不安と嫉妬と信頼



 「眉間に皺が寄ってる」
 ホグワーツの図書館。いつもの人気の少ない奥の席で参考の本を睨みながらレポートを書いていたセブルスに、向かいの席に座ったシドが笑いを堪えた表情をしながら言った。
 「痕になって取れなくなるよ」
 シドが手を伸ばしてきて眉間の皮膚を揉んできた。
 友人の突然の言動に驚きながらも、いまだに眉間の皮膚を人差し指と中指で伸ばしているシドの手を振り払った。
 「突然なんだ?」
 「セブルスの機嫌が悪いから」
 「別に機嫌が悪いわけじゃない」
 「そのレポート、こっちの本がお勧め」
 先ほどから書いては消してを繰り返して一向に進まないレポートを苛立たしく睨みつけたあと、シドが差し出した本を渋々ながら受け取った。
 既に変身術のレポートを終えたシドは魔法史のレポートに取り掛かっていた。
 「そんなに気にいらないなら、セブルスもクィディッチの選手の選抜試験を受ければいいのに」
 シドの発言にセブルスは読もうと開いた分厚い本をバタンと閉じた。
 勉強に集中するために先ほどから必死になって頭から追いだそうとしている苛立たしい記憶が再び脳裏に鮮明に浮かび、セブルスは表情を険しくした。
 「本の扱いは丁寧にね。それからまた眉間に皺が寄ってる」
 「うるさい」
 再び眉間に伸びてきたシドの手を振り払った。
 図書館に来る前に興奮気味に話している女生徒達の会話を耳にしてしまった。
 それはグリフィンドールのジェームズ・ポッターがクィディッチの選手として選ばれたという内容だった。
 まだ控えの選手だがすぐにでも練習に参加するらしく、女生徒達は練習を見学しに行こうと騒いでいたのだ。
 ポッターがクィディッチの選手になるのは自由だが、それで無駄な自信をつけて、さらにリリーのストーカー度が増すのは困る。
 それに仮にポッターがクィディッチの選手になり試合で活躍したなら、リリーのポッターの見る目が変わるかもしれないと考えると、苛立ちと不安が胸をじわじわと浸食していき、さきほどから落ち着かない。
 「セブルスはクィディッチの選手に挑戦しないの? セブルスは速く飛べる方だよ」
 「シドに言われても嬉しくないぞ。それに僕は高く飛べない。選手には向かないだろ」
 「高所恐怖症なのは残念だ。荒療治で治す方法も知らなくはないけど」
 「よくわからないが遠慮する」
 シドの提案を即座に拒否した。
 普通じゃない彼らの荒療治がどれほど非常識なものなのか常識人なセブルスには想像もつかないが、少なくとも自分のような普通の人間が受けるものではないのだけは理解できた。
 スリザリンの二年生の誰よりも自由自在に箒を操れ、両親がシーカーだった実績からシドは二年生になってから鬱陶しいほどにスリザリンのクィディッチ選手達に誘われていた。
 シドはクィディッチをするより調合をしていた方が楽しいと断言しており、クィディッチに一切の興味を持っていなかった。
  シドがなにかを言ったようで、ある日からピタリとスリザリン選手達の姿は見かけなくなったが。
 クィディッチの試合の応援は大声を出すことでストレス解消にもなるという理由で人に勧めて来たくせに、シド自身が試合を見に行くことはなかった。
 曰く『調合をしていた方が僕には有意義だから。それに僕は試合を見てるほうがストレスになると思う』。
 理解できなくて話しを聞いてみれば、シドには幼い頃にクィディッチ狂な両親にルールを叩き込まれ、その上でプロの試合観戦に引き摺りまわされた過去があった。
 上の子供二人ともクィディッチに興味を持たなかったので、シドには興味を持って欲しいというクィディッチ狂な両親の望みだったようだ。
 確かに休暇中にクィディッチの話題で白熱した議論をしている姿を何度も見かけたので、かなりのクィディッチ好きなのだろう。
 ああもクィディッチ好きなら子供もクィディッチを好きになって欲しいと考えるのは当然の成り行きだ。
 だが、その頃にはすでにシドは魔法薬学に夢中だったらしい。
 魔法薬学の本が読めない上に調合もできない。興味のないクィディッチの試合を暑苦しいほどいちゃつく両親と一緒に見なければならない。
 はっきり言って精神的な拷問に等しかったとシドは苦渋の表情で語ったのだ。
 三度目の試合観戦で不満が爆発して両親にクィディッチに興味がないと宣言した。
 両親は落ち込みながらもシドを試合に連れ回すのはやめたが、クィディッチの試合を見ると当時のことを思い出して、「試合会場を吹き飛ばせばクィディッチの試合に時間を取られる必要もなくなるかな」と考えてしまう危険な心の傷をシドの中に残してしまった。
 これを聞いた時、絶対にシドをクィディッチの試合に誘ってはならないと理解した。
 なのでセブルスはクィディッチの試合は最初一人で見に行っていたが、いつの間にかスリザリンの上級生の女生徒達が周囲にいるようになり、自然と彼女達と試合を見るようになった。
 後で知ったが、彼女達はリリーが所属する例の愛好会のメンバーらしく、「スネイプ君とお話してみたかったの」と言う理由で近付いてきたらしい。
 例の愛好会のメンバーと知って身構えてしまったが、彼女達は至って普通で親切な人達だった。
 ただ試合に興奮するあまりなのか奇声を上げたり、鼻血を出したりするのには驚いたが。
 「あの眼鏡がスポーツでヒーローになったところで、中身はストーカーな馬鹿なお子様のままだ。ヒーローになって増長してリリーに嫌われることはあっても、眼鏡が紳士にはなり得ないからセブルスが不安になることはないよ」
 己の心を見透かす発言に息を飲む。
 「そんな不思議そうな顔で見ないで。別に開心術を使ったわけじゃない。セブルスは自覚ないだろうけど、眼鏡の話しを聞いてから苛立ったり不安そうな顔したりして、考えてること大体顔に出てたから」
 そんなにわかりやすく顔に出ていたのかと思うと恥ずかしくなった。
 「シドは開心術が使えるのか?」
 「開閉心術はセルウィン直系の就学前の嗜みだから。ああ、安心して。むやみに人の心を覗いたりはしないよ。
 この術は敵を相手にするために身につけるものだから、他人のプライベートを覗くために使ったりはしない」
 セルウィンの名にかけても良いとまで言われると納得せざる得なかった。
 なにより他人に関心の薄いシドがわざわざ開心術を使ってまで心を覗こうとする姿が想像できなかった。
 「悩み多き純情なセブルスに朗報がある」
 「誰が悩み多き純情だ!」
 思わず声を荒げてシドを睨みつける。
 「セブルス、ここ図書館」
 自分達がいる場所は生徒の姿が少ないがまったくいないわけではない。何事かとこちらを見る上級生達の視線に羞恥のあまりに顔に熱が溜まった。
 恨みを込めてシドを睨みつけるが、シドの次の言葉で怒りはどこかへ吹き飛んでしまった。
 「もうすぐハロウィンだから、そのためのお菓子を一緒に作ろうってリリーを誘ってみたんだけど」
 意味深長に言葉を切るシドがニヤニヤと笑っていて、無性に本で殴りつけたくなる衝動に駆られる。だが、リリーの返事が気になるので、拳を握りしめてシドの言葉を待った。
 「さっきOKの返事が来たよ。リリーの同室の子達も参加することになったけど、朗報でしょう?」
 リリーとお菓子作りは確かに朗報だった。
 嬉しくて思わず口元が緩みそうになるが、素直に認めるのが悔しくてシドを睨むが、相手は「はやくレポートを終わらせてどんなお菓子を作るか考えよう」といそいそとレポートを書き始める。
 「メアリー達が一緒でも良かったのか?」
 リリーや自分はメアリー達と親しいが、シドと彼女達が親しいかと言えばそうではない。
 彼女達を誘ったシドのお茶会でもシドはみんなの会話を聞くに徹するので、シドとメアリー達が話している姿をセブルスはあまり見たことがないのだ。
 己が認めた友人以外には素っ気ないシドだが、「セブルスとリリーの友人」という理由でメアリー達に対する態度は他の生徒達よりは柔らかい。
 セブルスとしても大切な友人であるシドとメアリー達には仲良くして欲しいと思う。もちろんシドが嫌なら無理強いする気はないが。
 「かまわないよ。ただリリーによると彼女達、お菓子作りは初めてらしいから、セブルスも教えるのを手伝ってね」
 「ああ、わかった」
 「お菓子作りが終わったらそのままお茶会も悪くないね」
 嬉しい提案にセブルスは頷く。
 「眼鏡ストーカーよりセブルスの方がずっとリリーと親しく信頼されているのだから自信を持つべきだ。 リリーは幼稚な上に性格の悪い男に好意を持ったりしない。眼鏡がしつこいストーカーだと知っているから尚更にね。クィディッチの選手になったぐらいで眼鏡に好意を持つと心配するなんて、リリーに対する侮辱になる」
 シドのポッターに対する評価はどこまでも辛辣で容赦なかったが、リリーを侮辱していると言われて目を剥いた。
 「リリーを侮辱なんてしてない」
 「わかってるよ。だから冷静にリリーがどれだけ眼鏡を嫌っているか改めて考えてみて。クィディッチの選手になったからと、ストーカーの実績を忘れて好意を抱くような軽薄な女だとセブルスに思われてると知ったら、リリーが傷つくと思うから」
 「………リリーを信じていない僕に非があるな。馬鹿な心配はやめる」
 「信頼に勝る絆はないよ。相手に絶対の信頼を置けばこちらを利用しようと考える人物じゃない限り相手も返してくれるから」
 それはシドが自分に向けてくれた信頼だった。
 確かにシドに出会った当初から不思議なほど信頼されていて、そこまで自分を信頼してくれるならとセブルスも彼を信頼し、その信頼に応えたいと思うようになった過去がある。
 「そうだな。リリーを信じる」
 自分の嫉妬にまみれた愚かな不安のせいで彼女の笑顔を曇らせるのは許せなかった。




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