うるさくない寮を希望



 暗闇を照らす大きな月と星々は銀色の光でもって山の上の大きな城を照らし、眼下に広がる闇色の鏡のような湖面にもその古城の姿を幻想的に映し出していた。
 四人乗りのボートに乗り、湖を渡る。機関車を降りてからもホグワーツへの道のりは長かった。
 一年生の一の発音が変な大男ハグリットに案内され、厳格な印象の女性の元へと新入生達は集まっていた。
 途中、ゴースト達が新入生を驚かせたり、紳士的に挨拶していたりもした。
 退屈させず驚きの連続の中、寮の組分けの説明が始まった。
 比較的近くにいたらしいリリーがどうやって寮の組分けをするのか不安そうに話しているのが聞こえ、それに対してストーカーが『僕と君は運命で結ばれているから一緒の寮さ』と答えているのが聞こえた。
 リリーは再びストーカーに見つかってしまったらしい。
 気の毒にと思いながらそちらに視線をやれば、ギロリと睨んでくるシリウスが見えた。
 コンパートメントから追い出されたことにご立腹らしいが、子供の睨み付けなど痛くも痒くもないのでシドは無視を決め込んだ。
 大広間を照らし出す数百の浮いた蝋燭は圧巻だった。夜空を映しだしている天井も見とれるほどに美しい。
 幾つもならぶテーブルには在学生達が席に着いていた。
 組分けの古びた帽子が妙な歌を歌い出す。内容は寮の紹介だ。

 勇猛果敢なグリフィンドール。
 忍耐強いハッフルパフ。
 古き賢きレイブンクロー。
 狡猾なスリザリン。

 あらかじめ内容を知っていても、この寮紹介は気分が悪かった。
 明らかに特別扱いのグリフィンドールに、子供が狡猾と呼ばれて喜ぶはずがないのに、その言葉が入っているスリザリン。
 一体なにを考えて組分け帽子がスリザリンを狡猾を公言するのか問い質したくなる。
 シドがそんなことを考えているうちに組分けは始まっていた。
 シリウス・ブラックの名前が呼ばれると大広間がシンとなった。
 ブラック家の名は有名であり、その家柄の特徴も有名である。スリザリンの寮生はシリウスが絶対にスリザリンに入ると思っているようだ。
 女生徒達は寮に関係なくシリウスの容姿にざわめいていた。
 組分け帽子がグリフィンドールと叫び、スリザリンから失望の悲鳴が、グリフィンドールからは戸惑いの声があがる。
 当のシリウスはジェームズに得意げに笑いながらグリフィンドールの席へと向かって行った。
 リリーもグリフィンドールへと決まった。
 笑顔でグリフィンドール席へ行く彼女をセブルスが再び子犬のような目で見ていて、その可愛らしい姿にシドは少し笑ってしまった。
 あの少年が将来嫌味で陰険な魔法薬学の教授になるのかと思うと不思議でたまらない。
 ジェームズもグリフィンドールに決まり、シリウスと手を叩き合って喜び、リリーには嫌な顔をされていた。
 「セルウィン・シド!」
 シドの名が呼ばれると大広間がざわめいた。
 「セルウィンって、あのセルウィンか?」
 「ホグワーツのロマンスのセルウィン家の人間?」
 「うわぁ。きれいな子じゃない」
 聞こえてくる声に嘆息しつつ、組み分けをかぶる。
 「ほう、セルウィン家の子供か。君達は非常におもしろくてよろしい」
 「お褒めにあずかり光栄だね」
 帽子の声にシドは小さく苦笑しながら答えた。
 「君は勇気があるね。何者も恐れず立ち向かっていく勇敢さがある。
 それに知識には貪欲だ。レイブンクローに向いているようだが、大いなる才能もある。偉大な魔法使いになれるだろう。ふむ。難しい。どこに入れたものか」
 「グリフィンドールは拒否するよ」
 「グリフィンドールは嫌なのかね?」
 「勇猛果敢なんて柄じゃない。あと今年のグリフィンドールは騒がしい子供が多すぎる」
 後の悪戯仕掛け人と同じ寮などうるさいことこの上にないはずだ。
 「ふむ、ならばスリザリン!」
 悪くない結果にシドは小さく笑う。
 時期的に『名前を言ってはいけない人』の勢力がじわじわとスリザリン寮に広がっている頃だが、セルウィン家が闇に落ちないのはブラック家が限りなく闇に近いのと同じぐらい常識として考えられているために、わざわざ勧誘してくる者もいないはずだ。
 それに寮が地下にあるのも悪くない。
 本や魔法薬や薬草の類は冷暗所で保管するに限るのだ。日当たりの良い寮部屋はそれらすべての敵だった。
 魔法薬学の教室が地下にあるのは理にかなっているのか。
 原作を思い出し、いまさらながら納得する。あれはスネイプ教授の陰気さを強調する演出ではなかったらしい。

 スリザリンの席では歓迎された。
 家柄純血の血筋ともにセルウィンを嫌悪する理由が彼らにはない。
 まさに選ばれた者に相応しいと考えているのだろう。歓迎する上級生は露骨に家柄と純血の血筋を褒めてくる。
 「セルウィンの人間は純血主義ではありません」
 目の前の上級生が笑顔のまま固まる。
 シドの声は大きくなかったが、それでも彼の周囲が小さな沈黙に覆われた。
 「以後、その手の話を僕に振らないで下さい。他人を馬鹿にするだけの話題は自分の価値すらも貶める」
 意訳すれば、「同じ馬鹿に見られたくないから近づくな」の旨と告げると、空いてる席へと腰を下ろす。
 上級生達の数人はわかりやすい敵意をシドに向けてくるが、実際に詰め寄ってくることはなかった。
 こういう時は旧家であり名門である実家の名前は有り難かった。
 「やっぱりセルウィンは奇人変人の集まりか!」
 吐き捨てるように誰かが言うのが聞こえ、誰が言ったかわからないがそちらに向かってシドは嫌味なほどにっこりと微笑んだ。
 「奇人変人はセルウィンの人間には褒め言葉ですよ」
 一瞬の沈黙ののち、なぜか女生徒から悲鳴があがり、シドは耳障りな黄色い声に顔をしかめた。
 子供がうるさいのはどこも同じらしい。けれど、これでも悪戯仕掛け人が出没するグリフィンドールよりはマシのはずだ。
 「………一体なにごとだ?」
 ふと視線をあげると組分けが終わり、無事にスリザリン寮生になったセブルスがいた。
 「奇人変人と褒めてくれたからお礼を言っただけ」
 「それは貶されたんだ」
 セブルスは眉をひそめる。
 「我が家では褒め言葉だ。むしろその称号を持たない人間は肩身が狭いほどだ」
 眉間の皺がさらに深くなる。
 「セルウィン家は名門だと名家図鑑に載っていたが」
 「そのうち噂も耳にするはずだ。セルウィンの人間は代々サービス精神旺盛だから。名家図鑑読んだの?勉強家だな」
 11歳の子供が見るには面白くもおかしくもない分厚い本だ。主に家系図や血筋などを調べる為に使われる。
 組分けの儀式が終わり、校長が内容のない声をあげて校長先生の話が終了する。
 目の前にはずらりとごちそうの山が現れた。






 「またおまえか」
 スリザリンの寮の部屋は二人部屋だった。
 部屋の扉に書かれた名前は「シド・セルウィン」「セブルス・スネイプ」。扉の前でため息をつきながらセブルスはシドを見た。
 「どうやら君と僕は縁があるみたいだ。これからよろしく」
 「ああ」
 素っ気ない返事のあとセブルスは向かって右側のベッドへ移動した。そちらを使うつもりらしい。
 室内には天蓋付きのベッドが二つに机と椅子のセットが二つあった。
 地下だけに蝋燭の火がなければ真っ暗になるだろう室内はひんやりとした空気が漂っている。
 広さは申し分なかった。学生二人が寝起きし学ぶには充分な空間がある。
 本棚も大きいし、空きスペースにはちょっとした実験器具もおけるだろう。
 「問題は湿度か」
 各部屋に風呂トイレの水回りがあるせいか、思ったより湿度が高い。
 本や薬草類の保管には向かない環境だ。仕方なくシドは杖を振るう。
 「いまのは?」
 魔法の発動に気づいたセブルスは怪訝な顔を見せてきた。
 「除湿魔法。本にカビが生えるのは遠慮したいだろ。この部屋にかけたから、本や衣服、ベッドへのカビの心配はないよ」
 一応、その系の魔法の痕跡は感じるがどうも効果が弱いようだ。
 荷物を片付けなければならないと思うが、汽車での長旅の疲れと満腹による睡魔に襲われてきた。
 セブルスを見れば、彼も疲れ果てた様子でパジャマに着替えていた。
 「おやすみ」
 「……ああ」
 素っ気ない返事と共にベッドのカーテンが引かれる。
 同室の者がうるさい子供ではなく、リリー以外には無関心なセブルスなのは幸運だった。
 少なくとも彼は好奇心旺盛に他人の詮索をしたり、名家であるセルウィンの者に媚びへつらうこともないだろう。
 就寝の準備をしながら、ふと思い出して机の上に羽根ペンとインク、羊皮紙を出す。
 寮の報告は両親祖父母に強く言いつけられていた。
 シドがどの寮に入るか、彼らはおもしろおかしく賭けをしているのだ。
 賭けの景品が蛙チョコの大袋なのだから、完全に遊んでいる。
 セルウィン家はどの寮にも出身者がいるため、寮差別の意識は皆無だった。だからどの寮に入っても文句を言われる心配はない。
 スリザリンに入った旨を書き留めたころにはかなり瞼が重くなっていた。
 欠伸をかみ殺しながらベッドへと潜り込むとすぐに眠ってしまった。










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