩りを放っている。空気は湿度を含んで肌寒かった。
 セブルスの姿はすぐに見つけることができた。彼を遠巻きにして男女問わず生徒達がいたのだ。
 セブルスが杖を振り上げた先、そして周囲の人々の視線の先をシドは辿った。
 どんよりとした雲に覆われた空に豆粒ほどの大きさの何かが浮いていた。
 シドは目を細めてそれを凝視する。スリザリンカラーのローブが見えた。
 「一体なにがあったの?」
 ゼエゼエと肩で息をしているセブルスが弾かれたようにこちらを見た。彼の瞳が涙目になっているのを認めて、シドは眉間に皺を寄せた。
 途端に耳障りな男の絶叫が周囲に響き、シドはその声の主に杖を振るった。
 上空に浮いていたスリザリン生は地面に向けて一直線に落下しはじめたため、シドは地面すれすれで落下を停止させた。
 「他に気を取られて魔法の発動を止めちゃダメだよ。特に重い物を浮かせるのはまだ慣れていないんだから」
 草の上に転がったスリザリン生は気絶していた。情けなく気絶した顔だが、シドは男の顔に見覚えがあった。
 「ミスター・セルウィン」
 声をかけたきたのはスリザリンの愛好会のメンバーだった。セブルスの近くにいることが多い上級生の女生徒達だ。彼女達の中にはシドが良く知っている女性もいた。
 「スネイプ君は悪くないわ。あの男が悪いのよ」
 一人がきっぱりと言い切り、周囲の女生徒達は頷いている。
 「ミスター・セルウィンがスネイプ君の側にいないのをいいことに、スネイプ君にしつこく言い寄っていたの」
 「嫌がっているスネイプ君の肩を馴れ馴れしく抱いてキスしようとしたのよ。許せないわ」
 「可愛いスネイプ君にこの程度の顔の男が身の程知らずもほどがあるもの」
 「ちゃんとスネイプ君は嫌がって避けたから大丈夫よ」
 「無理強いしようとしているから、私達も黙っていられなくて」
 「当たり前よ。スネイプ君が嫌がっているのを黙って見ていられるわけないわ。それで言い争っていたら、あの男が私達に杖を向けてきて」
 「私達が危険と思ったスネイプ君が助けてくれたの」
 「だからスネイプ君はなにも悪くないわ」
 近くにいるスリザリンの男子生徒達も気絶した男子生徒を庇う様子はなかった。
 「僕に説明する必要はない」
 セブルスが無意味に他人を攻撃するとは思えないし、理由があったとすればシドは無条件にセブルスを信じる。
 もちろんセブルスを気に入っている彼女達が嘘を言っているとも思っていない。



 ハロウィンの女装の一件から、セブルスを取り巻く環境も変化しつつあった。
 簡単に言えば彼に熱い視線を向けるのが、女生徒だけではなく男子生徒にも増えたのだ。
 華奢で可憐な守ってやりたくなるような美少女。
 うっかりトチ狂う男がいても不思議ではないとシドが危惧した可憐な女装姿は、予想通りに簡単にホグワーツの男子生徒達のハートを射止めてしまった。
 ただそれは一過性の熱ならば問題ない。
 時間が過ぎ、相手があれはハロウィンの仮装であり、セブルスが正真正銘男であると冷静になって正気に戻ればなにも心配はいらない。
 セブルスの女装が可愛かったと思うだけだ。だが中にはその熱を冷まさず、更に燃やしている人物も存在する。
 ハロウィンのあともずっとセブルスに熱い視線、それも良からぬ邪な感情を抱いて見つめている男子生徒が数人いる。
 彼等を目敏く察知した愛好会のメンバーにより、「スネイプ君に対する要注意人物」と警戒認識された男子生徒達の情報はシドの元にも届いていた。
 彼女達曰く「可愛いスネイプ君を守るのはミスター・セルウィンの役目だから」。
 この男子生徒は彼女達の情報にあった危険人物のひとりだ。
 彼はセブルスに強い興味を持っている。それは純粋な好意ではなく下世話な欲望まみれの感情だ。
 スリザリンでも素行の良くないグループに属し、仲間内で「セブルス・スネイプをモノにしてやれるか」と賭けをしており、シドに情報を渡して来た愛好会の女生徒達は殺気立っていた。
 もちろんシドも吐き気がするほど不愉快でたまらなかったが。
 今回の一件は彼女達の話しをまとめると、セブルスの側に厄介なシド・セルウィンがいないのをチャンスと思った男子生徒が強引にセブルスに言い寄り、馴れ馴れしく肩を抱いた上にキスをしようとした。
 その様子を見ていた男子生徒達の賭けを知る愛好会メンバーが怒り狂い、男子生徒と愛好会メンバーの口論となった。
 素行の良くないスリザリン生は女性に対する扱いもなっておらず、彼女達に杖を向けて危害を加えようとし、その危険を察ししたセブルスによって、男子生徒ははるか上空に飛ばされたようだ。
 「セブルス、大丈夫? 落ち着いた?」
 彼がひどく動揺しているのは、同性に言い寄られた驚きと恐怖ゆえだろう。
 幼い頃の体験上、シドは現在のセブルスの気持ちが痛いほどよくわかった。
 「あ、ああ」
 やっと息が整ったセブルスはシドを見て小さく頷き、そして口々に男子生徒を糾弾し、またセブルスを擁護した先輩達に向き直った。
 「困っていたところを助けて頂いてありがとうございます。その、僕は男だから自分のことは自分でなんとか対処できるよう努力します。
 ああいうの人間に会ったのは初めてなので驚いたけど、次からきちんと対処します。だから先輩達は無茶をしようとしないで下さい。先輩達が危険な目にあったり、怪我したりしたら嫌です。
 本当に怪我はないですか? 先輩達は女性だから、怪我をして傷が残ったりしたら大変です」
 助けてくれた礼を述べ、それから心配げに女生徒達の身を案じるセブルスは、彼にしては珍しいぐらいに饒舌だった。
 そんなセブルスの様子を見ていた女生徒達の表情が次第に喜色に染まっていく。
 「どうしましょう。スネイプ君に心配されちゃったわ」「発言が紳士だわ。可愛い外見と紳士的な態度のギャップがもうっ」と女生徒達は大きな小声で悶絶する。
 セブルスは戸惑いながらも根気強く彼女達の返事を待った。彼女達と親しいセブルスは彼女達の奇行に慣れつつあるらしい。
 「大丈夫よ。怪我なんてしていないわ」
 「ええ、心配しないで。それに私達があの男が気に入らなかっただけだから、スネイプ君が気にすることはないわ」
 「スネイプ君は大丈夫? あんな奴に触れられてどこか気持ち悪くなっていない?」
 「そうだわ。私達よりスネイプ君よ。我慢しなくていいのよ? 遠慮せずに言ってちょうだい。気分が悪くなって当然なんだから」
 「医務室行きましょうか?」
 途端に彼女達はおろおろとセブルスを心配しだす。
 シドもセブルスには甘い自覚があったが、彼女達も愛好会のメンバーも相当なものだった。とくかくセブルスが可愛くて仕方ないらしい。
 何度もセブルスが「大丈夫です」と言って、やっと彼女達も納得した。
 放置したままだった男子生徒の処遇については、「私達にまかせてくれないかしら。二度とスネイプ君に近付かないようにしっかりお仕置きしておくから」と一人の女生徒が言うと、他の女生徒達が件の気絶した男子生徒をどこかへ運んでいく。
 どこをどうお仕置きするのか不安は残るが、姉を崇拝する彼女のことだ、相手に訴えられるような生ぬるい真似はせずに徹底的にお仕置きと称して躾けるに違いない。
 彼女と彼女の友人達の手慣れた迷いのない行動がそれを裏付けていた。
 今までセブルスに向けていた優しい表情ではなく、獲物の喉元に食らいつく肉食動物の雰囲気を纏いながら彼女はうっそりと笑い、その笑みはシドに姉を思い出させた。
 有無を言わせない迫力にセブルスが息を飲みながら頷いているのが見えた。
 「じゃあミスター・セルウィン、スネイプ君をしっかり守って下さいね。スネイプ君。また会いましょうね」
 にこやかに挨拶した女生徒達が去ったあと、突然セブルスがその場に力なく座り込んだのでシドは焦った。
 「大丈夫?」
 「………ブノワ先輩が少し恐かった」
 「ああ、確かに殺気立った女性は恐いね」
 彼女に限らず、あの場にいた愛好会のメンバーはいずれも激怒していた。
 特にシドによってセブルスの護衛を命じられており、彼女の趣味による個人感情によりセブルス・スネイプを気に入っている、はとこであるスリザリン四年生女子シェリー・S・ブノワの怒りは凄まじい。
 直系でなくともセルウィンの血筋だ。彼女の魔力は一般の生徒とは比べものにならない。その魔力の余波を受ければ、セブルスが怖がって当然だった。
 これから図書館に行って勉強する気分ではないだろうと思い、シドはセブルスを寮へと連れ帰った。幸い急ぎのレポートはない。
 色々ショックを受けて表情の硬いセブルスに気分の落ち着く紅茶を淹れる。
 温かい紅茶を飲んだセブルスはホッとしたように息をついた。
 お茶受けのチョコチップクッキーをサクサクと食べている様子は一見微笑ましいが、シドにはセブルスが苛立って自棄食いしているのがよくわかった。
 紅茶のおかわりを注ぎ、夜食にしようと作っておいたスフレチーズケーキを用意する。
 ふんわりしっとりとした食感のケーキはセブルスのお気に入りの一つだ。
 「本当に僕に言い寄ってくる奴がいるんだな」
 ケーキもぺろりと食べ尽くしたセブルスはぽつりと言った。
 「シドに言われた時はシドの考え過ぎだと思っていた。僕は男だし、シドみたいにすごい美人なわけじゃない。 僕にそんな馬鹿なことする者がいるなんて信じられなかった」
 「セブルスは自分の容姿を自覚する必要があるね。セブルスのお母さんは可愛い系の美人なんだから、お母さんに似ているセブルスも普通に考えれば可愛い顔しているよ」
 「でも僕は男だぞ」
 「こだわらない人間はいる。リリー達の愛好会がそう」
 「リリー達はそういう話しをするだけだ」
 実際に同性に言い寄ったりはしない。彼女達は妄想を書き語っているだけだから実害は………あるが慣れれば気にするほどのものではない。
 妄想の対象にされることは、前今生の姉のせいで慣れていた。
 「好きになった人が同性だったとか、単純に外見が好みなら性別は気にしない人もいるから、自分で男であることで油断してはいけない」
 恋愛は男女でするものだと思っているセブルスには難しい話しだ。
 常識と価値観が根底から覆るし、その対象に自分がなれば身の危険を感じずにはいられないだろう。
 まして実際に強引に男にキスされそうになったとすれば、同性同士に対する嫌悪感を持って当たり前だ。
 「シドが言うと言葉の重みが違うな」
 「長年の経験者の言葉だからね」
 シドは小さく苦笑する。
 「純粋にセブルスが好きで近づきたいと、友人もしくは恋人になりたいと言い寄ってくる相手なら、男同士を推奨する愛好会のメンバーが怒ることはなかったはずだ。あの男は最初から下心たっぷりだった。違う?」
 「初対面から嫌な感じがした。ニヤニヤした笑い顔が気持ち悪かった」
 「そう………僕も彼女達の制裁に加わりたいな。再起不能にしてやりたい」
 心底嫌そうに言い捨てたセブルスの様子に、ここまで彼を不快にさせた相手に対して怒りが込み上げてきた。
 はとこのシェリーが行うだろう制裁の場に加わりたいと思い、その願望はぽろりと口から音となって出ていた。
 「絶対にやめろ」
 なぜか真っ青になったセブルスが慌てたように言った。
 「今のシドが手を出すと死人が出そうだ」
 セブルスの焦りように今の自分はどんな凶悪な表情をしていたのかと疑問に思う。
 「心配しなくても大丈夫。殺したりしない。聖マンゴに運び込まれるぐらいかな」
 「絶対に手を出すな。シドが僕のためにそこまでする必要はない!」
 「僕がどうしたいかは僕が決めるけど、セブルスが嫌がるならしないよ。まあ、僕が手を下さなくとも、彼女達がしっかりとお仕置きしてくれる。それにセブルスに他意はなかったと思うけど、あれは他の男子生徒達への見せしめと警告になっていた」
 「見せしめと警告? なんのことだ?」
 「言葉のままだよ。空高くにあの男を飛ばし、そして真っ逆さまに落とした。あれは浮かれた頭も体も完全に冷え切ったはずだ。
 同時にセブルスに手を出せばああなると周囲に知らしめた」
 効果は抜群だ。邪な気持ちで気安く近付く男はいなくなるだろう。
 ただ逆に抵抗されるほど燃え上がる厄介なタイプは出る可能性は否定できない。そのあたりは愛好会のメンバーと共に警戒が必要だった。
 「あれはああいう輩には効果的なのか?」
 やや考えた様子を見せたセブルスが問う。
 「自分に近づけさせないで相手の頭を冷やすには最適だよ。あと『足縛りの呪い』や『全身金縛り』も効果的だ」
 とにかく相手を動けなくして自分に近づけないのが一番だと言うと、なるほどとセブルスは頷く。その眼差しは真剣だった。
 どうやら自分が一部の男にそういう目で見られているとしっかり自覚してくれたようだ。
 いくら周囲が守っていても、本人に自覚がなければ意味がない。セブルスが自衛に努めてくれるなら、ストーカーのようにセブルスに張り付いて彼を守っていた愛好会のメンバーも少しは気が楽になるだろう。
 だが、これからも男に言い寄られ迫られるかも知れないと知ったセブルスは、自力で対処方法を考え、もしくは本などで勉強しようとするだろう。
 セブルスは負けず嫌いで意地っ張りで、そして人の好意に甘えることに今だに慣れずにいる。
 出会った頃よりマシになったとは言え、セブルスに対して兄心満載のシドはもっと自分に頼って欲しいと思わずにはいられない。
 「ねえ、セブルス。君はさっき僕があの男を聖マンゴ送りにすると言ったら、自分のためにそこまでする必要はないと言ったね」
 突然話題が変わり、怪訝そうにシドを見ながらセブルスは頷いた。
 「ああ、そうだ」
 「セブルスのその認識は間違ってるよ」
 「………意味がわからないぞ」
 「僕は一族とセブルスとリリーのためにしか動かない」
 排他的で他者への関心が薄いセルウィンの人間が動くのは一族と本人が大切と思った相手の為だけだ。
 だから大切な者の為に動く時は周囲に被害が出ようが手段は選ばない。
 こんな一族を傍迷惑な性格だと少し前までは思っていたが、セブルスとリリーと言う一族以外に守りたい二人を得て、シドには彼等の気持ちが理解できるようになっていた。
 「だから僕はセブルスを守る為ならどんなことでもする」
 大切だから守りたい。大切だから幸せな笑顔でいてほしい。大切だから失いたくない。
 相手を大切に思うが故に手段など選んでいられない。重要なのは大切な者が無事であることだけ。
 それが身内を思って暴走するセルウィン一族のあまりに単純明快な真実だ。
 セルウィンの身内待遇は一般的に見れば気持ちが重すぎるだろう。
 シド自身も前世の自分が聞けばどん引く自覚がある。
 セブルスにも重かっただろうかと彼を見れば、身動きひとつしないままこぼれ落ちるんじゃないかと思うほど大きな目でシドを見つめてきたセブルスは、みるみるうちに顔を真っ赤に染め上げた。首や耳まで鮮やかに赤くなっている。
 「ばっ、なにいっ………」
 何か怒鳴りかけだが、それ以上言葉にならないらしく、口をパクパクさせている。
 「落ち着いて、セブルス。顔真っ赤だけど、熱が出てきた?」
 顔の赤さに驚いて額に手をやれば、そこは確かに熱を持っているが発熱しているというほどではなかった。
 「お、おまえのそれは素なのか? 天然なのか?」
 乱暴に手を振り払われ、真っ正面からセブルスに睨まれた。
 「なに言ってるの?」
 「顔が良いだけに悪質だぞ。いまのは絶対にリリーに言うな」
 顔が良いと褒められて悪質だと貶された。意味がわからない。
 「いまの?」
 「僕にさっき言ったことだ」
 「僕はセブルスを守る為ならどんな」
 「口に出して言うな!」
 セブルスに睨まれながら大声で遮られた。
 確かにリリーにこんな発言を知られたら、彼女達の妄想力を掻き立てて喜ばせてしまう。
 リリーに恋しているセブルスは絶対に嫌だろうし、シドとしてもセブルスとの大切な友情をそういう目で見られるのは良い気分ではない。
 「わかったよ。リリーに言わないから」
 こちらが心配になる真っ赤な顔で、親の敵でも見るような目で睨まないでほしい。
 「本当だな? 今のをリリーに言ったら絶対にリリーが勘違いする」
 「まあ、そうだろうね」
 言葉だけ聞けば愛の告白にも聞こえかねない。リリー達は大喜びするだろうとシドは納得する。
 「人に言っておきながら、シドこそ自分の顔の影響力をわかっていない」「シドがライバルになるなんて大問題だ」とセブルスがブツブツ言っているが、声が小さすぎてシドには聞こえなかった。
 「セブルス、話し続けても良い?」
 肝心な話しはこれからだった。真っ赤な顔でこくりとセブルスは頷いた。
 「でもいくらセブルスを守るためとは言え、僕が誰かを傷つけたり、最悪うっかり殺してしまったりしたら、セブルスが責任を感じてしまうだろう。君は優しいから。それは僕も避けたい事態だ」
 「シドはなにが言いたいんだ?」
 「うん、つまりね。自分の身は自分で守れるように、男から身を守る為の魔法や万が一に押さえ込まれた時の対処方法をセブルスに教えたい」
 本当はセルウィン家の女性が身を守る為に習う護身魔法や体術だが、シドは祖母似の顔のせいで習わざる得なかった。
 今までシドがセブルスに教えていたのは単純に敵から身を守り攻撃する魔法だ。
 護身魔法はそれほど魔力が強くない子供でも使えながら、相手には強いダメージを与えるように考えられた魔法である。
 相手は誘拐犯の変態、もしくは女の敵。色々と人体の急所を容赦なく攻撃して、しかものたうちまわるような激痛を長時間持続するような魔法が主流だ。
 はじめてその魔法を習った時は、その魔法の開発者の性格の悪さ痛感せずにはいられなかった。
  杖を使わない護身術も体力のない女子供が使えるように工夫してあり、シドから見れば柔道に似た体術だが、基本的に反則技満載で、こちらも容赦なく相手を痛めつけるえげつない手段が多い。
 「セブルスは自分で対処しようと考えていたと思うけど、目の前に本当に嫌ってほど男に言い寄られた経験者がいるのだから頼ってよ」
 言いながら二重の意味で落ち込んできた。
 男に言い寄られる事実とセブルスに頼られない事実に。
 思わずがっくりと肩を落としかけたが、セブルスが「シドはそういう相手に色々嫌な気分になっていたんだろ。それを思い出させるのは悪いから、頼らないほうが良いと思っていた」と戸惑いがちに言ったので、その優しい思いやりに落ち込んだ気分は上昇した。
 「僕はセブルスに頼られると嬉しいからもっと頼って欲しい」
 心の底からの本音を笑顔で告げれば、セブルスは勢い良くそっぽを向いてしまう。
 赤いままの顔でぼそりと「ありがとう。よろしく頼む」と言ったのが聞こえた。
 どうやらストレートすぎる好意はいまだ慣れないらしい。
 冷めてしまった紅茶を新しく淹れてふるまう。これ以上お茶菓子を出すとセブルスが夕食を食べれなくなりそうなので紅茶だけだ。
 やがて気持ちが落ち着いたセブルスが難しい表情を浮かべてある提案をしてきた。
 「その護身魔法はリリーにも教えることはできないか? あのしつこいポッター対策に必要だと思う」
 「そうだね。今はともかくあのストーカー行為が高学年になってからも続くとリリーの身が危険だね。あの眼鏡は無駄に魔法の才能はあるみたいだし」
 ストーカーという変態への危惧発言にシドも同意した。
 後日、事情を話してリリーを誘えば、「それであのうるさいポッターを撃退することができるのね」と彼女は喜んで頷き、セブルスと一緒に放課後の護身術授業を受けることになった。


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